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    かけはし2015.年10月26日号

社会の鋭い分極化が左翼に問うものは何か


ドイツの新しい何か…「難民歓迎」

難民連帯の民衆的高揚を資本の
社会破壊に直接立ち向う闘いへ

マヌエル・ケルナー

hhttp://internationalviewpoint.org/spip.php?article4239

 欧州に殺到する難民の波とその中で特にドイツ民衆に起きた自発的な歓迎の行動がメディアで大きく報じられ、同時にメルケル政権が示した「人道的な姿勢」も合わせて印象づけられた。しかしそこには、この「歓迎」を反転させかねない重大な問題が伏在している。以下では、現地の同志がこの「歓迎」の陰にある問題を伝えている。なお来週号には、フランスでの難民をめぐる政治的論争、および具体的な社会運動と難民自身による決起を紹介する。(「かけはし」編集部)

「歓迎の文化」の高まりが出現


ここ何週間か、難民のドイツ流入が歓迎、支援、連帯の大衆的運動をつくり出してきた。われわれは、ドイツの新聞の一面上、またドイツと世界の電子メディアに、「歓迎」という新しい文化を見ることができる。何百人という人々が、ミュンヘン、フランクフルト、ケルン、その他数多くの町にある鉄道の駅に集まっている。彼らは列車で到着した難民たちを拍手で迎えた。彼らは花や食料や飲み物を運んでいる。現金の寄付を行っている。大人数の人々が自らかってでて、衣類を仕分けし配り、こどものケアを行い、ドイツ語クラスを手配し、その他様々なサービスを提供している。
これは、社会の奥深いところで表現されつつある動きだ。いくつかのサッカークラブが難民で構成された国際チームをいくつか組織し、それらを様々なレベルのリーグに組み入れている。社会団体と政治的諸組織の確立された体系の外で、何千という人々が、難民への援助を組織するために自然発生的に結集している。彼らは、反レイシスト市民団体メンバー、反ファシスト団体(注一)メンバー、急進的左翼メンバーと協力して行動している。多くの若者たち――多くの移民の若者たちと「第二世代」に属している人びとを含んで――が、難民への実践的援助に焦点を絞った形で、極めて具体的なやり方でこの連帯運動に携わっている。
大民間TV局チャンネルと公共TVチャンネルには、難民と統合を支持する、数を増す報告、論争、あらゆる種類の番組がある。そしていつであっても、最も重大なことは難民の統合を求める熱の高さだ。意見のやりとりは一定数の問題をめぐって回転している。つまり、どうすればわれわれは、難民の苦境軽減に向けてもっとうまくできるだろうか、彼らと共に暮らすためにわれわれはどう振る舞うべきか、ドイツ政府は、物惜しみしない歓迎、時間をおかず効果的な援助、そして難民の統合といったものの全体化を、EU内部でどうすれば強要できるだろうか、というようなことだ。「難民歓迎」、このスローガンが、それを上回る注目事項が出るまでは、ドイツの公的論争を支配することとなった。

ドイツに潜在する極度の分極化


ここには、ペギーダ(注二)の外国人嫌悪かつ反ムスリムの抗議活動、また収容センターに加えて移民に敵対するネオナチが組織した暴力活動の波との間で、具体性のある対照、真の対照がある。ここで挙げた諸決起は、家族そろって現れ彼らの憎悪を叫んだ「怒れる市民たち」(ヴットビュルガー)によっても支援された。そして次いでわれわれは、難民に対する歓迎センターや収容施設を組織する政治家を殺す、という脅迫を聞いている。
これへの反動としてある今日の運動はまた、一九九〇年代前半に起きたことへの反対の中に位置をもっている。当時、ユーゴスラビアの戦争から逃れた難民に対する暴力的な諸々のデモと肉体的な攻撃の数々が、ダス・ボート・イスト・フォル(ボートは満杯だ)という公的イデオロギーの表紙をまとって遂行された。ちなみにこのイデオロギーは、一九九三年にドイツ憲法の変更に導いた。この時難民の権利は、厳格に規定された最低限のものへと引き下げられた。
それゆえ現時点では、ドイツに住む人びとの中には姿勢の極度の分極化がある。さしあたり、優勢であるものは連帯感情だ。ナチス、極右の支持者、彼らのTVスクリーン上でこの「歓迎」(ヴィルコメン)の群集と「歓迎の文化」(ヴィルコメンスクルトゥル)という公的イデオロギーを見ている、民族主義アジテーションで火をつけられた人びと、これらを想像してみよう!
他方でこの動きは雇用主諸組織から支持されている。それらは、「ドイツ経済」にとっての好機を強調しているが、それは多くの場合良質の労働力(特にシリアからの難民の場合真実だ)を売ることになる何十万人という人びとによって表現される、というわけだ。
すでに、オルバンのハンガリーを通過中の難民が叫んでいる。「ドイツ! われわれはドイツに行きたい! われわれはメルケルママを欲している!」と。そしてこれらの難民たちは、ドイツの鉄道のあちこちの駅で人々が彼らに渡す花々を見ている。彼らは、喝采を聞き、難民へのより良い歓待を準備するためにドイツ人が何十億ユーロも集金中だ、ということを知っている……。来い! 全員来い! 彼らが花のシャワーを浴び、何十億ユーロをも提供されようとしている以上、さらに多くのことがあるだろう。これは、ナチス、民族主義者、人種的憎悪を含んだ「西欧主義」の伝道者にとっては、いわば実体のある悪夢だ。

メルケル政権が準備する反転


これは、メルケル政権にとっては、また彼女の威信にとっては相当な勝利だ。昨日までアンゲラ・メルケルとヴォルフガング・ショイブレ(ドイツ財務相)は、ギリシャ民衆に対する超過酷な姿勢のゆえに、ヒトラーの口ひげとヴェールマハト(ドイツ国防軍)のそり付きヘルメットをつけた漫画で描かれ続けていたのだ。今や彼らは、人道主義原理と人間主義原理の化身として、「ハンガリー人、スロバキア人、デンマーク人、またその他の人でなしに反対して」立ち上がっている好例として、ほめたたえられている。
私は、食事中の人の食欲を削ぐためにスープにつばを吐くことを好むような者の一人ではない。われわれは、今日のドイツにおける「世論」の変化を歓迎すべきだ。これは、急進左翼にとっての好機だ。急進左翼には、連帯の基盤に立って行動を起こしつつある人びとすべてと協力し、彼らとの対話に入る可能性が開けている。しかしながらわれわれは、何が起きつつあるかについて、いわば冷静な分析を行わなければならない。
ショイブレは彼の予算声明において、難民の受け入れと統合に向けた数十億ユーロを、その支出を削減するようにという全省庁への指令とまさに組み合わせた。これこそ、鉄の財政規律という教条、「赤字ゼロ」のカルトだ。これが意味することは、緊縮政策が徹底的に再開するだろうということであり、そしてそれははね返り、反動へと導くだろうということだ。難民への支援が貧しい者たちや低所得層の社会状態悪化といったん組み合わされてしまえば、諸々の感情は、おそらくは大規模な形で、それに反対する方に転じかねないのだ。
これに対抗するためには、全体としての社会関係に大きく広げられた連帯感情を、不平等を小さくし、全員に見苦しくない暮らしの権利を要求する目的の下に、富の公正な配分を要求する連帯感を必要とする。

ドイツ左翼が抱える重大な問題


ドイツの左翼はその挑戦に完全には取りかかっていない。誰もが認めることだが、グレゴール・ギジ(左翼党)はブンデスターク(ドイツ連邦議会)の論争の中で、正しくもこの強制された脱出の原因という問題を取り上げた。そして彼は、介入戦争への参加を組織し、兵器産業をドイツの輸出への主要な貢献者の一つにしている、そうした支配的大国の選択肢との関係を確証した。アンゲラ・メルケルは、彼への直接的回答を慎重に回避した。
しかしギジは、難民との連帯という問題を、独裁によって圧迫されている人びととの連帯の問題、あるいはドイツの大ビジネスに反対する闘争における階級的連帯の問題とは結び付けなかった。しかしその大ビジネスの利害こそが、数を増す住民層を、できればここで難民になりたいというそれほど多くの人々を引きつけている、その「ドイツの天国」という理想からますます遠くなっている暮らしに宿命付けているのだ。そしてドイツに引きつけられている人びとのうち、ドイツで難民になれた人は、それでもほんの小さな少数部分なのだ。
また言われなければならないことだが、左翼党の左派および全体としてのドイツの急進左翼は、強制的脱出の理由という問題に対し、特にシリアに関して回答する点で、健全な位置に立ってはない。実際ブンデスターク左翼党議員団共同代表のサーラ・ヴァーゲンクネヒトは、シリア難民――二〇一四年以後ドイツにいる難民の多数を占めた――の問題に関する、アサドの独裁、またその体制が自身の住民に対して仕掛けている破壊的な戦争にふれずに済ました声明を、苦心して仕上げた。しかし彼らにとっては――彼らの「陣営主義」のゆえに――、シリア人の破局に責任があるのは、米国、EU、そして全体としての「西側」なのだ。
これは、アサド体制に対する民主的反対派に属する、あるいはそこに共感を持っているシリア難民との対話に、ドイツの急進左翼が入ることを可能にする道ではない。特に、こうした急進左翼(僅かの例外を除いて)が、初期にはイスラム反革命と共通するものをまったくもっていなかった、そうしたシリア革命と決して連帯したことがなかった以上は、なおさらだ。

不平等生み出す世界との対抗を


もう一つの重大な問題は、「良い難民」と「悪い難民」との間に区別をつけるという問題だ。たとえばシリア難民は、一九九三年以後のドイツにおける難民権に必要な厳格な基準に彼らが対応していないとしても、難民の地位を認知されると期待できる。その理由は、人々が「逃れている」という基準への理由として、シリアにおけるテロ、並びに血にまみれ耐え難い戦争を、世論も公式政策も認めているからだ。
しかしバルカンからの難民は、彼らが「単に」貧しいがゆえに西欧やドイツに来ようとしている「経済」移民あるいは難民として、単純に描かれている。事実としてドイツのメディアでは、差別を受けているロマの状況や、殺人的復讐で脅迫されているアルバニア人がしばしば強調されている。しかし、キリスト教保守派(CDU―CSU)とSPD(社会民主党)の大連立政権の公式政策は、彼らの出身国を「安全」と定義し、より良いこととして、問題の諸国からの難民を強制送還することをめざしている。
われわれはこれに対して、脱出の「経済的」あるいはむしろ社会的理由には、政治的抑圧や戦争や内戦を理由とした亡命と同じように正統性がある、と回答しなければならない。われわれは、少なくとも二〇億人の人びとに対して、どぎついほどの不平等と貧困を生み出している世界に生きている。支配的な工業化された諸国の勤労者階級多数は、死を呼ぶ境界によって自らを孤立させ、いわば要塞の中で自らをごまかすことによってではなく、この現実に直接立ち向かい、難民を統合することによってのみ、搾取と抑圧から自由になるべく、はじめて自身を解放する機会を得るのだ。
▼筆者は、第四インターナショナルのドイツにおける二つの公式分派の一つであるisL(国際社会主義左翼)メンバーであると共に、ケルンの左翼党メンバー。

注一)プロ・アシル協会とアマドイ・アントニオ基金は二〇一五年六月に、二〇一四年中に難民受け入れセンターの三六個所が、二〇一五年前半には一一個所が放火された、と記録した。これは、こうしたセンターに対するもっと多くの攻撃(二〇一四年には二五〇件、二〇一五年には九八件)の一部だった。これらの攻撃の大部分にはネオナチグループが関与していた。
注二)ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人)は、二〇一四年一〇月に発足した運動。(「インターナショナルビューポイント」二〇一五年九月号)



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