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    かけはし2015.年10月19日号

戦争法案廃止 安倍打倒 !


10.8「総がかり行動」が集会

「挫折感」はない!運動を持続し連携の強化を



闘いのエネル
ギーは持続
 一〇月八日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会は、文京シビックホールで「10・8戦争法廃止!安倍内閣退陣!総がかり行動集会」を行い、一七五〇人が参加した。集会では、総がかり実の九カ月間にわたる戦争法案廃案・安倍政権退陣にむけた取り組みの成果や課題を確認し、今後の展開に向けて意志一致した。
 司会は小田川義和さん(戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター)。
 開会あいさつが高田健さん(解釈で憲法九条を壊すな!実行委員会)から行われ、「戦争法案の強行成立を阻止できなかったが、全国の仲間たちの怒りのエネルギーは消えていない。六〇年安保闘争時のような一種の挫折感というものはない。憲法九条が生きているかぎり戦争法は違憲だ。一〇月二日、総がかり実の総括を行った。集会の最後に報告する。第三次安倍内閣を倒すし、戦争法廃止にむけて闘っていこう」と訴えた。

「駆けつけ警
護」の危険性
熊岡路矢さん(NGO非戦ネット・JVC顧問)は、「戦争法と国際協力NGOの活動〜『南スーダンでの駆けつけ警護』に触れながら」というテーマで講演した。
熊岡さんは、冒頭、「米軍がアフガニスタン北部クンドゥズで国境なき医師団病院を爆撃(一〇月三日)し、医師・看護士・市民が亡くなり、傷ついた。国際人道法違反、戦争犯罪として対処すべきだ」と糾弾した。
さらに熊岡さんは、自衛隊を国連平和維持活動(PKO)部隊として南スーダン・首都ジュバに派兵しているが、戦争法によって駆け付け警護の任務が加わることの危険性について指摘。また、JVCスーダン事務所現地代表の今井高樹さんの「襲撃してくる集団には武装した住民もいる。そういう人に銃を向ければ、日本への反感が高まるだけではないか」という批判を紹介し、自衛隊の派遣そのものから論議し、戦争法を廃止しようと強調した。
福山哲郎参議院議員(民主党)は、「悔しいです。あんなだまし討ちで、力づくで採決を強行した。しかし新しい民主主義が見えてきた。国会の外と中が一体化した闘いを実現した。反対行動のうねりによってNHKは強行採決を実況中継せざるをえなかった。今後も一緒に闘っていくことをお願いしたい」と発言。
田村智子参議院議員(共産党)は、「共産党は、安倍内閣打倒、戦争法廃止、集団的自衛権行使容認閣議決定白紙撤回の一致点で新しい政府を作ろうと決めた。共産党も自ら脱皮が必要だった。『選挙協力しないのか』と言われると、政策協定が必要とか色々と言っていたが、そんなことを言っている場合じゃない。新しい局面を作り出そう」と発言。
吉田忠智参議院議員(社民党党首)は、「戦争法を発動させない闘いに入る。違憲訴訟など様々な準備に入っている。来年七月参議院選挙がある。与野党逆転を実現しなければならない。志位委員長、岡田代表、小沢代表と会談をした。三二の一人区を野党で一人の候補者に絞らなければならない。戦争廃止、安倍政権退陣を勝ち取るために与野党逆転にむけて全力で闘う」と発言した。

総括の上に闘い
を発展させよう
連帯あいさつが佐藤学さん(安保法制に反対する学者の会)、山岸良太さん(日本弁護士連合会憲法問題対策本部)、石川健治さん(立憲デモクラシーの会)、本間信和さん(SEALDs)、内田雅敏さん(違憲訴訟を準備する弁護士)から行われた。
リレートークでは、菱山南帆子さん(9条壊すな!街宣チーム)、渡辺たか子さん(宗教者)、土井登美江さん(脱原発女たちの会)、前田能成さん(秘密法廃止へ!実行委員会)、俵義文さん(安倍の教育政策NOネット)から闘いの報告と闘う決意表明があった。
木村辰彦さん(沖縄一坪反戦地主会関東ブロック)は、沖縄県の翁長雄志知事が名護市辺野古沖の埋め立て承認を正式に取り消すことを報告し、沖縄・辺野古新基地建設反対闘争への連帯を訴えた。
最後に福山真劫さん(戦争をさせない一〇〇〇人委員会)が「総がかり行動実行委員会の取り組み経過と行動提起」(@六〇年安保以来の運動の高揚Aなぜ廃案にできなかったのかB今後の展開について)を報告(別掲)した。「提起」を参加者全体で確認し、「戦争法廃止!安倍政権退陣!」のコールを上げた。 (Y)

資料

「総がかり行動実行委員会の取り組み経過と行動提起」

 ……略……
三、なぜ廃案にできなかったのか
?「六〇%の反対・八〇%の今回で決めるべきではない」との層を大きく運動に巻き込めなかった
?「三八%非正規労働者・権利が侵害されている勤労者」への働きかけの弱さ
?全国展開がまだまだ弱く、市町村のところまで広げることはできなかった
?職場から地域への展開の弱さ
?労働運動との連携の弱さ
?「国会における自公勢力の数」の多さ 等
……略……
具体的取り組み
@総がかり行動実行委員会の組織の強化と運動の継続・拡大
A毎月一九日行動の取り組み/一〇月一九日一八時三〇分 国会正門前/一一月一九日一八時三〇分 日比谷野音か国会周辺集会
B戦争法施行・具体化に対応した集会・抗議行動の取り組み
C違憲訴訟支援の取り組み
D一大署名運動の取り組み―五・三集会をめざし、二〇〇〇万筆以上を目標に統一した請願署名行動に取り組み、戦争法廃止、憲法擁護の国民世論の盛り上げと結集をはかります。
E沖縄、脱原発課題、人間の安全保障課題を視野に連携した取り組み―焦点化する課題について、広範な運動を作り上げるべく連携して取り組みます。
F統一憲法記念日集会の取り組み―二〇一六年五月三日、有明防災公園で今年に引き続いて、統一集会として開催します。
G参議院選挙に向け、野党との連携強化・支援する取り組み、その他

投書

『自閉症スペクトラム』を読んで

S・M

 『自閉症スペクトラム 一〇人に一人が抱える「生きづらさ」の正体』(本田秀夫著、ソフトバンク新書)を読んだ。
 約二〇年間の臨床経験を積み、自閉症スペクトラムの人を数千人は診察し、数百人は一〇年以上継続的に診てきた経験を持つ本田秀夫(ほんだ・ひでお)氏(山梨県立こころの発達総合支援センター所長)は、述べる。「「自閉症スペクトラム」とは、一部の人たちに共通して見られる心理的・行動的な特性です。その特性をごく簡単に要約すると、「臨機応変な対人関係が苦手で、自分の関心、やり方、ペースの維持を最優先させたいという本能的志向が強いこと」となります」。
 (ウィングは、)「自閉症の人たちとアスペルガー症候群の人たちは、両者の間が重なり合うようにさまざまな特徴を示す人たちが分布する、連続的な概念であると考えたのです。ウィングはさらに、自閉症とアスペルガー症候群を2つの典型的なピークとするこうした連続的な概念を総称して、「自閉症スペクトラム」と呼ぶことを提唱しました」。「ウィングは、自閉症、アスペルガー症候群、そのどちらとも言えないような状態の人たちなど、さまざまな状態が含められた集合体として、「自閉症スペクトラム」を想定しています。互いの間の境界線は引けないかもしれない、とも述べています。
 さらに言えば、自閉症スペクトラムとそうでない状態との間も連続的という考え方です」。「自閉症スペクトラムの中には、必ずしも障害者と見なす必要のない人たちが含まれます」。「障害ではないタイプの人たちまで含めて考えるところが、「自閉症スペクトラム」という言葉の特徴です」。「自閉症スペクトラムだが障害ではない、すなわち、『非障害自閉症スペクトラム』という状態があるのです」。「自閉症スペクトラムの人は、おそらく潜在的には人口の一〇%はいると思われます。ただし、過半数は、成人期には非障害自閉症スペクトラムになる可能性が十分ある人たちかもしれません。典型的な自閉症は、この中のごく一部で、人口の〇・三%程度だと思われます」。「自閉症スペクトラムは、それ単独で生じる場合と、ほかの問題を併せ持つ場合とがあります」。「自閉症スペクトラムの人たちは、少数派の人種として人種差別を受けているのと同様な状態に晒されているのだと言えます」。
 「自閉症スペクトラムの特徴が弱い人たちのうち、非障害自閉症スペクトラムとなるか、深刻な二次的問題を併存するかの予測が難しい現在、早期発見と早期支援によって、少しでも二次的な問題の出現を予防することは、倫理的に見てもきわめて意義の高いことです」。
 第四章のタイトルは、「自閉症スペクトラムの人をいかに支えるか」だ。本田秀夫氏は、述べる。「自閉症スペクトラムの人たちは、すべての領域における発達が一様に遅れているのではなく、領域によって発達に凸凹が見られるのが特徴です」。「支援においては、苦手な領域を訓練することよりも、得意な領域を伸ばすことのほうが重要です」。「私はこれまでに、自閉症スペクトラムの特徴が完全にゼロになったと断言できる人を、一人も経験していません」。
 「境界知能の自閉症スペクトラムの人で、知的障害の手帳が取得できない人というのが、現在のところ、学ぶ権利と福祉を受給する権利を最も保障されていない人たちです。この人たちへの特別な支援教育と福祉サービスの充実は、きわめて差し迫った課題だと思います。すべての自治体で、境界知能の自閉症スペクトラムの人たちが、知的障害の手帳を取得できるようになることが望まれます」。
 私は、この本を読んで、本田秀夫氏の自閉症スペクトラムについての考えは、「一〇〇%の異性愛者も一〇〇%の同性愛者も、実は少数派なのだ」という考えと似ていると思った。また、障害基礎年金の等級は、7つの日常生活能力のみによってではなく、「就職する能力」によっても判断されるべきではないか、と思った。「車椅子の子どもを皆と同じ体育の授業に参加させる」のは確かに人権侵害かも知れない、と思った。
 (二〇一五年八月三〇日)


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