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    かけはし2016.年1月1日号

戦争法廃止 安倍政権打倒


憲法改悪阻止、辺野古に基地はいらない

民衆の連帯で平和・人権・エコロジーの東アジアへ

テロリズムと「非常事態」

 二〇一五年の世界はテロと難民問題で激しく揺らいだ。IS(イスラム国)に象徴されるイスラム・ジハーディスト潮流のテロリズムの衝撃が中東、北アフリカにとどまらず欧州、米国、そして日本といった帝国主義諸国にも深刻な影響をもたらした。
「冷戦」の勝利者として立ち現われ、国際秩序の唯一の形成者として自負してきた米国の覇権が急速に失われ、グローバルな資本主義経済の危機の深まりとともに「バーバリズム(文明破壊)」的カオスが世界を覆っている今日の事態が、そこに象徴的に示されている。
一月、パリではムハンマドの風刺画を繰り返し掲載してきた週刊新聞「シャルリ・エブド」が襲撃され、一〇人のジャーナリストが殺された。一月二四日と二月一日には、ISに身柄を拘束されていた湯川遥菜さん、後藤健二さんが殺害された映像が公開された。湯川さんと後藤さんの殺害は、一月中旬の安倍首相の中東・イスラエル訪問の際、安倍がエジプトで「ISと闘う諸国」への二億ドル援助を明らかにし、またエルサレムではネタニヤフ・イスラエル首相との会談で「テロとの闘い」について意見交換したことが、囚われていた日本人二人の殺害という犯罪行為に口実を与えることになったのである。
そして一一月一三日には再びパリでISメンバーによる、サッカースタジアム、劇場、レストランなどでの無差別同時テロ事件が勃発し、一三〇人の市民が殺害された。これに対してフランスのオランド政権は、ただちに「非常事態」を発令し、集会・デモなどを禁止し、民主主義的権利を制限して、多くのデモ参加者を逮捕した。それとともに、オランド政権は米国、ロシア、イギリスなどとともにシリア、イラクにおけるISの支配領域への空爆を強行した。「これは戦争だ」という宣言とともに、である。
米国、ロシア、そしてフランス、イギリスは、二〇一五年の一年間を通してISとの戦争を継続してきた。ISの残虐きわまる恐怖支配のためだけではなく、NATO諸国やロシアの空爆の結果、おもにシリアやイラクから、住まいや仕事等をはじめ生活基盤のすべてを奪われた数百万人の難民が生み出されることになった。命をかけてシリアから脱出し、海を渡り、難民として欧州に向かった人びとは、国境の壁に阻まれ、増幅する「ムスリム排除」というレイシズムの嵐にもさらされている。
さらにマリなどのサヘル地域(サハラ砂漠以南のアフリカ諸国)でも、国家・社会の解体が進行する中でボコ・ハラムやIS系のジハーディストたちの支配圏が拡大している。
ISに代表されるジハーディスト潮流の拡大と領域支配、EUなど帝国主義本国における「ホーム・グローン」のアラブ・アフリカ系若者たちへのISの影響力の広がりは、米国、EU諸国などによるアフガニスタン、イラクなどでの戦争の泥沼的破綻、二〇一一年の「アラブの春」への逆流とシリア、イエメンなどでの内戦、そして何よりもEUそのものの分解の深まりに示される今日の資本主義世界システムの危機の表現である。

欧州危機と「反緊縮」の闘い

 二〇〇八年以後、資本家階級はEU全域で、緊縮と失業の反労働者政策を強制した。とりわけPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン―この表現には「豚ども」という侮蔑的意味が込められていた)と呼ばれた諸国では、その影響は社会そのものの解体状況にまで及んだ。ギリシャでは二〇代の若者の五〇%以上が失業者である。金融資本が支配するユーロ制度、あるいはEUという政治・経済的システムの枠組みそのものが根本的に挑戦の対象となってきた。
こうした中で、一方ではギリシャ(シリザ)、スペイン(ポデモス)に代表される、二〇一一年の「広場占拠」運動から新しい急進的左翼が政権に挑戦する状況が生み出されてきた(ギリシャのシリザ政権は、ドイツなどからの圧力の下で緊縮を受け入れるという後退を喫したが)。一二月二〇日投票スペイン総選挙では、国政初挑戦のポデモスが二一%の得票で六九議席を獲得し、国民党(PP)、社会労働党(PSOE)の伝統的二大政党に次ぐ第三党に躍進した。一〇月に総選挙が行われたポルトガルでも社会党、左翼ブロック(第四インター・ポルトガル支部がその中で重要な役割を果たしている)、ならびに共産党に支えられた政権が成立した。
イギリスでは党内最左派のジェレミー・コービンが新しい労働党党首に選出された。他方、スコットランド、カタルーニャの分離・独立運動もEUの枠組みを根本的に揺さぶる民衆的運動になっている。
しかし、ISに代表されるイスラム・ジハーディストのテロと難民問題がEUに与えている深刻な影響は、ネオナチ的潮流(たとえばギリシャの「黄金の夜明け」)を含む排外主義・レイシスト極右が、北欧のスウェーデン、デンマークなどの「福祉国家」やオランダ、ベルギー、ドイツなどでも拡大し、フランスでは一二月に行われた地方選の第一回投票でマリーヌ・ルペン率いる国民戦線(FN)が、現政権党である社会党や、サルコジ前大統領の中道右派連合・共和党を上回る得票を得たことに表わされている。
二〇一六年に行われる米大統領選に向けた共和党の大統領候補選びで、圧倒的な第一位を走っているのは、「ムスリムの入国禁止」などを訴えている「不動産王」ドナルド・トランプである。

ISとは何者か?


このような現実は、新自由主義的グローバル資本主義の危機が抵抗運動の可能性を拡大し、そこから「反緊縮・反失業」をベースにした新しい左翼の形成への水路を開いている。同時にそうした運動自体が危機に立ち向かう政治的潮流の堅固な発展へと結びつくためには、乗り越えなければならない大きな政治的困難を抱えていることをも示している。今やユーロ、EUという新自由主義の政治的枠組みからの「離脱」という選択が、「反緊縮」の闘いの中で真剣に問われるべき段階に入った。その選択を、全EU規模の連帯行動の中で具体化していく状況に入っている。欧州における、左翼勢力のこうした苦闘・困難を、どのように主体的に共有していくのかということは、日本の左翼にとっても重要なテーマとなるだろう。
IS問題についてはどうか。たしかにISを生み出したのは米国をはじめ帝国主義諸国が遂行したアフガニスタン、イラクなどへの侵略戦争であり、欧州におけるムスリムへの差別・レイシズムの拡大、そしてこの耐えがたい現実の中で深く蓄積されたムスリムの若者たちの怒りである。だがそのことは、ISというイスラム・ジハーディストによるムスリム同胞への残虐きわまる恐怖支配と無差別テロに示される犯罪行為を免罪するものではないことは当然である。
われわれは帝国主義による「IS壊滅」を掲げた戦争に反対しなければならない。しかし同時にIS支配と闘うムスリムの人びとへの支援・連帯の道をどのように作り出していくかということこそ、問われている。
ISについて言えば、帝国主義が行った犯罪行為の産物であるという理解にとどまってはならない。かれらはムスリム共同体が直面する社会的・思想的危機の現実の中で結晶化した独自の反革命的政治主体なのであって、われわれが繰り返し強調してきたように二〇一〇年末から二〇一一年にかけた「アラブの春」に対する反革命という役割を担っている。この点においてこそ、アラブ・中東・北アフリカにおける民主主義のための闘いとの深い討論に根ざした連帯が問われているというべきなのである。

安倍極右政権登場の意味


ISのテロ、欧州での難民問題や、ギリシャ、スペインなどでの「反緊縮」闘争、そして極右レイシスト政党の制度圏政治での前進といった諸問題は、日本で安倍極右政権が推し進めようとしている政策と無関係ではない。むしろそれは新自由主義的グローバル資本主義の危機を背景にした、世界の「カオス化」、貧困・格差の拡大や社会的・国民的統合の崩壊という共通の情勢を背景にしている。
立憲デモクラシーの会の共同代表を務め、二〇一五年の戦争法案反対闘争で学者として重要な役割を果たし、一二月二〇日に結成されたばかりの「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の共同代表も務めることになった中野晃一・上智大教授は、近著『右傾化する日本政治』(岩波新書)の中で、冷戦終結以後顕著になった世界政治における「新右派転換」の中に安倍政権を位置づけている。
中野によれば「旧右派連合」が「開発主義」(官主導の経済開発、市場調和的政府介入、経済ナショナリズム)と「恩顧主義」(公共事業、補助金、保護政策、利益誘導)の二つの歯車によって駆動していたとするなら、「新右派連合」は新自由主義と国家主義の両輪で進む。二一世紀の始まりとともにほぼ確定的になった「旧右派連合」に対する「新右派連合」の勝利を通じて、「新自由主義」は「ひたすらグローバル企業の『自由』の最大化、すなわち寡頭支配の強化を追求するものへと変質」し、「歴史修正主義に導かれる復古主義的な国家主義が前面に躍り出るようになった」と中野は述べている。
中野のこの著書は、一九八〇年代後半、すなわち自民党の混迷・分裂、土井社会党ブームから、小選挙区制導入を経て、小泉政権の登場と第一次安倍政権の蹉跌、民主党政権とその自壊、そして第二次安倍政権に至る現在の政治過程を再整理してとらえる上で、有益である。
中野は「新右派転換の終着点としての第二次安倍政権では、新自由主義改革は単なる『企業主義』政策へとスリップしていき、政財官の保守統治エリートによる寡頭支配による復古的国家主義の暴走、そして立憲主義の下の競争的な議会制民主主義という『戦後レジーム』からの脱却へと向かっていった」と述べている。
それは当初から内閣法制局長官人事、NHK会長と経営委員人事を首相の息のかかったメンバーで固めるという異例の露骨な手法を取ったことによっても明らかだった。

「ブラック企業」的政治

 われわれは、改めて二〇一二年一二月総選挙での自民党の圧勝によって成立した第二次安倍政権の性格を改めて性格づける必要があるだろう。現在の自民党は党内からの「保守リベラル」的批判がほぼ影をひそめ、あったとしてもすでに議員を辞職した「長老」からの発言であったりすることにその性格が表現されている。
今や、自民党内の若手議員グループの沖縄バッシングの言動、あるいは安倍政権が「健全野党」として友党扱いしている「維新の党」(とりわけ現在は「おおさか維新」となっている橋下系グループ)や、「日本を元気にする会」、「次世代の党」などの極右議員の小グループなどによる「ネット右翼」と一体化した主張が目立っている。新自由主義の化身ともいうべき「企業創業者」的発想――それは労働者の権利をはなから否定する「ブラック企業」の経営原理なのだが――が政治の場でももてはやされる風潮もまた、「小泉改革」以来、「改革」派の行動原理として顕著なものになった。
安倍内閣を支える政治的基盤には、格差と貧困の拡大を背景にした民主主義や人権に対するシニカルな否定、あるいは中国、韓国に対する侵略・植民地支配の歴史に裏打ちされた差別意識、アジア諸国への「優越感」が覆されることへの不安と恐怖を土台にした「反韓・反中」意識の浸透・拡大があることも間違いない。
そして「戦争法」国会のさなかに迎えた自民党総裁選では、ただ一人、安倍に対抗して出馬する意欲を見せていた野田聖子衆院議員を徹底的に孤立させ、出馬断念に追い込む圧力をかけて安倍の無投票選出を演出した。
党内で安倍執行部への批判を完全に封じこめ、戦争法強行成立へと押し切った第二次安倍政権は、いままさに九条改悪にとどまらない戦後憲法の理念の根本的破壊を意味する「新憲法」制定に突き進んでいるのである。

自民党改憲草案と日本会議


二〇一二年一二月、民主党から三年ぶりに政権を奪還した安倍自民党は、その選挙公約で「日本人の手で『日本の誇り、日本人らしさ』を示す新しい憲法をつくります。民主党の進める『夫婦別姓』・『人権委員会設置法案』・『外国人地方参政権』に反対し、地域社会と家族の絆、わが国のかたちを守ります」と、極右的で排外主義的な理念を公然と掲げていた。
第二次安倍政権の本質的性格は、自民党がまだ野党だった二〇一二年四月二七日に発表された自民党改憲案にはっきりと示されている。それはたんに九条改憲にとどまらない復古主義的国家主義に染め上げられたものだった。同改憲案は日本を「天皇を元首として戴く」国家と規定し、国民に「国旗・国歌(日の丸・君が代)への尊重義務」を課した。また「緊急事態」条項を導入し、法律によらない政令によって「国民の権利」を制限し、国家の命令に国民を強制的に従わせることとした。
また「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」という現憲法二四条の「のみ」が削除され、その前に「家族」の規定が新設された。「家族は、社会の自然かつ基礎的単位として尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」とされた。ジェンダー平等や性的マイノリティーの権利を否定する家族観の強制だ。
さらに「権利」には「責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」ことがうたわれ、「集会、結社及び言論その他表現の自由」に対しては「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的とした結社をすることは認められない」と書かれている。「公益・公の秩序」を名目にして、国家権力が自由と権利を侵害するのは、当然というのだ。
これは憲法の根本原則に関わるものだ。「公務員の憲法尊重義務」の前に、現憲法にはない「国民の憲法尊重義務」が付け加わった。現憲法九七条にうたわれた「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に耐え、現在及び将来の国民に対し、永久の権利として信託されたものである」という文言はあっさり削除された。現憲法一三条の「すべて国民は個人として尊重される」の「個人」が「人」に変更され、権利の担い手としての「個人」という考え方も否定された。
自民党は憲法改正草案「Q&A」の中で「人権規定も、我が国の歴史、伝統、文化を踏まえたものであることが必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されているものと思われるものが散見されることから、こうした規定をあらためる必要がある」と述べている。つまり自民党の「憲法改正案」は「基本的人権」という近代憲法思想の根幹を否定するものであり、それが「九条」改悪にとどまらず、およそ憲法の名に値しないものであることは明白である。
「戦争法」そして「九条改憲」の行きつく先は、まさに民主主義・立憲主義の柱を根本的に破壊する、「寡頭独裁」に他ならないと言っても過言ではない。自民党改憲草案が体現する思想のあまりにも露骨なアナクロニズムゆえに、それがストレートに実現されることはありえないと考える人も多いだろう。
しかしその危険性を過小評価することはできない。戦争法成立後の一〇月七日に発足した第三次安倍改造内閣の人事のうち、首相補佐官をふくめた二五人の中で、神道政治連盟所属が二二人、日本会議所属が一六人という圧倒的多数を占めていること、そして一〇月一〇日に日本会議が中心になった「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(共同代表:櫻井よしこ、田久保忠衛、三好達)が日本武道館で開催した改憲集会に、安倍首相からのビデオメッセージが送られたことに、それが示されている。
同国民会議は、二〇一六年七月参院選での憲法改正国民投票の実現と、過半数の賛成による改憲の成立をめざし「美しい日本の憲法をつくる一〇〇〇万人賛同者の拡大運動を推進する」と訴えている。少なくとも戦争法の成立は、こうした改憲の方向に拍車をかけていることに、注意を払わなければならない。「日本会議」と安倍自民党は、一体なのである。

「アベノミクス第2ステージ」とは

 二〇一二年一二月の総選挙で政権復帰を実現した安倍自民党の戦略は、まずは「アベノミクス」の「三本の矢」と名づけられた経済成長政策を看板にしたものだった。それは@大胆な金融政策A機動的な財政改革B民間投資を喚起する成長戦略、という「異次元の金融緩和」と名づけられたインフレターゲット路線だった。しかし実際のところ二〇一三年後半の臨時国会で安倍政権が総力を挙げて強行したのは、国家安全保障会議の設置と秘密保護法の制定だった。
二〇一四年夏、首相官邸前、国会前を「集団的自衛権行使」を容認する閣議決定に抗議する労働者・市民・学生が埋め尽くした。しかし長年の「集団的自衛権行使は違憲」という歴代自民党政権の憲法解釈を「合憲」に変更した安倍政権は、「消費税一〇%への引き上げ」を先送りにした上で、「アベノミクスの是非を問う」として同年一二月に総選挙を行った。そして衆院で与党三分の二を確保した安倍内閣が二〇一五年に総力を上げたのは「安保関連法」と名づけた「戦争法案」の成立だった。そして同時に、会期を大幅に延長したこの「戦争法国会」で安倍政権は、マイナンバー法を成立させ、派遣法改悪をも強行したのである。
二〇一五年秋、野党からの臨時国会開催要求を「過密な外交スケジュール」を理由に足蹴にし、国会召集に応じなかった安倍政権はまたもや「アベノミクス第二ステージ」なる経済政策のアドバルーンを上げ、二〇一六年参院選(あるいはまたも衆院解散してダブル選挙の可能性も取りざたされている)を乗り切ろうとしている。
「一億総活躍社会をめざす」とぶちあげた「アベノミクス第二ステージ」とは何か。それは「新三本の矢」から成っている。@「希望を生み出す強い経済」――GDP六〇〇兆円の達成、A「夢をつむぐ子育て支援」――「希望出生率1・8」で五〇年後も人口一億人、B「介護離職ゼロ」「生涯現役社会」というものだ。しかしこれには経済専門家からの疑問や批判が集中している。
たとえば富士通総研経済研究所エグゼクティブ・フェローで元日銀調査統計局長、名古屋支店長、理事などを歴任した早川英男は「アベノミクス第二ステージ」について三つの疑問を述べている(以下の記述は、富士通総研のサイト参照)。
第一は、もともとの旧「三本の矢」の総括ができておらず、二%のインフレ目標の達成ができてもいないのに、なぜ唐突に新しい「三本の矢」が出てくるのか。第二は旧「三本の矢」はデフレ脱却のために需要・供給の両面から考え得る対策を総動員するという点で、賛否両論があるものの一応の「体系性」はあったが、今回の三つの目標は相互の関連性が不明確で、思い付くままにバラバラの目標を掲げただけではないか。第三は、新「三本の矢」の具体的目標である名目GDP六〇〇兆円、出生率一・八、介護離職ゼロも実現性に乏しい。
早川は述べている。
「潜在成長率が政府(内閣府)試算でも〇・五%なのに、なぜ実質二%、名目三%の成長が可能になるのか」。
「現在の一・四程度の出生率は、これまで保育所増設やワーク・ライフ・バランス促進など様々な施策を重ねてきた結果、ようやく実現できた数字と考えるべきである。仮に、今後一〇年足らずで出生率を一・八にまで上げようとすれば、その手段は児童手当の大幅な増額以外にないと思われるが、民主党政権の子ども手当をバラマキだと強く批判したのは、現在の与党ではなかったか」。
「二〇二〇年代の初頭とは、団塊世代が一斉に後期高齢者に突入する頃であり、一般にはむしろ介護離職者の急増が懸念されている時期である。だから、この時期に介護離職者をゼロにするというのは、極めて高いハードルだと言わざるを得ない。……もし介護離職をゼロにすると言うなら、今後は施設介護を重視するほかないが、それは従来の大方針の大転換であるとともに、介護のための財政負担の大幅な増加を覚悟しなくてはならない」。
このように述べた早川は、旧「三本の矢」はほとんど機能していない現実(企業利益は史上最高水準を更新しているものの、実質賃金の前年比は未だに「ゼロ近傍」など)を指摘しつつ、新「三本の矢」が内閣支持率低下を逆転させる二〇一六年参院選対策であると指摘している。

野党連合と民衆運動

 われわれは、二〇一六年の参院選を前にして、二〇一五年の戦争法制反対運動の大きな高揚を引き継いで、「戦争法制廃止」を軸にした野党共闘を実現して自公与党を過半数割れに追い込み、安倍自民党政権打倒への道を切り開くことに全力を注ごうとする。この点で、すでに熊本県で先行的に始まった参院一人区での「野党連合」の動きを歓迎する。一二月二〇日に設立された「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」は、きわめて重要なものである。
同時にわれわれは、安倍自民党がさまざまな方策を使って、選挙の争点を改憲問題や戦争法制廃止の問題からはずし、「成長戦略」などの方向に誘導しようとする動きに、どのように対抗していこうとするのかについても備えなければならないだろう。国政選挙はシングルイシューではないからである。
少なくとも沖縄・辺野古新基地建設反対の「島ぐるみ」の闘いを支持するという点では共通の理解が得られるに違いない。また「格差・貧困」や雇用の問題、反原発などの課題に関しても共通の基盤を作っていくことにも最大限の努力を払う必要があるだろう。
そうであればこそ、われわれは「野党連合」に向けた国政選挙への取り組み、「戦争法廃止」の二〇〇〇万人署名運動の達成のために闘いながら、沖縄・辺野古新基地建設阻止、原発再稼働阻止、そして反TPP、さらに雇用破壊・失業との闘いなど社会的公正・平等を実現する共同の取り組み、安倍政権を包囲し打倒する運動の連携・拡大を目指す必要がある。そうした社会的運動の広がりと「戦争法廃止」に凝縮した選挙への取り組みは決して対立するものではないし、また対立させてはならない。
「戦争法廃止」に絞った野党連合による選挙戦は、大衆運動において重層的に取り組まれる様々な闘いの展開と矛盾するものではない。むしろさまざまな課題が相互に交差する運動のダイナミックな展開こそが、自公与党に対決する選挙戦の力強い組織化の可能性を切り開くものだということを強調しなければならない。

沖縄の闘いと連帯しよう

 二〇一五年、戦争法案阻止に向けた新しい運動のダイナミズム、とりわけSEALDs、学者の会、ママの会などの運動の広がりは、安倍政権に対決する社会運動、若者たち、女性たちの運動の可能性を、あらためて印象づけるものであった。安倍政権による戦争法案強行への危機感が、蓄積されてきた人びとの不安、疑問、怒りを行動において表現していく水路を切り開いたのである。
もちろん、こうした怒り、不安、疑問が、自分たち自身の表現、行動に結びついていくことには幾つもの要因があった。
第一は、二〇一一年の東日本大震災と福島原発事故の衝撃であり、被災者・避難した人びとの苦悩、政府・東電などの被害を隠蔽し、被災者を切り捨てる無責任で冷酷な仕打ちへの怒りであった。二〇一一年以来の反原発運動、再稼働に反対する運動の拡大と持続は、二〇一五年の戦争法案反対のうねりを準備したものであった。
第二は、沖縄の「島ぐるみ」の闘いである。辺野古への米軍基地建設を強行する安倍政権の攻撃は、沖縄への差別と抑圧の歴史を学ぶ機会でもあった。二〇一四年の名護市長選、同市議選、県知事選、総選挙で完勝した沖縄の人びとの「自己決定」の誇りは、闘いへの参加の契機となった。
第三は、安倍政権の「戦争国家」、憲法改悪への突進に対して、旧来の対立・分断を超えた共同の闘いの場が「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」実行委員会という形で作り出され、そのことが「リベラル」的学者・知識人の結集との相乗作用をもたらしたことである。
こうした運動の蓄積こそ、安倍政権を追い詰める運動の高揚と、選挙における共闘の新しい地平に到達することを可能にさせた。
二〇一六年、「総がかり行動」実行委員会は戦争法廃止二〇〇〇万人署名を実現し、五月三日には東京・有明防災公園で統一大集会を開催することを決定した。あわせて沖縄辺野古新基地建設阻止の「島ぐるみ」行動を総力で支援することにも力を入れている。
安倍政権は、いまISのテロを利用しながら「非常事態」条項を切り口に改憲の一歩を踏み出すことをほのめかし始めた。「戦争法」の具体的発動としては、南スーダンPKO派兵における「駆けつけ警護」任務から開始するとされている。すでにジブチの自衛隊基地が拡充強化され、アフリカ、インド洋などでの自衛隊の戦略拠点となる事態も進んでいる。
またISを対象とした「対テロ」戦争の展開次第では、自衛隊をその後方支援として派遣させる可能性も排除できないのである。こうした動きに反撃し、阻止する運動を作り上げようとする時、われわれに問われている課題は、何よりも国際主義的展望を持ったアプローチである。とりわけ安倍政権の下で、自衛隊が海外で戦争する軍隊になることと武器輸出の事実上の自由化、原発輸出とは一体のものである。
われわれはこうした課題に主体的に関わりながら、「尖閣」や「竹島」そして南シナ海での領土紛争をめぐる緊張関係においても、あらゆる領土拡張主義的・開発主義的アプローチや排外主義キャンペーンを打ち破る展望について、民衆レベルの討論を積極的に喚起していかなければならない。気を引き締めて二〇一六年の闘いへ!
(平井純一)



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