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    かけはし2016.年3月14日号

ぜんそくと心臓病増え精神の健康悪化


雇用不安は健康を蝕む

民営化以後の英国公務員との比較研究

 韓国の勤労基準法は使用者が「正当な理由なしに」労働者を解雇できないように釘をさしている。労働委員会や裁判所は「正当な理由」を厳格に制限してきた。労働者が疾病、負傷、拘束などによって働くことができなかったり、会社の緊迫した経営上の危機によって人員を削減せざるをえない場合などが「正当な理由」に該当する。
ところが雇用労働部(省)が1月22日に公開した「公正人事指針」は「業務能力の欠如、勤務成績の不振」なども「正当な理由」になり得ることを明らかにした。だが労働界や学界では「勤労基準法に規定されてもいない解雇事由を指針として具体化した形」だと批判している。(「ハンギョレ21」第1099号、16年2月22日付、「解雇が何よりも簡単です」記事より)

パク・クネ大統領が政治人生のロール・モデル(役割モデル)とみなしているマーガレット・サッチャーが英国首相として仕事をしている時だった。サッチャー政府は1980年代、経済再生を理由に国家の基幹産業を民営化し、整理解雇を断行した。港湾を売り、ガス会社を売り、鉄鋼産業を民間に売り払った。そして労働者は大挙解雇された。
サッチャーが首相に就任した1979年には6%未満だった失業率が1984年には12%まで増加する。職場を失った労働者たちの暮らしは言うまでもなく困難になったけれども、サッチャー政府は気にもとめなかった。サッチャー首相は個人を保護する「社会のようなものは存在しない」と語り、そのように一貫して行動した。

非正規職、体痛くても休まず

 サッチャー政府は、さらに1歩踏み込んで公共の業務を担っていた幾つかの政府機関を民間に委ねる政策を推進する。政府機関が使用している施設を管理・維持している資産サービス部(Property Service Agency)もその対象のうちの1つだった。この過程で1972年の部署設立以降、1度も雇用不安に苦しめられたことはなかった資産管理部の公務員たちが解雇の脅威に直面することとなる。
後日、英国医師協会会長を務めたマイケル・マーモットをはじめとする医者たちは、このような民営化の試図を利用した雇用不安が人間の健康をいかに変化させるのかについての論文を出版した。彼らは、部署民営化の論議が始まる前の1985年と、民営化の論議が本格化していつ解雇されるか分からないという雇用不安の中で仕事をしていた1989年の資産サービス部の公務員たちの状態を比較した。まるで実験室の動物に薬を投与してその変化を観察しているように、「雇用不安」が公務員たちの健康状態にいかなる影響を及ぼしているかについての意図せぬ実験をすることになったのだ。
1995年の英国医学ジャーナルに掲載されたこの論文は、雇用不安が労働者の健康を悪化させると報告した。特に同時期に雇用不安に苦しめられなかった他の部署の公務員たちと比較した時、その結果は一目瞭然だった。雇用不安以降に行われた諸研究は雇用不安がぜんそくを増加させ、精神の健康を悪化させ、心臓病を誘発しかねないという点を示している。実際には解雇されなかったとしても、いつ解雇されるかもしれないという不安は労働者の生き方を蝕み、体を害した。
韓国において雇用不安が社会問題として本格的に浮上したのは1997年の国際通貨基金(IMF)経済危機を経験しつつ、だった。下請けや派遣職として働いている非正規職労働者が急増するとともに、いつ解雇されるか分からない雇用不安を日常的に抱えて生きていく労働者が増えていった。
2011年に収集された第3次勤労環境調査に参加した労働者2万6000人余を分析し、元請け正規職労働者と下請け非正規職労働者の勤労条件を比較する研究を進めたことがある。過去1年間に体が痛いにもかかわらず働いた経験があるというケースを測定した際、下請け非正規職は元請け正規職に比べてその頻度が2倍以上、高かった。だが過去1年の間に、体が痛くて職場の仕事を1日以上、休んだ経験があるかを問うた時は、元請け正規職に比べて下請け非正規職の「そうだ」という応答率が、むしろ30%以上低くなった。いつ解雇されるか分からず、また一定の期間ごとに契約を更新しなければならない非正規職労働者たちは年次休暇や病気休暇を使えないまま、体が痛くともがまんして働いていた。会社に目をつけられればいつ解雇されるかも分からないので、彼らはさらに痛くとも休むことなく、そうして耐えに耐えて働いた。
痛みを耐えて働いている労働者は、ずっと耐え続けることができるのだろうか? そんなわけはない。ある瞬間、その労働者は耐えきれずに倒れるだろう。既存の経営学の研究者たちは、そのように苦痛に耐えて働いている労働者たちを放置すれば、彼らの健康状態が深刻になって長期的には業務の効率に支障をきたしかねないと指摘する。だが、韓国の会社の立場ではそのような憂慮は事実ではない。各大企業は、その負担を下請け業者に委ね、下請けは労働者個人にその負担を押しつける。従って各企業は、耐えられない痛みにかかった労働者を解雇し、新たな非正規職労働者を採用する。韓国社会は労働市場において最も弱い人間に負担を押しつける残忍な論理の中で運営されている。
それならば正規職労働者は雇用不安の問題から本当に自由でありえるのだろうか。2007年、現代自動車販売職労働者1500人余を対象に行った研究報告書がある。韓国で最も規模が大きくしっかりしているという労働組合の構成員であり、みながうらやましがる大企業正規職の労働者である彼らにたずねた。「今後2年の間に現在の自分の職業を失う可能性があると思うか」との質問に、48%にあたる、つまり半数に近い労働者が「そう思う」と答えた。おいそれとは理解しがたい結果だ。

「2年以内にクビも」48%予想


彼らは、なぜそれほどに不安がったのだろうか。彼らは1998年のIMF経済危機を経験するとともに、会社が同僚の半分を整理解雇する過程を味わい、それ以降も日常的に業務を統合し外注化するという構造調整を経験した。会社は必要な時期ごとに経営上の困難さを語りつつ「整理解雇」の話を持ち出す。同僚の半分が解雇されるのを見守った彼らにとってその話は実際の脅威として迫り来る。労働者たちは「私もクビを切られかねない」という慢性的な不安感の中で働くことになる。そのように作られた雇用不安は会社側の強力な交渉のカードとしてIMF経済危機以降、この18年間ずっと使われた。
労働法の死角地帯で働いている非正規職労働者たちにとっては、これさえも異次元的世界の話だけれども、現在韓国で勤労基準法上の労働者を合法的に解雇することのできる道は2つだ。1番目は経営上の困難さによる整理解雇であり、もう1つは労働者の過ちによる懲戒解雇だ。
現在、問題になっているパク・クネ政権の労働改革は、もう1つの新たな合法的解雇を追加しようとする。「公正人事指針」と呼ばれるこの行政指針の内容は「低成果者解雇」だ。会社が、業務効率のよくない労働者に教育や転換配置などの措置を取った後、変化がなければ解雇することができるようにするというのが主たる内容だ。政府はこのような手続きは合理的であり透明な解雇過程を保障できる、と主張する。

自殺の多発と雇用不安極大化


しかし、「低成果者解雇」がどんなやり方で悪用され得るかは、あえて説明が必要ではない。業務能力を名分として、会社側の指示に積極的に従わない人々、労働法を守れと要求している労働者たち、さらには「痛い時にはがまんせず、働かない」人々を解雇する過程で、この行政指針は効果的な道具となるだろう。気にくわない労働者を解雇するために、もはや会社は懲戒を与えたり、自ら退職するように誘導する手間をあえてする必要がなくなる。
雇用不安は程度の差があるだけで、どの社会にも存在する。だが韓国のように、解雇された労働者たちが生計を頼ることのできる公定安全網のシステムが作動しない社会において、雇用不安が与える恐ろしさは極大化される。雇用不安は労働者を1歩、見限りさえすれば断崖絶壁の渕に立たせる。「低成果者解雇」によって、労働者たちは然るべき理由もなしに解雇されかねない脅威の中で働きながら、法の保障する最低限の権利さえ要求できない状況が繰り返されるだろう。
人間集団の健康を研究している人間として、私は過去20年間になぜ韓国の自殺率がこれほど急激に増加したのかについて、よく質問をする。1997年に韓国の10万人当たり13・1人だった自殺率は2014年27・3人に2倍以上も増えた。現在、韓国は最も生産的な20〜30代の若者の死亡原因の1位が自殺という国だ。何が5000万人の人口が暮らしているこの共同体を、これほどまでに残忍な社会へと変えたのだろうか。
個人が自殺した時、我々はその原因を探すために心理的剖検をする。その人の医学的記録や社会的関係を検討し、何がその個人を自殺に追いやっていったのかについて把握する。韓国のように1つの社会の自殺率が急激に増加した場合、その現象を理解するために我々はこの共同体にいかなることが発生したのか検討しなければならない。
韓国において自殺率の急激な増加は1997年のIMF経済危機直後から始まった。その時期は非正規職雇用が全社会的に急激に拡散され始まった時だった。私は2000年代、韓国社会を悪くせしめた主要な原因として、多くの人々に生きることより死を選択せしめた原因として、非正規職雇用に注目する。この時期から低賃金で、危険な作業環境にあえて耐えつつ雇用不安の中で働いている労働者数が増加した。そして相対的に安定した職場で働いていた正規職労働者でさえ自らがいつ解雇されるのか分からないという不安の中で働かなければならなかった。
もう1度挑戦することのできる敗者復活戦が存在しない、解雇された人々を支援する公的安定網が作動しない韓国社会において「解雇は殺人」になりかねず、いつ解雇されるか分からないという雇用不安は生きることそのものを根こそぎ揺るがす脅威となりかねないからだ。現政権の意図が何であったにせよ、「低成果解雇」の行政指針は雇用不安を全社会的に慢性化させ、痛みにも耐えて働く、だが耐えられず自殺によって生を断ち切る労働者の数を増やす結果を生むだろう。

大統領公約、「整理解雇の要件緩和」


2012年の大統領選挙で当時与党のセヌリ党候補だったパク・クネ大統領は「世の中を変える約束、責任ある変化」という名前の公約集によって韓国社会をどう変えるのかについてのさまざまな青写真を示した。その本の183頁では景気沈滞の長期化に伴った雇用不安の深刻さを指摘しつつ、「雇用の安定ならびに整理解雇要件の緩和」を推進していくとの意志を誓っている。保守政治人の見地からしても韓国社会においての手軽な解雇や雇用不安は深刻な問題であったがゆえだろう。パク・クネ大統領とセヌリ党は初心に立ち返り、大統領選での公約にまるで反する「低成果者解雇」の指針を再考することを望みたい。(「ハンギョレ21」第1099号、16年2月22日付、キム・スンソプ高麗大教授/保健政策管理学部)

コラム

三陸鉄道の復旧

 青森県八戸市から宮城県の仙台市に至る三陸海岸を走る鉄道は、依然としてズタズタであることを友人から聞かされ呆然。聞きかじりではあるが、友人の話をそのまま列挙してみる。彼は岩手県釜石市で家屋を流され、現在も避難中。
 八戸から久慈までのJR八戸線は二〇一二年三月に復旧、「あまちゃん」の舞台となった久慈から宮古までの三陸鉄道北リアス線は一四年四月に再開。宮古から釜石までのJR山田線は現在運休中だが一八年頃には復旧再開予定。釜石から盛までの南リアス線は一四年四月に復旧。その南の盛から気仙沼までのJR大船渡線、さらに南の気仙沼から柳津までのJR気仙沼線の二線は現在も運休中。そして仙台から柳津まで北に延びるJR石巻線とJR仙台線の二線はすでに二〇一五年に開通している。
 注目しなければならないのはJR大船渡線とJR気仙沼線は現在運休とはなっているが、復旧再開される見通しはなく、BRTと呼ばれるバス高速輸送システムが運行。BRTと大げさな言葉を使っているが鉄道がバスになっただけ。
 当然地元である気仙沼市、陸前階上、本吉、志津川、柳津町は鉄道による復旧を望んでいる。しかし問題は復旧のための財源だという。二線の復旧費用は一一〇〇億円。JR東日本が負担を了承しているのが約四割の四三〇億円、地元負担分が六七〇億円。しかし地元は街の高台移転、港や商店街の復旧などの費用がかさみ、鉄路計画を断念するしかないのだという。「明治二九年」「昭和八年」「戦後のチリ地震大津波」と鉄道敷設以降三回の危機を乗り越えてきた三陸鉄道は、今やその半分がバス運行になろうとしているのである。
 地図で見ると八戸、盛岡、新花巻、北上、一関という東北新幹線各駅と北上高地を横切り海岸を結ぶそれぞれの内陸鉄道は残っている。JR東日本は黒字部門は残し赤字の可能性が大きい二線を大震災・津波を口実にこの際切り捨てたいのである。それでも各自治体が鉄道を維持したいなら「南北リアス線のように第三セクターでどうぞ」と言うことらしい。これに対して同じ様にズタズタになっているJR常磐線は「政府がカネを出して二〇二〇年春までに全線開通をめざす」と三月五日の福島視察の際に安倍首相が言明している。バスか鉄道かの選択はカネと政治の問題なのだ。怒りが湧いてくる。
 私は毎年正月数人で旅行に出かけているが、亡くなった川出さんが二〇〇五年に幹事で計画した旅行が三陸海岸であった。一日目は新幹線で盛岡を経由して宮古で宿泊し、二日目は大船渡、そして三日目は陸前高田経由で一関に出、中尊寺を見学してきた。彼のメモには「元日、昼食の場所探しに悪戦苦闘。金色堂は圧巻!」と書かれている。彼にとって最初で最後の三陸旅行であった。合掌。      (武)



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