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    かけはし2016.年3月28日号

国情院の権限の強化がねらい


声明

「テロ防止法」に反対する

社会変革労働者党


 
 本声明は韓国の社会変革労働者党が二〇一六年二月二三日付で発表した声明である。韓国のテロ防止法については、本紙二〇一五年四月二七日号の「韓国はいま」ですでに翻訳記事を掲載した。韓国では今年三月二日、テロ防止法案が成立した。二〇〇一年に発生したアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに国会に提出後、約一五年後の国会での可決である。韓国の国会では同日、北朝鮮人権法案も同時に可決された。一方では「北朝鮮での人権」をうんぬんしながら、もう一方では韓国の労働者・民衆を締め付ける悪法を強行するとは笑止である。「テロの脅威」を口実に、民主主義の破壊と強硬化に進む朴槿恵政権そして安倍政権との闘いを日本、韓国、北朝鮮をはじめとする東アジアの労働者・民衆の連帯により強化し、共同で推し進めていこう。(「かけはし」編集部)
 ジョン・ウイファ国会議長は二月二三日、テロ防止法を職権上程した。朴槿恵政権の意のままに、韓国の国会でテロ防止法が通過する一歩手前の状態である。表向きテロ防止法は、国民の安全のために作ったとされる。しかし精査してみると、国家保安法と同様に、労働者・民衆を締め付ける悪法である。対象となる「テロ」の概念があいまいで、国家情報院に強大な権限を付与して「疑わし」くて「懸念される」対象に無制限の監視・処罰を可能にする内容だからである。
 資本と政権が労働者民衆の安全を考えてテロ防止法を導入するというのはありえない。本当に労働者・民衆の生命と安全を考えるなら、韓国において繰り返し行われている、資本の利益のための虐殺をただちに停止するべきである。しかし韓国政府は、資本の利益のために二〇〇九年に強制鎮圧、撤去を行い、五人を死に追いやった龍山虐殺の主犯である前ソウル警察庁長官のキム・ソッキに対して何の処分も行わなかった。龍山で闘争を行った撤去民が監獄暮らしをしている間に、キム・ソッキは空港公社社長を経て、今回の総選挙で厚かましくもセヌリ党の候補として出馬し、国会議員になろうともくろんでいる。このような政権が、国民の安全を守るためにテロ防止法を導入する、などというのは欺瞞にほかならない。

 朴槿恵政権は、早急にベク・ナムギ(注一)とハン・サンギュン(注二)をテロリストに仕立てようとしている。民衆総決起とゼネストを「国家の権限行使を妨害し、公衆を脅かす目的で、リスクを発生させた」テロ行為にでっち上げて弾圧しようともくろんでいる。そのために国会議長までが国家非常事態をうんぬんし、テロ防止法を無理やり通過させようとしているのである。テロ防止法は今後の労働者・民衆の生活を締め付けることは火を見るよりも明らかである。
われわれは、無限の「テロ」の勢力を生み出すテロ防止法に反対する!

 二〇一六年二月二三日

(注一)韓国の農民であり、社会運動家。一九四七年に全羅南道で出生。一九六八年に中央大学に入学し、民主化運動を行う。朴正煕政権の時期に二回大学から除籍処分を受け、カトリック修道院で修道士として生活した。一九八〇年のソウルの春から一九八〇年五月上旬まで民主化運動を行ったが、五・一七クーデターで非常戒厳令が拡大され、逮捕された。中央大学から追放され、戒厳令違反で懲役刑を宣告された。
仮釈放後に、故郷に帰り一九八六年にカトリック農民会に参加した。二〇一五年一一月一四日の民衆総決起デモの際に警察が放った放水銃に当たり脳出血で倒れ、救急搬送されてソウル大学校病院で四時間にわたる手術を受けたが、二〇一六年三月四日現在まで意識を取り戻していない。
(注二)全国民主労働組合総連盟(民主労総)の委員長。韓国政府は昨年一二月一〇日、ハン委員長が昨年一一月一四日の民衆総決起大会そして、昨年四月以降の街頭行動を指導したとして、ハン委員長を騒擾罪で逮捕した。騒擾罪の適用は、全斗煥政権以来初めてである。

声明

労働者・農民・貧民との連帯のために
労働改悪の張本人との関係を断ち切れ

社会変革労働者党

 

 社会変革労働者党は2月18日、2016総選挙共同闘争本部発足に際し、以下の声明を発表した。以前の韓国の最大野党の民主党の流れをくむ「共に民主党」は、政治的立場が旧民主党時代よりも保守色が強くなっている。「共に民主党」は現在、韓国の国会においてセヌリ党に次ぐ第二党である。「共に民主党」の主な支持基盤は、韓国南西部の湖南(全羅道)である。与党と最大野党がスクラムを組んで労働法改悪にまい進するなかで、「保守野党」に追従する勢力の存在、そして各政党内部に存在する地域主義が問題をより複雑化させている。(「かけはし」編集部)
「簡単に解雇、生涯非正規職、労働改悪中断」を筆頭とした12の要求に「労働者・農民・貧民が生きるための朴槿恵政権に審判を下す2016総選挙共同闘争本部(以下、総選挙共闘本部)」が発足する。今回の発足を提案したのは民主労総である。民主労総は2月4日の第62回代議員大会で「労働改悪勢力に審判を下すための総選挙対応総力闘争」を決定した。この決定に基づいて、総選挙共闘本部が発足した。
労働改悪のごり押しが止まらないなか、選挙の日は近づいている。総選挙共闘本部は、民衆単一候補を選出するものである。いうまでもなくその候補者は、労働改悪阻止闘争の求心力とならなければならない。したがって総選挙共闘本部は、参加単位内での民衆単一候補を決定した。民主労総をはじめとする労働者・農民・貧民団体が一堂に会し、総選挙共闘本部を結成することができたこと自体、ゼネスト・総決起闘争の成果に基づいている。
われわれは現場そして街頭で、労働改悪を阻止するための闘争を行ってきた。われわれには、これまでの闘争よりもさらに多くの闘争の結集を図らなければならない。総選挙は、労働改悪の対する闘争の場である。政府・与党が問題というのは明白である。しかしさらに大きな問題は、政府・与党の路線と変わりがない野党(「保守野党」)が存在するということである。またこの「保守野党」との連携を主張する「運動勢力」も存在する。
「共に民主党」や国民の党(注1)が労働改悪の刃先を労働者に向けてきたのは、すでに明白な事実である。朴槿恵政府が通過を進めてきた企業活力特別法(ワンショット法)の2月4日の合意において「共に民主党」と国民の党の両党は、セヌリ党と並んで立っていた。わが党はこれまで、企業活力特別法は、通常の構造調整体制の構築のための法案であり、現在の労働改悪の諸悪の根源である、と主張してきた。
もちろん、「共に民主党」、国民の党、セヌリ党が一同に会したことは驚くべきことではない。「共に民主党」と国民の党はセヌリ党と同じ保守政党であり、資本家政党である。
「共に民主党」も国民の党、いずれの党も単に「青瓦台(韓国大統領官邸)に入らないセヌリ党」だからである。驚くべきことは、「共に民主党」や国民の党の本質が白日の下にさらされた後も、これらの党との連帯を主張する政治勢力が存在することである。
嘆かわしいことである。正義党(注2)のように自らを進歩政党、「労働者政党」と規定する政党や勢力の中でも「政権交代のための政治連合」を主張して保守野党との協調を主張する政党や政治勢力がある。シム・サンジョン正義党代表の発言「政党間の共同公約によって民生回生の希望を」には言葉を失う。労働改悪をすすめる政党とともに進み、そして自らの政党が自らの力を獲得したときには整理解雇制や非正規職化の刃先を労働者に突きつけるのが「希望」なのだろうか。労働法の改悪に合意し、さらには改悪に積極的に同意する勢力と連帯するとの信念を吹聴する政党と政治勢力に厳重に警告する。ただちにそのような行為を中止せよ。
正義党が保守野党、資本家野党と連携したいならば自由にすればいい。しかし、仮にも正義党が「労働者政党」と名乗るのであれば、また「労働改悪阻止」を最も重要な要求に掲げている総選挙共同闘争本部のメンバーになるのであれば、資本家政党との協力を中止せよ。労働者・農民・貧民との連帯のためには、労働改悪の張本人との関係を断ち切れるべきである。

2016年2月18日

 社会変革労働者党

(注1)「共に民主党」、国民の党はともに韓国の実業家でもある安哲秀氏に関係のある政党である。安哲秀氏は、「共に民主党」の前身である新政治民主連合に2015年12月まで在籍し、現在は国民の党の共同代表をつとめる。
(注2)韓国の中道左派政党。韓国の国会ではセヌリ党、「共に民主党」に次ぐ第三党。

加害者はお前とおれ

「合意」は韓米日政府の取り引き

日本軍「慰安婦」問題の切り捨て

 苦しみの記憶は忘れられるならば、どれほどいいことか。どん底からはい上がって裸の上半身に冷水を浴びせられても冷たくないほど、あるいは死ぬほどに消したいことであればあるほど、度し難い傷は一向に消え去らない。それらを前にして他人の言う「何とかなるさ」という具合の言葉は、どれほど見当違いであることか。下手な慰めもそうだ。含みのある強要ならどうだろうか。もともとの傷よりも、はるかに致命的だ。その時、私は奈落に墜落する。あゝ、もはや治癒さえできないことを悟る。我々が味わった、言葉に尽くせないほどに酷い傷痕についての話だ。昨年12月28日、韓日政府が行ったという日本軍「慰安婦」に関連した「合意」と呼ばれているものについての話でもある。

16歳の少女を
無理矢理車に
16歳の密陽の少女キム・サンヒは友達と写真館に行ってくる途中で無理矢理トラックに乗せられた。そして中国に向かう輸送船に乗せられた。上海、蘇州、南京、シンガポールなどに引き回された。10年間。後遺症によって心臓病、腎臓病、高血圧を患った。光復60周年だった年の1月2日に、この世を去った。13歳でビョンヤンに引っぱられて行ったキル・ウォノク・ハルモニは「行くやいなや性病にかかりました。それにもかかわらず薬を飲み続けながら日本軍人らを受け入れなければなりませんでした。1度も外の見物もできませんでした。じっとしていました。酒を飲めば刀であちこちつつき、ほじくり…」。幼いと言えば余りにも幼く、初潮さえ始まっていない体に強姦と暴行がやまなかった。15歳で連行され、あの国この国と引っぱり回された後、解放後に米軍捕虜となったキム・ポットン・ハルモニ。戦争の終わり頃は日本軍の看護師にならなけばならなかった。負傷した軍人に血が足りなければ、ハルモニの体から血を抜いた。

日本の戦争犯罪に
対する謝罪はなし
巣鴨刑務所に収監されていたA級戦犯岸信介は、他の戦犯たちが絞首刑に処されたが、例外だった。それどころか日本の総理になった。……現総理が政治的父と呼んでいる安倍晋三の母方の祖父だ。今回の「合意」というのはペンタゴン(米国防省)の発言通り「自衛隊の海外派兵がもたらす米国防衛産業体に極めて良いニュース」の前提と見られる。韓米日政府がはじいている「歴史的」計算ずくの話だ。その計算書には戦争犯罪への謝罪、ハルモニたちの涙、日本の軍事再武装という危険は、はぶかれている。解除された米国政府の文書や、沈黙を破った被害者たちの証言があるまでは存在してもいなかった、日本軍「慰安婦」たち。今もどう消えてしまったのか証明さえすることのできない数十万人の女性たち。彼らの冤魂は消えてしまったのだろうか。彼らの前に、この70年間、努力の1つもしなかった韓国政府の資格とは何なのだろうか。いったい何の資格があって、被害者たちが全世界を駆けめぐりつつ耐え忍んで伝えてきた、羞恥心をも辞さず行ってきた証言の数々を覆そうとするのか。

再び石つぶてを
思い出す苦痛
少し前に、「合意」ということの廃棄を求めるある集会に参加した。参加者たちが「旭日昇天旗(日の丸)」に抗議するパフォーマンスを行った。いぶかしく思った。日本国家だけの問題なのか、安倍だけの問題なのか。被害者はハルモニたちだけではなく、すべてのことを見つめてきた歴史の中のお前とおれ、すべてだ。加害者は韓国政府が含.ま.れた.「諸国家の連合」だ。「パク・クネはアボジ(父、パク・チョンヒ)の跡を継ぎ、日本に国を売り渡した」という世間の評価を受けている。跡を継いだ不可逆的裏切りだ。亡くなられたキム・サンヒ・ハルモニは、こう話していた。「苦しみの中でも最大の苦しみは、帰ってきた私に韓国人の人々が投げかける言葉だった…」。漆黒のように暗い所で軍人たちが口を押え声をあげることもできなかった、手足をふるわせていたその記憶よりももっと苦痛だったこと、夢の中でも恋しくて泣きながら夜を明かしていた、故郷の地、そこに帰ってきて受けた石つぶてだった。(「ハンギョレ21」第1098号、16年2月15日付、ノーサンキュー欄、パク・チン/タサン人権センター活動家)
※この文章はユン・ミヒャン韓国挺身隊問題対策協議会代表の講演と「週刊京郷」記事の内容を抜すい、再構成しました。

 


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