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    かけはし2016.年3月14日号

埋め立て工事を止めたぞ!


沖縄報告

沖縄との真の和解は辺野古の海に基地をつくらないことだ

2016・3・5

沖縄 K・S

県と国「辺野古」で3・4和解成立

 三月四日午前一一時半から、那覇地裁で、名護市の住民が、翁長知事の埋め立て承認取り消しに対する国交相の執行停止は違法だと訴えた抗告訴訟の第一回口頭弁論が開かれた。原告を代表して名護市議の東恩納琢磨さんが冒頭陳述を行ない、一五分ほどで裁判は終了した。その後、原告、住民が城岳公園で総括の集まりを持っている時、「代執行裁判で政府が和解案を受け入れ」との一報が突然入った。沖縄県が原告となった午後の抗告訴訟は、国側代理人の欠席の中、県側代理人が和解成立により訴訟を取り下げることを表明してすぐに閉廷した。
翁長知事は安倍首相との会談のあとの記者会見で、「和解案は県が裁判で訴えてきた主張に沿った内容であったので和解に応じた。地方自治を守ることと工事が止まること、この問題を前に進めるものだ」と述べた。
福岡高裁那覇支部で成立した和解条項によると、骨子は@国は翁長知事の承認取り消しの取消を求めた代執行訴訟を取り下げ、県は国の違法な関与の取消を求めた係争委不服訴訟を取り下げる、A国は、翁長知事の埋め立て承認取消に対する審査請求と執行停止申し立てを取り下げ、埋め立て工事をただちに中止する、B国と県は地方自治法に定められた本来の手続きにそって、「県に対する国の是正の指示」「県による国地方係争処理委員会への審査申し出」「是正の指示の取消訴訟」とすすめる、C「是正の指示の取消訴訟」の判決確定まで、国と県は普天間飛行場の返還および埋め立て事業に関する円満解決に向けた協議を行なう、D判決確定後は、判決に従い互いに協力し誠実に対応することを確約する、となっている。
つまり今回の「和解」は、国の代執行裁判という強行策によって裁判が三つ並立することになった状態を元に戻し、承認取り消しの状態から改めてスタートし直そうというものである。日本政府が辺野古新基地建設を放棄したわけでもなく、沖縄県が辺野古に基地をつくらせない方針を降ろしたわけでもない。事態は昨年一〇月一三日、翁長知事が仲井真前知事の埋め立て承認を「法的な瑕疵がある」と取り消した段階に戻った。「和解」というと、何か問題が解決したような紛らわしい印象を与えるが、実のところ、すべてこれからなのだ。

防衛省の強硬策は行き詰まっていた


「辺野古が唯一」と言い続けていた国が一転和解案を受け入れた理由は何か。
実は基地建設工事は行き詰っていた。一昨年八月に始まったボーリング調査は、当初三カ月で終了するとされていたのに、一年六カ月過ぎた今なお終了していない。昨年一〇月沖縄防衛局が宣言した本体工事着工についても、汚濁防止膜を固定する大量のブロックを積んだ台船が昨年一一月二二日からフロート内の海上に停泊したままでいる。工事は八方ふさがりになっていた。沖縄県と名護市の行政による抵抗と連日の海と陸での現地の闘いによって、実質工事ができていないのに、費用だけは、海上警備と陸上警備関連を中心として莫大な金額が投入され続けてきた。
裁判においても国は劣勢に立っていた。余りにも強引で手前勝手な国のやり方は裁判所からクレームがかかった。福岡高裁那覇支部は一月二九日の公判のあと、「和解勧告文」を提案したが、それは以下のような内容だった。@一九九九年の地方自治法改正は、国と地方公共団体が対等・協力の関係になることを期待されたものであるのに、改正の精神に反する状況になっている、A本来あるべき姿は、沖縄を含めオールジャパンで最善の解決策を合意し米国に当たるべきであるのに、法廷闘争が延々と続くことは望ましくない、B和解案を二案提示する。A案(県は埋め立て承認取消を取り消し、国は辺野古基地の供用開始後三〇年以内に返還または軍民共用とすることを米国と交渉する)を検討し、否であれば、B案(国は訴訟と審査請求を取り下げ、埋め立て工事を直ちに中止する。国と県は違法確認訴訟判決まで円満解決に向けた協議を行なう)を検討されたい。
このように裁判所は代執行訴訟で国の強引なやり方に疑問を呈し、国敗訴の可能性を示唆するとともに、正常な裁判手続きに乗せることを勧めた。

和解受け入れは日米両政府の合作


三月一七日の係争処理委不服訴訟の判決期日および四月一三日の代執行訴訟の判決期日がリミットだった。国にとって、裁判で敗訴して工事が止まることになればダメージが大きい。それこそ辺野古新基地建設の続行が不可能になりかねない。それよりは、和解に応じたと演出し自ら工事を止めた方がダメージも小さいし、イメージもいい。「和解条項」には、「国も県も判決に従う」とある。今度予想される裁判で勝訴すれば翁長知事を判決に縛り付けることができるだろうというのが彼らの目論見だ。二月一五日の翁長知事に対する証人尋問で、国の代理人が「判決に従うか」と執拗に質問していたのはそのためだった。しかし翁長知事は「行政として判決に従うのは当然だ。また私も新辺野古基地は造らせないという公約で知事になっているので、ありとあらゆる手段で、基地を造らせないということはこれからも信念を持ってやって行きたい」と述べている。闘いはこれからだ。
アメリカも辺野古裁判の行方に注目していた。米太平洋軍ハリス司令官、海兵隊ネラー総司令官がそれぞれ米上院軍事委員会および上院歳出委員会で相次いで「普天間飛行場の辺野古移設計画」の二年ほどの遅れを証言した。遅れの理由は「反対運動」と「県民の不支持」だと述べた。米軍の危惧は、いくつもの裁判闘争の長期化によって基地建設のメドが立たなくなってしまうことであった。グアムでの住民裁判によって海兵隊の基地建設の変更を余儀なくされたことがあった。安倍から和解について打診された米は、裁判が一本化されれば基地建設のメドも立ちやすいとして和解を支持したという。
安倍の和解受け入れは日米両政府の合作だ。安倍は和解受け入れの記者会見の場で、「辺野古が唯一は不変」と表明し、米政府も「和解は基地建設のプロセス」「辺野古推進は日米合意」と述べている。日米両政府は辺野古をあきらめたのではない。一歩退くしかなかったのだ。彼らは今後周到に基地建設の攻撃を準備してくるだろう。
しかし今回の和解で誰の目にもハッキリと分かったことは、日本政府の工事強行策がオール沖縄の頑強な抵抗の前には通用しなかったということである。われわれの闘いが安倍の強硬路線を頓挫させたのだ。日米のメディアに大きく取り上げられている理由はここにある。当然、今後メディアの注目度は上がるし、世論を動かして行く力にもなる。これは工事をストップさせたことと共に、われわれが手にした成果である。

辺野古に結集し闘いを共有しよう!


和解によって今後のプロセスは、まず県と国との協議が進むことになる。いつまで協議が行なわれることになるか断定できないが、おそらく参議院選挙の後まで続けられると見られる。安倍には沖縄の民意を尊重しようという考えは微塵もない故に、できるだけ早く協議を打ち切り、翁長知事の埋め立て承認取り消しに対する「是正の指示」を出してくるだろう。その後、県の不服申し立てによる国地方係争処理委員会での審査を経て、結局「是正の指示」をめぐる裁判が争われることになる。この裁判が高裁から最高裁へと移り、判決が確定するまで、半年から一年かかると予想される。
われわれは、今回の和解で、強引一点張りの安倍政権の埋め立て工事の強行を食い止めることができた。率直に喜びたい。キャンプ・シュワブのゲート前座り込み現場にいた二〇〇人も和解のニュースに接し「工事を止めたぞ」と勝どきを上げ、歓喜のカチャーシーを舞った。抱き合って喜び合い、うれしさの余り泣き出す人もいた。しかしすぐに気を引き締め、工事の中断からさらに新基地の白紙撤回まで追い込んでいくぞ、との声が上がった。
この間安倍は、安保法制を始めあらゆる政策において、国民の声を無視し法律を強引に解釈し独裁的な手法で政策を遂行してきた。磐石に見えた安倍は辺野古ではじめて失敗した。和解を発表した記者会見での安倍は、マスコミ向けに笑顔をわざとらしくつくって見せたが、工事を中断に追い込まれた悔しさがありありと見て取れた。辺野古のように闘えば安倍に対して勝つことができる。工事の中断に追い込んだ今こそ、とどまることなく、辺野古新基地計画の全面的な白紙撤回に向けて、沖縄現地のみならず、全国・全世界へとさらに闘いの輪を広げていかなければならない。
辺野古の現場では、ゲート前での座り込み行動の継続を確認している。辺野古白紙撤回まで日米両政府との闘いは終わらない。工事を中断に追い込んだ闘いの誇りと自信をもとに、闘い続けよう。
全国から辺野古現地に結集し、闘いを共有しよう!

2.29

城岳公園の事前集会に1500人

代執行裁判で稲嶺名護市長証言

県民の人権を守れる社会を!

 二月二九日開かれた代執行裁判第五回口頭弁論(福岡高裁那覇支部)で、稲嶺進名護市長が証人として出廷した。裁判に合わせ裁判所向かいの城岳公園で開かれた「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」主催の「裁判闘争激励県民行動」には一五〇〇人が結集した。和解に伴い裁判は終了したが、稲嶺市長の証言は今後予想される国との埋め立て承認をめぐる裁判においても、重要な論点を占めると思われるので紹介しておきたい。(以下、証言要旨抜粋)

今を生きる責任世代として新しい基地は絶対に造らせてはいけない”    ――稲嶺証言から

 「名護市には、キャンプ・シュワブ、辺野古弾薬庫、キャンプ・ハンセン、八重岳通信所の四つの施設がある。市全域の約一一%を占め、関東最大と言われる神奈川県のすべての基地を合わせたものよりも大きく、宜野湾市の総面積よりも広い。」
「米軍機による騒音、廃弾処理の騒音・振動・着弾、山火事、墜落や落下の事故などが絶えない」「現在の普天間飛行場は年間二万回を越える離発着がある。すると、今とは比較にならないほど深刻になる」。
「シュワブ内には七つの遺跡がある。ほとんどが埋め立てにあたる場所にあり、明らかに文化財を破壊してしまうことになる」。
「先の大戦が終わった後、サンフランシスコ講和条約が締結され、奄美以南が日本国から切り離され、米軍の統治下に置かれた。そのような時期は二七年間も続いた。その間にこれまで岐阜県や山梨県にあった海兵隊基地が追い出され、米軍統治下の沖縄に来た。わが県民は、一言も返すことができず力で押し込まれた経緯がある。戦後七〇年が過ぎてもなお、それは変わらない。そんな時期にまた新しい基地が造られる。このような県民の思い、人権をも踏みにじられる形で建設されようとしているV字(型滑走路)の移設であり、私たちはこれ以上、我慢できないというのが県民の思いだ」。
「施設ができると一〇〇年、あるいはそれ以上固定化され、発生する事件・事故を一身に背負わされ、生きていかないといけない。しかも、それは私たちの代だけでなく、子供たち孫たち、これから生まれる次の世代の子どもたちに、その負担が引き継がれていく。今を生きる責任世代として許してはいけない、引き継いではいけないという強い思い、新しい基地は絶対に造らせてはいけないという強い思いで臨んでいる」。
「裁判長におかれては、これまで七〇年間の沖縄の歴史、そこで行なわれてきた人権をも否定するような生活から、私たちを解放してほしい。そういうことのない世界を実現する強い願いをしっかりとお聞きいただき、私たちの未来に希望が持てる判断と判決をお願いしたい。私たちは普通の人間として、普通のまちで生活したい。そのことだけを願っている。県民の人権を守ってほしい。守れる社会をつくってほしい。機会をいただき、話を聞いていただき、感謝する」。



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