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    かけはし2015.年10月5日号

2週の攻防と平和憲法の運命決定


「勝手に決めるな」日本に響き渡る

9月9日大集会、連日国会前集会

 「ここじゃないですか」。
 9月1日午後7時。夕闇が迫り薄暗くなった東京・渋谷のとある路地周辺で目的地を探りあてられず、とまどっていた3人の男が、きまり悪そうな笑いを交わした。20代後半ぐらいの若い男と、たった今、仕事を終えてきたばかりのようなスーツ姿の40代サラリーマン、そして記者である私だった。一瞬のばつの悪そうな静寂を破ったのは、最も年長者と思われる40代のサラリーマンだった。
 「シールズ(SEALDs、自由と民主主義のための学生緊急行動)の集まりに参加されるんでしょ」。
 「えゝ、地図を見ると間違いなくここだと表示されているんだけど…」
 スマートフォンでグーグルマップをかざしながら20代の青年が受け答えた。外のざわめきを聞きつけたのか、目の前のビルの地下から1人の青年が顔をのぞかせ、「こちらに、どうぞ」と声をかけた。地下1階に下りて1500円の参加費を出して中に入ると、15坪ほどの狭いバーに40〜50人の若者がびっしりと立ったまま催しの始まりを待っていた。日本社会で苛烈に進められている安倍政権の安保法制の制・改定案阻止闘争の先鋒を担っている20代の若い青年たちの集まりであるシールズが企画した「TAKE BACK DEMOCRACY(民主主義を取り戻そう)♯本当にとめよう」緊急集いが、まさに始まろうとしていたところだった。
 シールズがこの日、企画した5時間に及ぶマラソン座談会の席上には奥田愛基(23、明治学院大学4年)らシールズの中心的メンバーたちと、陸上自衛隊遊撃隊服務経験を基に安保法制の問題点を鋭く指摘している井筒たかお(45)、法律的観点から活発な意見を開陳中の倉持麟太郎弁護士(32)などが参加した。ともすればコチコチに固くなりかねない安保法制のさまざまな問題点をやさしく説明するために「カッパ(河童)」の人形が登場し、面白い冗談をまじえながら参加者たちの笑いを誘った。

米日同盟がグローバル同盟に

 これらの人々が交わしている討論内容は日本の動映像中継サイト・ドミュン(DOMMUNE)を通じて全国に生放送された。考えていたものよりも法案分析の水準が高かった。カッパは現在、安倍政権が推進している安保法制が通過すれば「自衛隊がさまざまな方法によって他国の戦争に積極的に介入することが可能になる。この法案の最大の問題は法案それ自体が憲法違反だということであり、欠陥だらけであり、政策的に不当だということ」だと指摘した。そうしつつ、本当に政府がやろうとしていることは「自衛隊が全世界を舞台に米国が繰り広げている戦争への後方支援、すなわち兵站を担うこと」だと鋭く指摘した。
実際に自衛隊法など全部で11の法案によって構成された安保法制の制・改正案が通過すれば、自衛隊が米軍を後方支援することのできる範囲が現在の日本周辺の事態から全世界へと拡張される。これを別の言い方で言えば、この4月末に改正された米日防衛協力指針の内容通りに、米日同盟を現在の東アジア地域同盟からグローバル同盟へと格上げする日本内の法整備作業が仕上げられるということを意味する。その結果は、この70年間の日本の平和と繁栄を守ってきた「専守防衛の原則」の事実上の崩壊と日本平和憲法の決定的破壊だ。
長時間の座談が進められているにもかかわらず日本の青年たちは簡単なカクテル飲料などを飲みながら自分の居場所のままで討論の内容に耳を傾けた。この様子を、シールズを集中取材している日本「NHK」放送のカメラが画面に盛り込んだ。「ハンギョレTV」の人気放送「キム・オジュンのパパイス」の録画現場の雰囲気とよく似ていた。8月30日、日本の国会前で進められた「戦争法案廃止、安倍政権退陣8・30国会10万人、全国100万人大行動」集会に12万人の大結集を実現しぬいた、ものおじしない日本の20代の青年たちの実力を痛感することができた。
8月30日に実現された国会前の集会は、この数十年間にわたり政治的無気力感に陥っていた日本の市民社会に思いがけない新鮮な衝撃を残した。集会が終わってから1週間が過ぎたけれども、日本の進歩的市民たちはツイッターやフェイスブックなど自身のソーシャルメディアを通じて先の集会の感動を伝えるのに余念がない。

最初の集会は10人ほど


これらの人々が強調しているのは今回の集会の歴史性だった。日本では1960年6月18日、安倍総理の外祖父である岸信介元総理(1896〜1987)が主導していた米日安保条約改定に反対する33万人の市民らが、総理官邸や国会を包囲する大集会を開いたことがある。市民らの反発にうち勝てなかった岸元総理は結局、自らの宿題であった安保条約改定をまとめた後、総理の職を辞任することとなる。
多くの日本の市民らにとって、これほどの大規模な人波の集まりが開かれるのは1960年以降、初めてだとして感激に浸った。多くの人々が8月30日の集会と1960年の安保闘争当時の集会の人波を比較する写真を、ソーシャルメディアを通じて伝え広げている。シールズの奥田も、この日の座談会冒頭発言で、「日本の歴史においてこれまでなかったことが繰り広げられたような感じです。我々が初めて集会を始めた時は10人程度だった。その時、ぜひとも国会前に10万人、30万人集めると言ったが、結局こうなった」と語り、感激を隠さなかった。
日本の保守勢力は、慌てふためきを隠せなかった。日本の「新右翼」を代表している橋下徹・大阪市長は、すぐさま集会翌日の8月31日から「このようなデモによって国家の意思を決定すると言うのならば、いっそ『サザン・オールスターズ』(韓国のチョー・ヨンピルと比較することのできる日本の有名バンド)のコンサートで決定するのがもっと民主主義に近い」と、けたぐりをかけた。これに呼応するかのように「産経新聞」は9月1日付で、国会前の集会現場の様子を盛り込んだ航空写真を突きつけつつ「参加者数は多くとも3万2千人程度」だとし、シールズと日本共産党の関係を疑う分析記事を載せた。菅義偉官房長官は「安保法制に対して一部の野党やメディアが戦争法案だとか徴兵制が復活しかねないという宣伝を行った。それによる誤解が生じたことは大いに遺憾だ」と語り、前日の集会の意味を縮小しようとした。

「60日ルール」使うか


8月30日の集会以降、日本社会の至る所で小さいけれども興味深い変化が観察されているところだ。まず自民党所属の小林秀矩広島県議員らが9月1日、総理官邸を訪れて今回の安保法制の撤回を要求する市民1万3千人の署名を伝達した。小林議員はこの日、「法案は(日本)憲法9条に抵触するもので納得することはできない。安倍総理と中谷防衛相の国会答弁は不適切で不正確なことが多く、理解し難い」と直撃弾を飛ばした。日本のメディアは小林議員の反旗に対して、今や自民党内でも安保法案に対する明確で露骨なけん制が出てき始まったとして非常に関心を示した。
翌日、また別の消息が入ってきた。「毎日新聞」など日本のメディアは9月2日、政府与党が9月11日に安保法制を参議院で強行通過させるという当初の計画を断念したと報道した。自民党、公明党などで構成された連立与党が、与野間の議席数の差が大きくない参議院で無理な手を使う代わりに、衆議院で勝負を決める方向に方針を旋回したと解釈できるという消息だ。
だが9月3日の「朝日新聞」報道によれば、連立与党は法案が通過した後、60日以内に参議院で結論を出せなければ否決したとみなし、再び衆議院に法案を持ってきて3分の2の賛成によって通過させるという日本憲法上の「60日ルール」(9月14日から適用可能)をできるだけ使用しないとの立場を明らかにしている。新聞はそうしつつも「連立与党が、14日に始まる週に法案を成立させるとの方針を固め、調整を始めた」と伝えた。9月14日から今通常国会が終了する9月27日に至る2週間にわたる攻防を通じて、戦後日本を象徴してきた平和憲法の運命が事実上、決定されるわけだ。
短期展望は明るくない。自衛隊の軍事的役割の拡大を自身の歴史的使命と考えている安倍総理が健在である限り、デモを通じた市民らの直接行動と国会の少数勢力である野党の力だけで法案の廃棄を導き出す可能性は高くはない。ただし市民らの熱い反対の熱気が今のように続く場合、安倍総理は今通常国会の会期に法案を通過させることを放棄し「継続審理」を選択する戦略的後退を行う可能性もある。客観的に見る時、その可能性さえ高くはない。
安倍政権との決戦を前にした日本の市民たちは戦意を燃やしている。8月30日の集会を企画した「総がかり行動実行委員会」は9月9日、日比谷野外音楽堂で「戦争法案廃棄・日比谷大集会」を開催すると発表した。そのほか9月10日から18日まで、ほぼ毎日国会前でさまざまな籠城や集会が予定されている。民主党など日本の主要野党なども、残っている参議院の審議を活用して今回の法案を廃案に追い込んでいくために総力闘争を行っていくとの決定を明らかにしている。
狭い地下バーをビッシリと埋めた同年代の若者たちの前で奥田は「政治家は我々の道具であるにすぎない。政治は我々がより幸せに生きるための1つのシステムだ。憲法を無視しているのは我々を無視していることと一緒だ」と語った。この日、公開された安保法制解説の動映像でシールズは「デモに参加しよう。デモを通じて法案に対する怒りと法案の廃止を要求している我々の声を国会に伝えよう」と訴えた。

「デモに参加しよう」


「見せてやろう。民主主義はここにある、ということを。我々にはそうするだけの力がある。民主主義とは、みんなが絶えず求め、追求しなければ消えてしまう不完全なプロジェクトだ。未来は、あなたの手にある。ユナイト(団結しよう)」。
覚醒した日本の市民らが安倍政権の独走をうち壊し、日本の平和憲法を守りぬくことができるのだろうか。短期的展望は暗いけれども、日本の民主主義を守るための本当の闘いは今まさに始まったのかも知れない。2008年、米国産牛肉輸入反対の集会の際にソウルの街頭を埋めつくしていた「大韓民国は民主共和国」というスローガンと、2015年に東京の街頭で響きわたった「勝手に決めるな」という訴えは何とまあ、民意とかけ離れた政策を繰り広げている両国の政治に対する韓日民衆の怒りを表現した双子のスローガンという思いにもなる。(「ハンギョレ21」第1078号、15年9月14日付、東京=キル・ユニョン特派員)

中野教授(「立憲デモクラシーの会」共同代表)に聞く

「平和の願いは簡単に消えないだろう」

小選挙区制も大きな問題

 市民らが政治に無関心な国の象徴として考えられていた日本で、8月30日の国会前の大集会のような市民直接参加の政治が可能だった原因は何なのだろうか。安倍政権の国政運営方針に対して険しい批判を行ってきた「立憲デモクラシーの会」の共同代表中野晃一上智大学教授(政治学)は3・11の原発の惨事が長い間、眠り込んでいた「日本の市民運動を覚醒させる決定的契機となった」とし、「既に市民たちの間に広く位置づいた立憲主義、民主主義、平和に対する念願は簡単に消え去りはしないだろうし、反対運動も形を変えて続くだろう」と語った。

8月30日、日本の国会前で繰り広げられた「戦争法案廃止、安倍政権退陣8・30国会10万人、全国100万人大行動」は、日本社会はもちろん韓国の市民社会にも新鮮な衝撃として迫った。日本でこのような集会が可能だった政治的、社会的背景は。

2011年3月の東日本大地震によって発生した東京電力福島第1発電所の事故によって脱原発運動が繰り広げられたのが始まりだ。以前であれば一部の左派活動家・団体などだけが参加していたデモなどの抗議行動が、これまで政治にそれほど関心のなかった中間層を含めて進歩的考えを持っている人々にまで広がった。ツイッターやフェイスブックなどインターネットを使用した情報と意見の共有・拡散がなされ、労組のメンバーだけでなく、互いに会ったことのない人々が個人単位で参加することができるようになった。8月30日の抗議行動は既存の平和・労働運動と新しい市民参加の力が結集して実現したと言うことができる。

もう55年前だ。1960年、岸信介政権時代に行われた安保闘争と今回の8月30日の集会を比較する声も多いが。

今回、注目されたことの中の1つはシールズ(SEALDs、自由と民主主義のための学生緊急行動)という学生運動だ。もちろん1960年の安保運動の時も学生運動が活発になされたけれども、大きな違いがある。シールズの場合、大学やセクト単位で学生が組織されるのではなく、あくまでも自由に個々人が安保関連法案に反対するという共通点を持って参加している。彼らは運動基盤を拡張するために、誰であれデモに参加できるように格好いいプラカードを作ったり、かけ声を考え出す。仲間たち同士でも、運動だけではなく音楽を楽しんだり本を読んで勉強するなど、いわゆる「普通」の学生生活をしながら政治に関与しようとする。
ヘルメットや角材なども全くない。(特定の支持政党がない)無党派として、すべての政党の声に耳を傾け、関与しようとする。その結果、学生だけではなく中・老年市民、(乳母車を押している)ママなど、さまざまな分野や年齢層の人々が共鳴して抗議行動に参加できるようになった。1960年の安保闘争は、やがて急進化して恐いイメージを持つようになり、(その結果)一部の関与する活動家、学生たちだけの運動になったこととは対照的だ。

圧倒的な市民らの反対にもかかわらず安倍政権は安保法案通過に執着している。今後の展望は。

普通の国会であったなら、既に破綻をきたした法案を通過させようとすることはできないだろう。だが都合の悪いことに(日本の)歪曲された選挙制度やバランスを読む政党政治のせいで、圧倒的議席を有した与党が憲法学者や国民の声を無視し、法案成立のために突進するのが可能になった状況だ。市民運動側では、そのようなことが起きないように、信頼できる野党と連帯して国会外で圧力を加えている。このような法案を強行するならば、実にとんでもないことが発生するということを知らせて、これを断念するようにしている。
万が一(それにもかかわらず)安保法案が通過してしまえば、短期的には失望する雰囲気が広がるだろうと思う。だが市民たちの間に既に広く共有されている立憲主義、民主主義、平和に対する念願は、そう簡単に消え去りはしないだろう。(このような)違憲法律を使用できないように、反対運動は形を変えて続くだろう。

今回の集会に登場したスローガンの中で最も目を引いたのは「マムデロ チョンハジ マ(勝手に決めるな)」だ。民意と離反した政治をなくすために、日本で最も急がれるべき必要なことは。

過半数の支持を得られなくとも議席の過半数を確保することができるという小選挙区制が大きな問題だ。これを比例代表制に作り変えていく必要がある。(日本では1994年に、政権交代がいつでも可能な2大政党制を定着させるために小選挙区制が導入された。だが逆に安倍政権のように、国民の過半数の支持なしでも絶対多数の議席を確保する民心歪曲現象が発生するとともに、選挙制度改善が必要だとの声が広がっている)。「ハンギョレ21」第1078号、15年9月14日付)



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