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    かけはし2016.年3月7日号

もうひとつの質的量的緩和政策


日銀のマイナス金利導入のねらい

アベノミクスの破産と隠蔽

円高・株安の流れは止まらない


 一月二九日、日銀は「マイナス金利」の導入を決定した。この政策の本質を最も客観的に辛辣に指摘したのは、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルであった。同紙は、安倍政権が推し進めている経済政策「アベノミクス」を打たれ弱いボクサーに例えて、「強力なパンチを持っているはずだったが、『ガラスのあご』だと分かった」と述べ、「多くの日本企業が通貨安に依存して利益を確保しているため、円高の進行は投資家にとって株売りのさらなるシグナルになる」と分析し、これによって「(国債などを買う)量的緩和策が限界に達したと日銀が認めたことにもなる」と指摘した。「マイナス金利」は、市場に大量のカネを流し、その力で物価や景気の上昇をつくりだそうとする点で量的緩和策と同質の金融政策である。その意味でマイナス金利の導入は、「アベノミクス」の行き詰まりを表現するものに他ならない。

「三日天下」の「マイナス金利」


 マイナス金利決定の一週間前の一月二一日、参議院決算委員会で日銀の黒田総裁は、「現時点ではマイナス金利ということを具体的に考えていない」と発言した。しかし、この段階ですでに日銀はマイナス金利の導入は準備していた。これは一月二九日の決定直後に発表された「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」に明らか。「展望リポート」は、一六年度の物価上昇率の見通しを昨年の一〇月時点の一・四%から〇・八%に下方修正し、物価上昇率二%の目標達成時期の見通しを「一六年度後半ごろ」から「一七年度前半ごろ」に再び修正している。これは専門家によると日銀「事務局」によって綿密に検討され、弾き出されたものだという。
 日銀は黒田総裁のもとで二〇一三年四月から異次元の「量的・質的緩和政策」を推し進めてきたが、大量のカネが出回った割には、日銀や政府が期待した程に融資や投資に回ってはいなかった。このカネの流れを変えるために考えられたのがマイナス金利に他ならない。
 「しかし金融資本市場からは、QQE(量的・質的金融緩和)の限界も強く意識されていた。日銀の保有する日本国債は一五年末で発行残高の三割超。今のペースで買い入れを続けるなら、一七年末に五割を超えるとみられる」「日銀の最新見通しでは、消費者物価上昇率が前年比二%程度に到達するのは一七年度前半ごろ。……国際買い入れに物理的な限界が来る可能性がある」(「東洋経済」2・13号)。まさに国債を大量に買い続ける政策が破産する前に新たな手を打つことがせまられたのである。さらに中国経済や新興国経済の減速、中東の混乱と原油安などによって、年明けから株安、円高が進み、日銀は金融緩和の限界論を打ち消す新たな手法の必要にもせまられたとも言える。
 二九日のマイナス金利決定を発表した記者会見で黒田総裁は「今後も目標実現に必要になればちゅうちょなく、量・質・金利の三次元で必要な措置を講じる」と強弁した。それは「金融緩和」からの転換ではなく、一体的政策であると行き詰まりを覆い隠す弁明でもあった。
 日銀のマイナス金利の発表直後、日経平均株価は前日終値比で六〇〇円近く急騰し、終値は前日比で四七六円八五銭高の一万七五一八円三〇銭。外国為替市場も円相場は一ドル一二一円台と円安・ドル高水準となった。債券市場でも長期金利の指標となる新発一〇年物国債の利回りが一時〇・〇九〇%と初めて〇・一%を割り込んだ。
 しかし三日後から株価は急落し一年四カ月ぶりに一万五〇〇〇円を割り込み、外国為替相場は一ドル一一〇円台の円高・ドル安が進行した。まさに日銀のマイナス金利導入は「三日天下」でしかなかった。

各銀行が便乗利下げ


 民間銀行など金融機関のカネの預け先は、日銀の「当座預金口座」である。旧来この「当座預金口座」は、他の金融機関などとのやり取りのために民間金融機関がカネの預け先として利用してきた。二〇一三年四月に日銀が量的・質的金融緩和政策を進める以前、民間金融機関が日銀の「当座預金口座」に預けていた総額は五〇兆円前後だと言われている。しかし日銀が金融緩和策として、金融機関が持っていた国債などを大量に買い取り、その代金を当座預金口座を振り込んできた。その残高は今年一月末には二六〇兆円に達し、三年間で五倍にも増えたのである。この残高にこれまで日銀は年〇・一%の利息をつけてきた。しかし、一月二九日に決定した「マイナス金利」では、この口座の一部の残高に対して今後日銀が利息分のカネを取るという形に逆転させたのである。
 「一部残高」とは、旧来からの金融機関のやり取りに必要な「基礎残高」、各金融機関が日常的に企業や個人に対して貸し出しに必要と認められる「マクロ加算残高」、そして金融機関がほとんど動かさない「政策金利残高」の三種類に分け、「政策金利残高」だけに〇・一%のマイナス金利を適用するというのが日銀の決定である。「マクロ加算残高」は〇%、「基礎残高」には従来通り〇・一%のプラスの金利をつけ、銀行などの収益が圧迫されないように日銀は配慮したとアナリストは解説している。
 「日銀の試算では、基礎残高は約二一〇兆円。マクロ加算残高は約四〇兆円程度とみられ、仮に二月の当座預金が約二六〇兆円とすれば、マイナス金利が適用される政策金利残高は、当初約一〇兆円とみられる」(「週刊東洋経済」2・13号)。
 つまり日銀は約一〇兆円にマイナス金利を適用することによって、民間の金融機関が一〇兆円をよりもうかる企業や個人に対して貸し出したり投資にまわすことによって物価が上がったり、その結果景気が良くなることを期待しているのである。
 だがマイナス金利が適用される二月一六日をまたず、二月一日から民間の金融機関では一斉に金利の引き下げが始まった。横浜銀行や八十八銀行は一年以下の定期預金の金利を〇・〇二〇%に引き下げ普通預金の金利と同じにした。定期預金は一定期間引き出せないので銀行側にメリットがあるため、普通預金より金利が高いというのがこれまでの常識であった。しかしこの常識が二日間で簡単に打ち破られたのである。そして二月三日にはりそな銀行、新生、ゆうちょ銀行が続いた。
 そして今や三菱UFJ、三井住友、みずほなどの巨大メガバンクが預金金利を引き下げるための検討が始まっていることが明らかになっている。さらに、ゆうちょ銀行は二度目の金利引き下げを発表した。
 だが住宅金利の引き下げ、企業への貸出金利が下がると利益を上げることが極めてむずかしくなると考える民間銀行は、もうけるためにATMで現金を引き出す際にかかる手数料の値上げやEUなどにみられるように一定額の預金額に対してはマイナス金利を適用する案も検討を始めたと報じられている(一円単位で預金できるのは日本だけだと言われている)。
 日銀の審議委員会でマイナス金利が決定された時、九人の委員のうち四人が「金融市場を混乱させる」「通貨の信頼を失わせる」と反対の意見を述べたと言われるが、すでに彼らが予想した事態が現出し始めているのである。

世界的な経済不安の波

 日銀が「配慮」したはずのマイナス金利の導入にもかかわらず、中国経済の減速や原油安に加えて、二月八日にはドイツの銀行や米エネルギー企業の信用不安が高まったことで、景気減速が世界経済にも波及し始めた。二月九日には長期金利の指標になる新発一〇年物国債の市場利回りが史上初めてマイナスになり、株安、円高基調が鮮明となり東京金融市場は大荒れとなった。
マイナス金利の導入で、年間数百億円の利益を失うと試算されたメガバンクの銀行株は次々に売りに出され、政府が持ち株を売りに出したばかりのゆうちょ銀行や地方銀行にも株売りの波は広がった。ゆうちょ銀行は利益のほとんどを国債の運用に依存しており、地方銀行もまたメガバンクに比して国債の運用が利益の比重に占める割合が圧倒的に高い。
マイナス金利による打撃を受けるのは銀行以外の金融機関も同じである。特に大きな打撃を受けるのは生命保険会社だ。生保は契約者から預かった保険料を国債などで運用している。また国債を中心に運用している投資信託も同じであり、短期国債の種類によってはすでに受け付け停止も始まっている。このように年金や保険などの資産運用環境が厳しくなり、「老後」を破壊する方向に事態が進行し始めている。
日銀はバブル崩壊以降、景気が悪くなって物価が下がり続けるデフレ状態を克服しようといろんな政策を導入したが、そのいずれも成果を上げることができず、多くの犠牲を労働者人民に一方的に押し付けてきた。一九九二年には「ゼロ金利政策」、二〇〇一年には金融機関から国債を買い取る「量的緩和政策」、〇八年のリーマン・ショック後の二〇一〇年一〇月には国債だけではなく株価指数に連動する投資信託、不動産投資信託も日銀が買い取る「包括緩和政策」、そして二〇一三年三月には異次元の「量的・質的緩和政策」。そして今日マイナス金利の導入に踏み込んだのである。
「マイナス金利の最大の受益者は、誰か。それは世界最大級の借金王=日本政府だ」(「東洋経済」)。「マイナス金利政策で国債の金利が下がれば、予算の三分の一を国債でまかなう政府にとっては、より低金利でお金を借りられる利点がある。……だが政府が支出を減らすことに真剣に取り組まなければ将来世代にツケを回すことにつながりかねない」……「国債市場では売り買いが進まず、金利が急に上がるリスクもある」(「朝日新聞」)。これは金融パニックであり、金融破産、そして恐慌の危険が一連の流れの背後に潜んでいることを意味している。経済アナリストの多くが、ひたすら株高・円安を求める経済政策を続けることに対して警鐘を鳴らし、「終わりのとば口」に立っていると叫ぶのは以上の要因からである。
現在、スイス、スウェーデン、デンマークと欧州中央銀行(ECB)の四つの中央銀行がマイナス金利を導入しているが、EUの経済危機は未だ持続し続けている。デンマークもスイスもスウェーデンもユーロに対して自国通貨高が進んだため過度な通貨高を防ぐ目的で導入した。いずれの中央銀行もマイナス金利を出発点とし、量的・質的緩和の政策に手をつけてはいない。その点で日本とは逆方向である。スイスは一時マイナス〇・四%台に達したし、欧州最大の経済大国のドイツも長期金利が〇・二%へ下がるなど、投資リスクを避ける動きが加速している。中国の元の値下げの動き、さらに米国が利上げに踏み出せなかった事態は、一層世界的な経済不安が広がりつつあることを予測させる、と同時に「マイナス金利の導入」という実体経済とかけ離れた政策が、世界的な経済不安に耐えうるのかは誰も予測できないのが現実である。

貧困、格差を打ち破る闘いを


安倍政権は今年一月国会の施政方針で「アベノミクス・第二ステージ」の「新三本の矢」の最大の課題を「GDP六〇〇兆円の達成」と打ち出した。しかし二月一五日に内閣府が発表した二〇一五年一〇〜一二月期の国内総生産(GDP)の実質成長率は前期比マイナス〇・四%と、四〜六月期に次ぐマイナス成長となったことを明らかにした。安倍政権が発足以降の12四半期中、五回目のマイナス成長である。
この最大の要因は個人消費支出の大きな落ち込みである。個人消費はGDPの六〇%を占めると言われる。つまり国民所得が伸び悩み、実質賃金が四年連続マイナスであることがその根拠であることは明白。安倍政権は毎月の月例報告に際して「景気は緩やかに回復基調が続いている」と言い続けてきた。それは株価の高騰と相まってつくられたムードに過ぎず、失政があっても支持率が落ちなかった要因でもあった。しかし実際には回復どころか、成長も止まっていたのである。
この数年大企業は安倍政権と日銀の円安政策に支えられて大幅に輸出を拡大させ、史上空前の利益をあげてきたし、また安倍政権の大企業に対する優遇税制の後押しによって一層利益をのばした。この事実は消費税の増税を法人税減税の原資にしたことに見事に証明されている。
その一方で大企業はこうして積み上げた利益を内部留保金として抱え込み、今やその額は三〇〇兆円にも達している。また利益を中小企業に一切還元しないどころか中小企業たたきに終始し、不安定な非正規雇用を拡大し低賃金構造を固定化させた。二〇一三年一月から一五年一二月の間に非正規雇用労働者数は二一五万人増加し、正規職労働者数は二〇万人も減少している。まさに安倍政権の三年間は、消費税増税と円安による物価上昇、実質賃金の低下によって消費は後退し、成長が鈍化してしまったのである。この結果、一〇〜一二月期には企業の設備投資もほとんど伸びず、輸出もマイナスになり始めているのである。
「地方の創生」をうたいながら、その推進の軸となる地方銀行の経営危機を促進し、「安心につながる社会保障」では、福祉・社会保障費を削減し、保険・年金の基礎になる国債などの安定運用を破壊し、よりリスクの高い投資・運用の方向に追いやっている。
金融緩和、財政支出を軸にして進められたアベノミクスは、金融緩和政策の行き詰まりの中でさらに市場に大量のカネを注ぐためにマイナス金利政策に舵を切ったが、株安・円高を止めることはできず、破産の道を突き進んでいる。
私たちに問われているのは、実質成長率(GDP)を低下させる最大の要因たる実質賃金の四年連続マイナスを打ち破る闘いであり、それを構造化させている非正規雇用をなくす闘いである。全国的にパートも含めて非正規労働者は各地区の最低賃金ギリギリの線で働かされている。この構造を打ち破るために最賃の大幅アップを実現しなければならない。これが最重要課題である。
内需を破壊し、外需に依存する構造のアベノミクスを打ち破るために、労働者人民の生活を破壊する消費税増税を阻止し、消費の後退をつくり出す低賃金と劣悪な労働条件を断ち切る闘いが不可避であり、この闘いの前進だけが貧困と格差を克服し、世界経済の混乱を克服していく道である。
(松原雄二)


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