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    かけはし2016.年3月21日号

私たちは怒っている


声明

――高市総務大臣の「電波停止」発言は
  憲法及び放送法の精神に反している

 高市早苗総務相は、二月の国会審議で「政治的公平性」を欠く放送を繰り返し行った放送局には、電波法七六条に基づいて電波停止を命じることもある、と繰り返し発言した。安倍政権の憲法改悪への突進と連動した言論の自由を根本から否定するこの発言は内閣でも事実上追認された。この発言にニュースキャスターなどからの厳しい批判の声明が出された。転載する(編集部)

 今年の2月8日と9日、高市早苗総務大臣が、国会の衆議院予算委員会において、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性について言及した。誰が判断するのかについては、同月23日の答弁で「総務大臣が最終的に判断をするということになると存じます」と明言している。
私たちはこの一連の発言に驚き、そして怒っている。そもそも公共放送にあずかる放送局の電波は、国民のものであって、所管する省庁のものではない。所管大臣の「判断」で電波停止などという行政処分が可能であるなどいう認識は、「放送による表現の自由を確保すること」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」をうたった放送法(第一条)の精神に著しく反するものである。さらには、放送法にうたわれている「放送による表現の自由」は、憲法21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」の条文によって支えられているものだ。
高市大臣が、処分のよりどころとする放送法第4条の規定は、多くのメディア法学者のあいだでは、放送事業者が自らを律する「倫理規定」とするのが通説である。また、放送法成立当時の経緯を少しでも研究すると、この法律が、戦争時の苦い経験を踏まえた放送番組への政府の干渉の排除、放送の自由独立の確保が強く企図されていたことがわかる。
私たちは、テレビというメディアを通じて、日々のニュースや情報を市民に伝達し、その背景や意味について解説し、自由な議論を展開することによって、国民の「知る権利」に資することをめざしてきた。テレビ放送が開始されてから今年で64年になる。これまでも政治権力とメディアのあいだでは、さまざまな葛藤や介入・干渉があったことを肌身をもって経験してきた。
現在のテレビ報道を取り巻く環境が著しく「息苦しさ」を増していないか。私たち自身もそれがなぜなのかを自らに問い続けている。「外から」の放送への介入・干渉によってもたらされた「息苦しさ」ならば跳ね返すこともできよう。だが、自主規制、忖度、萎縮が放送現場の「内部から」拡がることになっては、危機は一層深刻である。私たちが、今日ここに集い、意思表示をする理由の強い一端もそこにある。
〈呼びかけ人〉(五十音順 2月29日現在)
青木理、大谷昭宏、金平茂紀、岸井成格、田勢康弘、田原総一朗、鳥越俊太郎

反核世界社会フォーラムへ

 チェルノブイリの原発事故から三〇年、福島第1原発事故から五年の今年、日本政府と電力資本は、原発再稼働・原発輸出をさらに推進しようとしている。広島・長崎への原爆投下、第5福竜丸の被ばくを経験し、さらに五年前の福島第1原発事故が続いている今も、なぜ政府・資本は、「国策」としての核開発を止めようとしないのか? 各国の反核運動からもこうした疑問が投げかけられている。この三月、オルタグローバリゼーショナン運動を体現してきた世界社会フォーラム(WSF)をベースに、世界の活動家たちを迎えて「核と被ばくをなくす世界社会フォーラム2016」(反核WSF)が開かれる。皆さんの参加・協力を。(編集部)


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