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    かけはし2016.年2月1日号

総統選 立法議員選 民進党が圧勝 何が変わるか


台湾

労働者の立場から台湾総統選挙を分析する(上)

新しい総統 旧来のエリート

国民党、民進党ともに新自由主義政策推進派

2016年1月12日

毛翊宇(労働視野工作室)



一月一六日に投開票となった台湾総統選挙で、野党・民進党の候補者、蔡英文が与党・国民党を大差で破って八年ぶりの政権交代を果たした。任期は今年五月二〇日から四年間。一九九六年から始まった総統の直接選挙では二〇〇〇年の総統選挙で民進党の陳水扁が初めて勝利、戦後初めての政権交代が行われたが、立法院(国会)では少数与党の状態が続き、〇四年にはかろうじて政権の座は確保したものの、不安定な政権運営と金権スキャンダルなどで、〇八年の総統選挙で国民党・馬英九が勝利し、国民党が政権の座に返り咲いた。その後、世界的な経済危機、そして何よりも台頭する中国との関係において、台湾の労働者・青年に大きな不安が横たわってきた。議会での安定与党を背景とした馬英九政権が中国とのサービス貿易協定の批准を強行しようとしたことに対して、学生をはじめ多くの社会運動が立法院を占拠した二〇一四年三月の「ひまわり運動」は記憶に新しい。台湾の世論はすでにその前後から馬英九の強権政治に背を向け始めており、選挙戦の前から民進党の蔡英文候補の勝利はほぼ確実視されていた。同時に行われた立法院選挙でも、定数一一三議席のうち民進党六八議席(改選前四〇議席)、国民党三五議席(六四義席)と安定多数を確保した。以下は、台湾の労働NGOの労働視野工作室メンバーによる分析である。大半は投票日直前の一月一二日に書かれたものだが、追記と後記は開票結果を受けて書かれたものである。(「かけはし」編集部)

ひまわり運動の2つの目的


二〇一六年一月一六日に投票日を控えた台湾総統選挙では、三組の候補[総統と副総統]が立候補しており、現在のところ野党・民進党の候補、蔡英文の勢いが目覚ましく、与党・国民党の候補、朱立倫を大きく引き離している。国民党と同じ汎藍陣営[中台統一志向の政党は汎藍陣営、独立志向の政党は汎緑陣営と呼ばれる]の親民党の候補、宋楚瑜の影響力は僅かなものにとどまっている。
総統候補に対する民衆の支持は、当然にも立法委員選挙にも大きな影響を及ぼしている。台湾では結果のはっきりと見えている選挙戦が展開されており、社会全体が「政権交代」の雰囲気につつまれている。民進党はすでに政権運営の準備ができているだけでなく、立法院の議席においても過半数を制する可能性がでており、同党史上初めて安定与党として政権に就く可能性がある。勝利はすでに問題ではなく、どのくらいの議席を獲得するかが問題となっている。
しかしわれわれは次のことを忘れることはできない。わずか四年前の二〇一二年、国民党の候補者である馬英九・現総統が総統選挙と立法議員選挙のダブル選挙で、五一%という過半数の得票率で、対立候補の蔡英文を打ち負かし、立法議員選挙でも一一三議席中六四議席を獲得した事実である。四年前の勝者である国民党が、なぜ今日においてこれほどまでに信用を失墜させたのか。何が変わったのか。民意は確かに変革を求めている。しかしこの変革の実質的な中身は何なのか。それを知るためにわれわれは二〇一四年にさかのぼって検討しなければならない。
二〇一四年三月一八日、台湾で「ひまわり運動」が勃発した。国民党政府が中国と締結した両岸サービス貿易協定に抗議するために、万余の民衆が立法院を包囲し、数百名の抗議者が立法院を二四日間にわたって占拠し、国全体の世論が沸騰した。このひまわり運動には二つの大きな目標があった。ひとつは台湾の民主主義に対する中国政府の脅威に対抗すること。もうひとつは貿易自由化によって地場産業と労働者にもたらされる被害に反対することである。
一つ目は台湾の主権にかかわることであり、二つ目は若年世代の低賃金や将来への展望の欠如などに密接にかかわる社会的分配の問題である。この二つの問題への対処について国民党が人々を大いに失望させたことは明らかである。またそれゆえ、ひまわり運動の拡大にともない、国民党政府への支持は下がり続け、二〇一四年一一月二九日の地方選挙において、この不満は投票行為として表現された。
台湾全土の二二の直轄市および県市のうち国民党系の首長は一六人いたが、この時の選挙で当選した国民党系候補は六人に激減した。伝統的に国民党候補が強かった最大の地盤である台北市でさえも、他の候補に席を譲ってしまったのである。「三尺の氷が凍てつくには一日の寒さに非ず」というように、この時から今回の国民党の敗北は明らかであったと言えるだろう。
近年浮上している台湾の社会経済問題は、たとえ国民党がその元凶だとみなされていなくても、解決する能力に欠けると考えられており、それゆえ野党の民進党を有利な位置につけることになった。グローバル資本主義が長期的な低迷期に陥り、二〇〇八年には金融危機が勃発するという状況のもと、資本の利潤獲得能力はかつてに比べようもなく、各国の資本家間の競争は激化し、中国市場を巡って争いが続いている。組織と政治的代表を欠いた労働者階級は、資本主義の衰退と資本間の競争の代償を押し付けられ、雇用危機と賃金停滞という苦しみにあえいでいる。
台湾人民にとって、困難はこれだけにとどまるものではない。台湾の政権党は、中国および世界で台湾系資本による集積と安価な労働力の搾取を支援するために、「官僚ブルジョアジー化」した覇権的野心を持つ中国共産党に対して、主権を譲歩せざるを得ない。このような圧力は中国共産党からもたらされるだけではなく、中国市場において利益を上げている大小さまざまな台湾系資本からもたらされてもいる。かれらは両岸の「政治リスク」の減少を望んでおり、それは民主的権利を踏みにじる中国共産党政府が台湾に対する名義上の統治権を持つことを、台湾政府が受け入れるよう求めることになる。内(社会的分配の問題)と外(主権問題)の切迫性こそ、まさに台湾人民の未来を映し出す鏡と言えるのである。
ひまわり運動によって、この二つの大問題は台湾人民が広く関心を持つ問題となった。国民党が唾棄されることは既定路線であり、民進党もこの二つの問題について人民のテストを受けるであろうことは必至である。まもなく敗北して長期の野党となる国民党および現在のところ得意満面の民進党が、この重要な議題についていかに自らに有利なように攻防戦を展開するのかが、今回の二〇一六年の総統選挙のカギであり、そこから将来も台湾の政局に影響を及ぼす二大主流政党がどのような立場と態度を取ろうとしているのかを窺い知ることができるだろう。

改革は待ったなし 誰の危機なのか

 二〇一五年末から二〇一六年初めにかけての一連の選挙活動、例えばマニフェストの公表や候補者のテレビ討論会などでの演説において、国民党か民進党かを問わず、異口同音に次のように語っていた。つまり、台湾は今まさに改革の正念場であり、我々は危機に直面しているのだ、と。このような危機感は、選挙戦を戦う政党においてだけでなく、さまざまな社会的階級においても共有されている。しかし、われわれと彼らの言うところの「危機」は同じものなのだろうか。いや、そうではない。
この問題は三層にわけて語ることができる。第一層は、政党自身の危機である。選挙の利害のために人民をだますために意図的に作られた危機である。国民党は「中華民国を守れ」と訴える。民進党は「打倒国民党」勢力をひろく傘下に収め、国民党政権こそが台湾の社会経済問題の元凶であり、国民党の打倒こそが台湾を救うための最優先事項であると訴えている。国民党は実際にこの八年間政権の座にあり、また中国とも不可分の歴史的経過を持っていることから、主権問題を憂う民衆は、資本主義的発展によってその代償を支払わされていると考えるのではなく、国民党を「売国奴」とみなすことのほうが容易となる。
第二層は、われわれが日ごろニュースなどでよく聞くものである。つまり、中央経済院の予測では今年の経済成長率は一%を達成できない、という類のものだ。低迷を続け、復活の兆しを見せない経済の背景には、資本蓄積の停滞とグローバル資本主義の衰退が主要な原因であるが、資本家階級はそのように理解せず、世界経済の衰退が進めば進むほど、資本と資本のあいだの競争はますます残酷さを増し、それゆえ台湾系資本家はますます焦りを感じて、新しい政権がいかに全国の資源を彼らの支援――利潤の増加や競争相手の打倒などに注ぎ込んでくれるのかを知りたがっているのである。
第三層は、最も重要でありかつ真の危機ともいえるものである。行政院主計処の最新の統計によると、台湾の四割近くの勤労者の月収が三万元に達しておらず、四万元以下では七割近くに達するという。不安定雇用は七八万人に達するが、これは氷山の一角であり、その背景には雇用環境全体の停滞と悪化、低賃金、不安定、将来性の欠如がある。それに加えて家賃の高騰、脆弱な老齢年金システムによって、われわれ若い世代は資本家に言わせると「夢にチャレンジできない世代」となり、政治が我々に希望ある未来をもたらすことができるかどうかが、最大の関心事になっている。
二大政党の総統候補は、人々が最も関心を持つ前述の「経済」と「両岸」問題について答えざるを得ない。この二つの主軸を中心にして、われわれが関心を持つ問題に対して対案を提示しているのか、もしそうであれば、その対案は実現可能なのか、これまで解決できなかった問題を解決することができるのかについて、各候補者の主張を分析してみよう。とはいえ過度に微に入り細にわたる必要はなく、「木を見て森を見ず」という状態にならないように、大局的に見る必要がある。
国民党の総統候補である朱立倫は、最初のテレビ討論会のなかで「私は四年間の任期中に、最低賃金を現在の二万八元から三万元に引き上げることを約束します。これは賃金引き上げというだけでなく、台湾の経済戦略の転換であり、……われわれの戦略をこれまでの利潤がもたらす成長という方式から、賃金引き上げを通じた成長へと転換するものです」。
二回目のテレビ討論会では、いかにして労働法規を着実に実施させるのかという広く市民から寄せられた質問に対して次のように答えた。「引き続き法律改正を行い、奨励と処分を増やし、高額の奨励金で違法行為を通報させ、企業が労働者の権利を守るようにする。もし私が当選したら、全国の直轄市に労働検査処を設立するよう法改正を行う」。
民進党の蔡英文は、最初のテレビ政見放送のなかでこう述べている。「台湾の産業のイノベーションを支援するために産官学の資源を統合し、産業構造のブラッシュアップをスムーズに行うでしょう。企業がイノベーションを通じてさらに付加価値の高い商品をつくりだすことができたなら、勤労者はいま以上の賃金が約束されるでしょう」。
どのように労働法制を着実に実施することができるかについて、蔡英文はこう答えている。「労働関連法制は補強すべき箇所があります……非正規雇用労働者を保護する立法が必要で、派遣及びパートタイマーの労働者に同一労働同一賃金を適用し、社会保障システムに加入させなければなりません。長時間労働や労働安全衛生の規制についても立法化します」。マニフェスト発表の会見で、朱立倫から両岸関係について問いただされた蔡英文はこう答えた。 
「私は『現状維持』という『台湾コンセンサス』を中心として、中華民国の現行の憲政体制に従い、これまでの二〇数年におよぶ両岸の協議と交流の相互作用の成果という基礎のうえに、両岸関係の平和的で安定的な発展を進めます。……私の政策決定においては、民主主義システムに従い、公開された透明性のあるものになるでしょう。私は『両岸協議監督条例』の制定を主張しており、両岸政策を人民の監督のもとにすすめるようにします」。

労使分配の不均衡是正について

 最低賃金は、政府が財政分配に影響を及ぼすことができる、数少ない労働市場に対する直接規制することができるテコの一つであり、政府と労働団体の間で常に齟齬が生じる事項である。最低賃金を引き上げれば、それが効果的に作用すれば平均賃金も上昇することは、争いようのない事実である。しかも台湾では利益を上げている多くの大型チェーン企業の現場職員の賃金は最低賃金が基準になっていることから、多くの賃労働者やワーキング・プアにとっては、最低賃金の引き上げはもっとも直接的な賃上げ効果に結び付く。労働者階級の所得増加は消費を促し、国内市場を中心に展開する中小企業にとっては、市場の拡大だけでなく、商品の需要が労働力の需要をもたらし、確実に雇用を増加させることになる。
最低賃金の引上げに反対する主張は、それによって雇用が減少するので労働者にとって不利になることを根拠にしている。これについては、二〇〇八年にノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンの発言が参考になるかもしれない。「…多くの証拠から、最低賃金の増加が雇用にもたらすマイナスの影響は全くないか、あってもごくわずかなものでしかない」。なぜそのように言うことができるのか。道理は簡単だ。最低賃金の引き上げに反対する論拠は陳腐な教条的経済学説のうえに展開されているからである。つまり、すべての商品(労働力を含む)価格の引き上げは購買量を引き下げるという仮説である。だがある産業の生産技術に大きな変革がなければ、労働力の代替性は極めて小さいままであり、もしその産業の市場が現時点で縮小しているのでなければ、最賃の引き上げだけで雇用が減少することはほとんどあり得ない。
最賃の引き上げに反対する論述は、たんに企業利益を保護する隠れみのにすぎないことが大半である。これについては、朱立倫の質問に対する蔡英文の回答は防衛的なものであり、彼女は資本の利益を考慮し、最低賃金の引き上げを約束しなかった。朱立倫は相対的に進歩的な主張を提起したが、その他の政策については国民党のほうが問題は多い。国民党は伝統的な右派政党であり、一貫して大企業に肩入れしてきた。最賃問題については二〇一三年に行政院労働委員会[労働省にあたる]が最低賃金(月給)の引き上げを決定した際、国民党政権の政務委員[無任所大臣に相当]の管中閔は大反対し、労働団体に対して「茶たまごが欲しくてがっついているうちに、結局は米粒にもありつけなくなるぞ!」と大声で罵った。結局、行政院長の陳冲が介入し、最賃引き上げは政府の「経済向上」政策の目標と合致しないので撤回するとした。それによって最賃の審議委員らは騒然となり、委員長が辞任する事態になったのである。
この事件をどう見るべきか。国民党の混乱とみるべきなのか。これまでずっと労働問題には非友好的な態度をとってきた政党が、突如として労働者のために賃上げを叫びだしたのは、今回の総統選で当選の見込みがなくなり、いくらかでも有権者をだまして得票数を稼ぎたかったからではないか。国民党にどれほどの誠意があるのかを検証することはそう難しいことではない。もし賃上げが国民党の新しい政策方針となるのであれば、今後の野党時代の数年間で、最賃政策で賃上げを主張し続けるべきである。
蔡英文は朱立倫に反論したが、では彼女自身は分配問題についてどのような対策を考えているのか。彼女の主張は、一言でいえば、賃上げが可能かどうかは企業の利益にかかっている、というものである。彼女は経済発展フォーラムで、違う言い方でこの主張の中心的思想を語っている。「イノベーションを支援する環境をつくりだし、イノベーションによって産業構造のブラッシュアップとモデルチェンジを引き起こし、それによって企業の利益を拡大する……またこれによって労働者の賃金と待遇を引き上げることができる」。
台湾の労働者階級の賃金横ばいは、本当に企業利益の不足によるものなのか。それとも経済的果実の分配が不均衡なせいなのか。もし企業の利益が拡大すれば自動的に労働者の賃金を引き上げてくれるのだろうか。それとも自らのポケットにしまいこむか、あるいは海外投資や金融投機へ注ぎ込んでさらに利益を得ようとするのだろうか。台湾の民衆はこの問いに対する答えを明確に知っているだろう。台湾の賃労働者の賃金の低迷の原因は政府の統計でも証明されているように、企業利益の不足にあるのではなく、労使間の分配の不均衡によって生じているのである。国民所得統計資料のGDP分配状況によると、GDPに占める被雇用者の報酬の割合は、一九八九〜九六年は五二%であったが、年々下降し、二〇一三年には四四・六%にまで下がっている。
蔡英文のいう分配問題を解決する経済政策とは、装飾用の包装紙を取り除けば次のようなことに他ならない。つまり、政府がやるべきことは富豪をさらに富ませることで、それによって貧乏人にも利益のしずくが滴り落ちるという極端に時代遅れのレーガノミクスにほかならない。これは伝統的右派よりもさらに右翼的な経済政策であり、アメリカでは一九八〇年代以来実施されてきた結果、金持ちはさらに豊かになっただけで、貧困者が貧困から脱出するには何の役にも立たず、不均衡な社会的富の分配状況はさらに悪化しただけであった。だがこれは民進党だけに限った主張ではない。
間もなく下野することになる国民党の馬英九総統は、二〇一二年に労働者の所得水準がなぜ低いままなのかと問われた際、次のように答えていたのである。「賃金が上がらないのは、利益がすくないと経営者が考えているからだ」。このような大資本の立場から、富の分配問題をとらえようとする姿勢は、蔡英文と馬英九のあいだに何ら違いはないのである。

労働法制の実施の本音と本質

 台湾の労働法制は、現実離れしているとこれまでも民衆から批判されてきた。民間部門では資本の独断で圧倒的大多数の雇用条件が決められていることが常態化している。法律の趣旨では最低基準とされている労働条件についても、不本意ながらその基準に合わせている企業は「福利厚生のたぐい」と平然と主張する。なぜそうなってしまっているのか? 主要な原因はやはり国民党のこれまでの労働組合に対する敵視的な戒厳支配、二〇年余りに及ぶ製造業の激しい海外移転の動き、そして民進党が中下層大衆の民主化闘争の成果の上に政権についた後、権力基盤を強化するためにこれまで国民党を支持していた旧勢力や大企業にすり寄った結果なのである。このような政治的、経済的ファクター(要素)が台湾の労働運動にもたらした先天的に不利な状況と後天的な不健全な状態は、個々の被雇用者を資本主導の労働力市場において孤立させ、単独で資本に直面させてしまっている。これは、労働組合運動が比較的発達している諸国で企業別あるいは産別レベルの労働組合が賃金や待遇について定期的に資本と交渉している状況とはまったく違っている。
労使間の実力が極めて不均等な状況において、労働側は資本に圧力をかけることのできる手段をまったくもってらず、外部の労働政策機関を通じて企業に労働法制を守らせることは、当然ながらさまざまな困難がつきまとい、しかもそれは高度に行政官僚システムに依存することになる。労働法制を着実に実施させることは、厳格にいえばそれは根本的な問題解決にはなりはしないものの、現実的な面からいえば、現在は法律と現実の格差があまりにも大きく、もし労働法制をよりしっかりと実施させることができれば、一部の労働者にとっては直接的な利益となるし、団体交渉ができる力をもっている労働組合が労働条件の向上に力を注ぐことで、役人や政治家に労働査察を要求したり斡旋してもらうために忙殺される必要もなくなるだろう。
朱立倫は、労働法制の着実な実施という問題について、違法企業の通報報奨金の設立と労働査察関連の人員増などを主張している。この通報報奨金は産業界の逆鱗に触れる政策であることは確かである。産業界は「悪意ある」従業員がこの制度を悪用すれば、労使間の調和と「倫理」を破壊すると主張している。しかしそれは言い訳に過ぎない。労働法令に違反していないのであれば通報制度を心配する必要もないはずである。もし労働法令に違反するような企業であれば、どのような資格で従業員に対して「倫理」を語るのか。
だが、よしんば多くの通報があったとしても、それを処理できるだけの人員増がなければ、未決案件が増えるだけである。さらに言えば、現行の労働査察行政の公平性をより拡大しなければ、人員を増加しても効果を上げることは難しいだろう。朱立倫はこれについてまったく触れていない。彼は労働法制の着実な実施のカギが労働査察にあることを指摘しはしたが、その問題に対してより踏み込んだ検討をすることなく、きれいに整えられた官僚答弁のスピーチ原稿を読み上げたに過ぎないのである。
具体例をあげよう。現行の労働査察において、行政の担当官がもっとも恐れるのは、処分を決定した後に、その企業の人事部から陳情や行政訴訟を提起されることである。企業側もこのような手段を通じて「事なかれ主義」という心理状態を役所の中に植え付けてきた。しかしその逆に、労働側による違法企業の通報ではすでに多くの力を使い果たし、また生計を維持しなければならないという圧力もあるなかで、もし査察機関がいい加減な査察をおこなったとしても、通報者にはそもそも自らの主張の正しさを証明する時間や財力もないのである。
過度に資本の側に有利な労働査察業務を矯正するために、労働査察に対する通報者の満足度に関するアンケートの実施、調査結果を担当官あるいは担当所轄の考課に反映させることなどが考えられる。このような制度が合わさってはじめて、通報奨励金と常勤職員の増加による労働査察の効果を上げることができるのである。では国民党がこのような改革に大ナタをふるうことを期待できるだろうか。それはおそらく難しいだろう。
蔡英文は、どのように労働法制の着実な実施を実現するのかという問いに対して「現行法規を補強し、さらに多くの立法を進める…」という民進党が掲げる六つの労働政策を読み上げたが、それはまったく台湾民衆を侮辱したものに他ならない。問題になっているのは「どのように着実な実施を実現するのか」についてなのである。彼女の回答はそれに全く答えていない。それが第一点目の問題である。二点目は、蔡英文の読み上げた六つの労働政策を詳細に検討すれば容易に分かることだが、蔡英文の労働政策は白紙回答なのである。彼女が言及した改正法案や新規法制は、実質的内容に乏しく、しかもそのほとんどが国民党政権のこの数年間に、労働主管部門が積極的に検討してきたものばかりである。
最後に、民進党がこの空疎な六つの労働政策を提起する前に、蔡英文が労働問題に言及したのはたったの一回だけである。それは二〇一五年五月八日に企業のシンポジウムに参加した際に「台湾の労働者の休日は多すぎる」と饒舌に語ったときだけである。最低賃金の引き上げを審議する際に彼女は再三にわたって慎重な審議を求め、用心深く振舞っていたことに比べると、この「休日は多すぎる」という結論は、なんと拙速で躊躇のないものであったことか。
台湾の労働者階級は、間もなく政権に就く蔡英文・民進党政権が、労働政策において事前予習がなく、雇用主の立場から問題を考える政府であるという警戒心を持たなければならないだろう。(つづく)


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