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    かけはし2016.年2月22日号

障がい者の権利法制確立へ


2016人権のつどい

障がい者の権利法制確立へ

みんなは一人のために、一人はみんなのために

 【東京東部】二月六日、江東区亀戸文化センターホールで「2016人権のつどい 障がい者の権利法制確立に向けて みんなは一人の為に、一人はみんなの為に!」がつどい実行委の主催で開かれた。
 今回で一四回目を迎える「人権のつどい」では二〇一六年四月からの「障がい者差別解消法」の施行を直前に控え、「障がい者の権利法制の確立に向けた取り組み」をテーマに開催された。本つどいでは、「どのような障害があっても自分の住みたい地域で自立生活を送れるようにすること」を目指し活動されている今村登さんから、「障害者基本法」の改正、「障害者差別解消法」や「障害者雇用促進法」の施行に向けた取り組み「障害者虐待防止法」の改正、地域における「障害者権利条例制定」の取り組み等についてお話しをいただき、障がいのある人もない人も、共に社会の一員として自立した生活を送ることができる社会を考えてみたいと思います。(呼びかけチラシより)

4月施行される障
がい者差別解消法
最初に、山口代表幹事(江東部落解放共闘)が「子どもへの虐待、軽井沢バス事故、原発再稼働、戦争法、狭山事件など、人権が問題となる事柄がたくさんある。障害者問題もその一つであり、今回の講演でしっかり考えていこう」と主催者あいさつをした。続いて、つどいを後援している江東区・江戸川区を代表して、江東区副区長が、「国際人権規約や日本国憲法に人権の尊重が謳われているが差別意識は依然として残っており、差別事件があいついでいる。障害者差別解消法が四月から施行される。取り組みを強めたい」とあいさつした。
今回の講演者の今井登さんは、一九六四年長野県飯田市生まれ。一九九三年に不慮の事故で頸髄を損傷し、以来電動車いすユーザーとなる。二〇〇二年、仲間と「どのような障害があっても自分の住みたい地域で自立生活を送れるようにすること」を目指し、NPO法人自立生活センターSTEPえどがわを設立、事務局長に就任。現在、全国自立生活センター協議会(JIL)副代表、DPI日本会議事務局次長などを兼任。また、二〇一一年の三・一一大震災の際は、東北関東大震災障害者救援本部の設立メンバーとなり、広報を担当した。

日本人「人質事
件」きっかけに
今井さんは受傷までの生い立ちと受傷後どのように運動にかかわるようになったのかをまず紹介した。二〇〇三年一月、支援費上限制限撤廃の闘いに初めて参加。二〇〇四年、イラク日本人人質事件の「自己責任バッシング」で、運動の必要性を実感した。
今井さんはパワーポイントを使い、次のような内容の講演を行ったが内容が膨大なものであるので、さわりのみの紹介にしたい。

一、障害or障碍or障がい?

 「障害」は、機能障害を持つ人の社会的な不利は社会のバリア(障壁)によって生じるものであり、その点を象徴する表記として、「障害」を変える必要はないと考えます。「障碍」は仏教語で、いい意味を持つものではない。ひらがなの「がい」は障害者の社会参加の制約の原因が、個人の属性としての機能障害にあるとする個人モデル(医学モデル)に基づくものであり、社会モデルへの転換こそが障害者権利条約の根幹でもあり、賛成できない。しかし、個人的には「害」を含む障害に対して、嫌悪感を持つ人もいるので、その方々に配慮して行政が「障がい」を用いることを否定するものではない。

二、なぜ障害者制度改革ができたのか?

 どうしてできたの?
・障害がある人を、まわりの人と、なんかちょっとちがうからと言って、なかまはずれにし続けたら、そのうち、みんなが、たおれちゃう(死んじゃう)かもしれないと、わかってきたから。
・人は誰もが、一人だけでは生きていけない。
・それは、障害のある人もない人も、みんな同じなんだって、世界中の人が気がつき、はじめたから。

三、国連の障害者権利条約?

 大きなきっかけは国連の障害者権利条約(2006年)の成立だった。内容は、@障害は環境にあるという社会モデルの理念を導入。A障害に基づく差別の禁止。Bインクルーシブ(だれでも排除しない、されない)な社会。

「障害者の暮らしは社会の成熟度のバロメーター」という共通認識を!
ある社会が、その構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会である。Nothig about us, Without us!(私たち抜きに、私たちのことを決めるな!)

四、障害者基本法の抜本改正

 二〇〇九年、条約の批准を運動によって止めた。それは、批准しても国内法の整備が後回しにされてしまった事例(子ども権利条約)があったからだ。二〇一三年、障害者差別解消法全会一致で成立。二〇一四年、国連障害者権利条約批准。
改正基本法のポイント@ 「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生することができる社会を実現する」(第1条) インクルリーシブ社会の構築A地域社会における共生などB差別の禁止。

五、障害者総合支援法

 障害があるかないかに関係なく、人にはどこに住むかを選ぶ権利があります。大人になったとき、皆さんが望めば、自立した生活をし、地域社会に参加する権利があります。また、地域社会で生活するために助けが必要な場合、在宅ケアや介助などの支援サービスを利用することができるようにしなければなりません。
総合支援法の重度訪問介護の拡大。知的、精神の障害のある人も、重度訪問介護サービスが利用できるようになった。
三年を目途として、@常時介護を要する障害者等に対する支援A障害者等の移動の支援B障害者の就労の支援、など九項目。
介護保険とは違う障害者関連の法律・制度とりわけ「重度訪問介護」・「移動支援」は自立生活運動の成果。全身性障害者介護派遣事業は、当事者が自ら介助者を集め、育て、介助に入ってもらい、賃金を払う。つまり、自ら介助者を選び、コントロールする(意思表示する)ことができる。自らの生き方を自分で決めること!

六、障害者差別解消法

 どんなきまりがあるの?
障害のある人もない人も、仲よく、くらせるように、しましょう。そのために、障害のない人が、やっていることを、障害のある人も、同じようにやれるようにしましょう。もし、そうすることを「ダメ!」としているものがあれば、それをなくしていきましょう。
もし、きまりを守らない人がいて、いやな思いをしたらどうするのか?
実は、それがまだしっかりときめられていないんだ。だからこれからみんなでいろいろな人と話しあって、よいしくみ(条例)をつくろうとしているんだ。いま日本中で条例がつくられはじめているんだよ。

 差別解消法 積み残しの課題

@差別の定義が不十分にA合理的配慮。民間は法的義務がないB各則がないC紛争解決の仕組みが不十分。

今井さんは最後に、「二〇一一東日本大震災と復興を考える時、人間の英知で自然を克服できるとし、より頑丈な原発を作り原発再稼働などを行っている。これは障害を克服できるものとする発想と同じだ。そうではなく障害を一つの特性と考える。いろんな生命がおり、地球規模の環境をどうするかというような視点で考えるべきだ」と結んだ。
質疑では、障害者を持つ親が地域の学校に子どもを通わせた時、差別された経験を話し、@学校での差別の問題A働くことについて、どう思うかと質問があった。
今井さんの答え。学校において差別を放っておいて、社会に出たら共生だというのは無理だ。親の介護がなければ学校に通えなかったり、行事に参加出来ないのは差別解消法に抵触するだろう。インクルーシブを学校教育に取り入れろと文科省にせまったら、予算がなく全部の学校でバリアフリーできないと反対された。これも災害時の避難所として学校が使われるのだから、防災まちづくりの一環としてやるべきだ。教育が一番の基礎だ。
働くことについて。カネの価値観を変えていかなければならないだろう。
最後の、江戸川の「NPO共に結」の有田さんが、「だれでも地域の学校に通い、共に生きていく。小学校に安心して学校に入れるようにしよう」と話した。(M)


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