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    かけはし2016.年2月22日号

2.11天皇制の「祝日」に抗議の訴え


「建国記念の日」反対

「日の丸・君が代」処分撤回

戦争のための教育は許さない

 【大阪】「日の丸・君が代」強制反対、不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク主催の集会が二月一一日、大阪市港区民センターで開かれ、五〇〇人を超える市民が参加した。

伊勢志摩サミット
のイデオロギー
はじめにネットワーク代表の黒田伊彦さんが集会の意義を述べ、「伊勢志摩サミットがテロ対策や資本主義の延命策を協議するというが、その費用は六〇〇億円もの税金が使われ(警備費用が三五〇億円など)、各国首脳を伊勢神宮に案内するようだが、その伊勢神宮の遷宮には社改築・器物の新調などの費用五七〇億円のうち三五〇億円は税金が使われた。これは憲法二〇条(政教分離)・八九条(宗教組織への公金支出の禁止)に違反する。伊勢志摩サミットは、天皇制ナショナリズムを利用した人心把握の策略だ。一月の予算委員会で皇紀を使った自民党議員がいる。日本国憲法下での建国神話に基ずく新しい国体論だが、そもそも建国とは何か。近代国家は憲法に集約される理念の下に終結する誓約者集団であり、結集する核の理念は、民主主義(民衆による権力の支配)に他ならない。安保関連法案審議の時期にはそのことが運動として表現された(民主主義って何だ・これだ!)」と述べた。
次に、「戦争をする国に抗して、いま民主主義を問う」というテーマでパネルディスカッションが行われた。パネラーは、作正博さん(関西大学教員)・橋本真菜さん(元SADLメンバー)・三輪晃義さん(弁護士、「君が代」処分撤回弁護団)・増田俊道さん(府立学校教員、グループZAZA)。コーディネーターは、寺本勉さん(大阪ネット)。

戦争する国に
抗して民主主義
寺本: 戦争法によって国家の在り方が大きく変えられようとしている。民衆の武器として民主主義を取り戻す機会にしたい。政治家の考えがどんどん教育に持ち込まれ、学校から民主主義が消えつつある。これに対しても、どこから突破口を開けていくのか考えていきたい。最初に作さんの方から「戦争する国に抗して、いま民主主義を問う」というテーマで、問題提起してもらう。
作: 【以下要旨】憲法がありながら戦争法を強行成立させたことは安倍政権のクーデターだ。従って、どのようにして元に戻すのかが課題となる。民主主義の在り方をどのように考え、どう実践していくのか。改憲論が参議院選の後には出てくるだろうという局面になった。緊急権だけではなく、九条改憲に言及するようになっている。この時期に出しても自民党は選挙に負けないだろうと思っている。我々はそのように思わせてしまっている。教育やマスメディアで、政治的中立という考えがはびこっていて、現場の萎縮が目立つようになり、特定の思想が流通しなくなっている。国民投票でも、改憲勢力はお金を使ってどんどん自分の考えを宣伝をし、そうでない方の考えが潰されてしまい、このまま手続きを進めてしまうと、一定の方向を選択させられてしまう、あたかも自分で選んだかのように。いずれにしても、カギは民主主義だ。本題に入る。
@まず建国記念の日とは何か。実質的には紀元節の復活だ。この国は憲法の観点から見ると、自民党憲法草案前文が日本国となっている(現憲法では日本国民)ことに現れている。平和については、戦争やテロの危険性を理由に監視と規律の徹底が進行。安全保障のため、少数と特定地域に不利益を押しつける国家である。人権・民主主義については、国家主義とナショナリズムの全面展開、議会制民主主義の軽視(議会による統制の形骸化)・独裁傾向、経済界の優遇政策、異論排除傾向が強化されている。

 

抵抗の切り札と
しての民主主義
A抵抗の切り札としての民主主義。戦前、民主主義は死滅していた。これが回復するのは、敗戦という経験を経なければいけなかった。今再び民主主義の危機である。どうしたらいいのか。
?自律性  同調圧力に屈しない、自粛しない、空気を読まない、自発的隷従に陥らない、ということ。
?批判的思考 強者を批判的に考察する能力を身につける。政治家の世論誘導、分断工作にのらない。権力に服従し他者には意地悪な社会からの転換。
日本には湾岸戦争時のトラウマ「日本は金を出しても汗はかかない」がある。でも、日本がクエートに拠出したといわれる一〇〇億ドルは、実はほとんど米軍の軍事費に使われたことは知らされていない。シリア難民問題が激化していく中で、「ドイツの少女を移民が集団暴行した」というに話が流布したが、これは全くのデマだった。
?どのような行動をとるべきか。 不服従の方法として、『非暴力行動一九八の方法』(ジーン・シャープ)。服従・協力・屈服が独裁者の権力維持の主要な要素だ。
?対案型政治の忌避。「無関心」層、「楽観視」層へのアプローチ。戦争になっても被害が自分に及ばなければいい、という人々にどう言えば届くのか。制度・仕組み自体を批判的に問うことが重要だ。正規・非正規の分断を批判する組合活動を!
寺本:三人の方がそれぞれかかわっている現場で、今の日本はどのように見えるか。抵抗の突破口はどこにあるか、述べてほしい。

「君が代」不起立
裁判に関わって
三輪:君が代不起立裁判になぜかかわったか。自分は立ちたくないというだけではなく、教え子を二度と戦場に送りたくないからという言葉に共感してかかわることになった。そのときは七〇年前のことを思い浮かべたが、最近の情勢を見ていると、これは過去のことではないと思う。自衛隊が高校に募集に来る事態になっている。経済的徴兵制もあり得る。ところが、裁判所はそのような危機感を全く持っていないように思う。最高裁は、君が代斉唱は慣例的・儀礼的なことだと考えている。だから、思想良心の自由を制約しない。だから職務命令を出していいと考えている。これからも勇気ある行動を支えていきたい。
増田:軍縮運動に携わっていて外国の被曝者とも交流し、日本の歴史をきちんと勉強しなければと思い、教師になった。一八歳選挙権の関係で、全国の高校生に配布されている『私たちが拓く日本の未来』(総務相と文科省作成)、これを使って教えるように指示されている特定教科書だ。一八歳選挙権は当然だが、政府自民党はこれを機会に教育に圧力を加えようとしている。昨年一〇月に開かれた関係団体ヒアリングでも全国高P連会長が、政治教育をきちんとやってほしいと要望し、自由法曹団も主権者教育推進を要望する決議をあげている。文科省は、教師の政治的中立性の担保が必要と主張し、今年になってからは、政治活動での届け出制を言っている。今の学校に民主主義はあるのか、危うい。
職員会議が校長の諮問機関になったし、校内に人事委員会がどこにもなくなった。校長に逆らえば何もできなくなる。でも、学校協議会やPTAを構成している人によっては意見が言える場もある。

「言葉」をどう
伝えていくか
橋本:この一年間SADLで、昨年五月の大阪都構想反対、安保法制反対の運動をしてきた。一一月の大阪ダブル選挙ではビラをつくって配ったり、喫茶店での勉強会や元ライブハウスでの話や街宣、サウンドデモなどいろいろなことをやった。政治家は私たちを写す鏡だと思った。この人を推すとなったらとことんやるという腹の据え方をしないとダメ、政治は個人が自立しないとダメだと思った。正しいことを一緒にやりたいと自分が思っているかどうかが大事だ。今はSADLを離れたが、自分の中で言葉が枯渇していると思う。孤独に考えて行動する、が大事だと思う。街宣では、向こうを歩いている人に話さなくてはいけないのに、つい目の前にいる人にどう受けるかだけを考えていたなと思う。関心を持っていない人に言葉をどう伝えるかが大事だ。
寺本:今の高校生に希望の光はあるか。
増田:卒業式では自分は不起立するといったら、なんでそこまで? 止めとけ!などの反応があった。首をかけるほどのことではないと。一回で首になることはないと言ったら、じゃあ好きにやれと。でも、何人かはきちんと聞いてくれていて、人事委員会審問でも来てくれた。教育長通達は日本人としての自覚云々で、みんなが日本人だという感覚だが、これを払拭しないといけない。奨学金をもらっている子が三年生の半分くらいいる。延滞金は一〇%だったが、運動で五%になった。若者が選挙に行かないと若者にとってマイナスの政治ばっかりされるというと、じゃあ選挙に行くわとなる。状況によっては、いろいろなことに関心を持ってくれる。
寺本:どうして言葉が枯渇するのか。
橋本:すごく消費されているという気持ちがある。良いこと言うねとほめられるが、いろいろな経験を積んできた五〇代、六〇代の人が二〇代の私たちに負けるはずがない。五〇代、六〇代の人に届く言葉は五〇代六〇代の人が持っているはずだ。ひとり一人が伝える言葉をつくっていかないといけないのに、若い者だけが消費されるというのは、何か違う。
三輪:あすわかの会という弁護士のグループがある。車座になってカフェとかで話し合うという活動は広まってきている。今の状況に危機感を持っている弁護士も少なくない。
作:みんな自信がなくなっているのではないか。誰かの意見やグループに依存したくなってしまう。批判を控えると意見が言いにくくなる。でも、自信がないということは強みでもある。常に自分に問い返すということは謙虚であるということでもあり、個人の美徳として大事なものだ。自信のなさをプラスとして、一つずつ確実なことを積み上げ繰り返していくことがとっかかりになるのでは。例えば、少数意見を排除しないこと。社会にはいろいろな人がいて、いろいろな考えをして当然だ。政治的中立ということに警戒すべきだ。届け出制と許可制は違うが、本来政治活動は原則自由だ。

政治にどう関
わっていくか
寺本:議会制民主主義の制度的疲労の中で、欧米でも直接民主主義の考えが強まってきている。日本でもそういう傾向にあると思うが。
橋本:政治と自分の生活がどれほどつながっているかが大事だと思う。ポデモスの支持者の女性が、政治と生活のつながりをストレート言うのが衝撃だった。そのようでありたいと思う。
三輪:市民の考えを司法に反映させるのはなかなかむずかしい。社会が変わり、それを土台に司法がかわるということしかない。  
増田:政治経済で、「天皇と文化」という授業をやった。そうすると、天皇は基本的人権がないなどいろいろな問題が見えてくる。タブーになっていた問題を表に出せばいいと思う。
作:今の政治状況を変えるのに満足のいく答えが出せていないのが残念。受け皿になる政党が作れていないのは確かだ。ダブル選で維新が勝つには、維新に魅力があるからだということを前提にしないと、批判ばかりでは先に踏み出せない。維新の何が魅力かを考えると、別にない。ほとんど名前を変えるだけでトップ当選だ。政治家は私たちの鏡だというのはその通りだ。名前やその人の容姿や人柄で決まるというのが選挙だが、政治は本来、政策の内容でなければいけない。安倍政権はなぜ支持率が高いのか。おそらく曲がりなりにも経済政策を掲げているからだと思う。経済さえよければ後は何やってもいいという層がいると考えないと、先のことが見えてこない。ここに野党の弱点がある。アベノミクス批判だけではなく、具体的な経済政策を出すべきだ。消費のことで一言。女性や若い人が批判的なことを発言したとき、生意気だと思ったら、その気持ちを自分に問うてみる。本来いろいろな人がいろいろなことを言ったらいい、これが民主主義の考え方だ。そうでないと、空気を読めと言うことになってしまう。
寺本:どのように言葉を発するのか、言葉をどのように聞けるのか。定型化されたものではなく、自分の言葉で伝えていくことで、民主主義の在り方をもう一回再構築していけたらいいと思う。

 続いて、奥野泰孝さん(府立支援学校教員、グループZAZA)の特別報告があった。
二〇一三年三月の卒業式で二度目の不起立を理由に減給処分。不当処分で裁判を提起。一五年一二月大阪地裁は、式場に入ったことの「悪質さ」を強調し、減給処分を容認した。控訴の予定。
休憩をはさんで趙博さんのミニライブでは、釜石小学校校歌(井上ひさし作詞)、阿呆陀羅経が披露された。
集会決議と山田さん(大阪ネット)のまとめ・行動提起で集会を終えた。
(T・T)

2.11

戦争国家と天皇制を問う

改憲攻勢に立ち向かえ

不当規制はねのけデモ行進


「紀元節」イデ
オロギーに対決
 二月一一日、安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動実行委員会は、神宮前穏田区民会館で集会を行い、一〇〇人以上が参加した。
 安倍首相は、二月一一日の「建国記念の日」を迎えると称して「環境の変化に適応しつつ、今日の尊い平和と繁栄を守り、素晴らしい伝統を子や孫の世代に引き渡していく大きな責任がある」というメッセージを発し、グローバル派兵国家建設に邁進していくことを再確認した。
 連動して天皇主義の日本会議や神社本庁は、明治神宮会館で「日本の建国を祝う会」を行い、「できるだけ早く政府主催の式典を開催して、国を愛する心を育てるべきだ」と要求し、「五月には三重県の伊勢志摩でサミットが開催され、世界に向けて日本のすばらしい精神性を発信する絶好の機会となる。誇りある国づくりへ向けて一層力を尽くすことを誓う」などと決議し、憲法改悪と軍拡路線を担う先兵として意志一致した。すでに「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を作り、憲法改悪にむけた一〇〇〇万人署名を開始している。草の根で改憲勢力を広げ、参議院選挙に向けた事前運動を行っている。
 安倍政権と右派勢力による改憲、戦争国家作りを補完する天皇制の解体を掲げ、天皇神話と賛美の日として位置づける「建国記念の日」(紀元節)反対行動を取り組んだ。

フィリピン訪問
をどう考えるか
集会は実行委の基調提起から始まり、@2・11と右派の動向A天皇のフィリピン訪問と安倍政権B国家の軍事化と社会の軍事化について批判した。
さらに天皇制は新たな戦死者追悼の装置へと強化され、皇室外交は五月の伊勢志摩サミットにおいても繰り広げることを糾弾し、「天皇は政治利用されるために存在している。政策を円滑に進めるために『非政治的・権威的』存在として機能している。政策を遂行する政権と、政権と一体のものとしてある天皇制にNOの声をあげていこう」と訴えた。
須永守さん(近現代史研究)は、「戦争国家と天皇の『慰霊』―『戦没者』における受難と貢献」というテーマで問題提起した(別掲)。
連帯アピールが「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、福島原発事故緊急会議、「3・1朝鮮独立運動89周年 今こそ日朝正常化を!日韓民衆連帯集会」、 STOP!辺野古埋め立てキャンペーン、有事立法・治安弾圧を許すな!北部集会実行委員会、「3・11天皇出席の震災追悼式典―全国一斉黙祷反対!集会・デモ」実行委から行われた。
集会終了後、デモに移り、渋谷一帯にわたって「建国記念の日反対!天皇解体!安倍政権打倒!」のシュプレヒコールを響き渡らせた。
なお警察・機動隊は、デモに対して不当な規制を繰り返した。とりわけデモ最後尾に対して盾を使って押し続けたり、参加者の腕を掴んで妨害した。警察・機動隊のデモ破壊を断固糾弾する。       (Y)

須永守さんの講演から

「戦争国家」と天皇
の「慰霊」を考える

安倍政権と天皇
制の「役割分担」
「平和を願い、戦争を批判する」天皇像がどのように作られてきたのか。天皇の戦地慰霊の旅がメディアで大きく取り上げられ、イメージが作り上げられてきた。天皇の発言は、あらゆる戦争責任の問題を排除することによって、犠牲者の記憶を継承し、日々を暮らしていきたいというコメントが繰り返されている。
そこには戦没者遺族の共感(犠牲=受難者)と戦争の上に築かれた平和(犠牲=貢献)という構図を共通して語る。受難と貢献を分離せず、国のために死んだ戦没者の遺志を受け継ごうという国家への貢献の側面を賛美し、同時に、それを批判することは戦死した受難を冒涜するのかという批判に誘導してきた。そのために戦争責任、戦後責任への問いかけが回避されて続けている。「平和の象徴」としての天皇と戦没者遺族運動は相互補完的に形成されてきた。
戦争犠牲者遺族同盟が結成(一九四六・六)されたが男性遺族によって分裂に追い込まれ、挫折する。日本遺族厚生連盟(一九四七・一一)が結成され、全国組織化に際して天皇・皇后の拝謁が行われた。戦没者の遺志を受け継ぎ、戦後日本を支えようと意志一致していった。のちに日本遺族会へと受け継がれた。
占領軍(GHQ)は、戦没者遺族運動の戦没者再評価に対して軍国主義の復活だとして認めなかった。だから遺族会は、国家の犠牲者という受難者を強調した。一九五二年の独立によってGHQの統制がなくなり、戦没者の再評価運動に転換していく。全国戦没者追悼式(一九五二・五)で戦没者は戦後日本と平和の礎であると位置づけた。つまり、受難者の状態から貢献者として確認した。天皇は、戦没者への同情、受難への同情、遺族への同情を表明することによって共感する役割を担い、可視化した。この構図がその後の流れを作っていった。
このように 反戦平和運動の分断・解体は、戦没者遺族運動が担う戦没者の扱いについての問題が密接に関わっている。戦没者の犠牲という論理の中に受難的側面と貢献的側面が存在し、そのことによって批判を避け、戦争を肯定する側面が現れた。
今日、安倍政権は、積極的平和主義を掲げ、「平和」をキーワードにして改憲・軍国主義へとひた走っている。新たな戦死者、戦没者に対して賞賛していくことが想定できる。「平和の象徴の天皇」、「安倍の暴走の歯止め」と思わせることが天皇制の役割だ。安倍は、戦没者の貢献を積極的に顕彰し、天皇は戦没者や遺族の受難の側面を再確認し、可視化する役割を担っている。戦没者再生産への加担だ。安倍政権と天皇制の相互補完的役割分担の危険性に注意し、批判していこう。
(講演要旨・文責編集部)

 


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