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    かけはし2016.年2月1日号

15〜16年 山谷越年・越冬闘争


12.29〜1.4

仲間とともに生き抜くぞ


学び、楽しみ、闘う力をつちかう



 一二月二九日から一月四日の早朝まで、城北労働福祉センター前の路上を拠点として山谷越年越冬闘争が行われた。
 一二月に入ってから三回にわたって実行委員会が行われ、二七日(日)には共同炊事のあと上野や浅草に越年闘争への参加を呼びかける夜間パトロールを行い、二九日は正午に山谷労働者福祉会館に集合し、簡単な打ち合わせのあと、センター前に物資を運び込み、越年闘争がスタート。
 テントの設営を行い、三時すぎより夕食の準備に入る。前回の越年では初日に路上で火を使うなと消防と警察が介入して来たが、今回の越年では妨害はなし。介入以前に防火用水を準備するなど、火の元には十分な注意を払っているのだ。
 越年の食材は三里塚を初め、農家から届いた野菜の他、水産会社の方が同業者に声をかけて集めてくれた魚、モツなど肉は芝浦と横浜の屠場労組の仲間からのカンパ。反原発運動のたんぽぽ舎は設立の頃より毎年、独自に衣類などのカンパを大量に集めてくれている。
 五時には夕食も、設営も完成し、越年最初の食事。夕食のあとは一日の反省を行い、布団を敷いて寝床作り。そして上野への人民パトロール。
 翌三〇日は、越年講座として「沖縄・辺野古の闘いに学ぶ学習会」(講師は辺野古リレーの仲間)、「労働と社会保障、貧者の力能」(講師は静岡大学の笹沼弘志さん)の二つが行われた。
 翌日からは三一日が隅田川、一月一日東京都の山谷越年対策である「なぎさ寮」、二日は上野公園と連日餅つきを行った。雑煮の汁はモツを大量に入れた「モツ雑煮」で、これを毎年楽しみにしている仲間も多い。
 大晦日には毎年恒例の「さすらい姉妹」による路上芝居、そして年越しそば。この日は参議院議員の山本太郎さんが、雨宮処凛さんと共に参加。
 連日の朝晩の共同炊事と各地へのパトロール、餅つきなどに野宿の仲間、生保でドヤに住む仲間、支援者など多くの人々が汗を流した越年闘争も、四日の早朝にはセンター前の拠点をかたずけ撤収し、台東区福祉事務所に生活保護集団申請行動を行った。
 越冬実では当面三月まで、月二回、上野での共同炊事を行う予定。  (板)

1.11

日雇全協総決起集会

差別と闘い、被ばく許さず
権利獲得へ連帯しよう!

 一月一一日、佐藤満夫さん虐殺三一カ年追悼、山岡強一さん虐殺三〇カ年追悼、日雇全協総決起集会が行われ、全国で越年越冬闘争を闘った労働者、支援者、約二二〇人が山谷・玉姫公園に集まり、集会とデモを行った。
 一〇時過ぎより始まった集会では、冒頭、国粋会金町一家(当時)に虐殺された佐藤さん、山岡さんへ黙祷を捧げた。
 発言の最初はたんぽぽ舎の仲間、たんぽぽ舎では設立の当初から約四〇年近く山谷のためのカンパを集める活動を継続している。高浜原発を初めとした安倍政権の原発再稼働の動きを激しく糾弾し、闘いへの合流を訴えた。
 被ばく労働を考えるネットワークの仲間は福島原発事故の収束作業や、除染労働に関わる労働者と共に闘ってきたこと、梅田さんの裁判(三〇年前の被ばく労働に起因する病気への保証を求めて闘っている)などを報告した。
 差別排外主義と闘う連絡会の仲間は前日に銀座で在特会による従軍慰安婦を冒涜するデモがあり、カウンター行動が闘われたことを報告した。
 つづいて争議団連絡会議、全労協・神奈川県央共闘、APFS労組、経産省テント、そして首都圏で越年を闘った、渋谷越冬実、立川のサンキュウハウス、夜回り三鷹の仲間が発言。
 最後に日雇全協各支部の発言。釜ヶ崎日雇労働組合の仲間は大阪都構想とそれに対応した釜ヶ崎特区について報告。名古屋・笹島の仲間は公園からの追い出しを跳ね返し、行政との粘り強い交渉の中で、公園での越年を実現したことを報告。横浜・寿日雇労働者組合の仲間は、寿公園のテントでの越年、パトロールや労働・生活相談そして生活保護の集団申請について報告。山谷争議団の仲間は、山岡さんの死から三〇年を経て、これまでの総括を日雇全協として一年かけて行って行くと発言。
 山谷地域を一周するデモを行ったあと、城北労働福祉センター前で、交流会を行った。      (板)

読書案内

翁長雄志著/角川書店刊/1400円+税

『戦う民意』

――あらためて「ヤマト」に問いかける


民主主義を
確立するため
 いま、沖縄にとどまらず日本の政治全体をとらえてみても最も注目すべき政治家の一人が、おそらく沖縄県知事の翁長雄志さんだろう。翁長さんは自民党出身で「日米安保体制の重要性を十二分に理解しています」という保守政治家である。彼の父親は米軍施政下で琉球立法院議員、真和志(現在は那覇市の一部)市長となり、兄も沖縄県副知事を務めたという保守政治家一家に育った。
 しかし、彼はいまや安倍政権の辺野古新基地建設に代表される「派兵・戦争国家」路線に正面から立ちはだかり、そのために法廷の場をふくめて安倍政権の攻撃を一身に浴びている。その翁長さんが昨年暮に『戦う民意』(角川書店)を出版した。
 翁長さんは、この本にこめた思いを「沖縄における基地問題の解決は、日本を真の民主主義国会に変えるきっかけになるはずです」「『辺野古に新基地はつくらせない』という主張を象徴として、政治の大きな変革の原点をつくっていくことが沖縄を変え、日本を変えることにつながり、真の民主主義を確立することにつながるはずです」(はじめに)と語っている。
 この主張からは、「ヤマト」VS「沖縄」と理解されがちな立場ではなく、沖縄のアイデンティティーの確立を通して、あくまで日本の民主主義的変革への道を作り出していきたい、という翁長さんの主張が浮かび上がっている。「思いこみ」を排して、彼の考え方の枠組みを素直に理解することが必要だろう。「イデオロギーよりアイデンティティー」「オール沖縄」という立場が、いまストレートに安倍政権と正面からぶつかっているのはなぜか、という問題提起が、本書の全体に貫かれている。

沖縄のアイデンティティとは
私たちは、沖縄の戦後史、「島ぐるみ」の「本土復帰」闘争、そして「復帰」後の攻防を、おもに革新派・左派の視点から学習してきたのだが(とりわけ新崎盛暉さんの一連の著作など)、いわばそれとは別の立場から、「本土」保守政治の側とは一体にはなりえない、琉球処分以来の歴史に根差した「沖縄アイデンティティー」を語る翁長さんのスタンスをしっかりと理解することが重要であることを、本書から確認することができた。
翁長さんは、この著書の中で沖縄の「独立」論についてふれている。自民党出身の保守政治家としての翁長さんは「独立」の主張には反対している。しかし彼は、沖縄の「自立」、道州制の下での単独州としての「沖縄州あるいは琉球州」への移行を目指すと語っている。
「今日までの議論で県議会関係、経済界、諸団体の多くが単独州としてアジアと世界に飛び立っていこうという思いを打ち出しています。単独州になったとき、日本の安全保障やアジアにおける米軍のプレゼンス(存在感)についての議論は、当事者たる沖縄ぬきでは成立しないでしょう」と語る。
日米安保それ自身の必要性については同意すると述べる翁長さんは、「日本本土が覚悟を決めて、……しっかりした日米同盟をつくってもらいたいと私は思っています。日本国民一人ひとりが、基地問題を自分のこととして考え、そしてその集約が日本の政治を動かしていくようにならなければ、真の民主主義がこの国に根付くことはないでしょう」と語っている。
このあたりの主張については、沖縄でも「ヤマト」でも、繰り返し現れてくる論点であることは間違いない。「ヤマト」の側から、最近では高橋哲哉さんが同様の主張を行っている。私自身は、翁長さんとは違って「反安保」論者であり「ヤマト」の側から「米軍基地引きうけ」を語ることには反対であるが、現在の辺野古新基地反対運動の中でもこうした論議があることについては、あらためて自覚する必要がある。

「自己決定」を
つらぬき通す
翁長さんは、辺野古新基地建設に反対する闘いの中から「沖縄県で新しい政治勢力をつくり上げて、沖縄県が国際的、国内的な問題によって翻弄されないようにしたい」と語る。そこから「自然と辺野古移設反対運動の中心的な存在になっていきました」というわけだ。
翁長さんは「米軍基地は沖縄経済の最大の阻害要因」だということを選挙で訴えた。「基地あってこその沖縄経済」という誤解が依然として「本土」ではまき散らされているが、沖縄では経済界自体が、今や基地こそ沖縄経済の桎梏であるとして「辺野古新基地建設反対」の一翼を構成するようになっている。
すでに仲井真知事時代の二〇一二年には「基地経済からの脱却、基地の整理・縮小」、「沖縄の自然、歴史、伝統、文化といったソフトパワー」などを軸にした「沖縄21世紀ビジョン」を作成していた。
この間、あらゆるところで沖縄の「自己決定」ということばが、使われるようになっている。沖縄アイデンティティーに基づく「自己決定」。それは旧来の「自治」・「独立」などのカテゴリーを超えたところで、「ヤマト」による沖縄への差別と一方的「押し付け」を拒否する理念、行動準則となっている。
安倍政権は、こうした沖縄の民主主義的「自己決定」を拒否し、「ヤマト」の意思に沖縄を従属させようとする以外のことをしてこなかった。そして翁長県政は県民の熱い支持に支えられて、沖縄の「自己決定」をアジアとのつながりを見据える国際的な視点から確立しようとしている。その中軸となっているのが「辺野古新基地建設阻止」の闘いであることは言うまでもない。
本書を読んで、ぜひとも現在の攻防の核心をつかみとってほしい。そして本書を手にして辺野古現地にかけつけよう。  (河村恵)

 


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