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    かけはし2015.年10月5日号

緊縮政策離脱への共同始めよう


ギリシャ

共同声明:ギリシャにおける展望

オリビエ・ブザンスノー(フランス:反資本主義新党)
アントニス・ダバネロス(ギリシャ:元シリザ執行委員、民衆連合政治評議会)
ミゲル・ウルバン・クレスポ(スペイン:欧州議会議員・ポデモス)


解説

  九月二〇日に行われるギリシャの国会選挙に先立つ世論調査では、前政権政党であり前首相アレクシス・チプラスの党であるシリザと、中道右派の党であるND(新民主主義)がデッドヒートを演じており、シリザの左翼反乱グループとして新しく形成された民衆連合は、議会で議席を得るのに必要な得票を獲得しようとすることで、選挙を活性化させている。
わずか二カ月前の七月五日、ギリシャ人の六〇%以上が国民投票で「OXI(オヒ=反対)」に投票し、欧州諸国の政府と国際金融機関――トロイカとして共通に言及される――が、債務棚上げと引き換えにシリザ政権に調印を求めていた新たな緊縮政策の受容を拒否した。投票した人びとは、シリザを権力の座につけた一月の選挙で、シリザが提起したラディカルな反緊縮プログラムを依然として支持したのである。しかし信じがたい一八〇度転換が起こった。そのわずか数日後、チプラスはより厳しくさえある緊縮協定に調印してしまった。
社会的支出、賃金そして年金を大幅にカットするチプラスの屈服に対する怒りは、前首相の支持率を大幅に引き下げ、保守派の新民主主義(ND)の僅差の勝利の可能性に扉を開いている。しかしチプラスが右に移行する中で、シリザ内の有力な勢力である左翼プラットフォームはメモランダムの受け入れを拒否した。かれらはシリザから離脱し、シリザの他の部分やシリザ外の左翼グループとともに民衆連合と呼ばれる新しい左翼戦線の結成に参加した。
ここにわれわれはフランス反資本主義新党のオリビエ・ブザンスノー、ギリシャ民衆連合政治評議会メンバーのアントニス・ダバネロス、スペインのポデモスから欧州議会議員となっているミゲル・ウルバン・クレスポの共同声明を発表する。ギリシャのユーロ圏からの離脱の恐れを「グレグジット(Grexit)」と略するのになぞらえて、彼らは緊縮政策からの離脱を「オーステレグジット(Austerexit)」と呼んでいる。
(二〇一五年九月一九日 「インターナショナル・ビューポイント」編集部)

ギリシャ債務
は政治の問題

 この数カ月間、トロイカとギリシャ民衆との関係について、数多くの論評がなされてきた。一部のエコノミストたちは、まったく手を抜くことなく、時には夢中になって叫び、欧州の四方八方に吉報を届けるために必死になっていた。欧州の債権者のためのこうした弁護士たちは、数字を上げながら、緊縮プランはギリシャ経済を正しい道に押し進めるための唯一実行可能な選択であることに疑問の余地がないという考えで、TVスクリーンをいっぱいに満たしていった。
 最初のうち、民衆諸階級の追加的犠牲を求めるのは余儀ないことと感じる人びとへの陳謝のポーズを伴って、こうした転換は、悲劇的だが不可避であり、ある種の必要悪だと、かれらは述べていた。後になるとわれわれの頑固なまでの無理解、あるいは幾つかの場合におけるわれわれの率直な敵意に激怒したかれらは、ギリシャ人が未熟のために専門家による管理は、民主的諮問、明快で付随的な解説を必要とはしないと主張しはじめた。
 しかし、こうした新自由主義のかいらいどもは、ギリシャにおいて根本的な問題は、それほど経済次元の話ではなく、政治的観点から言ってきわめて象徴的なものなのだと最初に語った連中である。
 なぜならギリシャ債務の返済停止をふくむ賃金、雇用、年金についてのプログラムの最も厳格な適用――通例のようにそれによって企業に対決するためにシリザは選挙で勝利した――であっても、全般的に言って欧州資本は消化できるのである。
 こうした要求のすべては、債権者の巨額の資産に比べればささやかな財政支出以上のものを必要としない。そしていずれにせよ、ギリシャ国債の六〜七%の金利で祝宴を上げてきた欧州銀行システム、とりわけドイツとフランスが、投機によって得た利益に比べれば、かれらにはほんの小額の費用しかかからない。
 金融サーキットで行われていることの光に照らせば、二〇一五年一月に何が起きたかを忘れていない誰に対しても、債務帳消しはどんな問題も引き起こさない。その時、欧州中央銀行は公的・私的債務を買い取るためにわざわざ一兆ユーロ以上を印刷して、テーブルに出したのである。こうしてギリシャ債務の帳消しを妨げるものは、ギリシャ政府を服従させるために、あらゆる債務買い戻しに条件を課す債権者の無慈悲な意思以外にはないのである。
 これこそ、七月国民投票で表現された大衆的な「ノー」票の力――それこそ民衆連合が今度の選挙で生かそうとしている力なのだが――にもかかわらず、チプラス政権に起こったことなのだ。こうしたすべてにかかわらず、現在の集団思考をオウムがえしに言うだけの会計専門家は、われわれのポケットに手を突っ込み、際限なく陳腐でねじまがったウソ――「ギリシャの債務は他国の納税者が支払わなければならないんだぞ」――を繰り返しながら悪意に満ちた楽しみにふけっているのだ。

反緊縮抵抗への
敗北強制が目的


ある国民を別の国民に対抗させるこの意思は、非常に古くからあるものだ。そしてその機能は、現在の闘争の真の原因をあいまいにさせることにある。現在それは、真の政治的努力として行動に移されており、その目的は、あらゆるところで爆発している緊縮反対の抵抗の根っこを引き抜くことにある。EUの指導者たちにとって本質的なことは、遠隔操作の計算を行うということよりも、これ見よがしの政治的敗北を押し付けることにある。
一九五七年のローマ条約から一九八六年の欧州単一協定、そして一九九二年のマーストリヒト条約から二〇〇五年の欧州憲法条約まで、政治的・経済的エリートたちは巨大な経済市場を建設するという願望によってのみ動機づけられており、その目標は米国、そして後にはアジアと競争するために特定の資本家や金融家の即時の利益を満たすというところにあった。これは段階的で我慢強い金融的制度構築を通じて達成され、その各段階で欧州を再形成し、それをより社会的なものに変形・形成するとの約束が無限に行われた。
現在、この欧州はわれわれの眼前で死につつあり、資本主義の危機による矛盾の重圧下で破裂している。その危機とは、過剰生産と資本主義的利潤の危機であり、それは経済後退を培養する緊縮政策によって悪化している。この欧州を規定する経済的泥沼と社会的停滞は、彼らがいま発見しているように、社会的諸権利と民主主義が欧州連合においてなんら共通のものではないという苦い現実を伴って、人びとがそれを拒否するところに導いている。
ギリシャのケースは、一つの目的にのみ奉仕している――それは政府が促進する緊縮政策には、いかなるオルタナティブの余地もないことに焦点を当てる、鮮明な政治的メッセージをわれわれに送っている。いかなる、そしてすべての選挙での勝利も、それが厳しいものであろうと、もっと弱よわしいものであろうと緊縮政策によって押しつけられた限界に従わなければならないということだ。何か別のものを求めることは追放というリスクを背負うことだ。これより先の選択はトロイカによって規定される。「メモランダム」か「グレクジット(ギリシャのユーロ離脱)」かである。

「脱緊縮」統一
キャンペーンを


この恐喝に直面したわれわれの回答は、「われわれは『ギリシャと共にあり』、緊縮政策(austerity)からの離脱に賛成する。われわれはそれをAusterexit(脱緊縮)と呼ぶ」というものだ。さまざまな諸国で、われわれの日常生活から緊縮措置を追放するために日々闘っている運動とともに、社会的・政治的抵抗を結集することが緊急に必要である。
そもそもの始めから、「脱緊縮」のための巨大な統一欧州キャンペーン――われわれは現在、そこから孤児にされている――は、数カ月にわたってギリシャとスペインで反乱を行っている戦闘的勢力とともに闘わなければならない。われわれは一時期が終わろうとしていることを毅然たる態度で認識しなければならない。この夏から先、誰にとっても同じものなどないのだ。
われわれの特別の政治的帰属組織がどこであろうと、国籍がどこであろうと、われわれが無視できない事実として、最小限の進歩的措置の適用であっても債権者、すなわち資本との即時の力の試し合いを不可避とする。
ここを起点にしてわれわれは、ギリシャとは対照的なユーロ通貨システムの加盟国が、ギリシャのケースにおける解放の政策といかにつながるのかを知ることになる。
われわれにとって最も重要なことは、状況が許すならばユーロの枠組み内で、民衆が彼らの願望を達成できないならばユーロの外で、緊縮政策を終わらせることだ。われわれは手段と目的を混同しない――われわれはあれこれの通貨の支持者ではない。われわれにとって真の問題は、誰が金融システムを支配しているのかを知ることだ。信用システムが国民的通貨に基づいているのか、欧州通貨(ユーロ)に基づいているのかは、そのどちらであっても、自分自身の銀行法を作り上げる金融的投機家の伝統的グループの影響下にあるかぎり、大きな違いはない。
銀行労働者と顧客の統制の下で銀行を公共的独占体として国有化し、この部門の株主の資産を収用することは、ギリシャにおいて緊急の課題であるとともに欧州のすべての人びとにとって共通のゴールである。諸条約と独自の銀行システムを持つ欧州との決裂が必要だとわれわれが信じたとしても、われわれは決して国際主義を放棄するわけではない。
緊縮指令の拡大と対決するために、諸国民の同盟が今まで以上に必要となる。愛国主義と排外主義への転落は、極右の長期的成長をかきたてるだけである。われわれは資本の支配するヨーロッパからの脱出が、緊縮に反対するある種の雨傘を与えるとは想像できない。そうではない。その脱出は、現在のシステムが銀行家の利益に忠実であるのと同様に、民衆の利害に忠実なもう一つのヨーロッパを築き上げる出発点でなければならないのである。われわれ自身の国民的支配階級と同様に強力なトロイカの支配を、われわれは拒否する。
服従をもはや望まないすべての人びとのために、われわれは来る数週間のうちに社会的・政治的抵抗運動の全欧州的会議を組織すること、そしてこの「脱緊縮」キャンペーンに与えることのできる意味について討議するよう提案する。
(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年九月号)

コラム

石炭火力発電

 「原発は安全だ」「原発がないと電気が足りなくなる」「原発を動かさないと電気料金が上がる」……原発推進派によるこれらのデマゴギーは、いまや青カビの生えた「神話」となってしまった。原発再稼動に反対する世論は六割を占め続けている。賛成は二割にすぎない。
 「このままでは日本から原発が消える」と危機感を深めた政府は、川内原発の再稼動をゴリ押しする一方で、六月二日に開かれた地球温暖化対策推進本部の決定を発表した。その内容は「温室効果ガス排出量を二〇三〇年までに一三年比で二六%削減する……電源比率は火力が五六%・再生可能エネルギーが二二〜二四%・原発が二〇〜二二%とする」というものである。この決定は「日本原発の生き残り」だけを目的とした何らの科学的裏づけもないものである。
 しかし、この発表後に望月環境相が最初のアクションを起こした。六月一二日、山口県宇部市で大阪ガス・Jパワー・宇部興産が計画する大型石炭火力発電所(一二〇万kW)について、環境アセスメント法に基づき「是認できない」とする意見書を宮沢経産相に提出した。さらに八月一四日には、愛知県武豊町で中部電力が計画する大型石炭火力発電所(一〇七万kW)に対して、八月二八日には、千葉県袖ヶ浦市で九州電力・出光興産・東京ガスが計画する大型火力発電所(二〇〇万kW)に対して同様の意見書を提出した。現在、計画されている石炭火力発電所は少なくとも三九基(総出力一七〇〇万kW)ある。
 そもそも石炭火力発電の拡大方針は、昨年四月に政府の「エネルギー基本計画」で決定されたものであったはずだ。この計画では「ベースロード電源」からLNG火力発電が除外された。その理由は簡単だ。発電比率四三%を占めるLNG火力発電を組み入れると、原発が不要になってしまうからである。そしていま来年四月からの「電力小売全面自由化」を前にして、大型石炭火力発電が原発の生き残り政策と衝突し始めたのだ。
 今年の夏は原発依存率が高かった関電も九電も電力に余裕があった。太陽光発電の普及によってその五割が稼動すれば原発一〇基分、節電効果で二〇一〇年比で原発一五基分という成果があったからだ。しかし石炭火力発電はLNG火力発電の二倍のCO2を排出する。拡大ではなく削減しなければならない。
 エネルギー問題解決の根本は、戦争を含めた人間破壊・環境破壊の超浪費文明を終わらせることである。原発の廃絶はそのためのジャイアントステップでなければならない。        (星)


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