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    かけはし2015.年10月19日号

2つの選択肢が提起されている


アラブ

ジルベール・アシュカルに聞く(聞き手:ジュリアン・サリンゲ)

反動派同士の妥協か革命推進貫徹か

http://www.npa2009.org/videos/ue-2015-du-printemps-arabe-letat-islamique-que-reste-t-il-du-soulevement-arabe

以下は、NPAの夏季大学に招かれたジルベール・アシュカルに対して行った「アラブの春から『イスラム国』へ」というタイトルのインタビューである。

地域は今も革命
的過程を経過中

――チュニジアのベン・アリ政権の崩壊から四年以上経った今でも、あなたが最新の著作『人民は望む、アラブの決起』で語っているように、われわれは「アラブの決起」について語ることができるのだろうか?

 確かに、アラブの決起とは、六つの決起ならびにアラビア語圏のほぼ全域における社会運動を経験した二〇一一年の運動を指している。しかし、その出発から、私はこの決起が長期にわたる革命的過程の始まりであるという点を強調してきた。この観点からすると、二〇一三年から、とりわけ、シリア情勢が逆転し、イランならびにレバノンとイラクのその同盟者たちがシリアのアサド政権を救済し、その反撃の遂行を可能にした時以来、アラブ地域は反革命の局面に入ったのである。この事実は、革命的過程の基礎を、とりわけその社会・経済的ブレーキの役割を、けっして消滅させているわけではない。
われわれは、二〇一一年のアラブの春の衝撃波が波及した国に比べてその影響がより小さかったイラクとレバノンの両国で最近起こった事態によって、いぜんとしてアラブ地域が全面的な激動の中にいるということを目撃している。これら二国では、最近数週間、社会的要求をめぐって二〇一一年の方向に向かおうとする「人民」と政府が対立するような亀裂が起こり、大衆動員が目撃されている。われわれはいぜんとして二〇一一年から始まった革命的過程のもとにいるのであり、私が言いたいのは、この過程が、この種の過程特有の弁証法に従って、ある時は革命的過程が支配的に、ある時は反革命的過程が支配的にという形で局面が次々と交替しながら数十年間にわたって続いていくだろう、ということである。

異質な反革命間
衝突を招く背景

――この反革命の主役はどのような勢力なのか?

 この地域の情勢の複雑さは、それが古典的な情勢の中でわれわれの経験することができてきたような均質的反革命ではない、ということだ。フランス革命を考えると、その当時、ヨーロッパの反動派とフランス国内の反動派が結託して手を結んだ。われわれがアンシャン・レジーム(旧体制)と呼ぶことのできるこの陣営はむしろその本質において同質的であった。
ところが、アラブ地域では、旧体制はその性格上たとえそれが当然にも第一の主要な反革命勢力だとしても、それだけが存在するわけではない。同時に、旧体制に対する反動的タイプの反対勢力もこの地域には存在しているのである。この勢力は、左翼に対する激烈な解毒剤として発展してきた。この解毒剤は、たとえそれがその後、旧体制と公然と衝突する、そして時にはそれが流血の衝突になっているとしても、多くの国のほとんど至るところで、旧体制自身によって後押しされてきた。
したがって、二〇一一年以降、革命的過程は、主要な二つの障害物、すなわち、二つの反革命勢力と対立してきたのである。ひとつは打倒しなければならない体制であり、もうひとつは体制に対する反動的なオルタナティブとして登場しているイスラム勢力である。労働運動や進歩的勢力からなる革命派の極の不在や弱さ、あるいは政治面での脆弱さは、反革命派の複数の極相互間の競合や衝突に道を開くことになる。この事態は、シリアやリビアやイエメンのような内戦状態という極端なところまで登りつめるか、あるいはバーレーンやエジプトのように潜在する形をとっているが、それでもやはり野蛮な形態へと行き着くことになっている。

米ヘゲモニーは
今最低のレベル


――この地域でのアメリカを筆頭とする西側の行動をどう評価するのか? 一部の人々はその役割が不可欠だとみなしている。そう見なさないと、あとは陰謀主義的観点に賛同することになってしまうことにしかならないというわけだ。

 陰謀論は、アラブの決起それ自身をもアメリカが裏で操っていると見なすようになっている。この理論は概して、全能のアメリカという幻想的考えにもとづくものとなっている。この陰謀論を別にして、左翼の一部の間にも広がっている考え方がある。それは、アメリカは、リビアでそうしたようにシリアの混乱をも扇動しつつある、とするものである。この理論はオバマ政権の政策について大きな思い違いをしている。オバマ政権がシリアの事態に対して臆病になっていることをわれわれは見ることができる。
アメリカのこの地域に対するヘゲモニーは、一九九〇―九一年に絶頂に達した後、二〇一一年以後、最低のレベルに至っている。この国は、とりわけイラクがアメリカのきわめて重要なプロジェクトについて破綻してしまったために、実に大きな地平を失ってしまった。オバマ政権が抱いている何よりもの固定観念は、この地域の各国の国家機構を維持し、二〇〇三年のアメリカの占領によるバース党国家体制以降にイラクが経験してきたような混乱状態の発生を回避することにほかならない。アメリカの戦略がこの苦い教訓を学び取っていないのではないかと思わせる事態は、リビアへの介入であったが、そう考えるのは次のような事実からはズレている。
すなわち、リビアへのこの介入は、産油国であるこの国の情勢をコントロールし、その一部が反乱側の陣営に加わっているリビアの国家機構との妥協に向けた交渉を行うことを目指すものだった、というのが真実だからである。そして、この観点からすると、リビア介入の結果は新たな破綻であった。事態の進行の中でなされてしまったカダフィの打倒は、その後の事態が示したように、ワシントンにとって重大な失敗だった。事態はワシントンが望んでいたところよりもはるか先に進んでしまった。NATOがよく分からずにリビア国家の全面的な解体を推進してしまったからである。
そのために、リビアは、国家なき国に、すなわち、今日、対立し合う民兵部隊同士が相互に殺し合う、「合法的な物理的権力の独占」のない国にされてしまった。その意味において、これはイラクに続く第二の失敗であって、陰謀論の信奉者を納得させる事態ではなかったのだ。
今日、シリアを含む事態について、アメリカの強迫観念になっているのは、秩序を維持することのできる国家を再建または強化することによって情勢を安定させることを目指すことであり、この目的に向けて地域の二つの反革命勢力の極の相互間の交渉を行い、妥協を結ぶようにすることである。

反革命間妥協の
願望も破綻する


――アメリカのこの戦略は、社会・経済的基礎を考慮にいれていないかぎりにおいて、長期的には破産する運命にあるということだろうか……。

 二つの反革命勢力の間の妥協というこの政策は今日までたったひとつ成功の例がある。それはチュニジアだ。そこではエナーダと旧体制の残存勢力との間の連立政権が成立している。そして、リビアとシリアで、またエジプトとイエメンでもこの種の妥協に向けた集中的な交渉が進行中である。核兵器に関するイランとの協定もこの同じ展望の一環なのである。
ワシントンは、二〇一一年の「アラブの春」の民主主義的、社会的願望に対してともに深い敵意を抱く支配的勢力すべてを妥協させたいと望んでいるのだ。だが、長期的には、このすべてが破綻する運命にあることは明白である。そこでは対立する二つの選択肢が提起されている。
ひとつは、革命的過程へと向かう積極的解決策の道、すなわち、地域における資本主義のさまざまな変種と社会・経済の面でも政治の面でも根本的に決別する道である。これは地域が長期に発展の局面に入ることを可能にする。もうひとつは、私が少し前に「野蛮の衝突」と言った道である。これは、政治的腐敗症状の発展を伴っており、今日ではいわゆる「イスラム国」がその最も顕著な例である。
『ランティキャピタリスト』紙(二〇一五年九月三日、三〇一号)

トルコ

クルド運動への連続爆破テロ事件

国家の人殺しを絶対許さない

デミルタシュHDP党首に聞く

http://internationalviewpoint.org/spip.php?article4251

 トルコで凄惨なテロ攻撃が起きた。標的にされたのは明らかにクルド運動であり、この間反クルド煽動で内戦的空気を意図的に作り出してきたAKP政権に、少なくともその責任の一端があることも明白だ。以下にこのテロ直後に行われた、HDP共同代表のデミルタシュへのインタビューを速報として紹介する。(「かけはし」編集部)


 本日、平和のために集まっていたデモ参加者への大虐殺が起こった直後、人民民主党(HDP、六月の総選挙で大躍進し国会に進出したクルド人政党)のセラハッティン・デミルタシュ共同代表は、アンカラからイスタンブールに向かう前に記者団に対し、「爆弾攻撃は差し迫った休戦についての論議期間中に起こった」と語った。
 デミルタシュは「われわれは、マフィア、人殺し部隊という心性に取りつかれた国家に直面している」と述べた。
 事件が起きた直後、警察は爆発の現場に催涙ガスを撃ち込んで襲撃し、救急車の接近を妨害したとデミルタシュは指摘し、トルコの首都の中心街で起きた殺人事件に動員されたのは救急車ではなく機動隊だった、と語った。
 デミルタシュは述べる。「死者を増やす意思があったのは明らかだ。政府の代表と首相は、われわれの顔には『青臭い常識』が浮かび上がっているなどと言うだろうが、その一方、彼らの指揮下にある警察部隊は負傷した人びとに襲いかかったんだ。ディヤルバクル(訳注:トルコ南東部、クルド人居住区域の中心都市でクルド労働者党[PKK]の拠点都市)でやったように、人びとに催涙ガスで襲いかかるなんて、いったいどんな政府だ!」。
 「この虐殺を引き起こしたのがどんな爆弾だか分からないが、敵意に満ちたものであることは明らかだ。スルチ、ディヤルバクルで使われたのと同様に、確実に多数の人びとを傷つける高性能爆弾が使用された。この虐殺の背後にいる勢力は、今回も明らかにならないだろう。ディヤルバクルやスルチの場合のように、この事件の背後にいる勢力は明白だからだ」。
 デミルタシュは問いを発した。「かくも強力な諜報組織を持っている国家が、この事件にはなんの情報も持ってないなどということがありうるだろうか」。彼は続けた。「こうした問いを発するには厳しい状況がある。われわれは、社会をとりこにしたいと思っているマフィア、人殺し、殺人部隊と化した国家的マインドに直面している。われわれは、迫害に屈服しない人びとと共に、こうした日々を乗り越えなければならないだろう。しかしわれわれは法の範囲内で責任者の罪を問うだろう。われわれは、こうした事件をたんなる残忍な出来事として歴史に残すことを許しはしない。われわれは、こうしたやり方が永遠に続くことが絶対にないようにする」。
 HDP(人民民主党)の共同代表は、同党がどこにおいても選挙スケジュールを取り消しにせよと述べた。なぜなら何十人もの人びとが殺害されたような状況で、それを続けることはできないからだ。彼は、死傷者に手厚く配慮し、こうした攻撃に抵抗することをどこでも宣言すると述べた。「自由と平和は、選挙よりもはるかに大事なのだ」と彼は語った。
 
 二〇一五年一〇月一〇日 アンカラ
 
 (「インターナショナルビューポイント」サイトより)


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