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    かけはし2015.年10月19日号

TPP「大筋合意」は新自由主義クーデター破綻の第1幕


隠されたねらいを暴き出せ闘いはこれからだ


「大筋合意」で協定成立に近づいたのか?


 迷走を続けてきた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉は、一〇月五日に米国アトランタで加盟一二カ国の間で「大筋合意」に達した。
 何度かの「最後のチャンス」に失敗した後、背水の陣の米日政府の相当に強引なイニシアチブによってようやく漂流を回避したのである。
 日本政府はあたかも日本政府の忍耐強い努力が奏功して画期的な通商協定が実現に近づき、それによって日本経済に大きな恩恵がもたらされるかのような情報操作を行い、有力メディアがそれをそのまま垂れ流している。
 TPPをめぐる一連の報道はまさに大本営発表そのものである。
 われわれは徹底した秘密外交、密室協議と情報操作の下で行われていることを、操作された情報の行間から読み取らなければならない。
 まず、今年の流行語になるかもしれない「大筋合意」という用語の意味から推測しよう。
 耳慣れない用語なのでインターネットで検索すると、一三年一〇月一〇日付「東京新聞」に次のような記事がある。
 「環太平洋連携協定(TPP)交渉のインドネシア会合が八日終わり、甘利明TPP担当相は『大筋合意と言ってよい』と語った。『大筋合意』と聞くと、年内妥結に向けて交渉が順調に進んでいるように思えるが、言葉に明確な定義はなく、実際は政府系企業の活動を制限する『競争政策』など難航する交渉分野も多い」。
 「……『大筋合意』は日本の鶴岡公二首席交渉官が八月のTPPのブルネイ会合後に『一〇月のバリの首脳会合で大筋合意するため、必要な作業を加速する』と語ったころから使われるようになった。政府関係者が使う単なる『官僚用語』で、TPP交渉の中でも明確に定義されてはいない」。
 この記事からわかることは、@「大筋合意」という用語は一三年あたりから頻繁に使われていたこと、A難航する分野を除く部分での合意を先行させるという意図が作用していることである。
 しかも「大筋合意」という用語が使われ始めた頃から、交渉の焦点が関税撤廃をめぐる各国の駆け引きに移り、難航する分野については例外規定や、実施期間を延長するなどの「先送り」が行われていると推測される。
今回のアトランタの会合における「大筋合意」なるものは、公式には一〇月六日午前に、一二の加盟国の閣僚の共同記者会見で「TPP閣僚宣言」として発表された。この声明は「環太平洋パートナーシップを成功裏に妥結した」、「本協定の成果を公式なものに整えるために、交渉官は、条文の法的面からの検討、翻訳並びに起草及び確認を含め、公表のために整えられた条文を準備するための技術的な作業を継続する」と述べており、「大筋」にあたる表現はない。協定が書面によって締結されたわけではなく、それどころか協定の正式のテキストはこれから作成するのである。
一〇月六日付で米国通商代表部による「環太平洋パートナーシップ協定の概要(暫定版)」が発表されており、その日本政府による日本語訳、および日本政府作成の「TPP協定の概要」が内閣官房TPP政府対策本部のホームページに記載されている。正式のテキストが作成・公開されるのは一カ月以上先になると言われている。
今回の「大筋合意」なるものが意味していることは、各国の交渉担当者の間で、対立となる事項について妥協が成立し、協定の基本的な内容について合意が成立したということであり、それ以上でも以下でもない。協定の具体的な内容は各国の議会にさえ明らかにされていない。
通常の議会制民主主義の手続きで言えば、まだ法案として提出される前の段階にすぎない。せいぜい党内あるいは与党間の調整が終わった段階に過ぎない。
それにもかかわらず、あたかも協定が成立に近づいており、それに向けた対応が迫られているかのような政府の発表や大手メディアの報道は常軌を逸していると言わざるを得ない。
ここからわかることは、TPPは通常の議会制民主主義の手続きを無視して進められようとしているということであり、あたかもそれが当然であるかのような世論操作が系統的に行われていることである。

AIIBへの乗り遅れに
焦る米日政府が見切り発車

 今回のアトランタでの会合は予定を大幅に延長して精力的に交渉が行われたと報じられている。
「環太平洋パートナーシップ協定の概要(暫定版)」を見る限りで、「二一世紀の通商ルールのモデル」、「例外なき自由化」という当初の意気込みからは大幅に後退し、各国の主権に一定の配慮を示した記述になっている。
たとえば「発展途上の参加国のための緊密な協力、能力構築及び場合によってはTPPに参加する一部の国に対して、正当な理由がある場合には、新たな義務を履行するための能力を発展させる追加的な時間を与える特別な移行期間とメカニズムを要求するものでもあると認識している」(冒頭の「主要な特徴」の項)はベトナム、マレーシアへの配慮であろう。
「……投資仲裁は、濫用的及び根拠のない請求を防止し、並びに健康、安全及び環境の保護を含む公共の利益のために政府が規制を行う権利を確保するための強力なセーフガードである。(「9 投資」の項)」はISD条項に対する広範な市民団体・環境団体からの批判を意識した記述であろう。
具体的な合意内容が不明であるため、断定的なことは言えないが、TPP交渉のいずれかの時点で(おそらく日本政府が「大筋合意」というアドバルーンを打ち上げ始めた時期から)、協定の内容よりも協定の成立そのものを目的とするという方向へ転換せざるをえない事情があったと推測される。その同じ事情により、米日政府は早期決着のために背水の陣を敷いた。
カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの各政府は米日政府の強硬姿勢に当惑しつつも、日本政府が気前よく差し出した農産物市場開放の実利を確保するために、最終的に妥協的決着を受け入れた。他の諸国は完全に蚊帳の外だった。それぞれの国の主要な懸念事項に一定の配慮(例外規定や段階的実施)が行われたと思われる。
では、米日政府が決着を急がなければならなかった事情とは何か?
筆者は二〇一〇年一一月に横浜で開催されたAPEC閣僚会合を前に当時の菅首相が突然TPP参加を打ち出した際に、TPPの狙いについて次の点を指摘した。
「米国・オバマ大統領は昨年[〇九年]のシンガポールでのAPECを前後するアジア諸国歴訪の中で、TPPへの参加を打ち出した。中国・ASEAN市場への輸出に活路を求めたい米国にとって、中国やASEANの主要国が参加しないTPPに何か経済的メリットがあるわけではない」。
「……米国が大して経済的メリットが期待できるわけでもないTPPへの参加を決めたのは政治的目的による。つまり、中国とASEANを軸に進んでいるこの地域の経済協力を牽制し、米国抜きの地域経済圏の形成を阻止することである」(本紙二〇一〇年一二月六日号)。
オバマ大統領はTPP、TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ協定)に関連して、とりわけ最近、「米国が世界経済のルールを作る」、「中国に米国のルールに従わせる」という意図を繰り返し語っている。米国にとってTPPは、単に経済的な目的ではなく、対中国の戦略的な目的の中に位置づけられている。
中国主導のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)、シルクロード経済圏構想(「一帯一路」)の進展を前に、アジア回帰を掲げるオバマ政権にとって、TPPを中国に対抗する足掛かりとなる経済ブロックとして確立することが急務となっていた。しかも中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に米国の同盟国やEU諸国をはじめ多数の国が参加を表明したことは、米日政府にとって大きな衝撃と屈辱だった。

決着を急いだもう1つの事情


米日政府が決着を急がなければならなかった事情はほかにもある。交渉が長引けば、頓挫したMAI(多国間投資協定)や、漂流したままのWTOと同様に破たんすることが確実だという事情である。
MAIは交渉内容が漏洩し、世界中から非難が集まったために頓挫した。WTOは労働組合やNGOからの批判が強まる中で、加盟国間の利害調整が不可能となり、今では話題になることも少ない。
TPP交渉はMAIとWTOの失敗を教訓に、加盟国の選別、徹底した秘密主義、個別交渉の積み上げによる合意形成という基本的な方針のもとに進められた。ここで合意された内容をWTOや他の経済協定に反映していくことを通じて、新自由主義の世界的なルールの確立につなげていくという戦略である。
秘密主義の下で、実際には米国では数百の企業ロビー団体には各国の提案や交渉内容は完全に公開されており、逐次フィードバックがなされている。
逆に言えば、TPPの最大の弱点はその秘密性と閉鎖性にある。内容が明らかになった瞬間に批判と怒りが広がることは、推進している当人たちが最もよく理解している。内容が漏洩し、広く知られるようになるまでに決着をつけておかなければならない。これがMAIとWTOの失敗から彼らが導いた教訓である。
さらに、任期中に業績を上げておきたいオバマ大統領の思惑や、アベノミクスの失敗が露呈する前に目先を変えておこうという安倍政権の思惑も強く作用していただろう。
アトランタ会合での決着について、米国内では製薬産業やタバコ産業などのロビー団体が強く反発しており、ファーストトラック(大統領貿易促進権限)法でオバマを支持した共和党議員の間でも不満が表明されている。一六年大統領選挙の共和党有力候補の大部分がTPP反対を表明しており、民主党のクリントン候補も「現時点では反対」と表明している。
つまり、新自由主義的なルール作りを進めたい米国の多国籍企業やその支持を受けている議員の間でも、アトランタにおける決着は非常に不満足な内容であった。TPPの経済効果の試算は大幅な修正が必要となるだろう。
一方、米国の多国籍企業にとっては、協定の内容よりも、TPP交渉と並行して行われてきた日米間の交渉の方に大きな関心があったと考えられる。日米間の交渉で得られた広範な実利を確定する上で、不満足ではあってもTPPの早期決着が望ましいと判断したのだろう。

日本政府の本当の狙いは外圧を
利用した農業潰しと「構造改革」

 筆者は先に引用した本紙二〇一〇年一二月六日号掲載の論評の中で、TPPは茶番であり、一過性の騒ぎにすぎないとして、次のように指摘した。
「にもかかわらず、TPP騒ぎに乗じて進められようとしている農業政策の重大な転換、そして米国政府の対日要求の最大の狙いである郵政『改革』の継続、金融・保険市場の一層の開放、米と牛肉の輸入自由化への追随は、小泉・竹中路線を一挙に復活させ、加速させるものである。菅政権がそのような方向へ明確に踏み出したことにこそ、今回のTPP騒ぎの重要な意味がある」。
現実には、日本の参加決定を契機にTPPは「一過性の騒ぎ」どころではなくなったが、それでもわれわれが理解していなければならないのはTPPのこの側面である。
つまり、TPPの本質は市場開放と国内保護の綱引きにあるのではなく、外圧を利用して国内における構造改革を一挙に進めようとする明確な意図が働いているという点にある。
農民連をはじめとする農民団体がTPP反対の闘いの先頭に立ってきたし、われわれはTPPとの闘いの中で日本の農民の闘いと連帯しなければならない。それは同時に、TPPを利用して、「攻めの農業」の名の下に農民を切り捨て、国内農業を企業・大規模農業法人に開放しようとする日本の政府と財界の政策に対する闘いでもある。
TPPの各国における批准と国内法整備の手続きには二年以上かかるだろうと言われている。しかし、TPPがいつ批准されるか、あるいはそもそも批准されるか否かに関わりなく、アトランタ合意を合図に、農産物、郵政、金融・保険から始まって医療、公共事業、教育、そして環境や食品の安全に関わるあらゆる規制に対する、多国籍企業の利益のための改革が次々と進められるだろう。特区という名の治外法権地域が全国各地に作られ、法による支配すら及ばない領域が一挙に拡大するだろう。
TPP反対の運動を牽引してきた米国の「パブリック・シチズン」は、TPPが、NAFTAと同様に、米国の雇用を奪い、環境や消費者の安全を脅かすことに批判の焦点を当ててきた。ニュージーランドやオーストラリアの労働組合・市民団体は、TPPが薬価の高騰をもたらし、公共医療制度の根幹を脅かすこと、企業が国家の主権を侵害すること(たばこ会社が喫煙の危険表示義務に反対して政府を提訴する等)等に焦点を当ててきた。関税や貿易そのものの問題よりも、多国籍企業の利益のためのルール作り、新自由主義的構造改革をめぐる広範な領域での問題が、これからTPPの全貌が明らかにされる中で次々と焦点に浮かび上がってくるだろう。

批准を許さない国際的連携の強化を


MAI、WTO、TTPそして現在米国とEU諸国の間で進められているTTIP、米・EU・日など二二カ国・地域から成る「有志国」の間で交渉が行われているサービス貿易協定(TiSA)は、すべて、グローバル化する経済への支配を確実にし、投資の自由を最大限に拡大しようとする多国籍企業による継続的なクーデターの試みにほかならない。
その核心は、投資の自由、企業活動の無制限の拡大であり、その妨げになるすべての法律、規制、慣行、政策の無効化である。
米国の議会政治が企業ロビー集団によって完全に支配されていることは周知の事実である。EUにおいて、EU委員会と欧州中央銀行が加盟各国の政府や議会を超える権力を行使していることは、ギリシャ債務問題をめぐって劇的に明らかにされた。
TTP、TTIP、TiSAは一体のものとして、多国籍企業による独裁を新たな段階へ進めようとする企図である。
協定の内容よりも協定を成立させること自体が目的となったのはそのためである。重要なのは加盟国の選別、徹底した秘密主義、個別交渉の積み上げによる合意形成というクーデター的手法が正統性を与えられることにある(日本においては、「大筋合意」なる用語がその煙幕となっていた)。
では、このクーデターは成功するのだろうか?
少なくともこれから二年余にわたって続く各国における批准と国内法整備をめぐる過程で、隠されてきたさまざまな狙いが明らかにされていくだろうし、各国における反対運動の連携が強まるだろう。
舞台の袖で秘密裏に進められてきたことが、初めて光の下にさらされる。それは新自由主義クーデターの破綻の第一幕となるだろう。
闘いはこれからである。
(小林秀史)

 


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