もどる

    かけはし2015.年11月23日号

砂川の成果を沖縄の勝利へ


 

11.5砂川闘争60周年のつどい

私たちに基地も戦争もいらない

教訓を新しい時代につなげよう



米軍基地拡張
とのたたかい
 一一月五日、東京都立川市のたましんRISURU大ホールで「わたしたちに基地も戦争もいらない!――砂川闘争60周年のつどい」が開催された。主催は同実行委員会。午後一時からロビー展示、午後二時から映画上映(「速報辺野古のたたかい」、「流血の記録・砂川」)が行われた後、午後六時から「つどい」が開催された。「つどい」には一一〇〇人が結集し、大盛況だった。
 この日の集会は、一九五五年に米軍砂川基地拡張が通告され、砂川の人びとが砂川町基地拡張反対同盟を結成して町ぐるみの闘いを開始してから六〇年となるのを記念して開催された。一九五六年には「流血の記録」に描かれた激烈な闘いを経て、政府はついに「測量中止」を表明。その後、一〇年以上を経て、一九六八年一二月になって米軍は基地拡張中止を発表し、翌一九六九年には基地拡張のための収用認定を取り消すことで砂川町基地拡張反対同盟の闘いは勝利したのである。

砂川事件最高裁
判決とは何か?
一九五六年の闘争の後、翌一九五七年には基地内にある青木市五郎さん(行動隊長)の土地の明け渡しを求めて、基地内に入った労働者と学生が刑事特別法違反で逮捕・起訴されるという事件が起きた。この裁判で東京地裁伊達裁判長は、一九五九年三月三〇日に「駐留米軍は憲法違反であり、被告は無罪」という画期的判決を下した。いわゆる伊達判決である。
ところが、翌年の安保改定を控えて日米安保違憲判決が出たことに危機感を深めた日米両政府は高裁を飛ばして最高裁に上告(跳躍上告)することを決定した。その後も当時の田中耕太郎最高裁長官と駐日米大使マッカーサー(占領軍最高司令官マッカーサーの甥)が判決のテンポ・形態等について密談を繰り返した。そしてついに一九五九年一二月に一審伊達判決を破棄し、地裁に差し戻す判決を田中耕太郎自らの手で下すことになったのである。
この最高裁判決が実は、日本政府・外務省、駐日米大使館・米国国務省、そして田中最高裁長官との緊密な打ち合わせの下でなされた、「司法の独立」を根底から破壊する違憲判決であることは国際問題研究家の新原昭二さんらが発見した米国立公文書館所蔵の秘密文書で明らかとなった。
それにもかかわらず「集団的自衛権」の行使を「合憲」化し、「戦争法」を制定しようとする安倍政権が、砂川最高裁判決を「集団的自衛権行使合憲」の唯一の法的根拠として利用するに及んで、砂川の闘いは新たな意味合いでクローズアップされることになった(砂川闘争と伊達判決、そして「伊達判決を生かす会」の闘いについては本紙二〇一四年一〇月二〇日号四面、砂川事件元被告・土屋源太郎さんへのインタビュー参照)。
砂川闘争六〇周年の集会は、こうしてあろうことか違憲の「砂川最高裁判決」を根拠にして「集団的自衛権」行使を「合憲化」し、戦争国家に進もうとする安倍政権との闘いの中で重要な意味を持つことになったのである。

森田実さん、照
屋寛徳さんの話
集会では組曲「砂川」が一〇〇人近い合唱団によって歌われた後、実行委員会事務局長の島田清作さん(元立川市議)が基調報告。島田さんは、「砂川闘争六〇年を記念する集会が、今日の安倍政権による戦争法との闘い、とりわけ沖縄の反基地闘争との連帯をかけて準備されてきた」ことを強調し、その今日的意味をあらためて確認した。記念講演は当時の全学連平和部長だった森田実さん(評論家)。森田さんは、当時壊滅状況にあった学生運動の立て直しをかけ、一九五六年に清水幾太郎に呼ばれて四谷のそば屋の二階で、総評幹部の高野実さんや砂川基地拡張反対同盟行動隊長の青木市五郎さんに引き合わされ、「是非参加してほしい」と依頼され、決意したというエピソードなどを紹介した。
続いて、沖縄からの訴えを照屋寛徳衆院議員(社民党)が行った。照屋さんは、一九四五年七月、グアム島の捕虜収容所で生まれた自らの人生と重ね合わせながら「私たちに基地も軍隊もいらない。安倍独裁政権はいらない」と呼びかけながら、現在の辺野古新基地建設に反対する「島ぐるみ」の闘いの意義を強調。キャンプ・シュワブゲート前に二〇〇人の警視庁機動隊を投入した弾圧に怒りを燃やし、「誇りと尊厳をかけた闘いに勝利しよう。辺野古の闘いこそ戦争法を発動させない闘いだ。沖縄の人びとは横田へのCV22オスプレイ配備に反対する」と訴えて、満場の拍手を受けた。

たんなる思い
出話ではなく
パネルディスカッションは青木栄司さん(元砂川町基地拡張反対同盟の青木行動隊長のお孫さん)、白神優理子さん(明日の自由を守る若手弁護士の会)、土屋源太郎さん(砂川判決再審請求人)、長谷緑也さん(元三多摩地区労働組合協議会議長)、そして島田清作さんの五人で行われた。
「砂川は新しい開墾地で、桑で豊かに栄えていた。その土地を渡せないという思いが農民には強かった。戦争からまだ一〇年しか経っておらず、その記憶は生々しいものがあったと聞いている」(青木さん)。
「当時、全日通労組で闘っていた。まず援農から入り、素朴な農民の魂が全国の人びとの心をゆさぶっていった。デモ、ピケのやり方などを農民といっしょに勉強していく闘争でもあった」(長谷さん)。
「中学校の講堂に泊まり込んで測量阻止の闘いを行った。お母さんたちの闘いに支援の側が獲得されていった。測量阻止の攻防では一〇〇〇人近いけが人が出た激しい激突になった」(島田さん)。
「一九九五年の沖縄の少女レイプ事件に衝撃を受けた。基地問題の背景には日米安保があり、その構造と日本国憲法が対立している。伊達判決を否定した最高裁判決は無効だ。子どもたちから憲法を奪う戦争法に反対しよう」(白神さん)。
「基地内の土地は最終的に一九七六年に返還された。二三軒の農家は最後まで土地を手放さなかった。将来は砂川記念公園・記念館を作り、平和の街づくりに貢献したい」(青木さん)。
「ここで砂川闘争六〇年を回想するというだけではダメであり、いま現に闘われている沖縄・辺野古の闘いに駆けつけ、沖縄の米軍基地をなくすための闘いを共に進めていくことが必要だ」(土屋さん)。
こうして砂川闘争六〇年の集会は、戦争法を廃止し、沖縄・辺野古の米軍基地建設を阻止していく意志を改めて確認していく場ともなったのである。(K)

11.10

沖縄報道のあり方を問う

金平茂紀さんが語る現場の声

「官」と一体化する本土メディア


 一一月一〇日、「沖縄戦の史実歪曲を許さず沖縄の真実を広める首都圏の会」は、全労連会館で金平茂紀さん(TBS「報道特集」ニュースキャスター)を講師に招き、「沖縄報道のあり方を問う―辺野古の現在を中心に」というテーマの講演会を行い、一〇〇人が参加した。

警視庁機動隊
派遣の真相は
安倍政権と沖縄防衛局は、一〇月二九日、辺野古新基地建設に向けてキャンプ・シュワブ陸上部の仮設作業ヤードと仮設道路の整備工事を強行した。さらに表向きは、沖縄県警による要請に対して警察庁が警視庁機動隊を一五〇人を派遣したが、実質的に首相官邸の強力な指示で派遣したのは間違いない。山城博治議長(沖縄平和運動センター)
が「軍隊を引き連れた琉球処分と同じ構図。また暴力装置で沖縄の声を圧殺するつもりだ」(沖縄タイムス/一一・一)と批判している。
一一月四日、午前六時二〇分、キャンプ・シュワブゲート前の闘いを弾圧するために沖縄県警・警視庁機動隊二〇〇人以上が排除陣形についた。闘う仲間たち一五〇人は、工事車両の進入阻止にむけて座り込みで対峙する。六時五四分頃、機動隊二〇〇人以上が強制排除に向けて襲いかかった。ゴボウ抜き排除で男性一人が公務執行妨害罪で不当逮捕、複数の怪我人が発生した。菅義偉官房長官は、警視庁機動隊の投入と襲撃に対して「沖縄県警が適切に判断した」と居直った。菅は、表向き県警の要請だったと装いながら「沖縄基地負担軽減担当」の立場を大いに活用して警視庁機動隊派遣を追認したのだ(四日)。
新基地建設の埋め立て予定地で土器や石器が発見され、沖縄県教育委員会が一帯を遺跡に認定した場合、文化財保護法に基づく調査によって工事計画が遅れる事態が発生しつつある。だが菅は、記者会見(四日)で「承知していない。」と無視し、「法治国家なので、法律に基づいて適切に対応していく」などと強がってみせた。
辺野古現地は、日々緊迫した局面へと深まっていかざるをえない。山城さんは、「もう単なる反対運動ではない。沖縄とヤマト政府の全面対決だ」と厳しく糾弾している(同紙一一・五)。機動隊の暴力を許さず、工事阻止の闘いに連帯していこう。

地元メディア
との連携が大事
集会は、辺野古現地の攻防を報じる新聞コピーが紹介されるなか始まった。
主催者から開催あいさつが行われ、「『中学校歴史教科書沖縄関連記述一覧』を参照してほしい。二〇一六年度に中学生が使用する教科書は、文部科学省の教科書検定を経て、それまでの教科書(二〇一二年度)からどのように変わったのか。現在の沖縄をとりまく状況と合わせて考えていきたい。さらに二〇〇〇万人『戦争法の廃止を求める統一署名』の取り組みにご協力ください」と呼びかけた。
金平茂紀さんは、冒頭、キャンプ・シュワブゲート前の仲間たちに対して県警・警視庁機動隊が襲いかかり、強制排除するシーンを映し出した。「警視庁機動隊の宿泊先が大浦湾にあるカヌチャリゾートだ。一部屋一泊五万円前後で八〇部屋あるから、一日四〇〇万円以上の税金が使われていることになる。いつまで排除のためにいるのかわからないが、膨大な税金の無駄使いを続けるつもりだ」と怒りをこめて批判した。
さらに「沖縄報道をめぐる論点を考えてみた」というテーマで金平さんは、以下のように問題提起した。
@本土メディアと沖縄メディア―「本土メディアは、明らかに『官』と一体化している。とりわけ政治部記者の権力迎合、自己規制・忖度・隷従の姿勢が強くなってきている。例えば、『慰霊の日』式典で安倍首相に対して『何しに来た!帰れ!』『沖縄を犠牲にするな!』などのヤジが飛び交っていた。沖縄メディアは、一部を報道したが、NHKニュースは全面カットだ。つまり、弱者に寄り添わず、強気にひれ伏し、擦り寄る立場だ」。
A歴史的視点の欠如―「琉球王国にまで遡る想像力の欠如だ。日本政府がやっていることは、露骨な植民地主義と差別に貫かれていることを批判しないところに致命的な欠陥がある。だから翁長知事は、国連人権理事会で演説し、沖縄基地問題と人権について自己決定権の観点から主張を行った。これは沖縄の民衆が、現時的な選択肢として独立・自治への流れと繋がっている。『琉球独立論』が復権しつつある」。
B何をどうしたらいいのだろうか―「本土メディアは、もっと沖縄地元メディアとの連携を強めていく必要がある。そのプロセスによって切磋琢磨していくだろう。同時に国際社会の視点から沖縄問題を報じることも求められている。民意に寄り添うために文化のチカラに接近していくことも重要だ」。
最後に質疑応答が行われ、参加者全体で辺野古新基地反対の闘いに応えていくことを確認した。 (Y)



もどる

Back