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    かけはし2016.年1月18日号

遠い道を歩き続けるために


12.2 「ほしのいえ」講演とミニライブ

安倍政権への怒りを発信

非正規雇用問題を前面に

 【東京東部】一二月二日、年末恒例の「ほしのいえ 講演とミニライブ」が東京・荒川区のムーブ町屋ホールで開かれた。
 「ほしのいえ」は、東京・荒川区南千住から日雇い労働者の街山谷へ出向き、炊き出し、パトロールなどの支援活動を行う民間団体。一九九一年九月に、メルセス会のシスター二人が立ちあげた。毎週火曜日の午後、七百個のおにぎりとみそ汁を作り、その日の夜に配る。木曜と土曜には、押し花はがきやカードを書き、炊き出し具材の仕込みも行なう。憲法集会への参加や国会包囲行動なども続けてきた。一年の活動の集約として位置付けられるこのコンサートも、今年で二二回目となる。地域で運動する個人・団体らが「ほしのいえの集い実行委」として主催した
 小雨がぱらつくなか、次々と来場者が集まってくる。午後六時半過ぎ。ステージでは、開演の幕が開くと同時に演奏が始まった。レギュラー出演の「シルベスタークワイヤー」によるトーンチャイムの優しい音色が響く。定番の「聖夜」はじめ「第三の男」など数曲を披露。指揮者・菅野眞子さんの軽妙なトークは、会場の笑いを誘う。

路上生活者の
パフォーマンス
主催者を代表して中村訓子シスターがあいさつ。「私たちは『遠い道を歩き続ける』というフレーズを、ライブのタイトルとして何年も使っている。それでも道はまだまだ遠いようだ。いったいいつゴールに着くのか」。中村代表の発言は、正確にイベントの主旨を反映している。「今年は非正規雇用の問題を取りあげた。私たち一人ひとりが、それに向かい合い、自己主張をしながら、連帯しながら、遠い道を歩かなくてもいい時代をめざす。未来に残せる日本を作っていけたらと思う」。
今年の講演者は鴨桃代さん(全国ユニオン委員長)。「雇用と平和は一体のもの」という演題で約一時間講演した。二〇一四年二月に結成した「なのはなユニオン」オリエンタル支部の相談事例を紹介。非正規労働者の置かれた過酷な実態を中心に、派遣法改悪、労働時間の規制緩和、解雇の金銭解決ルール。そして経済的徴兵制にまで言及した。(講演要旨別掲)
休憩の後、ミニライブが始まった。「寺尾紗穂×ソケリッサ」というグループがステージに登場した。寺尾さんは自身で作詞作曲を手がけ、ピアノ弾き語りでメジャーデビュー。CMソングや映画主題歌を提供するほか、原発問題、文芸作品の分野でも活躍。「新人Hソケリッサ!」は、路上生活者を中心に組まれたグループ。各地でパフォーマンスを繰り広げ注目されているという。大変失礼だが、筆者はこの日初めてこの二組の存在を知った。
寺尾さんの歌に合わせて、ソケリッサのメンバーが舞台袖から1曲一人ずつ登場し、踊る。寺尾さんは演奏が終わるたびにメンバーに語りかけ、寡黙な口から言葉を引き出そうとする。ロビーでは支援団体が各々にブースを設け、にぎやかに物品販売をしている。地域を超えたつながりを実感する。

生活・人権を
守りぬくため
筆者は縁あってこのミニライブに毎年参加し、ささやかな報告記事を書かせてもらっている。「山谷」という広いカテゴリーでくくれば、越年支援や夏祭りなどにも取り組む「ほしのいえ」の地道な活動には、頭が下がる思いだ。今年のライブもまた、出演者の選定といい講演者が打ち出すメッセージといい、時宜を得た充実した内容に仕上がっていて元気をもらった。
「日々のボランティアに追われて、外に向かう余裕がない。だから年一回のこのコンサートが、私たちの思いを発信する貴重な機会なんです」と、ある関係者は私に明かす。かつては活動資金に充てる収益が出たが、ここ数年は「赤字にならない程度」なのだという。
「山谷からの視点で、社会的に不利な立場に置かれた人々の、生活や人権を守るための連帯を大切にすること」――これが「ほしのいえ」の活動の理念であり目的である。   (佐藤隆)

鴨桃代さんの講演から

「会社と『うまくやる』
方法など、何もない」


今から二七年前に、千葉県で「なのはなユニオン」という労働組合を作った。正社員だけではなくパート、派遣や請負、個人事業主らを対象に、労働相談をしてきた。非正規雇用の問題はますます厳しくなっている。その意味で、これからも「遠い道」を歩き続けねばいけないなと思っている。
二〇一四年二月、オリエンタルランドで労働組合「オリエンタルランドユニオン」を作った。ディズニーシーのパフォーマー解雇問題で会社側と交渉した。二万人の従業員のうち、正社員はわずか一割。園内でお客様と相対する人は、ほぼ非正規社員だ。
労働者は時給千円で、「ここで働けるだけでいい」という「夢」にコントロールされている。組合は「月一二〇時間働かせろ」と要求。月給一二万円を保障させるためだ。冬はシフト勤務で労働時間がどんどん削られる。仮に八〇時間なら月給八万円だ。社会保険を引くと生活できない。
年間離職率は五割。ちなみに「ブラック企業」と呼ばれる会社の離職率の基準は三年間で三割。交渉で解雇の問題は解決したが、職場復帰はならなかった。
非正規労働者が声を上げるには大変な勇気がいる。声を上げたら解雇されるのではないか、仕事がなくなってしまうのではないか、と思いこむ。だから「なんとか会社とうまくやれないか」と考える。しかし解雇を突きつけられている時に、「うまくやる」という方法などない。私はいつも「前に行くしかない」と励ます。そのために組合がある。それがなかなか理解されない。「みんなでやろう」という力にならない。そこをなんとかしたい。
安倍政権は「戦争法」の他に、派遣法の改悪も進めている。派遣法は一九八五年に作られたが、この時「男女雇用機会均等法」も作られた。「均等法」で女性が男性並みに働いていても、賃金や昇格が差別された。この差別の一方で派遣法は、「新しい働き方」として喧伝された。派遣労働者は、技術とスキルさえあれば、派遣元や派遣先と対等にやり合うことができる、というのだ。
しかしそんなことあり得ない。派遣先ではいろんな問題が起きている。一番多いのはセクハラだ。ピンハネも横行している。今の市場競争の力関係のなかで、労働者が強くなることはあり得ない。やはり企業が一番強い。
いま労働運動でいちばん必要なのは想像力だ。そうでなければ、組合自身が働く人を弾圧する立場に立ってしまうことが、今の状況下ではあるだろう。隣で働く人のことを常に問いながら運動をやらなければならないと思っている。
戦争法案反対の時に「民主主義は何だ」と問いかけた。「これだ」と、その場の一人ひとりは応えた。もっともっと、自分の意見を吸い上げろということだ。労働運動のなかでも、こうしてやらなければならない。「戦争は希望だ」という社会を変えたい。遠い道だけどみんなで頑張りたい。
(講演要旨、文責編集部)

11.20

劇団風の子東北 公演 「ひとり芝居フクシマ発」

芝居仕立ての語りと音でつづる福島

 一一月二〇日、江東区総合区民センターで「ひとり芝居フクシマ発」が主催:りぼんの会、共催:NPO法人江東子ども劇場共催で行われた。小中学生が二〇人ほど、おとなが四〇〜五〇人ぐらい集まった。福島県喜多方在住の澤田修さんが原案・脚本・制作・出演して、県民ラジオが伝えるフクシマの現状として、芝居仕立ての語りと音で福島原発後の今を伝えるものだった。江東自主夜間中学の仲間と二人で参加した。明治以来の歴史観の転換が必要だという訴えであった。印象に残ったことを報告したい。     (M)

広がる健康被害と
生活・将来への不安


原発事故直後の「スピーディー」が有効に活用されないことによって被害が拡大した例を紹介した後に、現状について澤田さんが語った。
二〇一五年三月、常磐自動車道が全線開通した。その両脇には放射線で汚染された落ち葉や残土などがフレコンパックに入れられ山のように築かれている。空間線量は高い。一時帰宅が許された家の庭はジャングルになっている。
震災で避難している人は全国で二〇万人いるが、うち一一万人が福島県民だ。避難生活が長引く中で、震災関連死の問題がある。不安感やストレスから、うつ病、不眠、生活習慣病となり、せっかく助かった命を失っていく。宮城県で八六九人、岩手県で四一三人。福島では一八〇〇人を超えている。
福島では原発事故時〇歳から一八歳までの子どもが三七万人いた。うち三〇万人が甲状腺がんの検査をし、一一二人が甲状腺がんと診断され、疑いのこども二五人が見つかった。茨城県の子どもにも発症例が出ている。
二〇一一年から一四年の調査で、肥満の児童が一番なのが福島県だ。それは被ばくするからと校庭での運動を週二日間以内、家に帰っても外で遊ばない。そして裸足では遊んではいけないというので偏平足が二倍に増えた。二〇一〇年と二〇一一年を比較して、子どもの死亡率が主に心臓疾患が一・五倍に増えた。さらに、児童虐待が増加している。おとなが不安になり、先行きが見えない状態が続いていることも原因の一つ。夫婦仲も不仲になり、離婚が増え、虐待が増している。
深刻な悩みがある。六歳の女の子が「私はちゃんとした子どもを産めるのだろうか?」と悩んでいる。中学生は「食べ物の地産地消というけれど、私たちは恋愛も地産地消でいかなければならないね」と言っているという。子ども達に責任はない。私たちおとなは、子ども達への加害者であることの自覚に立って、行動しなければならない。
農業のコメの生産高は事故前には全国四位だったのが七位になっている。観光は八五%が回復してきた。

これからの
復興について
避難者(一一万人)の生活再建。二〇一七年三月に四八九〇戸の災害復興住宅が完成する目途が立った。しかし、いわき市には二万四〇〇〇人避難している。四四〇人が亡くなったいわき市にとって、ゴミの収集など公的整備の問題、今後のコミニュティ作りをどうしていくのか課題は多い。神戸震災では震災後九〇〇人が孤独死した。この教訓をいかに生かすか。帰りたくても帰れない。ではどうするか。今いる地域の人々とどうつながるか。キーワードは子どもである。子どものことを考えることで、お互いが仲良くなれる。
賠償問題。支援法ができたが進んでいない。福島の市町村だけに支援が限られ、茨城県などに及んでいないので、被害にあった住民たちが反対している。二〇カ所で裁判が起きている。
避難指示地域の解除。補償金が打ち切られ、生活ができない。裁判を起こしている人たちがいる。除染問題。放射線汚染物質の中間貯蔵問題。フレコンパッグは三年しかもたない。土地所有者二〇〇〇人の一一人しか合意していない。六万カ所に仮置き場が作られている。健康問題。廃炉作業。

価値観の転換
こそが必要だ
福島は原発によって首都圏に電力を供給して都会を潤し、その見返りに、東京電力からさまざまな便宜を供与されてきた。これは明治政府が富国強兵政策により、女工哀史や足尾鉱毒事件を起こしてきたことを思い起こさせる。そうした歴史の流れの中でわれわれの今が作られてきた。戦後、第一次産業を切り捨て、一九五四年に原子力の予算がつけられ、安全神話によって原発建設が進められてきた。原発立地の現地は加害者でもあり被害者ともなった。
明治以来の歴史を変える、価値観を変えることが必要だ。それは自分の生活の中から変えることだ。自然エネルギーを広めることだ。海には風車を、会津地方には地熱を、他にもバイオマスもある。家庭の庭先の小さな風車が、意外にも効率が一番良い、とも言われている。
希望の一つ。女子高校生が被災地体験ツアーを行っている。それで地元にカネを落とさせる。中途退学生が少なく、県内就職に努力している。涙ぐましい努力をしている。



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