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    かけはし2016.年1月18日号

「覆面禁止」、集示法の退歩・改悪


お国が言うには顔を隠すな?

改正案は憲法と国際規範に違背

 結局、歴史が問題だ。今回も歴史を見なければならない。
 セヌリ党チョン・ガビュン議員(国会副議長)は11月25日、「集会ならびに示威(デモ)に関する法律」(集示法)改正案を代表発議した。骨子は2つだ。1つは、集会・デモの現場で鉄砲・鉄パイプなど暴力デモに使われる物品などを携帯することを超え、製造・保管・運搬しようとすることだ。もう1つは、身元の確認を困難にする目的で覆面などを着用することを処罰するという内容だ。改正案は処罰条項の罰金額を50万〜200万ウォンずつ引き上げるようにした。
 集示法に「覆面禁止」条項を入れ、集会・デモの自由を締めつけようとする試図は、今回が初めてではない。だが法律改正の試みは一度も成功することができなかった。憲法裁判所や国家人権委員会はもちろん、国際的規範でさえ、これを認めないからだ。

集示法のルーツは「1907年」

 現行集示法のルーツは1907年に制定された保安法だ。1907年は日帝が乙巳五条約(1905)後、統監府を設置し大韓帝国を事実上、統治していた時期だ。保安法を作った理由は、日帝の国権侵奪に立ち向かった韓国人たちの抵抗を統制するためのものだった。当時の保安法の規定は、こうだ。
1条 内部大臣は安寧秩序を維持するために、必要な場合には結社の解散を命じることができる。
2条 警察官は安寧秩序を維持するために、必要な場合には集会または多衆の運動や群集の制限または解散を命じることができる。
3条 警官は前2条の場合に必要だと認定できる時には武器ならびに爆発物、その他の危険な物件の携帯を禁止させることができる。
4条 警察官は街頭、その他公開の席上で文書・図書の提示ならびに配布、朗読または言語、形容その他の行為をして安寧秩序を攪乱させるおそれがあると認定される時には、これを禁止するよう命じることができる。
「必要な場合には」または「おそれがあると認定できる時には」式の恣意的な判断によって集会・デモをまるごと阻むことのできる法律だったというわけだ。保安法はそれ以降、日帝強占期の治安維持法を経て、解放(1945)後の1960年の集示法制定へと継続される。
1960年に作られた「集会に関する法律」は先行の保安法の軌道から大きくはずれてはいない。この時に初めて規定されたのが集会の事前申告制だ。5・16軍事クーデター後、1963年にパク・チョンヒ政権はそれまでの法律を統合し、今日のような名称の「集会ならびに示威に関する法律」を新たに制定した。
以降、チョン・ドゥファン政権までに集示法は3回にわたって改正された。けれどもその内容は屋外集会・デモの禁止要件を強化したり、集会禁止の通告についての異議申し立て制度を廃止し、警察官が秩序維持を名分として出入・指示を命令することのできる場所を拡大するなど、集会・デモを規制するための目的だった。1987年6月の民主化運動の結果として憲法が改正された後になって、やっと集示法も以前とは違って自由を拡大する方向へと改定され始めた。

自由のための2つの「21条」

 集会・デモに関する国内の規範は巧妙にも第21条に収れんされる。
まず大韓民国憲法第21条の1項と2項だ。「@すべての国民は言論・出版の自由と集会・結社の自由を有する。A言論・出版についての許可や検閲と集会・結社についての許可は認められない」。1992年、憲法裁判所は当時の集示法において、「顕著に社会的不安をひき起こすおそれのある集会またはデモ」(第3条1項4号)を禁止し処罰するようにした条項について合憲の決定を下した。
だが決定文において憲裁は集会・デモの重要性を明確に持ち出した。「代議民主主義体制において集会の自由は不満や批判などを公然と表出させることによって、むしろ政治的安定に寄与する肯定的機能を遂行するとともに、このような自由の享有は民主政治の土台となる健全な世論の表現や世論形成の手段であると同時に、代議機能が弱まった時に少数意見の国政反映の窓口としての意味を帯びることを看過してはならないだろう」。
2003年には「覆面禁止」に関連する憲法解釈も出した。「(集会)主催者は集会の対象、目的、場所ならびに時間に関して、参加者は参加の形態や程度、服装を自由に決定することができる」。ここで指している「服装」に、チョン・ガビュン議員の発議案に含まれた「覆面」も該当するということは異論がほとんどない。
国連の国際人権規約のうちの1つである「市民的・政治的権利に関する国際規約」(B規約)第21条もまた、集会の自由を明示的に保障している。韓国は1990年3月に国会批准を経て同年7月に条約に加入した。「平和的な集会の権利が保障される。この権利の行使については法律によって賦課され、また国家安保または公共の安全、公共の秩序、公衆保健または道徳の保護、または他人の権利ならびに自由の保護のために民主社会において必要なこと以外のいかなる制限も加えられてはならない」。
2008年1月、国家人権委員会はこれらの憲法やB規約を根拠として集示法の改正を勧告したけれども、国会・政府は受け入れなかった。現行の集示法は人権委の勧告以前である2007年12月の改正を最後として、今日まで改正されていない。

絶え間ない「覆面禁止」の試図


2008〜09年、集示法の改正案が一挙に6つも発議された。代表発議者はそれぞれアン・サンス(2つ)、ソン・ユンファン、チョン・ガビュン、イ・ジョンヒョク、シン・ジホ議員だ。これらの法案において問題となったのは2つだ。11月25日に発議されたチョン・ガビュン議員案は、この時の法案をほとんどそのまま持ってきたものだ。大統領の国務会議(閣議)発言のあった翌日に集示法改正案が発議しえたのは、実に「準備された法案」であったからだ。
第1に、他人の生命を脅かしたり身体に害を及ぼしかねない器具(例えば、鉄パイプ)の製造・保管・運搬行為についての処罰規定を置いたこと、第2に、覆面などを着用して集会に参加する場合、処罰することができるように新たに規定を置いたこと。
人権委は2009年6月、これらの法案に対して「常任委員会の決定」として意見表明を行った。まず、鉄パイプなどの携帯はもちろん、製造・保管・運搬行為まで処罰するのは集会・デモを保障した憲法精神に反し「過剰な犯罪化」に該当する、と人権委は指摘した。鉄パイプのようなデモ用品を携帯したわけでもなく、製造・保管・運搬している行為まで処罰するというのは、犯罪行為が起きていない状況で「予備・陰謀」段階まで処罰していくということであるからだ。予備・陰謀は殺人・内乱・外患罪など一部の犯罪においてのみ例外的に認められているものなのに、これを集示法にまで適用するのは話に合わないという批判だ。
覆面などの着用を禁止したこともまた「覆面着用=不法暴力集会・デモ」という誤った前提を立てているという点において、人権委は不当だと判断した。また同性愛者・性売買女性など社会的少数者・弱者のデモにおいては匿名性が必須であるのに加え、沈黙デモの場合には「×」字が描かれたマスクをはめるのが一般的だ。このほかに反戦デモで骸骨マスクをはめたり、冬の季節にはスキー用のマスクやマフラーを顔に使うことまですべて不法だとして追い立てられかねないという点から、人権委は該当条項が集会・デモの自由を過度に制限する、と指摘した。
チョン・ガビュン議員が法案を提起しつつ外国の事例に言及したことと関連しても、2009年に人権委は既に反ばくの論拠を提示した。ドイツ、オーストリアで覆面の着用を禁止したのは「極左派による武装拉致やテロと極右ナチ主義者たちによるテロの経験」があるからだとの説明だ。米国もまた人種差別的犯罪を集団的に繰り広げた「KKK(クー・クラックス・クラン)」の集団行動を規制・処罰するための立法だったということだ。人権委のこれらの法案について「典型的な刑罰万能主義」だと評価した。
ハン・サンヒ建国大法学専門大学院教授(元・警察庁人権委員)は「覆面禁止法案」を悪法だと言い切った。「わが国において集会・デモの場合、2つの理由によって覆面をする。第1に、無分別な採証に対応するためのものだ。採証後、無分別に召喚して市民をひどい目に遭わせている警察行政が問題だ。第2に、催涙弾を阻もうとすることだ。2つとも警察の過ちから生じたものだ。警察のデモ・マニュアルを少しだけ変えれば、いくらでも解消できる。鉄パイプなどを製造・保管・運搬するだけでも処罰するのは過剰を超え、無責任な立法だ。技術的にも意味がないし、現場で正しい法の執行が実現される可能性もない。警察が国家保安法のように「耳にかければ耳飾り、鼻にかければ鼻飾り」のように勝手きままに執行できるようになっている。

警察はなぜ身分・階級を隠すのか

 反面、大韓民国警察は集会・デモの現場で「名無しの権兵衛さん」に化ける。市民らは彼らの身分・階級を、およそ知りようがない。
2010年5月、フランク・ラ・ルィ国連「表現の自由特別報告官」は記者会見を行った。集会・デモの鎮圧を担当した警察官たちが身分を確認できる名札や固有番号など、いかなる情報も制服に表示されていない点を指摘した。このために警察の過剰暴力に対する調査・起訴が困難だとみて、「どんな形態であれ」標記することを要求した。
以降、警察庁はすべての警察服に名札を付けると国連に報告したものの、これを守ってはいない。これに先立ち2008年、アムネスティ・インターナショナルも、米国産牛肉の輸入反対キャンドル・デモの際に警察の身分がキチンと確認できていない問題を指摘した。
「警察の制服に関する規則」には、右側胸部に名札を付けるように規定している。だが集会・デモの現場で警察は鎮圧服や蛍光チョッキなどで名札を遮っているのが実情だ。2014年の国会国政監査でノ・ウンネ新政治民主連合議員が「名札着用」を求めると、カン・ミンミョン警察庁長は「警察官個々人の人権も考慮しなければならないのではないのか」として事実上、拒否した。
パク・ジュミン弁護士(「民主社会のための弁護士の会」)は警察の身分非公開行為を批判した。「公務員が公務を執行する時は身分を示さなければならない。警察官職務執行法第3条にも不審検問や通行を制止する場合などがすべて含まれる。国連でも、制服に名札を付けなければならないと韓国警察に勧告した。人権を侵害した警察は、後で司法処理が可能な程度に身分を公開せよ、ということだ。だが警察は法や警察の規定で定めた責任を意図的に回避している」。
11月27日、キム・ヒョヌン法務部長官は12月5日の大規模集会を意識した談話を発表した。「集会現場で、覆面などで顔を隠して暴力を行使した者に対しては法案が通過する以前であっても、たった今、この時から量刑の基準を大幅に引きあげていきます」。
集示法は1907年、日帝が韓国人を弾圧しようとして作った保安法の束縛と締め付けを抱えたまま、イ・スンマン、パク・チョンヒ、チョン・ドゥファン独裁政権の「冬の共和国」を経て、1987年の民主化の後、漸進的な自由の領域を拡張してきた。根本原則は、ある。「疑わしい時は自由のために」(in dubio pro libertate)、そして「疑わしい時は被告人のために」(in dubio pro reo)。刑事法の金科玉条、自由の保障と無罪推定の原則だ。(「ハンギョレ21」第1089号、15年12月7日付、チョン・ジンシク記者)

コラム

肝臓障害と禁酒

 「黄疸も出ていますね。GOT・GPT(急性肝炎などの病気で細胞が壊れると著しく増加する)の数値も高いし、γ―GPT(アルコール性肝障害や肝硬変などで増加する)は一四〇〇(正常値の上限は80)、TG(中性脂肪)も高いですね……」。
 昨年末に体調を崩して、一週間前に行った病院での血液検査の結果が医者から告げられたのである。
 同時にCT検査の最終結果も告げられた。腹部断面の三分の一以上を占める超肥大化した肝臓の映像を見ながら医者は「専門の先生にも見てもらいましたが、ガン化も硬化もありませんでした。大丈夫ですよ」と言う。「何が大丈夫なのか」と思いながら「やはり原因は酒の飲み過ぎですか」とたずねると、「まっ、そう言うことになるのでしょうね」と言って、医者はニヤリとしながら私の方に顔を向けた。
 「実は今日で九日間酒を飲んでないんですが…」と言うと、医者は少々驚いた顔で「そうですか、それではもう一度血液検査をしてみましょう」と言って、仰向けになった私の腹部に手を当てて肝臓をチェックする。「まだまだ大きいのですが、かなり小さくはなっていますね」とうれしいことを言ってくれる。
 正常な肝臓は肋骨下部に指一本ほどはみ出しているとのことなのだが、私の場合は指四本ほどはみ出している。「これほどまで大きくなった肝臓を触るのは何年かぶりですね」と医者はやや興奮気味である。
 それから一週間後に二度目の血液検査の結果が告げられた。
 「黄疸は消えました。GOTとGPTの数値も正常です。γ―GPTは六〇〇。TGもまだ高いですね」。医者の説明によると、γ―GPTとTGの数値は急激には減少しないようだ。
 「あれからお酒の方は」と聞くので、「今日で禁酒一六日目になります」と答えると、「うんうん、がんばってるな」と言うようなニンマリとした顔をして私と眼を合わせた。たぶんこの医者も酒好きなのだろう……。
 続けて私が「断酒するつもりはまったくないんです。年末年始は温泉旅行の予定があり、そこではたっぷりと飲むつもりでいます」と言うと、医者はまたニヤリと眼鏡越しの眼を光らせた。さらに私が「それで来年からは週末の二日間だけ飲むことにしようと思っているんです」と言うと、医者は「それでは今日は血液検査はなしということにして、一カ月後にでももう一度検査してみましょう」と言ってカルテに文字を走らせた。
 私は昨年末にとうとう還暦を迎えてしまったが、丁度よい時期の通院になったと思っている。ダラダラと飲酒する悪しき習慣とさよならして、その次は禁煙ということになるのだろう。
 今になって「飲み歩いてんじゃないぞ」という病床にあったお袋の「最後の言葉」が胸に響いてくるのである。  (星)



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