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    かけはし2016.年4月4日号

沖縄の主張を全国に広げる時


沖縄報告

係争委は国の不法な関与を退けよ!

沖縄 K・S 3月27日

沖縄県、不服
審査申し立て

 国交相は三月一六日、翁長知事の埋め立て承認取り消しの取り消しを求める「是正の指示」を出したが、それに対し沖縄県は、三月二三日、国交相の「是正の指示」は違法であるとして、国地方係争処理委員会(小早川光郎委員長)に審査を申し出た。
その要旨は、@仲井真前知事の埋め立て承認を、翁長知事が瑕疵があるとして取り消したのは適法である、A国交相の是正の指示は国の違法な関与にあたる、B係争委は国交相に是正の指示の取り消しを勧告するよう求める、というものである。翌二四日、係争委は五人の委員による第一回の会合を開いた。審査期間は申し出から九〇日以内、六月二一日までとなっている。
係争委は政府から独立した第三者機関として、地方自治にもとづく沖縄県の正当な権利行使である埋め立て承認取り消しに対する国の不法な関与を退ける判断を下さなければならない。係争委の存在意義が問われている。

「和解」後初の
県・政府協議


他方、「和解」成立後初めての沖縄県と日本政府との協議が「政府・沖縄県協議会」の第二回会合の形で、三月二三日、首相官邸で開かれた。
沖縄県の主張をまとめると、@米海軍兵による準強姦事件に強く抗議する。日米当局の間で再発防止策を策定しその内容を公表することを求める、A日本政府は辺野古が唯一というかたくなな固定観念にとらわれず、真摯に協議を進めてほしい、B辺野古問題とは切り離して、普天間飛行場の五年以内の運用停止のために政府は責任を持って取り組むべきだ。そのため宜野湾市も参加する「普天間飛行場負担軽減推進会議」を早急に開催すべきである、C北部訓練場の一部返還とヘリパッド(離着陸帯)建設について。オスプレイはもともと高江のヘリパッドに予定されている機種ではないのに、オスプレイの離着陸場になっている。オスプレイ配備撤回も知事選の公約なので、今後作業部会で議論していきたい、ということだった。
県の提起によって作業部会を設置し詳細な議論を進めていくことになったが、翁長知事は議事録の作成と公開を強く求めた。当然の要求だ。

辺野古、普天間、高江一体となった論戦へ
「普天間飛行場の五年以内の運用停止」は、仲井真前知事の辺野古埋め立て承認を引き出すための安倍による県民・国民むけの約束であった。ところが、日本政府は「普天間飛行場の五年以内の運用停止」のために何もしてこなかった。最初から「空手形」「話クヮッチー(話のごちそう)」だったのだ。今、日本政府は「普天間の五年以内の運用停止」を辺野古新基地建設へむけた県への圧力手段として使っている。
菅は翁長知事との協議の場でも「普天間飛行場の五年以内の運用停止」は「辺野古移設に対する県の協力が前提」だと述べたが、これは自らの不作為を棚上げにする卑劣な論法だ。もうひとつ、菅は、宜野湾市長も参加する「普天間飛行場負担軽減推進会議」を過去二年間開いてこなかったことを、県のせいであるかのような発言をした。事実は政府の怠慢の一語に尽きる。
また菅は、高江のヘリパッド建設に関する翁長知事の見解にたいし、記者会見で「あまりよく分からない趣旨の発言」と揶揄した。日本政府は二〇一二年の普天間配備の直前まで長らくオスプレイの配備を隠していた。辺野古も高江もオスプレイに対応した環境影響評価をしていない。ただ返還される北部訓練場の面積についてのみ取り上げて「負担軽減」だと強弁し、高江集落の周囲にオスプレイ離着陸場が新たに六か所造られる「基地機能強化」については口をつぐむ。
そして菅は、オスプレイパッド反対のために現地で座り込みを続ける住民の車両について、「県道上の違法車両の排除の協力」を求めた。それに対し、翁長知事はこれまで通りの文書による指導を伝えると共に、「オスプレイはもともと高江に配備される予定の機種ではない」「オスプレイ反対が私の公約だ」と述べたのである。菅は「あまりよく分からない趣旨の発言」とごまかしたが、翁長知事の発言の趣旨はハッキリしている。
かくして県政府間協議は、辺野古新基地建設、普天間基地閉鎖、高江オスプレイ離着陸場建設がすべて関連した、沖縄の米軍基地再編強化を正面から取り上げる熾烈な論戦の場として進められることが明白になった。つまり、「嘉手納以南の基地返還」という、名目上「基地縮小」「負担軽減」を装った米軍基地再編が実のところ、自衛隊との一体運用を含む基地機能の強化と負担増にほかならないことが議論のテーマになるのだ。妥協はない。沖縄の尊厳をかけた自己決定権の主張を全県、全国に広げていかなければならない。

3.24

普天間爆音訴訟が結審
切なる願いは米軍機の
飛行差止め(島田善次団長)


宜野湾市の住民三四一七人が、米軍機の騒音規制と損害賠償、普天間基地の撤去などを求めた第二次普天間爆音訴訟が三月二四日、那覇地裁沖縄支部(藤倉徹也裁判長)で結審した。判決は今秋ないし年内とのことである。
二時間にわたって意見陳述に立った島田善次原告団長は「戦後七一年、復帰四三年経つが、住民はいまだに墜落の危険、爆音の中にさらされている。切なる願いは米軍機の飛行差し止めだ。司法がなぜ飛行差し止めをできないのか。原告にとっては金銭の問題ではない。属国の判決では納得できない。司法の勇気を見せてほしい。納得のいく判決が出るまで闘いつづける」と述べた。
裁判の傍聴に訪れた全国各地の米軍・自衛隊基地爆音訴訟の弁護団は公判後の記者会見で、「全国基地爆音訴訟弁護団連絡会」を結成することを明らかにした。加盟するのは、普天間、嘉手納のほか、石川県小松基地、神奈川県厚木基地、山口県岩国基地、東京都横田基地の六基地、七つの騒音訴訟弁護団である。沖縄からは、第三次嘉手納基地爆音差止訴訟弁護団(池宮城紀夫団長)と第二次普天間基地爆音訴訟弁護団(新垣勉団長)が参加する。

普天間爆音
訴訟の経過

 普天間基地爆音の第一次訴訟は二〇〇二年に提訴された。第一次訴訟の裁判中の二〇〇三年に沖縄を訪れた当時のラムズフェルド国防長官が上空から普天間基地を視察し、「これほど住宅地に密接した基地は他にない。世界一危険な基地だ。事故が起きない方が奇跡だ」と述べたといわれる。基地が市街地のど真ん中に居座り、アメリカの連邦航空法では一切の建物があってはならないとされるクリアゾーン内の小中学校、保育園、ガソリンスタンドを含め、一〇万人の宜野湾市民が危険と隣り合わせに住むことを強いられている。翌二〇〇四年、沖縄国際大学に大型輸送ヘリCH53Dが本館に激突、炎上する事故が発生した。沖縄では復帰後の四四年間、一年に一回の割合で、米軍の航空機やヘリコプターが墜落している。いつどこに落ちるか分からない。三年前は、村民の水源地近くの恩納岳の山中にヘリが墜落し、パイロットが死亡した。五〇年以上前には授業中の宮森小学校にジェット戦闘機が墜落し二〇〇人以上の生徒、教員、住民が死傷する大惨事が発生した。
第一次訴訟は二〇一〇年七月に控訴審判決が出た。判決は普天間飛行場の騒音の違法性を認定し損害賠償を一定程度認めたが、夜間・早朝の飛行差し止めは棄却した。理由は「原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものであるから、本件差止請求は、主張自体失当として棄却を免れない」(判決骨子)というものであった。
この裁判所の「第三者行為論」は日本に駐留する米軍の活動にフリーハンドを与え、治外法権を認めるものだが、自国の政府が自国に駐留する外国軍に対し「支配がおよばない」とは、まさしく占領そのものではないのか。矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル、二〇一四年)に詳しく述べられているように、日本には憲法を中心とした国内法の体系と日米安保―日米地位協定の法体系の二つの法体系が存在し、日米安保―日米地位協定の法体系のほうが上位にあるのだ。最高裁を頂点に裁判所はこの法体系にお墨付きを与えてきた。
今回の第二次訴訟において原告は、一年間の将来分請求を含めた損害賠償を求めると共に、午後七時から午前七時は四〇デシベル、午前七時から午後七時までは六五デシベルを超える一切の騒音を原告の居住地域に到達させてはならないことを求めた。騒音発生源となる米軍機の事実上の飛行差し止めを求めたものだが、米軍機の飛行差止めを直接求めても、米軍の運用には日本の法支配は及ばないという「第三者行為論」によってことごとく退けられてきたこれまでの爆音訴訟の壁を具体的に打ち破ろうとするものである。さらに原告住民は、一九七二年に日米両政府が締結した「普天間基地提供協定」の違憲無効の確認を請求し、普天間基地の存在自体の違憲性を正面から問うている。
「憲法で守られるべき人格権が蹂躙されている」との住民の訴えに、裁判所は真摯に答えなければならない。

普天間基地
ゲート前抗議

 
普天間基地では、二〇一二年一〇月にオスプレイが配備されて以来三年半にわたって、連日早朝、大山ゲートと野嵩ゲート前で市民による抗議行動が根気強く続けられてきた。七一年前の沖縄戦の最中に、住民が避難していなくなった集落の学校、民家、公民館、畑などすべてをブルドーザーで壊し作られた普天間基地を住民の手にとり戻すまで、ゲート前の抗議行動は終わらない。

高江テント前
集会に390人


高江のヘリパッド建設は一九九五年の少女暴行事件を受けた一九九六年のSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の最終報告で発表された。北部訓練場の北部分の返還が打ち出されたが、それと引き換えに、高江集落の周辺に新たに六カ所のヘリパッドを建設することが条件になっていた。六カ所の予定に対して現在まだ二カ所しか完成しておらず、沖縄防衛局の計画は大幅に遅れている。県道沿いのゲート入口でのテント、車両による座り込み監視活動・阻止行動が続いているためだ。三月から六月は毎年、天然記念物ノグチゲラなどの営巣期のため重機を使う大がかりな工事はしないことになっている。その結果、二年間にわたって事実上工事をストップすることに成功したことになる。
沖縄防衛局は完成した二カ所のヘリパッドを住民の意向を無視し、先行して米軍に提供した。そのため、北部訓練場のヘリパッドは現在、もともとあった二二カ所に加えて二四カ所になっている。こんな理不尽なことはない。
三月一七日午後、地元のヘリパッドいらない住民の会、高江ヘリパッド反対現地行動連絡会、沖縄県統一連の三団体共催による「高江N1・Gヘリパッド二年間完全阻止 防衛局はもうあきらめて」決起集会が開かれ、雨の中、三九〇人が結集した。
日本政府はこの夏、米軍基地部分を除いたやんばるの森を国立公園に指定し、二年後世界自然遺産に登録することをめざしているという。軍事基地と隣り合う自然遺産などありえない。北部訓練場を全面返還させ、基地のないやんばるを県民の財産として保全しなければならない。

【註】高江集落を囲むように予定されている六カ所のヘリパッドの建設予定地区は、完成したN4(1)、N4(2)のほか、N1(a)(b)、G、Hで、当面の工事はN1(a)(b)、Gとされている。
(ヘリパッドいらない住民の会のHP http://takae.ti-da.net/ )

3.19

成立しても違憲は違憲!

新安保法は廃止せよ

愛知大集会に2800人


 【愛知】三月一九日(土)名古屋市の白川公園で「違憲の安保法制廃止に向けて立憲主義の回復を求める愛知大集会パレード」が愛知県弁護士会の主催で行われ二八〇〇人の労働者、学生、市民が結集した。愛知県弁護士会主催による新安保法案に反対する集会パレードは今回が四回目であり新安保法が成立した後もあきらめず、廃案に追い込むまで闘うという強い気概と三月二九日の新安保法施行を目前にした中での怒りを込めた集会として勝ち取られた。

高校生も元気
にアピール!
午後一時三〇分、早朝から強く降っていた雨が止み、大快晴の空の下、集会が始まった。最初に司会者の若い弁護士があいさつを行い、集会実行委員長の田中清隆弁護士が開会あいさつを行った。田中弁護士は憲法違反の新安保法が首相個人の解釈で合憲にしてしまうやり方を厳しく批判し、成立してしまったからといってあきらめることなく廃案に向けて声を上げていこうと発言した。次に憲法学者の本秀紀さんが発言した。本さんは「新安保法が違憲であることは、わかりきっている。しかし違法な法律が成立してまったからといって合憲になるわけではない。次の参院選でこれをあきらかにして行こう。緊急事態条項、憲法改悪を阻止しよう」と訴えた。
若者を代表して発言した高校生は広島での平和祈念式典で学んだことについて「広島の平和公園の地面の下を掘り返せば今も人の骨が出てくるといいます。リアルに私たちは戦争の犠牲になった人たちの上にたって生きているのだと思いました。平和は守らなければ簡単になくなってしまうものなのだと思います」と述べ、「次の参院選に私も投票に行くことができます。選挙は政治について考える機会であり、その考えに近い政策をする人に投票するのが選挙だと思います。私は簡単じゃないけど日本から戦争をなくしたい。日本から世界に向けて戦争をなくしていきたいと思います」と述べた。
さらに地域で重度障害者の介護をしている日本キリスト教団牧師の島しず子さん、「ママの会」の新見かずなさんがそれぞれの思いを延べ、名古屋市出身のシンガーソングライター五島良子さんは憲法への思いを込めた歌を披露した。

闘いを相互に
結びつけよう
各政党からのあいさつでは、民主党からのメッセージが紹介され、日本共産党からは参議院議員の井上聡さんが発言した。社民党党首の吉田忠智さんからのメッセージでは総がかり行動が呼びかける二〇〇〇万人署名への協力を訴えた。最後に集会宣言案が読み上げられ全員の拍手で採択された。集会終了後、参加者は長蛇の隊列を組んで名古屋市内のパレード(デモ行進)に出発した。デモコースの栄の繁華街に入ると多くの市民の注目がデモに向けられた。参加者も沿道の市民に向けて元気よく新安保法廃案を訴えた。この日は岐阜県でも総がかり行動(二回目)が行われ、法案成立後も闘いは各階層に拡大し続けていることを証明した。次回は法案施行日の三月二九日に栄小公園で集会とデモが計画されている。五月の伊勢志摩サミットに対しても小さいながらも異議の声を上げる動きが、ほんとうにわずかではあるが始まっている。様々な市民運動や政治に関心を持ち始めた多くの人々を結びつける闘いを今後さらに強めていこう。(越中)



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