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    かけはし2015.年10月19日号

政府は「島ぐるみ」の意志に従え


翁長沖縄県知事、「埋め立て承認」取り消しを決定

辺野古の海を壊すな直ちに工事中止を




沖縄黙殺する
日本政府糾弾
 翁長沖縄県知事は、九月一四日、沖縄県庁で記者会見を行い、名護市辺野古の米軍新基地建設に向けた埋め立て工事を承認した仲井真前知事の措置を取り消すと発表した。八月一〇日から一カ月間埋め立て工事を中断して沖縄県側と「集中協議」に入るという菅官房長官の発表を受けて、翁長知事は協議期間中の「埋立承認取り消し」は行わないと言明したが、協議期間中、安倍政権の側はまったくこれまでの態度を変更することはなかった。
 九月一二日、まさに東京で辺野古新基地建設の断念を求める国会ヒューマンチェーンが二万二〇〇〇人の大結集で成功したその日、沖縄防衛局は基地建設に向けた海上作業を強行した。それは安倍政権の「力づく」の異論完全無視の本性を改めてむきだしにしたものであり、戦争法案成立強行と同質の攻撃だった。翁長知事のこの声明は、安倍政権に対して屈せず、沖縄の「島ぐるみ」の意思で、辺野古基地建設に立ち向かうことを表明するものだった。
 この「承認取り消し」表明を受けて、一連の手続きの後に一〇月一三日午前、翁長知事は「承認取り消し」を通告する記者会見を行った。

座り込み闘争
への相次ぐ弾圧
ここで「琉球新報」の九月一五日「社説」を紹介しよう。
「沖縄は抜き差しならない重大な局面に入った。/翁長雄志知事は辺野古新基地建設をめぐり、前知事の埋め立て承認の取り消しに向け手続きを始めた。就任後最大の行政権行使だ。政府が対抗措置を取るのは確実で、法廷闘争に突入する」。
「これは単なる基地の問題ではない。沖縄が、ひたすら政府の命ずるままの奴隷のごとき存在なのか、自己決定権と人権を持つ存在なのかを決める、尊厳を懸けた闘いなのである。知事はもちろん、われわれ沖縄全体が今、近代以来の歴史の分岐点に立っている」。
「琉球新報」のこの社説は、仲井真前知事が二〇一三年末に入院していた都内の病院から抜け出し、菅官房長官と密会して自らの公約を翻し、辺野古新基地建設のための埋め立てを承認したことの不当性を、あらためて怒りをこめて糾弾している。
翁長沖縄県知事は、沖縄防衛局からの「聴聞」を一〇月七日に設定した。しかし防衛省も沖縄防衛局もこの「聴聞」を拒否し、「埋め立て工事」をあくまで強行するという態度をあらためて沖縄県に突きつけた。
この間、辺野古のキャンプ・シュワブゲート前では、九月一七日、一八日、二二日と連続して警察による暴力的排除・不当弾圧で逮捕者が出ている、二二日の逮捕者は秋の連休の最中に辺野古で開かれていた「国際平和キャンプ」に参加していた韓国人青年だった。この国際平和キャンプは、韓国の済州島、台湾、沖縄を結ぶ「東アジアの平和の海」の実現のために行われている企画で、韓国、台湾だけでなくハワイ、オーストラリア、ニュージーランドなどから六〇人以上が参加していた。
逮捕された韓国人の青年は身重の妻が警官によって脇を抱えられたたためにとっさに妻をかばおうとしたことが「公務執行妨害」だとして逮捕され、一〇日間の拘留まで付けられたのだ。
こうした「島ぐるみ」の闘いへの弾圧の強化を、絶対に許してはならない。

裁判闘争は
どうなるか
今後安倍政権の出方として、知事の「埋め立て承認取り消し」命令に対して、行政不服審査法による審査請求を国交相に対して行い「承認取り消し」違法裁決を求める場合、あるいは地方自治法に基づき国交相に「承認取り消し」の是正を指示させ、県が従わない場合には高等裁判所に代執行を求める場合、が考えられるという。
いずれにせよ辺野古の現場での闘い、安倍政権の強権的・差別的な「沖縄つぶし」に対決する「ヤマト」での闘い、そして法廷闘争という何重もの闘いが必要とされる。さらに「戦争立法」の廃止・安倍政権の打倒を求める広範な運動を築き上げる闘いの中に、この沖縄辺野古新基地建設阻止をしっかりと組み込んだ闘いを作り上げることが問われている。

安倍政権に
迫る行動を
一〇月五日、辺野古への新基地建設を許さない実行委(辺野古実)は防衛省前で、月例行動を行った。
沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの大仲尊さんが、知事の埋め立て取り消し決定が出て以後、いよいよ本格的な闘いの局面に突入すると檄を発した。現地から電話で訴えた安次富浩さん(ヘリ基地反対協共同代表)は、「承認取り消し」決定が出れば、国のやっていることは違法だという前提でゲート前行動、海上阻止行動を行う、と語った。
神奈川の仲間からは米原子力空母ロナルド・レーガンが新たに横須賀を母港として配備されたことに抗議した行動を報告した。沖縄・一坪反戦関東の仲間からは、この間のゲート前での相次ぐ弾圧・逮捕に抗議する呼びかけが発せられた。
なお翁長県知事が「埋め立て承認取り消し」決定を通告した翌日の午後六時半から、首相官邸前で、安倍政権に対して「工事中止」「辺野古新基地建設断念」を求める行動を行うことが呼びかけられた。 (K)

10.1

浅沼稲次郎さん暗殺から55年

「民主主義の危機」を考える

日比谷公会堂集会に800人


60年安保闘争の
高揚と右翼テロ
 一〇月一日、東京・日比谷公会堂で「浅沼稲次郎さんを追悼し未来を語る集会――日本の民主主義の危機を考える――」が開かれた。主催は同集会実行委。協力は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」。集会には八〇〇人が参加した。
 一九六〇年安保闘争の大きな高揚の後、同年一一月に行われる総選挙を控えた一〇月一二日、日比谷公会堂で行われた「三党首演説会」の場で、大日本愛国党に所属していた当時一七歳の右翼少年・山口二矢(大日本愛国党員だった)によって、社会党委員長の浅沼稲次郎さんが殺されてから五五年。この暗殺事件はTV中継によりリアルタイムで人びとの目に焼き付けられた。
 それから五五年、日米安保闘争の後、右翼による政治テロが吹き荒れた(浅沼暗殺事件の後の深沢七郎「風流夢譚」をめぐる中央公論社長宅でのテロ殺人など)ことを思いかえしながら、民主主義・立憲主義を破壊する戦争法案に反対する運動の大きな高揚の後に、何が起こりうるのかに注意を喚起する意味を含めて、当日の集会が呼びかけられた。
 この日の集会に先だって九月二八日の朝日新聞夕刊は、日比谷公会堂の三階ロビーの掲示板の裏に、浅沼稲次郎を記念するレリーフがあることを紹介する記事を掲載した。しかしこの記念碑は掲示板によって隠され、その存在を知る人はほとんどいない。「朝日」の記事によればこの記念碑の除幕式は事件から一一年後の一九七一年一〇月一二日だったが、その日、右翼が会場に押しかけ刀を振り回す事件が起きた。さらにその後も、記念碑の浅沼像は幾度も傷つけられた。一九七三年には「公共の場に不適」との理由で撤去を求める請願が出されたりして、いつの日からか浅沼記念碑は掲示板の裏に隠されてしまったのだという。
 この日の集会は、「レリーフを覆い隠している掲示板の撤去を求め」て、浅沼暗殺という歴史的事実の意味を今日的に問うことも課題としていた。集会の中ではこの間の戦争法案反対国会行動で果敢に闘った学生団体SEALDsの中心的メンバーである奥田愛基さんに、殺害予告の脅迫が出されていることを指摘し、右翼テロとの闘いが今日的課題であることに注意を喚起する発言もあった。

今、私たちに問
われるものとは
豊島区議の山口菊子さんの司会で進められた集会では、最初にTV中継された暗殺当日の映像が流された後、講談師の神田香織さんによる事件の翌日に書かれた草野心平さんの詩「浅沼委員長の死を悼む」が朗読された。
集会では、浅沼稲次郎のレリーフが隠された経過と、その再公開を求める呼びかけ人あいさつを弁護士の内田雅敏さんが行った後、ピアニストの崔善愛さんが「革命」、「ノクターン」など火の出るようなショパンの作品四曲を演奏し、「火山が噴火しはじめた」ようなこの間の運動の噴出について語った。
事件当時のことについて、当時の社会党本部女性局の専従として浅沼さんとともに闘ってきた四谷信子さん(元東京都議、都議会副議長)が発言。浅沼さんが殺されたこの日、四谷さんは日比谷公会堂の座席にいて、事件の一部始終を見届けていた。四谷さんは、昼夜を分かたず全国を飛び回りながら本部職員への心配りを欠かさなかった浅沼委員長の思い出を、凛とした面持ちで語った。「人間機関車」と言われた浅沼さんは国会議員でありながら、自宅は東京下町の木造アパート。まさに清貧そのものの暮らしぶりだった。
この日、大分から駆けつけた村山富市元首相・社会党委員長も、当時の緊迫した情勢と重ね合わせながら、憲法を破壊し、戦争する国家への道をひた走る安倍政権の暴走を止めることを呼びかけた。リレートークでは辻元清美(民主党衆院議員)、辛淑玉(のりこえねっと共同代表)、平野伸人さん(平和運動支援センター所長)、吉田忠智さん(社民党党首)が次々に発言。それぞれ、戦争国家・改憲に向かう安倍政権の攻撃を全力ではねかえす思い・覚悟を語った。
閉会あいさつにたった福山真劫さん(フォーラム平和・人権・環境共同代表)は、安倍政権による「民主主義の破壊」という現にある危機と正面から立ち向かい、安倍政権打倒・戦争法廃止を必ずや勝ち取ろうと強調した。     (K)


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