もどる

    かけはし2015.年12月7日号

朴正煕と李承晩が浮上


予見される国定教科書の争点10

パク大統領、ファン首相の発言から推測される歴史の歪曲

  歴史教科書国定化に反対する世論が時の経過とともに高まっているにもかかわらず政府は11月13日、国定化を確定告示した。2017年から、国家が作った「単一の歴史教科書」を出すという方針だ。国家が歴史の解釈を1つに統一して出す教科書は、どんな中味なのだろうか。執筆基準が公開されておらず、正確に予想することはできない。けれども政府が国定化を強行しながら主張した論理を集めてみれば大まかな方向を推測することはできる。
 「ハンギョレ21」は歴史国定教科書において、拡大されたり縮小される恐れの高い10項目の核心的争点を要約してみた。歴史教師キム・テウ(京畿・楊州三崇中、全国歴史教師の会副会長)、チョ・ヨンムン(京畿・金浦通津中)、チュ・ウング(ソウル・石串高)の各氏と最近、政府の国定化の論理を反ばくして話題を集めた歴史課目の学院講師シム・ヨンファン氏ら4人の諮問を受けた。パク・クネ大統領とファン・ギョアン首相などの発言や、政府が「偏向」に言及していないニューライト傾向の教学社刊の教科書内容などを根拠にした。

1、 上古史の民族主義的叙述の強化
ファン・ウヨ副総理兼教育部長官は「歴史教科書の国定化確定」記者会見で「第1に、上古史および古代史部分を補強します。古代東北アジアの歴史の歪曲を正し、わが民族の起源と発展について学生らが正しく認識できるようにしていきます」と語った。中・高等学生に歴史を教えている教師・講師たちは、政府が歴史国定教科書で上古史・古代史の比重を増やすと同時に、過度な民族主義的解釈を反映させるだろうと予測した。
チョ・ヨンムン教師は「学界では認められていない〈ファンダン古記〉などの内容が教科書に載り、過度な民族主義意識や排他的思考を植えつけようとするかが心配だ」と語った。〈ファンダン古記〉は1911年にケ・ヨンスが著した本で、わが民族は石器時代から東北アジア地域の範囲を超えた大帝国を建設したとの主張を盛り込んでいる。正統の歴史学界は「偽書」だと評価している。
パク・クネ大統領は2013年の光復節の祝辞で「国は人間にとっての体であり、歴史は魂のごときだ」という〈ファンダン古記〉の一節を引用したことがある。既に政府はパク大統領就任の最初の年から上古史・古代史の研究企画・支援を大幅に増やし、その背景をめぐって論難がかもし出されもした。

2、 日帝強占期の独立運動史縮小
歴史国定教科書において日帝強占期(日帝の植民地時代)の独立運動史が縮小・歪曲して叙述されるだろうという心配も出てきた。現行の高等学校韓国史検定教科書では、愛国啓蒙運動、義兵運動、民族主義独立運動(キム・グ、臨時政府)、民族主義左派独立運動(ヤクサン・キム・ウォボンなど)、満州武装闘争、左右合作(新幹会)など、当時の幅広い独立運動をすべて叙述している。
チュ・ウング教師は「(さまざまな独立運動が)体制にふさわしくないだとか内容があまりにも多いとの論理で縮小される可能性がある。ユ・グワンス烈士は(教育部の国定化広報広告で)強調していたので必ず入れるだろうけれども、大体にして民族主義系列や臨時政府系列の独立運動だけを強調する可能性が大きい」と語った。ファン副総理は「日帝の収奪と、それに抵抗した独立運動史について忠実に記述する」と発表したが、彼の言葉とは違って独立運動史が断片的かつ小さく叙述される可能性が濃厚だ、という指摘だ。

3、 1948年大韓民国建国の強調
ファン・ギョアン国務総理は11月13日、「大韓民国は『政府の樹立』、北韓(北朝鮮)については『朝鮮民主主義人民共和国』の樹立と記述された歴史教科書がある。大韓民国は国家ではなく政府団体が組織されたかのように意味を縮小し、北韓は『国家の樹立』によって建国の意味を大きく付与し、むしろ北韓に国家の正統性があるかのように歪曲して伝えている」と語った。
彼の発言は悪意のある歪曲だとの批判を受けた。1948年を「国家の樹立」のかわりに「政府樹立」の年と表現したのは、1948年の制憲憲法前文において「われわれは大韓民国は己未3・1運動(1919年)によって大韓民国を(既に)建立」したと釘をさしていたからだ。現教科書においても、1948年の大韓民国政府について「3・1運動の精神と1919年の大韓民国臨時政府を継承した民主共和国」(斗山東亜社の教科書)だと明らかにしている。
ファン総理の発言は1948年の政府に過度の意味を付与すると同時に、3・1運動から南韓単独政府樹立までの歴史的脈絡を縮小しようとする試図も読みとれる。シム・ヨンファン講師は「(国定教科書では)3・1運動、臨時政府、解放以降の左右葛藤などについての叙述を縮小し、1948年建国を中心として教科内容が再編される憂慮がある」と語った。現行の各社の教科書は臨時政府樹立以後、国民代表会議(1923年)、ユン・ボンギルの義挙(1932年)、重慶臨時政府(1940年)、解放後の左右葛藤(1945年以降)などの過程を詳しく扱っている。

4、 李承晩大統
領の業績強調
教学社版教科書の全国採択率は0・1%(全国3カ所)にすぎない。けれども政府が、偏向した教科書だとみなさない唯一の教科書なので、歴史国定教科書の主要なモデルになるだろうとの観測が出てくる。この教科書はイ・スンマン(李承晩)元大統領を美化したとの批判を受けてきた。「光復直後、左右を離れて当時の韓国人たちにとって民族の指導者」(293頁)だったと表現する。2013年8月の検定通過当時、「最も信頼し尊敬される指導者」「光復節の国民的英雄」と書いて論難が起きると、それなりに穏やかに修正した表現が、前述の通り、というわけだった。
同教科書は、1940年代に国際社会から臨時政府の承認を得ようとする運動の主役を、「臨時政府」ではなく「イ・スンマン」と叙述(293頁)している。他の各教科書は1946年6月に南韓単独政府樹立を公開的に主張したイ・スンマンの「井邑発言」に対して、南北分断の可能性が大きくなる契機となった(リベル社)とか、統一政府の樹立を目指した中道派の反発を触発した事件(斗山東亜社、千載教育社、未来には社など)と評価している反面、教学社は「北韓が先に北朝鮮臨時人民委員会を構成したから」(305頁)だと合理化する。
チョ・ウング教師は「(国定教科書は)イ・スンマンの功(臨時政府当時の外交的努力、さまざまな肩書など)だけを叙述するかわりに、臨時政府の活動を沈滞に陥れた過誤を省きかねない」と指摘した。シム・ヨンファン講師とチョ・ヨンムン教師は「イ・スンマンの井邑発言」の内容が抜けおちたり友好的に叙述されかねないと見通した。

5、 反民特委活
動の縮小・歪曲
教学社の教科書は1949年の「反民族行為特別調査委員会」(反民特委)の解体過程も、他の諸教科書と異なって叙述している。同教科書は反民特委の解体の経過について「国会は1948年9月、反民族行為処罰法を制定して反民特委を設置し、その傘下に特別警察を組織した。だが、それに対して警察は治安の維持と共産勢力阻止の功を主張して、反発した。1949年6月、警察は反民特委の事務所を襲撃して特別警察を武装解体させたりもした」(307頁)と書いている。親日派に対する処罰などに乗り出した反民特委に対する当時の政府や警察の「妨害」の脈絡が抜け落ちている。
「反民族行為者の処罰よりも反共をもっと重要に考えたイ・スンマン政府は反民特委の活動に非協力的だった。反民特委所属の国会議員たちのうちの一部が共産党と接触したという口実で拘束されたし(国会フラクション事件)、独立運動家たちを拷問した嫌疑で警察幹部が逮捕されると、一部の警察官らが反民特委の事務所を襲撃する事件さえ発生した」(飛翔教育社、352頁)のような他の教科書の叙述と対照される。チュ・ウング教師は「(国定教科書は)反民特委の解消に及ぼしたイ・スンマンの影響を意図的に縮小したり削除する可能性がある」と憂慮した。

6、 韓国戦争で北韓の責任、記述強化
ファン総理は国定化を確定告示しながら、現行の各教科書が「6・25戦争(朝鮮戦争)の責任さえ北韓の過ちでないとも言える誤った考えを持たせる」と主張した。「38度線が引かれ、6・25戦争が起きる以前には南北韓の間で多くの衝突があった」(斗山東亜社)という一行の言及を問題視した。同教科書は38度線で南北韓の衝突回数をグラフで提示した。けれども該当内容は「国防部直属の最高の研究機構」だと政府が明らかにした「軍事編さん研究所」の資料を引用したものだ。特に現行教科書のすべてが、「北韓の奇襲南侵」「不法南侵」だと書いている。ファン総理が間違った主張を繰り広げたのだ。
けれども政府が国定化の理由として韓国(朝鮮)戦争の叙述問題を持ち出した以上、北韓による南侵の責任論が教科書においてもっと強化される可能性がある。南北韓内部の左右の葛藤や南北韓の衝突、韓(朝鮮)半島をめぐる国際状況など韓国戦争当時の国内外の情勢が簡潔に叙述されるかわりに、北韓の共産化戦略や北韓軍の民間人虐殺などが強く印象づけられかねない。このような理由によって、韓国戦争時にほしいままになされた米軍やわが国軍の民間人虐殺事件は、今よりももっと雑ででたらめに叙述されるものと見通される。

7、 北韓の挑発と惨状の告発増加
現行各教科書は北韓と関連して大きく分けて2つの方向で書いている。キム・イルソンがソ連派や延安派、甲山派を除去した後、チュチェ(主体)思想に基づいて、個人崇拝思想や唯一体制を構築した点、それ以降の3代世襲や経済開発努力の失敗によって孤立する過程などを叙述している。けれどもファン総理は国定化を強行するとともに、天安艦事件(2010年)など「北韓の軍事挑発が最小限レベルで叙述」されていると指摘した。
シム・ヨンファン講師は「北韓の歴史を客観的に理解し、統一のための基礎知識を準備することが(歴史)教育のための意義だ。けれども(国定教科書では)北韓の対南挑発や北韓の惨状についての告発が北韓関係教育の中心となりかねない」と見通した。チョ・ヨンムン教師も「現教科書も北韓体制を批判的に叙述しているけれども、否定的な面がより強調され、写真資料も刺激的な資料が選択されるものと予想される」と語った。彼は「今も統一の努力に対する叙述が簡略で、教科書だけでは理解しがたいが、もっと縮小されかねない」と語った。教学社の教科書は既に「北韓の実像と南北間の統一の努力」(340〜349頁)という単元で、北韓の実状・人権問題の分量を9頁余にわたって書いた。けれども「大韓民国の平和統一の努力」部分は、1頁にも及ばなかった。

8、 5・16クーデターの必然性を叙述
パク・クネ大統領が1989年、MBCのインタビューで「(アボジ=パク・チョンヒが1961年に起こした)5・16は救国の革命」だと語ったけれども、国定教科書で5・16軍事クーデター(政変)を革命に変えることは難しいだろうという展望が多い。世論の抵抗のせいだ。けれどもパク大統領が同じインタビューで、「重病になって手術をしなければならない人には、すぐさま手術をしてやることが、その人のための最善の道」だと主張したように、5・16クーデターが不可避だったという記述が強化される可能性がある。
キム・テウ教師は「露骨に5・16の名称を(革命に)変えることはできないだろうが、独裁を美化する方向へと叙述する恐れが高い」と語った。シム・ヨンファン講師も「当時の第2共和国の腐敗と無能を強調しつつ、5・16の必然を叙述するだろう」と予想した。
教学社の教科書は既に324頁で「チャン・ミョン(張勉)政府(第2共和国)は適切な対応をすることができなかった。特に北韓との対峙状況にあって軍備の縮小を約束し、(中略)警察の治安能力を弱化させ、混乱を自ら招いた。このような状況において、パク・チョンヒを中心に一部の軍人たちがクーデターを断行した」(324頁)とし、第2共和国の実情が5・16を招いた必然的原因であるかのように説明する。反面、千載教育社の教科書は5・16を説明しつつ「これに伴い民主化を目指した4・19革命の精神が事実上、否定された」と評価している。

9、維新の正統性、パク・チョンヒ経済成長論の強化
パク・チョンヒ大統領は1972年、長期政権を可能にする維新憲法を制定した。現行の各教科書は「大統領の任期6年、重任制限の撤廃、緊急措置発動権」など、維新憲法の主要内容を紹介する。これを土台として1970年代を評価する試験問題で、緊急措置を通じた「人権蹂躙」部分が、しばしば出題されてきた。けれども国定教科書では維新体制の正当性が一層補完されるだろうという予想が出てくる。
パク・クネ大統領は1989年に「国民日報」とのインタビューで、「維新が何かしら犯罪のようになった」と反ばくした。その年のMBCとのインタビューでは「早い期間内に防衛産業や自主国防を実現することができないと判断し、72年に政治改革を断行した。これが維新」だと語った。教学社の教科書にはパク大統領のこのような認識が反映されている。
この教科書は、北韓の挑発や軍事力増強、米国の駐韓米軍撤収計画に言及した後、「このような緊迫した雰囲気にあってパク・チョンヒは1971年12月、国家の非常事態を宣言した。また統制と動員をしやすくするために1972年10月、維新を断行した」と書いている。
パク・チョンヒ時代の経済成長を誇らしい歴史として一層刻み込む可能性も高い。チュ・ウング教師は「(1970年代の)セマウル運動および産業化(国土開発計画を含む)が強調され、その時期の政治的独裁を縮小したり、分断と反共の論理によって合理化する可能性が高い」と見通した。シム・ヨンファン講師も「(パク・チョンヒ大統領が)1〜3次経済開発計画を通じて軽工業から重化学工業へと発展させたということを強調し、政経ゆ着・不正腐敗、(庶民に転嫁された)低賃金・低穀価など、経済成長の過程で発生した問題が縮小・抜け落ちかねない」と語った。

 、「4・3、チョン・テイル、5・18」の縮小
他の時代的諸事件が教科書で重要に取り扱われない憂慮も提起される。チュ・ウング教師は「済州4・3事件(1948年)、維新反対運動(1979年、釜山・馬山の民主化運動など)、5・18民主化運動(1980年)、6月民衆民主抗争(1987年)などを簡素化したり、変形叙述することもあり得る」と語った。例えば米軍とわが軍・警察によって済州島民が大規模に犠牲となった4・3事件を扱いつつ、この事件に関連した南韓朝鮮労働党や左翼のありようをより強調しかねない。
教学社の教科書を除く現行の各社の教科書は、パク・チョンヒ時代の劣悪な労働環境を改善するために抗議焼身したチョン・テイルを「労働運動」という題目でまとめて説明し、チョン・ドゥファン体制に対抗した5・18民主化運動も別個の単元を作って記録している。けれども政府は、このような内容が盛られた教科書を左偏向「99・9%の教科書」だとみなした。(「ハンギョレ21」、15年11月16日付、ソン・ホジン記者、キム・ソンシク記者)


もどる

Back