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    かけはし2016.年2月29日号

追悼:同志 川出 勝


革命党建設へたゆまぬ模索

彼の理論的・実践的努力を継承する


飛び込んできた
「突然の訃報」
 さる二月八日、東京都江東区の自宅で、日本革命的共産主義者同盟(JRCL)東京東部地区委員会の川出勝同志(ペンネーム:岩堀敏、岩田敏行)が虚血性心臓病で亡くなった。享年七〇歳。まさに急死だった。当日の夕方、近くの店で食材を買い、自宅で調理したものの、それを食べた形跡はなかったという。
 川出同志は死の直前まで、精力的に組織活動、大衆運動、理論活動にたずさわっていた。川出同志が参加した最後の行動は一月二四日に辺野古実が呼びかけ、新宿で行われた辺野古基地建設に反対するデモであり、「かけはし」紙に執筆した最後の文章は、二月一五日号に掲載した酒井啓子著『移ろう中東、変わる日本』の読書案内だった。岩田敏行の筆名で書かれたこの文章の日付は一月三一日となっている。亡くなる一週間前の執筆である。
 二月一八日、親族、同志、友人など六〇人以上が参加して川出同志との最後の別れを行い、同志の遺体は荼毘に付された。

理論面・運動面
での集中的努力
川出勝同志は愛知県に生まれ、一九六五年四月に京都大学文学部に入学し、学生運動に身を投じた。彼はマルクス、レーニン、そしてトロツキーの学習や、一九六〇年代後半のベトナム革命連帯運動、全共闘運動の中からJRCLに加盟し、一九七〇年代にはJRCL中央委員、関西地方委員会の専従書記局員として、関西地方の大衆運動、組織建設に指導的役割を果たした。
彼は一九七七〜七八年の三里塚空港開港阻止決戦に向けて、全国指導の陣形を築き上げるために上京し、政治局員としての活動に従事した。一九七九年の第四インターナショナル第一一回世界大会にはJRCLの代議員として参加した。彼はその後、広島での活動を経て再上京し、編集・出版関係の仕事にたずさわった。
この間、彼は、編集・出版の仕事にとどまらず、昨年の戦争法案反対の国会行動や沖縄・辺野古新基地反対の大衆行動にほぼ毎回参加するとともに、東京東部地区の「かけはし」支局の財政・配布活動、定例読者会の開催などの活動を主体的に組織した。そして昨年の国会行動の高揚や、中東・ムスリム圏の激動とIS問題、そしてギリシャの左翼運動などについても積極的な問題提起を行い、週刊「かけはし」への執筆にとどまらず、わが組織建設の戦略的展望などに関しても問題提起の文書を同盟内に提出してきた。

思いを引きつぎ
新しい挑戦を
昨年、川出同志が週刊「かけはし」に執筆した文章には、(岩)の署名があるコラム「架橋」の文章以外に、五回にわたって掲載された「IS(イスラム国)に関する基礎作業ノート」(八月一〇日号〜九月一四日号)、読書案内「香港雨傘運動」(一一月九日号)がある。今年になっても絶筆となった先述の読書案内(二月一五日号)以外に、二月一日号のコラム「架橋」欄に「われらの民主主義」が掲載された。昨年の戦争法制阻止の国会行動で話題となったSEALDsの「民主主義ってなんだ? これだ!」のコールに寄せて書かれたものだ。彼は「民主主義ってなんだ」は「疑問形以上に反語法で語られているとして考えた方がよいだろう」と語る。
「現在では六人に一人の有権者にしか支持されていない自民党が政権の中枢を握り、そういう怪しげな『多数派』のもとで、さらに狭い首相府に政策決定・執行権力を集中させている。そのうえで、沖縄では『民主主義にもとづく手続きを踏んだ』として、県知事の意思さえ無視して辺野古新基地建設を強行している。/こうして、『かれらの民主主義』と『われらの民主主義』が激しく激突している。多くの人々の力を最大限行動的に結集する『われらの民主主義』を、街頭・地域・職場・学園で築いていこうとする永続的な闘いに入っている。こんな気持ちを込めて、ぼくは『民主主義はこれだ!』とコールしていこうと思う」。
川出さんがいるはずだった二月二一日の「辺野古新基地建設阻止」の国会包囲行動には好天の中で二万八〇〇〇人が参加した。彼の思いを改めて共有し、それを現実化していくための理論的・組織的・運動的な挑戦を継続しよう。 (二月二二日 平井純一)

2.7

アイヌ文化から考える「北方諸島」

先住権・自治権の確立へ


結城幸司さん、福本昌二さんを迎えて


先住民族無視し
た「領土問題」
 二月七日は、日本政府が当時のソ連に対する「北方領土」返還運動の一環として、一九八一年に決めた「北方領土の日」。一八五五年(安政元年)に江戸幕府とロシア帝国政府との間で日露通好条約が締結された日にあたる。しかし「北方領土の日」は、この地の先住民族であるアイヌ民族の諸権利を無視・否定して日本とロシアの間の「領土問題」にしているという点で、根本的な誤りだと言わなければならない。
 この日、「アイヌ文化から北方諸島の問題を考える実行委員会」は、「アイヌ・アート・プロジェクト」の結城幸司さんと福本昌二さんを招いて、東京・秋葉原の万世橋区民館で集会「アイヌ文化から北方諸島の問題を考える」集会を行った。四〇人以上が参加した。同集会実行委の問題意識については、以下の呼びかけ文章、ならびに司会者として冒頭に発言した本多正也さんの問題提起に示されている。
 「一八五五年の日露通好条約以降、日本とロシアの近代国家形成や帝国主義的な領土分割によって、島々のあいだに勝手な国境が引かれました。先住民族は自由な交易を断たれ、国境画定にともない樺太アイヌ(エンチゥ)や千島アイヌは強制移住させられました。第二次世界大戦後日ロが『領土問題』を争っていますが、双方とも先住民族を無視しています」。
 「『先住民族の権利に関する国連宣言』は、第三条で自己決定権、第四条で自治権を定めています。アイヌ民族には先住権―自治権があります。同宣言に賛成した日本はこれを尊重すべきで、棄権したロシアは態度を見直すべきです。日本政府の『アイヌ政策推進会議』は、アイヌ民族への謝罪を論じず、北方諸島問題、先住権―自治権を無視している点でたいへん残念です」「『領土』交渉へのアイヌ民族らの参加を保障しなければなりません。国連宣三六条『越境権・自由往来権』は、北方諸島でも適用されるべきです。島々の乱開発に反対しつつ先住権の確立をめざし、北方諸島を自然と人間との、また諸民族の共生区にしていきましょう」。
 集会は、こういう問題意識を確認しながら進められていった。

自らの歴史と
文化に誇り
結城幸司さんはアイヌ解放同盟のリーダーだった故結城庄司さんの息子さん。「アイヌ文化から人権問題を考える」として次のように語った。
「学校の授業に呼ばれて、アイヌについて教室で語ることがある。まずアイヌのイメージを子どもたちに小さい紙に書いてもらうと『アイヌは日本に面倒をみてもらっているのに、抗議し続けている』『親がアイヌ問題には関わるなというので僕は何にも言えない』などと書かれたものもある。北海道の中で、親から伝わりことでアイヌのイメージが作られていく。『毛深い、近寄るな』とか『臭い』とかだ」。
「私たちは何をしなくてはいけないのか。このままでは子どもたちの未来が危うい。差別的なタネが播かれており、ヘイトスピーチに示されている『言葉が人を殺す』という感覚が共有されていない」。
「北海道の地名の八割はアイヌ語だが、それを正確に説明できる人はいない。私たちも説明できなければならない。私の父・庄司は祖母から伝えられたクナシリ・メナシの蜂起(一七八九年、松前藩の場所請負商人・飛騨屋の過酷な漁場労働の強制に対してアイヌ民族が蜂起し、和人七一人を殺害。ツキノエら蜂起関係者三七人が処刑された事件)の物語を受け継いだ。そうした話の継承を怠ったところで何のための国立アイヌ博物館か、ということだ(政府は二〇二〇年の東京オリンピックに合わせて白老町に国立アイヌ博物館を開館する計画)」。
「土地は人間が育てるものだ。決してたんなる『領土』ではない。『北』と『南』から日本を考えることができていない。子どもたちに本当のアイヌの姿、北海道のあり方を伝えていくことが必要だ。ニュージーランドの人びとが先住民族マオリの歴史を自らのものとしているのに比べると、日本の世論はアイヌの歴史と現実を常識化していない」。
結城さんの話の後、福本昌二さんのアイヌ民族の弦楽器トンコリの演奏に、参加者は耳を傾けた。福本さんは「全道トンコリ大会」で連続優勝、知床ネイチャーガイドのの出発に携わり、木彫作家でもある。
質問と討論の時間では、「先住民族としての自分たちの歴史と文化に誇りを持つこと」やアイヌ民族の話を聞いて「『罪悪感を持て』と言われるように感じて反感を持つ人たちとどう対話していくか」などのテーマで論議が交わされた。(K)

2.13

10・23通達撤廃!総決起集会

「日の丸・君が代」強制反対

大内裕和さんが講演



のべ474人に
及ぶ被処分者
 二月一三日、都教委の暴走をとめよう!都教委包囲・首都圏ネットは、「『日の丸 君が代』強制反対!10・23通達撤廃! 2・13総決起集会」をセシオン杉並で行い、一〇〇人が参加した。
 東京都教育委員会は、新自由主義と愛国心教育路線の下、石原都政によって二〇〇三年に「一〇・二三通達」(校長の職務命令により、入学式・卒業式での国歌の起立斉唱・ピアノ伴奏を強制)を強行した。グローバル派兵国家建設と改憲攻撃と連動した「一〇・二三通達」に対して多くの教育労働者は、抗議の不起立、不伴奏を行ってきた。被懲戒処分者は、すでに延四七四人(二〇一五年四月)に及んでいるが、処分撤回等の裁判闘争を行っている。
 ネットは、安倍政権による戦争法強行制定以降、教科書の右傾化、道徳の教科化、教育現場と自衛隊の連携など戦争を見据えた教育政策反対の取り組みを行ってきた。今春の卒業式・入学式時においても「日の丸・君が代」強制は国家権力による教育介入だとして地域の仲間とともにビラまき行動を取り組み、都教委を包囲していこうとしている。集会はそのための意志一致の場として行われた。
 集会は、大内裕和さん(中京大学教授)の講演で始まった。テーマは「安保法制と教育」。
 大内さんは、冒頭、「戦争法反対国会包囲行動を取り組んできた戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会などの闘いによって、民主党や維新(分裂に追い込んだ)を安保法制反対に引き留める機能を担った。安倍政権の改憲攻撃を跳ね返すために共同行動を積み重ね、とりわけ沖縄基地問題は安保法制・九条改憲の行方を左右する」と指摘した。
 そのうえで戦争法制下による「格差と貧困」の深まりを許さず、「学生であることを尊重しないブラックバイトを許さない取り組みが重要だ。冊子『ブラックバイト対策マニュアル』、弁護団、ユニオンなどが作られ反撃の取り組みが始まっている。さらに現行の奨学金制度によって大学生の過半数が奨学金負債を抱え、困難な生活を強いられている。ブラック企業・ブラックバイトの根絶、貸与型奨学金(負債)の拒否と給付型奨学金の導入、最低賃金一律一〇〇〇円以上の即時実施と最低賃金時給一五〇〇円を要求していくことが必要だ」と強調した。

自衛隊と教育
現場との連携
「現場からの報告」として@田中聡史さん(石神井特別支援学校)が「『君が代』不起立を闘い続けて」A高校教員から「君が代」処分と職場状況B「君が代」処分採用拒否賠償訴訟C小学校教員から「道徳の教科化の現状」の発言があった。都教委による「日の丸・君が代」強制、転向強要のための再発防止研修、不当な人事介入、職場移動とパワハラなどの事例が紹介され、悪質化する都教委を厳しく糾弾した。
大西一平さん(立川自衛隊監視テント村)は、「二〇一五・九・一立川防災訓練」反対闘争について報告し、「立川防災訓練には学校行事と称して小中学生四二四人を動員した。自衛隊は一三年度だけでも『総合学習の時間』への協力として三四二三件も行っていた。一五年度から全都立高校に『防災活動支援隊』の結成が義務付けられた。『防災』を口実にした自衛隊と教育現場の連携の強まりを警戒する必要があり、社会的な批判を強めていこう」と訴えた。
「破防法・組対法に反対する共同行動」は、今国会で刑訴法改悪強行採決の危険性とセットである共謀罪制定策動を許さない取り組みを強化していこうと呼びかけた。
最後に、主催者から「卒業式 正門前チラシ撒き」が提案され、都立高校卒業式などの日時、結集場等を確認し、集会決議を採択した。(Y)


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