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    かけはし2015.年10月19日号

「地政学的カオス」をめぐる討論のために(上)


世界の枠組みの構造的変化の
中で問われている課題とは?

国富建治


 以下に掲載するのは、今年五月に京都で行われた政治懇談会の場で、筆者が行った現代世界の政治的枠組みをとらえるための報告レジュメを文章化して雑誌『情況』二〇一五年八月号に掲載した論文に修正・補足を加えたもの。この文章は、フランスの同志ピエール・ルッセが書いた「集団的思考のための序論的ノート 地政学的カオスはわれわれに何を求めるか」(本紙2014年11月17日号)をベースにして始まった国際的討論を主体化する作業を進めるためのノートという性格を持っている。この国際討論は、二〇〇三年の第四インターナショナル第一五回世界大会で打ち出された、新自由主義的なグローバル資本主義の危機に立ち向かう反資本主義的で複数主義的な革命党とインターナショナルの建設に向かう路線、さらにフランスでの反資本主義新党(NPA)結成を受けた二〇一〇年の第一六回世界大会路線が現に直面している困難性とは何かという問題をあらためて根本からとらえ直そうとするものである。(国富建治)

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1990年代から現在――「冷戦の勝利」「資本主義の勝利」から4半世紀の現実


 今年になって急速に、世界の「無秩序化」という言説がクローズアップされてきた。それは「地政学的カオス」という言葉で表現されている。たとえば「週刊ダイヤモンド」4月11日号は「世界経済超入門」と題して「地政学で読み解く覇権争いの衝撃」をテーマに特集を組んでいる。これは左翼の側の世界認識にとっても重大な関心を注がれるべきテーマであることは間違いない。
 一九八九年に始まった「ソ連・東欧社会主義」のなだれを打った崩壊は、米ソ両大国の「冷戦」構造、そして従来の「第三世界」の反帝国主義革命運動に事実上の終止符を打った。勝利したのは、「唯一の超大国」となったアメリカであるということに、あえて異を唱える者は少なかった。それは多かれ少なかれ「米ソ」の二極、あるいは「米・ソ・第三世界」という三極構造を基軸に据えた戦後の世界認識の転換を促すことになった。
 一九八〇年代にイギリスにおける戦闘的労働運動の拠点だった炭労のストライキを敗北に追いやった「鉄の女」サッチャー英首相が傲然と語った「TINA(There Is No Alternative――資本主義に代わるオルタナティブなど存在しない)」という言葉は、勝ち誇った支配階級が労働者の抵抗を孤立させるシンボル的スローガンとなった。
 ここでTINAに代表される、当時、支配的だった新自由主義万能のイデオロギー的気運について幾つか列挙してみよう。

「歴史の終わり」
から「帝国」まで


(a)フランシス・フクヤマは、一九八九年に書かれた「歴史の終わり?」、ならびに一九九二年の『歴史の終わりと最後の人間』の中で、ソ連邦の崩壊によって「対立の歴史」は終焉し、リベラル民主主義に代わる政治制度・イデオロギーはもはやありえないと主張した。
「自由主義経済という大枠の中で、さまざまなヴァージョンが競い合っており、その競争はこれからも続くでしょう。/しかし繰り返しますが、それは経済的イデオロギーをめぐる競争であり、政治的イデオロギーをめぐる闘争ではありません。政治的イデオロギーをめぐる命がけの闘争が世界を動かしてゆく歴史の時代は決定的に終わったのです」(浅田彰との対話。浅田『「歴史の終わり」を超えて』中公文庫より)。
(b)サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』(一九九六年)は、フクヤマの「歴史の終わり」と「対立の消滅」の主張に反対するものだったが、それは「イスラムと非イスラム」の「文明間衝突」を新しい紛争の基軸に押し出すことになった。
「フォルト・ライン戦争(異なる文明圏の国家や集団のあいだで起こる、共同社会間の紛争)の圧倒的多数は、ユーラシアとアフリカを三日月状に横切り、イスラム教徒と非イスラム教徒を分離する境界線に沿って起こっている。世界政治のマクロ・レベル、すなわちグローバルなレベルで見れば、文明間の中心的対立は西欧とその他になるが、ミクロのレベルで、つまり地域レベルで見れば、イスラム教徒とその他の紛争が中心である」。
(c)アフガニスタン戦争・イラク戦争を通じて今日の世界の「カオス化」に決定的な「貢献」を行ったジョージ・ブッシュ米元大統領の世界認識はどのようなものだったか。
「二〇世紀のほとんどの期間、世界は思想をめぐる大きな闘争によって分裂してきた。それは破滅的全体主義と自由・平等との戦いであった。/この大きな闘争は終わりを告げた。ユートピアを約束し、現実には悲劇をもたらした、階級・民族・人種をめぐる好戦的ビジョンは敗北し、信用を失墜した。……それはアメリカにとっての機会が与えられる時でもある。われわれは、影響力を持つこの瞬間を、数十年にわたる平和、繁栄、自由へと転換するために活動しなければならない。アメリカ合衆国の国家安全保障は、われわれの諸価値と国益の結びつきを反映する明白なアメリカ的国際主義に基づいたものになるだろう」(「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)、2002年9月)。
(d)そして、このブッシュ・ドクトリンに裏打ちされたイラク侵略戦争の中で、読まれていたアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの『〈帝国〉』(2003年邦訳、実際に書かれたのは一九九一〜九九年にかけてである)もまた、「ソ連・東欧社会主義」の崩壊と、新自由主義的グローバル資本主義の制覇を動かしがたい前提として書かれていたことは間違いない。
「帝国主義とは対照的に〈帝国〉は、脱中心的で脱領土的な支配装置なのである。これは、その絶えず拡大し続ける開かれた境界の内部に、グローバルな領域全体を漸進的に組み込んで行くのである。〈帝国〉は、その指令のネットワークを調節しながら、異種混交的なアイデンティティーと柔軟な階層秩序、そしてまた複数の交換を管理運営するのだ」。
「主権的な国民国家を自らの秩序の中に従属させるグローバル資本主義の階層構造は、植民地主義的・帝国主義的な国際支配の回路とは根本的に異なっている。植民地主義の終焉はまた、近代世界と近代的支配体制の終焉でもあった。近代植民地主義の終焉は、もちろん無条件の自由の時代を切り開くものではなく、グローバルな規模で機能する新しい支配の形態に道を譲ってしまったのだ」。
ここでは「脱中心」的(それは脱「周縁」でもある)で柔軟な、新自由主義的グローバル支配の在り方が支配の構造として前提されており、そうした支配への抵抗主体である「マルチチュード」は直接的にグローバルな存在として形成されるのである。そしてあらゆるローカルでコミュニティー的な抵抗は無効化されている。
(e)一九九〇年代、「帝国主義」「社会主義」「第三世界」といった世界の在り方が、「社会主義の敗北」、新自由主義と「開発独裁」の結合という形で大きく変化していったとき、日本では戦後の歴史教育を「自虐的」として批判し、「日本人の誇りを取り戻す」歴史教科書を作り出す動きが、「自由主義史観研究会」、「新しい歴史教科書をつくる会」などを中心に始まった。
だが鳴りもの入りで宣伝された「新しい歴史教科書をつくる会」会長(当時)の西尾幹二が著した『国民の歴史』(1999年)は、「日本国民の誇りを取り戻す」どころか、新自由主義のグローバルな制覇による「国民の歴史」の敗北への絶望感・ニヒリズムを告白するところで終ってしまった。
「これからのわれわれの未来には輝かしきことはなにも起こらない。共産主義体制と張り合っていた時代を、懐かしく思い出すときが来るかもしれない。目の前では静かな機械の音だけが、カタカタと響いてくるとりとめもない空間が明るい人工灯のもとに広がっている。見渡すかぎり明るくなりつつあるのに、それなのに私たちの生は当てどなく、人格的な意思を欠いている。確かなものを求めるには、それも当てにはならないのだが、内面の暗部へとでも降りていくほかには仕方がないのであろう」。

新自由主義に対
する闘いの現在

 「ソ連・東欧社会主義の崩壊」=冷戦の終結と、新自由主義的グローバリゼーションの制覇は、国際的階級関係に重大な変動をもたらした。それは単に、既存のスターリニスト「労働者国家」体制の解体にとどまらない。むき出しの「弱肉強食」的新自由主義イデオロギーによるEU諸国などにおける階級協調的「福祉国家」システムの衰退と労働組合運動の急速な弱体化、社会民主主義政党の「社会自由主義」への「進化」、さらにアジア、アフリカ、ラテンアメリカの「反帝国主義」を標榜していた左派政権による新自由主義的開発政策の受け入れなどが急速に進行していった。
経済と社会の急速な金融化とコンピューター化を背景としたアメリカが主導する「ニュー・キャピタリズム」は「恐慌も失業もない資本主義」ともてはやされていた。
イラク戦争の破綻が明確になり、サブプライム・ローン危機が指摘されていた二〇〇七年秋に至っても、ある経済学者は「経済運営においては(ブッシュ大統領の)功績を認めないわけにはいかない。〇七年現在のほぼ全世界的な好況を導いた功績は、グリーンスパン(米連邦準備制度理事会議長)と彼(ブッシュ)にあると思われる」(竹森俊平『1997年――世界を変えた金融危機』朝日新書)などと、悪い冗談のようなことを語っていたのである。その竹森はいま、ギリシャ危機を突破口に欧州統合の逆戻りが「長期的、恒久的なトレンドとして定着」し「欧州のディスインテグレーション(統合の崩壊)が長期的に進行していく」可能性を語っている(『逆流するグローバリズム――ギリシャ崩壊、揺らぐ世界秩序――』PHP新書)。
世界社会フォーラム(WSF)やグローバル・ジャスティス運動(オルタグローバリゼーション運動)についても触れなければならない。
一九九四年一月のNAFTA(北米自由貿易協定)発効に合わせたメキシコ・チアパスのサパティスタ解放戦線(EZLN)の先住民蜂起を嚆矢とし、欧州の反失業大行進などを経て、一九九九年一二月のシアトルWTO総会を破綻に追い込んだ新自由主義的グローバリゼーションに反対する運動が、世界社会フォーラム(WSF)へと結実していったこと、この運動がブッシュのイラク戦争に反対する国際的連携のベースを提供したことをわれわれは忘れてはならない。
しかし、このオルタグローバリゼーション運動が今日直面している求心力の低下、その政治的分岐と限界をどのように克服していくのかという問題も、いま厳しく突きつけられている。いま問題になっている「地政学的カオス」は、同時にオルタ・グローバリゼーションが直面した「壁」とは何であったか対象化するという課題をを改めてわれわれに提起している。

カオスの中から
作られる「秩序」


いまわれわれが直面している世界とは、新自由主義的グローバル資本主義の制覇による「歴史の終焉」が、「一時の夢」の後に破裂し、新しい戦乱と無秩序が支配する「カオス」そのものである。その姿はまだ全面的に展開しているわけではなく、さまざまな勢力・要素が激しくせめぎ合う端緒の局面である。しかしそれでもなお、今、何が生み出されようとしているのか、そのさまざまなプラス・マイナスの可能性をつかみ取り、闘いの方向性を模索していく必要がある。
昨年は第一次世界大戦から一〇〇年だった。そして新しい世紀(20世紀)の開始から、第一次世界大戦の勃発に至る十数年間は、当時の第二インターナショナルの社会主義者たちにとって急速な資本主義的生産力の拡大が、帝国主義と植民地主義、文明化と「野蛮化」が一体となった地球的「カオス」として登場する過程でもあり、その中から「新しい世界」=社会主義への展望をめぐる論争が激しく闘わされることになった時代だった。「社会主義か野蛮か」というローザ・ルクセンブルクのスローガンは、この論争的模索を浮き彫りにしている。
新しい「カオス」は、どのようなダイナミズムを持ったものであり、われわれはそこからどのような「秩序」を描き出そうとするのか。そうしたことが改めて問われることになるだろう。
戦後の歴史を画する安倍政権の「戦争立法」強行―改憲プログラムは、このグローバルな「地政学的カオス」に対する、支配階級としての挑戦であることは間違いない。
まずは、この「地政学的カオス」の焦点スポットに少し踏み込んでみよう。
(つづく)


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