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    かけはし2015.年11月2日号

洪水被災―改めて問う 地球温暖化と土地利用


9.10〜11
豪雨水害の現場で思うこと

どのようなリスクに直面しているのか

大崎市在住組合員から(宮城全労協ニュースより)


 今年も洪水が多発した。中でも九月上旬には茨城県と宮城県で大きな被害につながり、考えるべき問題が多く突き付けられた。この中で注目を集めた「バックウォーター現象」は、温暖化による海面上昇進行を前提としたとき、大河川河口部に位置する日本の大都市に大きなリスクが潜在していることも示している。宮城全労協ニュース(二八九号)は、これらに示唆を与える記事と被災地からの報告を掲載した。以下に紹介したい。なお紙面の関係で一部を割愛した。(「かけはし」編集部)


 九月一〇日から一一日にかけて宮城県内にも記録的な豪雨が降り注いだ。県内各地で河川氾濫や崖崩れなどが相次ぎ、大きな被害をもたらした。
 大崎市在住のSさん(電通労組組合員)からの投稿(九月二八日付)を掲載する。
 宮城に東北初の特別警戒警報が出されたのは午前三時二〇分。大崎市内では渋井川が午前五時頃に決壊、周辺地域で四〇〇戸が孤立、住民多数が救出された。刈り取りを前にした田圃も冠水した。Sさんは自治体対応の検証とともに、「温暖化」「自然災害」についての議論も必要だと指摘している。
 北関東など河川が氾濫した自治体は対応に窮した。鬼怒川が決壊した常総市に批判が集中したが、行政対応が問われたのは宮城も同じだ。河北新報は「夜中に緊急メール/市民混乱も(仙台市)」「決壊前勧告出ず・大崎」「仙台市長/水防計画見直し方針」「一部自治体で避難勧告に不備」「知事『水位計設置を見直し』」など行政の問題点を相次いで指摘した。
 「線状降水帯」と「バックウォーター現象」。聞きなれない専門用語が今回のキーワードとなった。被災自治体は「不意打ちだった」というが、実際はどうか。批判は自治体に向いているが、政府の「防災・減災」政策はどうなっているのか。「国土強靭化が必要だ」(復興副大臣)と繰り返すだけではらちがあかない。堤防復旧だけでは解決にならない、河川行政の見直しが必要だという専門家の指摘が報じられている。
 首都圏直下や東南海など大規模地震の発生は時間の問題だ。よりリアルなのは、局所的な気象の変化が大都市機能を破壊することだ。二重の災害リスクを抱える東京五輪が「大震災復興」を看板にしているのはどういうことか。
 福島では「除染廃棄物」の収容袋が大量に流出し、内容物の流出も報告されている。「周辺環境への影響はほとんどない」(環境省)と相変わらずの説明だ。住民が納得できるわけはない。
 豪雨災害は大震災被災から四年半の「月命日」と重なった。「戦後七〇年」の墓参とあわせて震災犠牲者を弔った人たちが多くいた。安倍政権が「戦争法案」の強行採決に踏み切ったのは、そのようなタイミングだった。

「関東・東北豪雨」

被災した大崎市から考える

S記(宮城県大崎市在住/電通労組)

 最初に、被災された皆さんにお見舞いを申し上げます。
「関東・東北豪雨」と名づけられた記録的な大雨。九月として観測史上最大の雨が大崎地方に降り注いでいた。「渋井川」の堤防が決壊、古川西新井地区が深刻な浸水被害をこうむった。
被災当時を振り返り、行政対応と豪雨・河川被災について考えてみる。議論の一助としていただきたい。
今回、三・一一大震災と大崎地方との関係があらためて浮かび上がった。沿岸部があまりにも悲惨だったがゆえに、内陸部の地震被害には全国的な注目が集まらなかった。大崎など内陸部は地震被害からの復旧・復興とともに、沿岸部の「後背地」として津波被災者たちを支援した。津波被災地から移り住んだ人たちが、再び被災した。重ねて被災した人々への支援を、行政は真剣に考えるべきだ。

小規模「渋井川」で堤防が決壊


決壊した「渋井川」は「多田川」の支流だ。「多田川」は一級河川(国の管轄下)である「鳴瀬川」の支流の一つである。鳴瀬川の上流から下流域を見れば、多田川が合流して注ぎ込み、その多田川に渋井川が注ぎ込む。河川規模は当然、渋井川がもっとも小さい。
そうした事情を知っている人は、地域以外では少ないと思う。その「渋井川」が決壊し、周辺を水浸しにした。

 「大崎市災害対策本部によると、一一日、一級河川の鳴瀬川流域などにはすぐに勧告を出したが、氾濫した渋井川では川の状態が把握できず、午前四時半に準備情報を出すにとどめた。/堤防は午前五時ごろに決壊したとみられ、消防に救助を求める通報が相次いだ。/市も大人の背丈に迫る高さまで浸水しているのを確認したが、消防による救助活動が既に本格化していたため、勧告を見送った」(毎日新聞九月一二日)
実際に何が起きたか。錯綜した情報(たとえば水位計について)もあり、現時点で事実関係が明確になっているとは言えない。河川被害は個々の自治体の範囲にとどまらず、県の全貌把握と県民への説明が急がれる。
大崎市は広報(広報おおさき)に写真を掲載し、状況を説明しているので参考にしてほしい(広報は順次、ホームページに掲載される)。

クローズアップ
東北が伝えたこと

 「クローズアップ東北」(九月一八日)が西新井地区を詳しく報道した。「幸いなことに大崎市の死者はゼロだったが、住民への調査の結果、それは偶然に過ぎず、実は多くの命が危険にさらされていたことが分かってきた」(「豪雨の夜、何が/宮城、堤防決壊の現場から」番組広報より)。
東日本大震災の津波被災者である女性(Aさん)が取材を受けている。Aさんは気仙沼の自宅を失い、震災の一年後に大崎に移り住んだ。自宅は渋井川からおよそ二百メートルの地点にある。
大震災は夕刻になる前で明るかった。ところが今回は「真っ暗な中で、水がどんどん入ってくる」。「津波は来る方向が分かるので逃げようがあるが、川の氾濫はどこから水が来るのか想定できない。すごい恐怖だった」 
大崎市は、この二時間ほど前から緊急速報(エリアメール)を発信していた。「避難準備情報」の対象地域は広域合併以前の旧古川市に隣接する三本木全地域・岩出山全地域・鳴子温泉全地域。発信時刻は一一日午前二時三〇分。
居住地域が対象外のため、Aさんは避難を考えていなかった。午前四時過ぎ、家の中で異様な音を聞いた。「突然、お風呂と台所の排水口がボコボコ鳴り始めた」「そこから黒い水が逆流して出てきた」。「停電し、水がどこからか入ってきた」「すごく怖かった」。
四時半ごろ消防に通報し、救助を求めた。消防署は対応すると答えた。しかし、この日は通常の七倍ほどの通報が殺到していたという。大崎広域消防本部の課長は「自宅に浸水してきたが避難できない、寝たきりのものがいる、助けてください」などの電話に「非常に歯ぎしりした、忸怩たる思いがあった」と述べている。
大崎市が堤防の決壊を把握したのは午前五時半頃。もっと早い時間に決壊した可能性も指摘されている。
「気が付いたら水位がどんどん上がって、ソファーが浮いて、隣の部屋の畳が浮いた」。Aさんは転倒(足の指を骨折)、一刻の猶予もないと危機を察知した。家が平屋であり、自力での脱出を決断した。「深みにはまらないように、足を(側溝などに)落とさないように」「ちゃんと道路の真ん中を歩かなければならないという思いだけで」「水量がこれ以上増えたら、絶対無理だと」。家は半分没していた。「首までつかりながら、なんとか助かることができた」
「平地なので山が崩れることもないだろうし、ここは安全な土地だという感じがしていた」。Aさんはいま知り合いから借りた車の中で生活している(取材時現在)。水の怖さは海だけではなかった。「もう住まないです」「やっぱり水から離れて住もうと思います」。

今回の特徴は
中小河川の氾濫


渋井川の堤防決壊はなぜ起きたのか。東北大学災害科学国際研究所助教の呉修一さんは番組で「バックウォーター現象」を解説した。
前述したように、渋井川が合流する多田川は、上流域での降水を集めて増水しているので、合流地点の水位は上昇している。そのため渋井川の水の流入が妨げられ、その影響が渋井川の後ろ(上流)に伝わっていく(「バックウォーター現象」)。逆流した水が渋井川の水位を押し上げ、堤防の決壊につながった。
呉さんはさらに、どのようにして堤防が決壊したのか、別の場で言及している(*注)。堤防決壊には三つのパターンがあると報道されている。県内河川の複数個所と鬼怒川の決壊とはメカニズムが異なるとの指摘があり、県は渋井川などへの調査を進めている。
西新井地区は古くから水害に悩まされていた地域だ。昔は舟を持っていた家もあった。それでも「堤防の決壊は初めてだ」と住民は証言する。
堤防は一九五〇年代に完成したが「あり合わせの土で造られた」こともあり、住民は「不安を訴え続けてきた」。その後、大震災の影響も危惧された。住民の要請により県は調査したが、堤防自体に問題はないとの対応だったという(河北九月一四日「緩い土質、震災影響?住民「長年不安あった」)。

(注)「決壊場所の近くの堤防では、増水で削られた跡は見られず、川の水が乗り越えた跡も確認できなかった」「多田川が増水し、合流地点に渋井川の水が流れ込みづらくなった結果、水位が上がって堤防内部への浸透水が増え、強度が落ちたのでは」(朝日新聞県内版九月一六日「浸透水」が原因か/染みた水が強度下げる)。

避難情報の発信・伝達は適切だったのか


大崎市は一一日午前二時三〇分(私の携帯は三一分に受信)に緊急速報メール(エリアメール)を送り、そして市のホームページ上で三本木地域などに「避難準備情報」を発出した。
その後、三本木地域に「避難勧告」、古川全域などに「避難準備情報」等を連続的に出し、午前一一時の鹿島台地域への「避難指示」が最終の発出だ。午前一一時以降、地域毎の避難勧告等の解除が順次出され、九月一五日に古川地域の「避難準備情報解除」(エリアメール受信はない)、一八日の「避難所閉鎖」(ホームページ上)が最後の発令情報になる。
被災者のAさんが異変に気付いたのが午前四時頃だった。古川(全)地域の「避難準備情報」の緊急速報メールは午前五時九分。すでに自宅へ浸水している。
「広報おおさき」一〇月号(一〇月一日発行)によると午前五時二〇分ころ、現地の消防団員から「堤防が決壊したようだ」と一報が入り、対岸の住民によって午前五時三〇分ころ事実の確認がされた。しかし、浸水地域である西新井地区や隣の米袋地区などへの「避難指示」等は出されなかった。午前五時頃を前後して、鹿島台地域、田尻地域は「避難勧告」「指示」が出されている。どうしてなのか大きな疑問だ。あくまでも推測だが、水位計の設置の有無が関係している可能性があると思う。検証が必要だ。

 自分自身の対応を振り返ってみる。携帯電話が緊急速報メールを受信したのが午前二時三一分。携帯電話は枕元になく、朝起きて初めて受信を知った。
自治体の災害用緊急メールは、内容、タイミング、対象が問われるだけではない。誰もがリアルタイムで情報を知るわけではない。さらに今回、すべての携帯が自動的に受信できるとは限らず、設定が必要な機種もあることに気づいた。災害時の携帯通知の実効性について再考すべきだと実感した。
早朝七時過ぎ、渋井川の決壊映像をテレビで見た。古川地域は「避難準備情報」のみで、大丈夫だと思っていたので驚いた。知人に連絡を取ると床下浸水しているという。自宅付近に浸水してきているという情報も入ってきた
事後に国土交通省の「川の防災情報」のサイトにアクセスしてみた。自宅からそう遠くない地点に設置されている「鳴瀬川・下中目」の水位計データによれば、ピークは午前五時で七・二三m(「氾濫危険」水位は七・八m)。徐々に下がり、午後一時には五・五二mに。それでも「氾濫注意」水位の五・五〇mは超えていた。自宅は鳴瀬川からそんなに距離があるわけではないので、豪雨が降りつづけていれば危険な状況になっていただろう。

大崎市防災安全課への質問―略

治水のあり方を考える


朝日新聞のデジタルサイトWEBRONZAに一六日、地球太陽科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員の山内正敏さんの寄稿「洪水対策はどこまで可能なのか? 過去にない大雨が増え、遊水池=水田が消えゆく中での治水のありかたを探る」が掲載されている。印象に残った文章を紹介し、洪水災害への向き合い方を考えていこうと思う。
「まず、日本では昔から河川の氾濫や堤防の決壊といった水害が多く、政治の最優先課題のひとつであり続けた事実を指摘したい」(中略)「一級河川の氾濫や決壊になると、これは集中豪雨の雨量ではなく、流域一帯での平均総雨量で決まる。それが今回は記録的だった。洪水を引き起こしておかしくない天災レベルだったということだ」。(中略)「もしも、日本の亜熱帯化に伴って、雨域が北に上がったらどうなるか? その場合、関東や東北での大雨のレベルが今までと違ってこよう」(中略)「そんな状況にあって、日本人の過去の知恵とも言える遊水池=水田は、地方都市ですら住宅地に転用されつつある。そのため、同じ降雨量でも水位が上がる」「川の近くは『洪水リスクはあるが地価が安い』ということで都市化が進んでいる」(中略)「今、洪水に関して早急にできることは少ない。しかし、直ぐにすべき政策はある。それは現存する堤防(自然堤防を含む)から一定距離以内での新築を禁じ、他の土地利用を禁止することだ」。
(中略)「最後になるが、今回は避難勧告の出し方も問題になった。……警報を人間が出している限り、出し忘れの危険は常にある。……日本の技術なら、川に沿って数キロずつ水位を自動的に測り、それをネットに流すのはやさしいはずだ」「これなら少ない予算で可能だろう。自治体レベルでなく、総務省が音頭をとって開発・設置すべきことだと思う」。
異論・反論はあると思うが、遊水池の減少・宅地に転用などについては共感する点がある。温暖化に有効なブレーキをかけること、自然災害に具体的に対策を講じ、みずからの問題と考えることが必要な時代に入ったと思う。

(参照)
○平成二七年九月関東・東北豪雨に関わる被害及び復旧状況等について(国土交通省hp)
http://www.mlit.go.jp/river/bousai/saigai/pdf/h27/typh18_150925.pd
(出典・引用など)
○NHKクローズアップ東北「豪雨の夜に何が」(九月一八日放送)
○朝日新聞デジタルWEBRONZA「緊急寄稿 洪水対策はどこまで可能なのか?」九月一六日
○国土交通省/リアルタイム・川の防災情報(http://www.river.go.jp/)
(参考サイト/すべて国土交通省hp)
〔災害・防災関連情報〕〔総合災害情報システムDiMAPS〕〔あなたの町のハザードマップ〕

(写真/9月26日、二週間後の渋井川。若木橋から渋井川上流を望む(写真上)。(中)は下流方面で、左側の堤防2か所で決壊。(下)は上流の決壊現場。冠水した田んぼでは被害を最小限にとどめるべく、2日後から稲刈りが開始された。稲刈りはほぼ終わっており、地元の方からの説明がなければ浸水があったとは思えないくらいだ。
被災地周辺は鳴瀬川、多田川、渋井川、大江川と?川がすぐそばにある地域〉であり、洪水対策のために「排水機場」が流域に数多く設置されている。田んぼの宅地化が被害を拡大した印象を受けた)。


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