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    かけはし2016.年1月25日号

避難者支援・賠償打ち切り許すな


福島第1原発災害からまる5年

「事故」は終わっていない

「復興・自立」キャンペーンに抗して

被災地・被災者の現実に向き合おう

原発被災地5年後の現実
 ―減っていない避難者


 福島県は二〇一五年末、原発事故後に初の国勢調査を発表した。県人口は約一九一万人で、五年前から約一〇万五〇〇〇人減と戦後最少を記録した。全域が避難指示区域の大熊、双葉、富岡、浪江町の人口は〇人、隣接する葛尾村が一八人(準備宿泊者)、飯舘村が四一人(特養ホーム入所者)。全域が避難指示を解除された楢葉町も帰還率は一三%未満。九市町村の七万人以上が避難を続けており、その面積は一〇〇〇?に近い。これらの数値は、様々な帰還促進策、キャンペーンにもかかわらず住民の帰還が進んでいないことをあらためて示した。
他方、前回よりも増加した六市町村のうち福島、いわき、相馬、三春の四市町では、男性の増加率が高い。避難者や除染など復興関連事業の作業員を受け入れている地域だ。男女別にみると、女性は約九七万人で前回から七万六〇〇〇人(七・三%)が減少する一方、男性は約九五万五〇〇〇人で四万人(四%)減にとどまった。男女の減少幅に差が出た要因について県は「放射線の影響を心配し、夫を残して母子で県外避難するケースがまだ多いこと、除染など復興関連事業で男性作業員が多数流入したこと」を挙げた。
また、県がまとめた年明け八日現在の被害状況速報は、県内への避難者は五万六〇〇〇人余、県外へは四万三〇〇〇人余で、避難者数は計九万九九九一人となり、一〇万人を切ったと報じた。二〇一二年五月の一六万四八六五人に比し、約六万五〇〇〇人減った。これだけ見ると、帰還者が多くなったと感じるかもしれないが、県の避難者数の集計は、仮設や借り上げ住宅への居住者が対象であり、復興公営住宅への入居や帰還を断念し避難先で住宅を新築・購入した場合には避難が解消されたとみなされる。避難者とは数えられなくなった人々が、故郷や前の生活拠点に戻れているわけではないことは、国勢調査人口の数値でもわかる。
震災と原発事故から五年が過ぎようとしている今なお、実に二万人近くが仮設住宅暮らしを続けているという凄まじい現実がある。しかもその多くが高齢者だ。こうした中で原発震災関連死は二〇〇七人と、直接死と不明者を合わせた数を大きく上回った。

櫻井や開沼の主張

 昨年一二月二〇日、双葉郡広野町で開かれた講演会(子どもたちを動員して国道六号線を清掃した団体であるハッピーロードネット主催、地元JC等後援)で、櫻井よしこは、避難指示が解除された地域で住民の帰還が進んでいないことについて、「政府や自治体に依存するのではなく、放射線量などの数値と科学的に向き合い、自ら考えることが必要」と語った(産経)。
この集会のコーディネィターを務めた社会学者の開沼博は週刊ダイヤモンド誌上で「大熊町には、今東京電力の七五〇戸の社宅が建設中で、作業者向けの給食センターもできてトラクターが元気に田畑を耕している状態」「そういう基本的な現状認識を知らないままモノが語られるケースが多すぎる」「『不幸なフクシマ』のままでいてほしい」人がたくさんいる」と語り、「週刊新潮」新春号では「県外避難者は県民の二・二%。秋田や青森は福島と同じくらい人口減少」「福島県民を犠牲者として憐憫の情を向け、悦に入る……脱原発、被曝回避運動に利用する……『ありがた迷惑』です」「福島は『正しく』現状を知りながら『楽しく』関わる方法を探求すべき時期を迎えている」などと述べている。
両者に共通するのは復興や帰還の妨げの大きな要因が、住民の非科学的な意識やイデオロギー的な脱原発・被曝回避運動による固定観念の流布、「俗流フクシマ論」の蔓延だとしていることだ。要するに、依存心や誤った認識を払拭し、前向きに「復興にいそしめ」との説教である。地元新聞社が避難者の「甘え・権利意識克服」「自立促進」キャンペーンを進めているのも同様である。
こうした動きは、事故の影響を過小評価し、被災民、県民・住民間の分断を強め、電力会社や国、原子力ムラを免罪し、早期帰還のための避難区域解除、避難者支援と賠償の早期打ち切り、原発再稼働への道を掃き清めようとするものに他ならない。これらに抗するためにも、私たちは、事故とその影響、被災地の実態にきちんと向き合っていく必要がある。

無数のフレコンバッグの山
―地下にも埋蔵


除染で取り除いた表土や草木を入れた黒い袋=フレコンバックが、県内各地に山積みされ、増え続けている。環境省と福島県によると、九月末時点で約九一五万五〇〇〇袋が約一一万四七〇〇カ所の仮置き場や除染現場の保管場所に置かれている。避難区域の平地や隣接市町村の山間部には無数の黒い塊が広い面積の地表を覆い、何段にも積まれたフレコンバッグと防水シートを突き抜けて成長した植物が繁茂している。
街を歩けば、住宅の敷地は新しい砕石と黄色い山土が実に整然と敷かれ、建物の脇にはドラム缶を二回りほど大きくしたコンクリート製の容器がいくつも並んでおり、公園や学校の校庭、大きな駐車場、田畑に、家の庭にフレコンバッグが埋められている。除染と言っても、横に下に移動しただけで、そこここに、足元に、膨大な量の放射性物質が存在しているのだ。生活空間内にも放射線量の高い「ホットスポット」があちこちに残る。
各自治体では、積み上げられ埋蔵されている除染廃棄物を中間貯蔵施設に持っていく「積み込み場」の場所を決めているが、搬入先の中間貯蔵施設(大熊、双葉両町)の建設のめどが立っておらず、輸送計画だけが宙を舞っている。フレコンバッグは日が経つほど劣化し、放射能漏れが起き拡大する。日常生活の中に異常事態は続いている。

汚染水濃度上昇と増加

 昨年一二月一〇日には、廃棄物処理場や周辺のダクト(地下トンネル)にたまった汚染水の濃度が、一?当たり放射性セシウムが四八万ベクレル、ストロンチウムなどの放射性物質が五〇万ベクレルと一年前の四〇〇〇〜四一〇〇倍に上昇しているのが見つかった。一月たってもその原因は明らかにされていない。また、東京電力は、サブドレンから地下水をくみ上げ、一〜四号機建屋内への地下水流入量が従来に比べ大幅に減少したとしていたが、「海側遮水壁」の閉合後、四つの地下水ドレンでトリチウム濃度が東電の放出基準値(一五〇〇べクレル/?)を超え、浄化設備で処理せずタービン建屋内に一日約四〇〇トン移送していることを原子力規制委員会特定原子力施設監視・評価検討会で報告した(一二月一八日)。
これで、建屋内への地下水流入量と合わせ一日当たり約五七〇トンの汚染水発生となり、サブドレン運用前より二倍近くに増加した。東電は、サブドレンのくみ上げ量を増やし、「凍土遮水壁」の運用で地下水ドレンからのくみ上げ量を減らす方針としている。しかし原子力規制委員会が凍土壁の運用を認めておらず、サブドレン・地下水ドレン計画の見通しは立っていない。
なお、「凍土壁」とは,地下水が建屋に流入することを防止するために、建屋の周りを一・五キロにわたって、約一五〇〇本の凍結管を埋め込むなどして周囲の土を凍結させ,地下水が建屋に流入することを防ぐ陸側遮水壁を構築するための工法だが、初めから実現可能性や実効性に疑問が投げられていた。採用された理由は,東京電力が陸側遮水壁を建設しないでいたところ,大量の汚染水漏れが発覚し,東京オリンピックへ向けて事態の収拾を図りたい国が乗り出して国費を予備費から支出するため,従来技術ではない「チャレンジング」な新技術の研究開発支援名目が必要だったからである。東京電力の尻拭いのために,百数十億円の血税が投入された挙句、無駄に終わる可能性が強い。汚染水の濃度上昇と汚染水の増加は、危険状態は進行しており、安倍の「アンダーコントロール」発言とその対策が、その場しのぎのものであったことを示している。
福島原発告訴団が、二〇一三年に広瀬直己東電社長や勝俣元会長、武藤栄元副社長ら新旧経営陣三二人と法人としての東京電力を「人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律(公害罪法)」で福島県警に告発した「汚染水告発」事件は、福島県警が被告発者を福島地検に公害罪法違反容疑で書類送検し、現在、地検が捜査している。
告訴団は、東京電力の汚染水対応の経緯を具体的に述べた新たな上申書を一二月一七日福島地方検察庁に提出した。そして来る二月一日には、再度の上申書提出行動にとりくむ。また、福島原発告訴団の「東電と旧経産省保安院の津波対策担当者計五名」に対する「二〇一五年告訴」は、東京第一検察審査会に申立てを行い、現在審査中となっている。責任の明確化とともに、汚染水対策の早急な転換=恒久的遮水壁建設が今求められている。

山林は除染せず

 環境省は年末になって、県内の森林除染について生活圏から二〇mの範囲と日常的に人の出入りがある場所を除き、大半の森林では原則として除染しない方針を示した。「物理的に困難」「落ち葉などの除去で土壌流失などの悪影響が出る」との理由だ。双葉郡など国直轄で除染対象エリアは三八五〇ヘクタールで全体の五%。この地域だけで九五%が放置される。除染してもしばらくすると線量が上がったという地域が多いのに、森林除染ができないということは、山間地での農林業の再生は不可能となることはもちろん、阿武隈山地に降り注いだ放射性物質は水源地に溜まり、平地、海側へと下り、飲料・農業用水、田畑、河川、湖沼、海、土壌、居住空間を汚染し続けることになる。
この状況こそ、原発災害影響の重大性、不可逆性を示すものだ。除染の技術がない以上、この地に戻って生活し、生業を再開するには自然減衰を待つほかはない。それを無理矢理帰還させようとするのが一_シーベルトから二〇_シーベルトへの基準の変更なのだろうが、地域に根差して暮らそうとすればするほど住民は、許容することはできない。

迫る 避難・居住制限区域の解除、
賠償打ち切りに抗して


国の原子力災害対策本部は、「復興加速」を掲げ、@年間積算線量二〇mSv以下確認 A日常インフラ・サービス復旧、生活環境除染作業の進捗 B県、市町村、住民との協議の三要件による避難指示区域指定の解除及び区域外避難者の住宅支援の二〇一七年三月打ち切り、損害賠償の二〇一八年三月打ち切り方針を打ち出している。同時に、前述したように事故の風化と帰還の強制、被曝の受忍強制、避難生活などへの非難、分断政策、キャンペーンが強められている。
こうした状況に抗し、原発事故による損害の賠償や責任の明確化を求めて被害者団体が結成した「原発事故被害者団体連絡会」(略称:ひだんれん、二一団体・約二万五〇〇〇人)や強制避難と自主避難の壁を越えた全国の避難者のネットワーク「『避難の権利』を求める全国避難者の会」が二〇一五年に相次いで立ちあがった。「ひだんれん」は、福島原発事故から5年となる今年三月二日に、東京・日比谷野外音楽堂で「被害者を切り捨てるな!全国集会」を開催するとともに、政府交渉に臨む。
「ひだんれん」にも参加している南相馬市の住民は年二〇ミリシーベルトを基準とした特定避難勧奨地点の解除の撤回を求め東京地裁に提訴し上京行動を繰り返している。帰還困難区域の福島県浪江町津島地区の住民が、ふるさとを奪われたことや将来の健康不安などで国と東電に慰謝料の増額などを求め集団訴訟を開始するなど闘いに立ちあがる住民は増えている。

「福島原発刑事訴訟
支援団」の発足の集い
一方、福島原発告訴団が二〇一二年に「福島原発事故の刑事責任を糾す」として一万四七一六人で行った告訴・告発事件は、検察庁が二度にわたり不起訴処分としたが、東京第五検察審査会が二度にわたり起訴相当を議決して、被疑者・勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄が「強制起訴」となった。福島原発事故の真実と責任の所在を明らかにする、この刑事訴訟は、原発社会に終止符を打つため重要な意義を持つ。訴訟を支える「福島原発刑事訴訟支援団の発足の集い」が一月三〇日に東京目黒区民センターで開かれる。全国から支援団に参加し、刑事訴訟勝利を実現しよう! 

3・12福島県民
集会は郡山市で
二〇一六年の「原発のない福島を!県民大集会」は三月一二日(土)郡山市の陸上競技場で開かれることになり、実行委員会での準備が進められている。安倍と財界が進める原発再稼働・輸出路線に反対し、脱原発を実現する闘いを強化していくために、全国から駆けつけよう。(世田 達)



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