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    かけはし2016.年4月18日号

歴史に刻まれた教訓


三里塚闘争50年を記念して

人民の闘争は不滅である

加瀬 勉 二〇一六年三月八日


禿頭を光らせて

 空港建設の暴政にこうすること五五年。八街、富里、三里塚に転戦。黒髪をなびかせて闘争してきた美青年も、白髪からこのように禿頭になりました。さらに禿頭を光らせて三里塚闘争一隅を担ってゆく決意を新たにしております。
三里塚は東峰の人たちを中心に、木の根のペンション、横堀大鉄塔、労農合宿所、そして一坪土地共有者五〇〇名が頑張っています。人民の闘争は永遠であり、三里塚闘争もまた永遠であります。

三里塚闘争は内乱

 今は亡きクリスチャンの戸村委員長は「地上に平和をもたらすためにきたのではない。剣を投ずるためにきたのである」と私たちを激励しました。三里塚闘争は、国家と日本人民の闘争、内乱であったと思います。北総台地の人民が日本の歴史の表舞台で活躍したのは、貴族社会を震撼させ武家社会の歴史的登場を予言した平将門の乱(承平五年、九三五年)、房総三国を独立国として五年にわたって支配した下総の住人(現香取郡東圧街)上総介平忠常の乱(万寿四年、一〇二八年―長元四年、一〇三一年)徳川初期(承応三年、一六五四年)、家老久世大和守に越訴した百姓一揆の佐倉宗吾郎、北総台地の農民と日本人民の空港建設反対闘争(一九六〇年―)であります。特に三里塚に於いては五〇年の長きにわたって闘争が継続されています。それは我々の闘争に道理があり、歴史発展の法則にかなっているに外ありません。主権在民、抵抗権、革命権は我々にあります。

侵してはならないもの
破壊してはならないもの

 三里塚反対同盟は、全国の住民運動と連帯・共闘してきました。人間の命の尊厳、一切の価値を生み出す生産と労働、大自然は絶対に侵してはならないし、破壊してはなりません。国家権力はそれを侵し破壊し、強奪し金と物に置き換えることを国家の政治の理念としてきました。人間の尊厳よりも金と物を最高の価値する国家を人間と自然が共存する国家に変革してなければなりません。
地球上には七〇億の人が暮らしています。その人口の半分の人が栄養障害と飢餓に苦しんでいます。地域的にはアフリカ、ラテンアメリカ、アジアの諸国ですが、飽食に明け暮れている日本は世界一食糧輸入国、食糧自給率の低い国で食糧不足の飢餓の国であります。輸入食糧に頼るのではなく国内農業を発展させて自給の政策をとるべきです。日本一の条件をもっている北総畑作農業を破壊する空港建設には絶対反対しなければなりません。限られた土と自然の環境は、人類の生存のために守らなければなりません。

人間の生贄

 古代王朝は神の名において人間を生贄にして国家を作ってきました。
二〇世紀、三里塚に於いて、大木よねさんに代執行を行い「国策」の名の下に空港建設の生贄にしました。人間を生贄にするそれが国家の本質であります。戸村委員長は、大木よねさんは日本一貧しい人であるといいました。私もそう思います。
大木よねさんは、七歳のとき親と別れ支配され差別され、搾取され、無一物で生きてきました。貧しい人々が少しでも幸せになる社会を作るこれが国家の理念政治の理念でなければなりません。それを、代執行をかけて全てを奪いつくした。悪鬼に劣る行為です。人間の尊厳に対する反逆です。人間を空港建設の生贄する国家の行為を断じて許してはならないと思います。主権在民、健康で文化的生活をおくる権利は憲法によって保障されています。民主主義を蹂躙する政府の行為を断じて許してはなりません。人民の意志を無視する政府をいつでも打倒することができる力を我々が持った時に真の民主主義は発展してゆきます。

国際連帯活動

 三里塚闘争は、世界的な広がりをもちました。ベトナム侵略戦争反対、アメリカの黒人の人権闘争、パレスチナの国家独立闘争、フランス基地反対闘争、ドイツフランクフルト空港反対闘争、中国人民との交流など国際連帯についても積極的に行ってきました。これまでの農民運動は地域性の枠を越えることができませんでした。三里塚闘争は大きく飛躍しました。人民が世界歴史の表舞台で活躍する時代が訪れてきました。

闘争は最高の芸術である

 日本で一番長いマンホールの夜。突如、管制塔に翻った赤旗。開港阻止闘争の完全な勝利。世界的実存主義哲学者サルトルは三里塚闘争の支持者でした。二〇世紀地球で一番美しいものは「中国革命の長征」であるといっております。人間の良心の全面的な解放を保障する社会体制の実現をめざす、われわれの階級闘争は人間の良心が天と地、宇宙に光り輝き満ち満ちている雄大な地球上に画く最高の芸術でなければなりません。人間的感動を与えないそれは闘争ではありません。

総力戦

 警視庁、関東管区、名古屋までの中部管区の精鋭延べ九〇〇〇の機動隊。夜明けの闇の中から現れて、銀色の盾に朝日が反射し機動隊の陣形は壮観でした。向かい撃つわれわれの部隊は広場を埋め尽くし、群集も呼応して鬨の声は三里塚の山野に響きわたりました。砦を死守する反対同盟婦人行動隊は柱に身体を鎖で縛りつけ、砦の中は少年行動隊、三里塚高校生協議会、反対同盟青年行動隊、老人決死隊、反対同盟総力を上げて戦いに挑みました。逮捕者四六一名、負傷者八四一名(内重傷者四三名)

国賊の農民を殺せ

 農民放送塔が響いて、機動隊に向かって一斉に投石、投石で駒井野の青い空が一瞬曇った。機動隊の突入、機動隊の高圧放水、大型ブルドーザー、砦破壊の大型バックホー、代執行破壊舞台、火炎瓶で応酬。機動隊、破壊機械に命中、炎上。鎖で身体を砦にまきつけていた婦人行動隊にワイヤーロープがかけられてブルドーザーで曳かれてく、代執行破壊部隊突入、「国策に反対する人間は日本人ではない」「国賊」「上が責任を取るから何人殺してもいい」と指示されている。「殺すぞ」と掛声をかけて火事場用の鳶口を振りかかってくる、木を切るエンジンカッターで襲いかかってくる。反対同盟の農民が上っている木がそのまま切り倒されてゆく。
私は初めて殺されると思いました。国賊として反対同盟の農民を殺しても空港は建設する。人間を殺しても空港は作る。これが国家の意思でありました。

美しき人間の涙

 塞の中の白兵戦、火炎瓶も使い、ドラムカンのガソリンをバケツに汲んで機動隊に浴びせる。焚火を投げつける。火達磨になった機動隊を高圧放水車が消す。「何で機動隊のためにあんたが死ぬのよ」と高校生・柳川信子さんの絶叫である。振り向くと、北原事務局長の娘さんが、バケツでガソリンをかぶって焼身自殺の抗議をするところであった。信子さんの声に北原さんの娘さんがわれに返った。その一瞬、信子さんの目から大粒の涙が溢れた。その涙に太陽が光った。美しい人間の涙である。私はこんな美しい涙をこれで見たことはありませんでした。

闘争は朗らかに

 婦人行動隊が少年行動隊のわが子を胸に囲んで、この親子を殺してから空港を作れと口々に絶叫している。男で残ったのは石井英祐君と私、婦人行動隊のところに駆け寄ると同時に私の襟首に機動隊の手がかかった。逮捕。その一瞬、婦人行動隊の椿のおっかさんが苦しい顔をして倒れた。「婦人行動隊が死んだ」と叫んだ。「早く砦の外に出して医者のところに連れてゆけ」と叫んだ。
驚いた機動隊は私の襟首の手を放した。椿のおっかさんを抱きかいて砦の外に全員脱出した。安全なところに来た。椿のおっかさんが目をパチリ開けてにっこり笑った。「加瀬さん、みんな大丈夫か」と声をかけた。みんな助けるために機動隊に死んだふりの仮病を使ったのである。「機動隊の野郎ども、ざまあみろ」と婦人行動隊の笑い声が駒井野の山野に響き渡った。闘争はいつも厳しく、美しく、朗らかである。

祈りの心を失って

 三里塚の老人決死隊であった人たち、また、多くの人たちが亡くなってゆきました。私はこれまで「安らかにお眠りください」と祈りを捧げました。この祈りの言葉を失ってしまいました。三里塚では墓を掘り起こし暴き、その上をブルドーザーで固めてコンクリートを流して空港を建設してきました。空は騒音の爆弾の破裂です。地の下も地上も空も人間が安らかに眠るところは三里塚にはありません。人間としての祈りの心をとりもどさなければなりません。

生きている者 
死んでいった者

 私は多くの反対同盟員と全国の同志を失いました。でも、これらの人たちは私の中に生きています。戸村さん、明治さん、石橋さん、源さん、菅沢老人行動隊長、熱田さん、秋葉さん、石井さん、三宮さん、岩沢吉井さん、長谷川たけさん、柳川のおっかさん、原君、東山君、新山君等々数えきれません。これらの人々と毎日言葉を交わして生きています。生きているものとの会話、亡くなった人との会話の重さは私は同じです。亡くなったこれらの人々は、三里塚空港反対同盟地獄の軍団を組織して闘っているそうです。「生きているお前たち、なんとだらしなく、意気地がないことょ」と私は毎日お叱りを受けています。

大きな課題

 三里塚闘争に深くかかわってきた社会党、総評は歴史の中に消滅してゆきました。共産党も三里塚から去ってゆきました。新左翼も力を失いました。私たちが解決しなければならない重要な課題が三里塚闘争ではっきりしました。これはとても良いことだと思っています。農民が大衆が命をかけて闘っているのに党利と党略では政党の名に値しません。

熱き思いを共有して

 三里塚では多くの村がコンクリートの下に埋められました。騒音地帯で廃墟になった三里塚の村々、福島で原発で廃墟になった村々、村を追われた人々と三里塚の農民の運命が重なります。沖縄辺野古で基地建設を強行の現実が三里塚闘争と重なってきます。戦争法案反対、絶対あきらめない闘争の持続と、五〇年の歳月を国家権力に屈することなく闘い続けてきた三里塚闘争が重なってきます。日本人民の闘争の熱い思いを共有していきたいと思います。三里塚では第三滑走路建設計画が浮上してきました。国家権力は着々と遠謀を組んでいますが、初心に帰って闘いに挑んでゆく決意です。

少年行動隊宮本由美子さんの手記(小学校六年生)

 駒井野代執行の時、「死んで帰ります」と両親に告げて家を出ました。命をかけてたたかって夜家に帰りました。私両親に「生きて帰って申し訳ありませんでした」と頭を下げました。

投書

「不屈の男 アンブロ
ークン」を観て

S・M

 「不屈の男 アンブロークン」(アンジェリーナ・ジョリー監督作品/二〇一四年/アメリカ映画)を観た。
イタリア移民の子として育ったルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、一九三六年のベルリン・オリンピックに出場する。彼は、第二次世界大戦で空軍爆撃手となる。ザンペリーニを乗せた爆撃機が海に不時着し、彼は四七日間の漂流の末、日本軍に見つかり捕虜として東京の大森収容所に送られてしまう。収容所では、「バード」とあだ名された渡辺伍長(MIYAVI)による執拗な虐待を受ける。後に、彼は新潟県の直江津収容所に移送させられる。そこで待っていたのは、軍曹に昇進した渡辺だった。ザンペリーニは、不屈の精神で虐待に耐え抜き、終戦によって遂に解放される。ザンペリーニの人生に感銘をうけたアンジェリーナ・ジョリーが彼の半生を綴ったローラ・ヒレンブランドのベストセラー原作を映画化した。ザンペリーニはトラウマに苦しむが、戦後来日し、長野オリンピックの聖火ランナーとして地元の子どもたちと走っている(以上、映画のパンフレットとチラシを参考にした)。「映画を観てもいない人々によって、『反日映画』と不当なレッテルを貼られた本作は、ハリウッド映画なのにシネコンではかからず、独立系の配給会社と映画館によって配給・上映される。私たちは、その意味を深く考えなければならない。そのためにもこの映画を観るべきだ」。想田和弘氏(映画作家)は、そうコメントしている(この映画のパンフレットによる)。
捕虜を虐待した日本軍は許せない。暴力はイヤだな。天皇制国家は許せない。解体するべきだ。日の丸・君が代は廃止するべきだ。天皇制国家の解体に反対したアメリカも許せない。この映画は「許し」をテーマにした作品だが、私はそう思った。この映画は面白かった。ただ、女性が「脇役」としてしか登場しないところには不満を感じた。日本軍国主義の犯罪は、もっとどんどん描かれるべきだ。徹底的に描かれるべきだ。反ナチスの映画と同じくらい反日本軍国主義の映画も作られるべきだ。反ヒトラーの映画と同じくらい反天皇の映画も作られるべきだ。私は、そう思う。
(二〇一六年三月六日)


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