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    かけはし2015.年11月2日号

すべての人に住宅提供は可能だ


空き家占拠闘争 DAL(住宅権利協会)代表に聞く

難民、移民、ホームレスへの犠牲押しつけを許すな


 フランスのDAL(住宅権利協会)のスポークスパーソンの、ジャン・バプティスト・エローは、この問題が難民の受入れに反対する世論を作り出すために一部の政治家たちによって利用されている現局面での住宅問題の現状を説明している。彼はまた、サン=トゥアンで現在進行中のアパートの占拠についても説明してくれた。

大規模な社会的追
い出し運動の一環


――あなたたちは現在、サン=トゥアンのアパートを占拠していますね……。

 青年労働者の家族がこの間、アパートから追い出されているのです。すでに一七〇人の住人が追い出されました。そのうちの約三〇人が二年間にわたって抵抗しています。アパートの建物は、サン=トゥアン市がHLM(低家賃公共住宅)事務所に管理させる形で所有していて、同市は、ヴィンチ社にそれを売却し、全面的な都市再開発の一環として、そしてまた大規模な社会的追出し運動の一環として、その区画に高級ホテルを建設するために、最後の借家人たちを一掃したいと思っているのです。それは社会的追出しであり、庶民階級の人々を追い出すことを意味しています。先の地方選で当選した右派のパリ市長は、パリの社会住宅(公営住宅のこと)の少なくとも三〇%を解体すると宣言しています。
われわれは九月一五日の正午ごろに現場に到着した。この夏、追い出されたさまざまなグループの家族を含む一五〇人の人々といっしょに、警備員を無視して、中に入って進み、一四階、そして屋上にまで上がり、この建物を占拠したのです。われわれはまず最初に、国がこの建物を収用するよう要求しました。この日にHLM管理事務所によって警察の出動の要請が出され、セーヌ・サン・ドニ県の知事がこの要請に同意したようですが、この日には警察による追出しは行われませんでした。

すべての難民
を受け入れる


――なぜこの占拠が行われたのでしょう?

 この建物を国が収用する必要があると考えたからです。イル・ド・フランス(首都圏地域)全域で現在、テントが建てられています。われわれは難民を引き受けていますが、すべての難民を受け入れる必要があります。すべての難民とは、すなわち、戦争からの難民、つまり、植民地戦争や植民地の独立後の戦争からの難民、そして、経済戦争からの難民、つまり、資本主義が展開している貧しい人々に対する戦争、最富裕層が世界の民衆の多数派に対して、最も弱い人々に対して、展開している戦争、からの難民、ということです。
以上のスローガンにもとづいて、われわれは、ガリ知事が就任して以降のこの二、三年来、厳しい弾圧が続いてきたセーヌ・サン・ドニ県でわれわれがさまざまな団体のテントを結集したのです。レピュブリック広場でテントを張っている家族もここにやって来てここに身を落ち着けるようになりましたが、それだけにとどまらず、サン・トゥアンの村から、ヴューニュ=パンタン間、サン・ドニ、ブローニュ=ビヤンクール間、を結ぶ道路の路上からロマ人の家族もやって来ました。われわれが要求しているのは、そこに結集しているすべての人々に対する住宅の提供であり、家のないすべての人々にために空き家を国が収用することです。

政府による相次ぐ
宿泊場所の閉鎖


――(極右派の国民戦線の)マリーヌ・ル・ペンは、家のない失業者が多くいるということを口実にして、難民の受入れに反対しています……。

 まず最初に言わなければならないのは、すべての難民に宿泊場所が提供されているわけではない、ということです。その証拠に、われわれの運動に加わっている、シリアやスーダン出身の人々が何人かいるのです。路上に多くの人々がいる一方、空き家になっている多くの住宅もあるのです! 政府がこれにどう対応するかがいずれ明らかになるでしょう。政府のこの対策は、家を持たない他の人々や国内の難民がどうなるのかに大きく影響してきます。それが戦争からであれ、社会的戦争からであれ、貧者に対する戦争からであれ、すべての難民、住宅を持たないすべての人々を受けれなければならないし、これらすべての人々に宿泊場所を提供する多くの家屋がある、とわれわれは考えています。
今や前に進むべき時です。難民に対する同情の声に力を得て、政治家や最高決定権限をもつ人々や大規模な不動産物件を管理している不動産所有者などに圧力をかけ、他の人々をも受け入れざるを得ないようにさせる必要があります。今や大衆動員に打って出るべき時です。

―パリ市長は、難民テントにいる八〇〇人に宿泊場所を提供したと発表していますが……。

 われわれはまだ市長から返事を受け取っていません。難民の代わりに追い出された人々の家族がどうなったのかについての通知をわれわれはまだ受け取っていないのです。政府は、多くの金を投入し、空き家になっている物件を動員しています。こうして新しい宿泊場所を設置するのですが、しばらくして、それから少し時間が経つと、こうした急造の宿泊場所がどんなものかが分ってきます。政府がこれらの急造の宿泊施設のための経費を支払う段になると、その費用負担を嫌ってあちこちの宿泊場所を閉鎖し始めるのです。

 COP21(気候変動枠組み条約第二一回締約国会議)のパリ会議が間もなく開催される(一二月)という点も忘れてはなりません、これが事態を決定する要素です。COP21の国際会議を前にして政府に抱いている感情、意向からすると、とげとげしい雰囲気の情勢をそれまでに少し和らげたいというわけです。ブラジルでのサッカーのワールドカップの時のようなサンパウロの大混乱は避けたいというわけです。この時、押し寄せたブラジルのデモ隊がサッカー会場のすぐ横にまでやって来てそこに居座ってしまったのでした。セーヌ・サン・ドニ県のガリ知事は、いつものように、無謀にも追出しに踏み切りました。知事にとっては不幸なことに、今、われわれは、パリの真ん中の、レプブリック広場のキャンプにも参加しているのです。われわれは、追い出された家族がレプブリック広場で輸送車から降ろされるということを知っていたので、セーヌ・サン・ドニ県でテント設営をすることにしたのです。今年の夏に起こった出来事は以上のようなことです。われわれはある程度、テント設営の要(かなめ)となっていたのでした。

住民を追い出し
大々的な再開発


――では政府の政策はどうなのでしょう?

 ひどいものです。宿泊提供に関しては、われわれは前進していて、展望があります。そのことは明白です。でも他の面では、政府の政策は金持ちのための住宅政策なのです。だから、夏の間、住宅手当を節約できる可能性がないかという点をめぐって論争がありました。フランスではAPL(個人への住宅援助)を受けているのはどのような人々なのでしょうか? 住民の中の一〇%に当たる最貧困層がAPLの九〇%を受け取っています。だから、そうした「節約」で援助が減らされたり、すり減らされたりすることになるのはこうした層なのです……。住宅への援助、すなわち、社会住宅(公共住宅)への援助の廃止が政府によって検討されています。おそらく、これは実現されることはないでしょうが、政府はその埋め合わせをしたいと考えています。何によって埋め合わせするでしょう? 賃貸社会住宅互助基金によってです。この基金に集められているのはどのような資金なのでしょうか? それは借家人のお金なのです! もし手元に十分な資金のある賃貸社会住宅があれば、借家人の住宅の状態を改善するためにその資金を使えるに違いありません。もしその資金があり余っているのなら、賃貸社会住宅が放置したままで荒廃にまかせている郊外の公共高層団地の復興のために、その資金を使うことができます。政府がしなければならないのは、まさにこのことです。これこそが政府のなすべき仕事です。その建物を常に保守しなければならないのです。でも政府はそうはしていません。むしろ、そうした住宅を解体し、大々的な再開発をする道を選ぶのです。住んでいる人々を立ち退かせ、解体された住宅に代わって、学生用や高齢者用の住宅を建設するのです。住んでほしくない人々を入れ替えたり、追い出したりしています。サン・トゥアンのわれわれの空き家占拠は、このような政府の政策に対する抵抗の一環なのです。
同時に、A通帳(銀行に預金口座開設を認められない低所得の庶民でも開設できる郵便貯金口座の通帳。政府はこれをなくしたがっている)の利息の〇・七五%への引き下げという政策がなされています。これはA通帳への預金が集まらないようにすることにつながるのですが、A通帳で集められた郵便貯金の資金は社会住宅の基金に回されるので、この措置は社会住宅への公共投資を弱体化させることにつながる一方、より利息は高いがリスクの高い資金の取引を扱っている銀行の投機活動を利することになります。そのため、多くの預金が撤退しています。今月の収支決算をしてみると、破産だというようになってしまうのです。

すべての人へ
住宅の保障を


――今後の大衆動員はどうなっていくのでしょう?

 われわれは、一〇月一〇日の住宅に関するデモの呼びかけに賛同しています。このデモは二つの主要テーマをめぐって展開されます。ひとつはすべての人への住居ということであり、もうひとつは追出しの拒否です。これはいずれにしても、住宅政策の問題です。社会運動団体の間で現在討論中のひとつの草案があります。おそらく、社会住宅にのしかかった脅威が草案の中のいくつかの点を決めることになるでしょう。住宅への援助の廃止、これこそ本当の新自由主義の革命です。この重大な後退が社会運動団体を大衆動員へと向かわせる可能性があります。そこに運動の飛躍的発展が生まれることが期待されます。そうなれば、それはすべての人がそこに結集する機会となるでしょう。その要求は次の通りです。すべての人に住宅を、追出し反対、年間二〇万戸のHLM(低家賃公共住宅)の建設を、社会投資手段を維持すること。すなわち、住宅の一%をA通帳預金で集まっている資金から回すこと。大都市近郊で上昇している家賃を規制すること。一二月にパリで開催されるCOP21については、しばらくは成り行きを見守ることになります。来たるべき週末、レピュブリック広場のアルテルナティバ広場で、われわれはテント設営運動に参加します。COP21については、家のない人々の宿泊場所を確保するするために、ホテルを宿泊施設にするという対策を変更してはならないという点を確認しておかなければならないでしょう。

 ▼『ランティ・カピタリスト』(反資本主義新党=NPAの新聞)(三〇四号、二〇一五年九月二四日)

コラム

『冤罪放浪記』

 「正義の味方」と思い込んでいた警察が、無実の人を逮捕して刑務所にぶち込む。「狭山事件」は、私が活動家として価値観を転換するきっかけになった、原点ともいえる出来事である。
 その集会に、他の冤罪被害者たちも駆けつけ、エールを交換する。「布川事件」の杉山卓夫(たかお)さんも、その一人だ。
 優しくて気の弱い容疑者に警察は、脅しやすかし、そして殴る蹴るの暴力で取り調べを行う。ところが一八〇センチを超える大男の杉山さんに刑事たちは、もっぱら「泣き落とし」で自白を強要した。事件発生から無罪判決を勝ち取るまでの体験を、杉山さんは二年前に『冤罪放浪記』(河出書房新社)という本で告白している。
 寝食を忘れ、一気に読んだ。暴力団松葉会から連合赤軍、金嬉老から守大助まで。社会を震撼させた「有名人」たちが次々と登場して、読者を飽きさせない。理論やプライド重視のインテリではなく、ヤクザも絡む抗争事件などで暴れ回っていた杉山さん。出会った冤罪被害者たちとのやりとりを、実に生き生きと描いている。
 本来網走に収監される予定の彼は支援者らの努力で、再審を闘いやすい千葉刑に移送された。だが「無罪獲得」と「悔恨」は相いれない。三一歳にして、いつ終わるとも知れぬ服役開始の絶望を吹き飛ばしたのが、配属先の工場にいた住吉会のAだった。
 周囲を見渡せば、地元土浦で「悪さ」をしていた時の懐かしい面々が、ずらりと並んでいた。ボス級ヤクザAは牢名主として幅を利かせ、彼と親しかった杉山さんは、新人ながら仲間たちから一目置かれることになった。刑務作業を終えた夜は独房で支援者らに手紙を書き、裁判記録を読み込む。一八年四カ月の千葉刑での生活は、忙しいが楽しくもあり、毎日があっという間に過ぎてしまったという。
 獄中生活を快適にしたのはかつての悪友だが、冤罪を晴らす闘いの窓口となったのは「日本国民救援会」だった。労働運動や反戦運動は権力が狙いうちで弾圧するが、一般刑法犯における冤罪多発の温床は、代用監獄における自白偏重である。警察の拷問に耐えきれず、「裁判で本当のことを言おう」と諦め屈服していく。
 同じ釜の飯を食った同志たちの友情、固い絆に触れるとき、ありふれた言葉であるが私は、勇気と感動をもらう。「冤罪」という権力犯罪への怒りは、思想信条を超えて共有されている、とは言い過ぎか。
 「裁判官の皆さん、警察、検察の皆さんに対しては、『私への謝罪は必要ない』ということを、この場を借りて言っておきたいと思います。謝られても、許すつもりはありません」――本書カバーの袖に記された、杉山さんの言葉である。 (隆)

 



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