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    かけはし2016.年2月8日号

第3滑走路計画粉砕!


1.10

三里塚反対同盟2016旗開き

「弱い者」が負けてはならぬ


空港マフィアの
暗躍許さない!
 一月一〇日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人:柳川秀夫)は、横堀農業研修センターで「二〇一六反対同盟旗開き」を行い、三七人が参加した。
 成田国際空港会社(NAA)の夏目誠社長は四日、年頭訓示で安全軽視の過密運航や環境破壊をもたらす夜間飛行制限の緩和などの空港機能強化にむけて「騒音下の住民に丁寧な説明を行い、理解と協力を得ることを忘れてはならない」と居直り、押し進めていくことを表明。
 さらに第三滑走路についても「成田空港に関する四者協議会での議論が重要な局面を迎えた。空港間競争が激化する中、成田の最重要の戦略となる」と位置づけ、国・千葉県・地元周辺推進派との連携を進め、踏み込んだキャンペーンを展開していくと宣言した。すでに空港会社は「成田国際空港の更なる機能強化推進本部」(一五年一〇月)を設置し、パンフレット作成、特設ウェブサイト開設、成田空港マフィア(利権集団)への工作などを行っている。
 安倍政権の二〇一六年度予算で成田空港関連予算は、昨年度よりも五億円増の四四億円を計上した。震災発生時対策、耐震対策、CIQ(税関・入管・検疫)機能向上に投入する。まだ第三滑走路にむけた調査費等は予算計上していない。だが空港会社は、自己財源で約四七〇億円をかけて高速離脱誘導路(A・B滑走路の到着機の滑走路占有時間短縮にむけ、滑走路から早く離脱させるために誘導路を整備する)、エプロンの整備を行う。過密運航にむけて拡張工事を押し進めながら第三滑走路キャンペーンを強化し、空港マフィアを使って地元農民、民衆に対して当面の獲得目標である夜間飛行制限の緩和を迫っていく計画だ。同時に三里塚闘争の破壊にむけて横堀現闘本部裁判、東峰住民など闘う農民の追い出し攻撃を行っている。
 反対同盟と支援は、木の根ペンションと一坪共有地、横堀大鉄塔と案山子亭、横堀研修センター、横堀現闘本部などの拠点を守り抜き、安倍政権、成田空港会社、空港マフィアの野望を打ち砕いていく。

横堀現闘本部
撤去の攻撃
「第三滑走路計画粉砕!」のスローガンを掲げた旗開きは、山崎宏さん(横堀地区/労活評現闘)のあいさつから始まり、「政府と空港会社は、一体となって第三滑走路の建設を目論んでいる。また、現空港用地内の土地を取り上げるために裁判に提訴し、横堀現闘本部を撤去しようとしている。東京高裁は、まともに審議もせず第一回の公判(一五年一二月一四日)で結審し、次回は判決公判となる(二月三日〈水〉午後一時三〇分/八二四号法廷)。今年も第三滑走路計画粉砕の闘いにむけて奮闘していこう」と呼びかけた。
柳川秀夫さん(反対同盟世話人)は、「今年、三里塚の闘いは五〇年を迎える。弱い者が強い者に力で押し切られるかといったら、そうではない。世界は、いろんな紛争、闘いが繰り広げられている。『テロ』の一言で片付けているが、その根源は何かについて真剣に考えなければならない。だから弱い者は、負けるわけにはいかない。これが結論だ。グローバル経済によって弱肉強食の世の中がまかり通っている。空港問題もその中の一つだ。だから新しい物差しを作っていくことを考えながら、今年も行動していきたい」と発言した。
石井紀子さん(成田市川上)は、「残念な報告です。一月四日、ワンパックの旧宿泊所を解体しました。すでに東峰の旧ワンパック出荷場もない。なんとか残したかったが、石井恒司さんが用地内の土地・墓地の権利を売ってしまい、空港会社に渡ってしまった。思い出深いところなので最後まで見届けた。私は忸怩たる思いだが、ずっと忘れない。らっきょう工場、島村家もおり、私も含めて東峰は生き続ける。ここ横堀研修センターもみんなの力で維持していこう」と呼びかけた。

三里塚に新しい
命をふきこもう
加瀬勉さん(大地共有委員会U代表/多古町牛尾)は、「除夜の鐘が鳴り終わると同時に、『第三滑走路計画反対』の文書を地元の一〇〇戸に配布した。権力に対する戦闘宣言だ。深夜、初めて村中に撒いた。闇は深くても朝が来ない日はない。厳しい寒さだったが、いずれ春は来る。『小さな火でも燎原を焼き尽くす』(「星火燎原」毛沢東)とあるように、一人でビラを撒きながらも、きちっと決意したのが元朝参りだ。これからは集まりがいつも同じ顔しか見ない金太郎飴ではだめだ。三里塚に新しい命を打ち込んでいこう。人民の中に新しい種を撒いていこう」。
「私の村は、第三滑走路ができると騒音地区になる。みんなに問うた。騒音地獄で子々孫々まで生きていくのか。補償金を貰って移転していくのか。第三滑走路に反対し、粉砕していくのか。私は、第三滑走路計画粉砕のために生涯をかけて闘うと表明した。村の反応はよかった。文書を配布したら翌日、国家権力の手先どもが会談を申し込んできた。私は断固拒否した。決意新たに今年も闘っていこう」。
平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「小泉よねさんのお墓が東峰共同墓地にできた。小泉英政さんによってよねばあちゃんの闘いを讃える文章が刻まれている。東峰で御披露目があった。第三滑走路計画推進派は、B滑走路を南に延長するのは無理だという認識になっている。東峰地区は闘いの成果として、しっかり守っていきたい。三里塚五〇年だが、平行滑走路の作られ方、運用の仕方について、シンポジウム、円卓会議で語られた成田空港の平和的解決の道筋から逸脱して進んでいる。そもそも平行滑走路は正当性がない。それなのに第三滑走路なんてとんでもない。異議申し立てを続け、らっきょう工場で頑張っていきたい」と強調した。
支援の発言に移り、高見圭司さん(スペース21)、大阪と福岡の仲間、田んぼくらぶ、首都圏の仲間のアピールが行われた。 (Y)

12.17〜18

武器輸出反対ネットワーク

日豪潜水艦共同開発反対

首相官邸に抗議のアピール


共同軍事作戦
強化と連動
 一二月一七日、一八日の両日、結成されたばかりの武器輸出反対ネットワーク(NEJAT)は、日本とオーストラリアの「潜水艦共同開発計画」に反対する抗議行動を首相官邸前で行った。一二月一八日に行われた安倍首相とオーストラリアのターンブル首相の首脳会談では日本とオーストラリアの「共通の価値と利益に基づく特別な戦略的パートナーシップ」が合意された。
 米国と日本、そしてオーストラリアの間で、南シナ海における中国の拡張主義的海洋戦略に対抗する軍事的協力関係を緊密なものにするために、オーストラリアと日本の間での「訪問部隊地位協定」を早期に締結することが、一一月二二日にオーストラリアで行われた日豪「2プラス2会議(外務・防衛閣僚会議)」ですでに確認されている。「訪問部隊地位協定」とは締約した両国がそれぞれの国で共同の軍事演習・軍事作戦を行う際の法的地位を取りきめるもので、これによって共同軍事作戦をスムーズに進めていくことが可能になる。
 日本が求めてきたオーストラリアの次期潜水艦開発については、今回の首脳会談では確認されなかったものの、日本政府はいま国策としての武器輸出・開発に拍車をかけようとしており、今後ともさまざまなルートを通じてオーストラリアへの潜水艦売りこみが進められていくだろう。

「死の商人国家」
とんでもない!
武器輸出反対ネットワークは発足にあたって次のようなアピ―ルを発している。
「日本は、『積極的平和主義』と称して安保政策を転換している安倍政権のもと、これまで武器輸出を実質的に禁じてきた武器輸出三原則を閣議決定のみで撤廃し、新たに防衛装備移転三原則を策定しました。いま日本は国策として武器輸出を進める国家――『死の商人国家』へと突き進もうとしています」。
「産業政策として武器政策をとらえることは、紛争を商機としてとらえる『死の商人』を国内に育成することにほかなりません。いったん軍産複合体、『兵器ムラ』が誕生したときには『原子力ムラ』がまさにそうでありつづけているように、民主的な政策形成をさまたげ、一部の者の利害に多数の人びとを犠牲にする結果を生み出すことにつながるでしょう。私たちは、産業政策として武器輸出をとらえること、また、大学や民間企業で軍事研究を奨励することに強く反対します。私たちは、全面的な軍縮を通じて『武器のない世界』を追い求めながら、まず、自らの足もとから、武器輸出に反対するために行動します」。
約七〇人が参加した、一二月一七日午後六時半からの官邸前行動では、「ISのテロ」を通じた米・仏・英・ロシアらの「対テロ戦争」、そして安倍政権の「対テロ作戦」参戦への動きに強く反対するとともに、「戦争国家」化と連動した「武器輸出」「原発輸出」加速化への批判が渦巻いた。           (K)
コラム

御朱印帳遊蕩無頼

 

 ボクの道楽「乗り鉄、呑み鉄」に、もうひとつオマケが付いた。それは、各地で神社仏閣を参拝した際、乞うていただく「御朱印」である。「乞うて」とは、御朱印を御朱印帳に押印してもらうためには、全国共通で一カ所三百円(例外があるそうな。お気を付けくだされ)を志納するからだ。
 同じ場所でも、御朱印が複数存在する場合、全部押してもらいたければ、その数だけ志納金が増えることになる。例えば、ご本尊がいいのか、板東三十三カ所霊場がいいのかといった具合。つまりこちらからお願いしなければ御朱印はいただけないし、寺社でも「どうぞ無料で」とは言ってこない。駅頭に置いてある無料の記念スタンプとはまったく異なる存在なのだ。
 ここで余談になるが、趣味と道楽の違いについて考察してみたい。辞書やさまざまな意見を眺めてみると次のように解説されている。共通する意味として「職業や仕事としてではなく、楽しみとして好きですること」とあるが、別の意見では「お金を掛けなくてもできるのが趣味。お金が掛かるのが道楽」「趣味は極めるもの。道楽は楽しい部分だけつまみ食いするもの」と書いてあった。また、言葉の使い方として、「趣味は音楽鑑賞だ」「道楽で始めた店」とあるから、道楽の方がその指向性として少しばかり分が悪い。ボクが思うのに、たぶんどちらもお金は掛かるのだが、その動機が問題になるのだろう。
 ではボクの場合どちらに入るのかと問われれば、素直に道楽と答えるしか他はない。毎度、計画性もなく、行き当たりばったりで電車に乗り、路地裏の怪しい店(庶民的という意味。ドレスコードなし)に潜入して地物を肴に酒を呑む遊蕩無頼。そしてそのついでに何かないかと始めたのが「いいところつまみ食い」の「御朱印」なのだ。
 ましてやカトリックで幼児洗礼を受けた(受けさせられた)ボクだから、その御朱印行為は宗旨替えも甚だしい。しかし、そんなボクだが、教会には決して感じない畏敬の念を寺社仏閣に抱くのはなぜだろうか。それが日本の風土だと言ってしまえばそれまでだが、信仰心とは別なところで頭を垂れてしまうのだ(幼少期、水木しげるの「墓場の鬼太郎」を読み過ぎたせいでしょうか〈笑〉)。
 話を元に戻す。そんな御朱印帳であるが、この三カ月間で鎌倉を中心に二四寺社で押印していただいた。昨年の一一月二一日の「安国論寺」を皮切りに、鎌倉三三カ所第一番「杉本寺」、元旦の「身延山久遠寺」、最後は北鎌倉の「明月院」。屏風折の帳面半分を折り返したところである。
 御朱印を眺めて思うのだが、それぞれの寺社で僧侶や神職が墨書し、朱印してくれた味わいはなかなかのもの。一枚一枚からさまざまな貌が見えてくるのが哲学的である。
 御朱印を、乗り鉄と呑み鉄の間を埋める健康的で歴史散歩を兼ねた高尚な道楽と、ひとりほくそ笑んでいるボク。普段御朱印帳は、神棚や仏壇に上げておけというが、そのどちらもない我が家では、書棚の一番高い所に置くことにした。
 さて明日は日曜日。どこまで出かけてみようか。
         (雨)

 


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