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    かけはし2016.年4月25日号

辺野古新基地建設を断念せよ!
南西諸島への自衛隊配備許すな



3.27

廃止しよう戦争法・止めよう辺野古新基地

「イラク戦争13年」で集会

稲嶺名護市長が講演

 【大阪】イラク開戦一三年 「廃止しよう!戦争法、とめよう!辺野古新基地建設」関西集会が実行委員会主催で三月二七日、大阪市中之島中央公会堂を会場に開かれ、約一四〇〇人が参加した。開会のあいさつは、田淵直さん(大阪平和人権センター理事長・戦争させない一〇〇〇人委員会大阪共同代表)が行った。「戦争法の成立、辺野古新基地建設、福島の現実と原発再稼働を進める安倍政権に対して大衆運動として闘い続ける」と述べ、辺野古について和解したと言いつつ、新基地建設を強行する姿勢を全く変えていない安倍政権を強く批判した。
次に、安次富浩さん(ヘリ基地反対協共同代表)が連帯のあいさつをした。「国と沖縄県が代執行裁判で和解をしたので、一年ぐらいは工事が中断するだろう。私たちが現場で見る限り、国が辺野古基地を断念することはあり得ない。作業が中断している間に政府も次に向け準備する。我々はさらに抵抗運動を強めていかなければいけない。現地では、陸でも海でも闘いを継続している。キャンプ・シュワブの米兵が名護で引き起こしたレイプ事件に対しては、二〇〇〇名の規模でキャンプ・シュワブゲート前で抗議をした。被害者に本当に謝罪したいなら、安倍首相が来るべきだ。安倍サタンを落とさなければいけない。参議院選では統一候補を立てて、しっかり闘ってほしい。それが沖縄への連帯になる。安倍政権を倒そう」と述べた。

「同情」ではなく
真の連帯が必要
続いて、メインゲストの稲嶺進さん(沖縄県名護市長・オール沖縄会議共同代表)が、「辺野古新基地建設を止める!名護からの訴え」と題した講演(発言要旨別掲)をした。
もうひとりゲストである青木理さん(ジャーナリスト)が、「今一番恐れていること」と題して講演した後に、稲嶺さんをインタビューする形で対談を行った。
照屋寛徳さん(衆議院議員・沖縄二区)が特別報告をし、「同年齢の照屋・稲嶺に共通しているのは、死ぬまで辺野古に基地をつくらせないために闘うこと。なぜウチナンチューがこのように闘うかと言えば、それは尊厳をかけた闘いだからだ。同情ではなく真の連帯をうち固めよう」と述べた。
続いて、兵庫から北上哲二さん(五・四憲法一〇〇〇人集会実行委員会)、奈良から崎浜盛喜さん(奈良―沖縄連帯委員会),京都から仲尾宏さん(反戦・反貧困・反差別共同行動in京都)の三人が決意表明をした。
また、大城健裕さん(沖縄県人会兵庫県本部会長)が「オール沖縄とともにシマンチュの会」からの訴えを行った。尾立源幸参議院議員(民進党)があいさつをした。
最後に集会のまとめは、中北龍太郎さん(しないさせない戦争協力関西ネットワーク共同代表)が行った。集会後、西梅田公園までデモ行進をした。 (T・T)

稲嶺進さんの講演から

「振興策で地元が発展」は大ウソだ

 県外の皆さんの熱い支援で、ゲート前の闘いも大浦湾での闘いも途切れることなく、屈することなく続いている。オール沖縄が誕生してから辺野古基金ができ、現在五億円を超える浄財が集まった。その大半は県外からの協力だ。その基金で、訪米行動やグラスボートをつくって大浦湾の海底を観察し、豊富な自然に感動してもらうことを企画している。ぜひ辺野古に来て、現場の生の声を聞いてもらい、自分の目で見て、自分の肌で感じてほしい。そのことがさらに連帯を広げることにつながる。
二〇一〇年の名護市長選で辺野古の陸にも海にも新たな基地はつくらないことを公約に市長になった。それまでの三人の前市長は、基地は容認という立場だった。当時は、北部振興策などで一〇年間に一〇〇〇億円というアメが持ち込まれた。その間名護市民たちは豊かになったのか。地元の企業や商店が力をつけたのか。それを感じている人たちはほとんどいなかった。その金はどこに行ったのか。そのほとんどは公共事業に使われ、本土から来たゼネコンなどに持って行かれ、地元にはほとんど金が残らなかった。市民は学習をした。地元は潤わず、一方で辺野古基地建設がじわじわと進んでいく。こんなことを認めていいのか。市民は私の公約を理解し、私を選んでくれた。
政府は負担軽減と称して、嘉手納以南を返還するといっているが、ここが返還されても〇・六%しか減らない。しかも、辺野古に基地ができたら、普天間基地にない機能がいっぱい付けられる。新しい要塞そのものだ。弾薬を積み込むところもできる。大型の強襲用揚陸艦が接岸できるバースもある。つまり負担軽減ではなく、老朽化した普天間飛行場を新しいものにつくりかえるということだ。世界遺産に匹敵する生物多様性の宝庫の大浦湾をつぶして基地をつくることは絶対させない。(報告要旨)

私は三度米国に行ったが、自然をつぶして基地をつくることの愚かさ、八〇%以上の県民が反対していること、選挙ではいつも基地反対派が勝ってきたことについて賛同を得ることができた。
裁判が和解した三月四日、軍用地権協で官邸に要請に行っていた。その時は和解の話は出なかった。その後急転直下和解が発表されが、そのとき一方で、辺野古が唯一の解決策だと言われた。沖縄は戦後七〇年ずうっと闘ってきた。これからも闘いは続くだろう。なぜ、これほど長く闘いができたのか。負けない方法、それは勝つまで絶対あきらめないこと。県外からの支援は大きな勇気を与えてくれる。力を貸してほしい。そして共に闘おう。

3.30

宮古島・石垣島に自衛隊はいらない

住民たちが届ける反対の声

平和な島を戦場にさせるな

 三月三〇日、東京・京橋プラザ区民館・多目的ホールで「宮古島・石垣島の自衛隊配備を止めよう! 3・30集会」が同東京集会実行委員会の主催で開かれ二〇〇人が参加した。
 東京行動参加団体(とめよう自衛隊配備!東京行動宮古島実行委員会と石垣島への自衛隊配備を止める住民の会)の七人は、三月二六日に石垣島、宮古島同時開催で「自衛隊配備反対」の市民集会を開き、二九日、「戦争法施行」に抗議する国会包囲行動にも参加し発言した。そして三〇日には東京・防衛省への要請行動を行った。

防衛省交渉で
配備反対訴え
最初に、清水早子さん(宮古運動連絡協議会)が東京行動の報告を行った。
「石垣島から五人、宮古島から四人が上京した。昨日、戦争法が施行されたことに反対する国会包囲行動に参加し、戦争につながる基地はいらない、先島諸島への自衛隊配備反対を訴えた。宮古には自衛隊基地建設に向けた一〇八億円の予算がついた。離島で何が起きているか全国の皆さんに知ってほしい。昨日は歴史的な日になった。このことを広げたい」。
「本日、沖縄選挙区選出の野党の衆議院議員四人と参院議員の糸数さんが防衛省交渉に参加してくれた。@宮古での防衛省の説明では中国が脅威であり、その抑止力のために自衛隊の基地を作ると説明したが今回は中国脅威論の立場に立っていないと発言した。何のために自衛隊を配備するのかA宮古島では地下水を飲み水として使用している。地下水の上に基地が作られれば、生活に重大な影響が出る。この問題をどうするのかB石垣島への自衛隊配備についての情報の公開。これらについて、防衛省は情報を明らかにしていない。三月二八日、与那国島に自衛隊が配備された。戦争法の施行と重なり、実際の戦場に近くになった。こうした状況とどう闘うのか」。

民意に反する
自衛隊の誘致
宮古テレビの自衛隊基地建設をめぐる攻防を扱ったビデオが上映された。
上里清美さん(「止めよう自衛隊配備!東京行動宮古島実行委員会」)が三月二六日の宮古島での集会での決議文「宮古島への自衛隊配備計画の撤回を求める要請」を読み上げた。
宮古島での自衛隊基地建設を国・防衛省が計画し進めているのに、あたかも宮古島側から「防衛省に基地建設をお願い」するような形で進められた。自衛隊を誘致する会が作られ、陳情を議会にさせ、それを保守派の議員たちが数にものを言わせて「自衛隊早期配備要請」採択(二〇一五年六月二九日、総務財政委員会)、七月八日市議会本会議最終日に一九対六で陳情を採択した。こうした議会の流れを受けて、民意は議会によって示されたとして市長が容認へと動いている。しかし、一度も宮古島への自衛隊誘致を争点として選挙はしていない。民意は示されていないのだ。
宮古島からきた人たちは「毎月のように抗議行動、闘いを行っている。そこに若いママさん、お医者さんなどが参加し、自衛隊誘致にノーという声があがっている。流れは変わった。三月二六日には、石垣・宮古で同時集会を開き、三〇〇人が参加した。二〇〇五年三月、伊良部町に自衛隊配備を行うとしたが、島民五〇〇〇人のうち三〇〇〇人が集まり直接交渉し、誘致派の議員たちをつるしあげた。議員たちは白紙撤回した。今回も自衛隊配備させない。どうしても止めたい」と力強く語った。

「請願」を組織
して議会採択
下野栄信共同代表(石垣島への自衛隊配備を止める住民の会)と仲座初枝共同代表が石垣島での闘いを報告した。
「防衛大綱を二〇一三年一二月に閣議決定した。二〇一五年五月に左藤防衛副大臣が来て、石垣市長と会った。民間調査会社が基地予定地を七カ所に決めていた。市長は、安保・防衛問題は国の専権事項だとして協力を約束した。配備推進協議会を作り、議会に請願を出した。私たちは反対する市民団体を設立し運動してきた。署名・アピール行動、地域懇談会。二〇一五年一二月、防衛局に撤回を求め要請した。撤回請願も出した。三つの候補地区が断固反対の決議をあげた。二月、市長・市議会を三二〇人で人間の鎖・ヒューマンチェーンで囲み撤回を求め、大成功した」。
「誘致計画には行動パターンがある。中期防衛力整備計画で空白地帯に自衛隊を配備すると明らかにする。指定された所では混乱が起きる。すると公共事業が増える、人口が増え過疎化を防げるなどとメリットがあると吹き込む。それぞれの防衛協会がつくられ推進の請願をする。地方議会で配備推進協議会がつくられ、請願を充分な情報がなくても採択する。これが民意だと推進する。防衛省は自治体からお願いしているから作ると言い張る。防衛省のシナリオ通りに進んでいる」。
「石垣・宮古の自衛隊基地建設は辺野古米軍新基地建設とつながっていて、共用基地となる。石垣だけでは荷が重い。全国の方々、協力応援してほしい」。
「沖縄本島に基地は集中している。石垣島で米兵による事件が一度もない。平和だから本土から移住してくる人も多い。日本一の幸せの島にしていかなければならない。今回、二万枚のチラシをつくり、まききった。ネット署名や宮古のワッペンも作った。協力してほしい」。

与那国に自衛隊
がやってきた
稲川宏二さん(与那国島の明るい未来を願うイソバの会)が与那国島での闘いを報告した。
「三月二八日に、自衛隊基地の運用が開始された。鉄カブトの自衛隊が来た。与那国島が日本軍に占領されたような思いがした。住民を巻き込んで奪還する作戦をしている。島は周囲二七km、人口一五〇〇人。そこに自衛隊員一六〇人が配置され、家族九四人が移住してくる。二年前に建設が決まり、悔しく悲しい。自衛官の発する空気は恐ろしい。中国の脅威なんか感じていない。町長も脅威なんて感じていないと言う」。
「武器輸出三原則を破棄し、戦争できる、欲する国にする。先島諸島で自衛官、住民が殺されれば反戦平和の声をつぶす。日米同盟が強化され、辺野古基地が重要な役割を果たす。福島のこともふっとぶ。沖縄を本当につぶそうとしていることを肌で感じる。沖縄を捨てる。先島の声が届いていない。本気で安倍政権に立ち向かおう」。
この後、吉沢弘志さん(パトリオットミサイルはいらない!習志野基地行動委員会)、フォーラム平和・人権・環境、安保破棄中央実行委員会、中原道子さん(戦争と女性の人権博物館)、在京の沖縄出身者、赤嶺政賢さん(日本共産党・衆議院議員)がそれぞれ自衛隊配備強化に反対するアピールを行った。最後に元山仁士郎さん(SEALDs RYUKYU)が音頭をとり、自衛隊配備反対、戦争法反対、辺野古基地反対のシュプレヒコールを行った。        (M)

ネット署名をやっています。全国から署名に協力を!
?石垣島への自衛隊配備反対のネット署名
名前:キャンペーン · 内閣総理大臣安倍晋三様、防衛大臣中谷元様: 石垣島への自衛隊配備計画と調査を止めてください! ·
https://www.change.org/p/内閣総理大臣安倍晋三様-防衛大臣中谷元様-石垣島への自衛隊配備計画と調査を止めてください

?宮古島への自衛隊配備反対ネット署名
名前:キャンペーン · 宮古島への自衛隊ミサイル部隊配備を止めてください! ·
https://www.change.org/p/宮古島への自衛隊ミサイル部隊配備を止めてください!
い?recruiter=69655425&utm_source=share_petition&utm_medium=copylink
●宮古島への自衛隊配備反対ネット署名
名前:キャンペーン · 宮古島への自衛隊ミサイル部隊配備を止めてください! · Change.org
URL:https://www.change.org/p/宮古島への自衛隊ミサイル部隊配備を止めてください

3.26市民集会決議 
宮古島への自衛隊配備計画の撤回を求める要請


昨年2015年5月11日、左藤防衛副大臣が来島、下地敏彦宮古島市長に「新たな陸自ミサイル部隊800名の配備計画」を説明しました。すでに「大福牧場」と「千代田カントリーゴルフ場」の2か所が配備候補地として特定されています。
防衛省の資料では、候補地2か所に800名の実戦部隊が地対空・地対艦ミサイルとともに配備され、弾薬庫、実弾射撃訓練場、着上陸訓練場、通信設備、指揮所、隊庁舎などが建設される計画になっています。集落の近隣、農場、牧草地やサンゴ礁の海岸線が基地になるだけではなく、地下水に頼る宮古島民のいのちの水である飲料水の地下水源流域の上にも計画されています。
宮古島は、人口5万数千人の農漁民と観光のサンゴ礁の島です。東アジアの「緊張」に対する「抑止力」のため、「防護の空白」地帯である宮古島にミサイル部隊を配備するということが、新基地建設の根拠の一つとして語られていますが、島で生活を営む私たち島民は、陸でも、海でも、何一つ「緊張」も「脅威」も実感していません。
むしろ、宮古海峡に向けてミサイルを配備することこそが近隣諸国への緊張を生み出し、危険なことだと考えます。
海に隔てられた離島ですから、何らかの理由で衝突が起こり、「攻撃」を受け、空港と港湾が閉鎖されたなら、私たち島民はどのように避難することができるでしょうか? 宮古島市の国民保護計画でも、島民の具体的な避難計画はありません。たった一度の危機でも、離島では全島民が犠牲になりかねません。
また、宮古島では全島の飲料水は地下水に頼っています。その地下水源は一度でも汚染されたなら回復困難な特殊な地形をしています。その水源流域への基地建設計画は島民のいのちを危険に陥れるものであり、絶対に認められません。
地上に川はなく、地下に水脈の流れる特殊な地形の宮古島では島のどこに基地を建設しても汚染の危険性があり、看過できません。
私たち宮古島島民は、自治としての充実した防災計画と自立した産業の育成による地域振興をこそ目指しています。
陸海空の統合された新部隊の配備や、宮古島市上野新里に新たに建設された準天頂衛生局の宇宙空間の軍事化により、宮古島が軍事要塞化され、戦争が引き寄せられることに私たちは反対します。
宮古島への自衛隊配備計画を撤回されるよう、ここに強く要請します。
防衛省・中谷元防衛大臣殿
2016年3月16日
3・26「いのちの水を守ろう―自衛隊配備反対」市民集会参加者一同

4.1

琉球弧自衛隊配備反対アクション

国会前で「捨て石」化に抗議

沖縄地上戦開始71年の日に


「ヤマト」による
再度の軍事支配
 四月一日、「琉球弧自衛隊配備反対アクション」の呼びかけで、三回目の自衛隊配備アクションが衆議院第二会館前で行われた。参加者は三〇人。
 この日は沖縄戦開始七一年目の日ということもあり、「自衛隊配備は沖縄戦を繰り返す道」という意味合いも込めて、行動が企画された。
 まず主催の栗原学さんから、自衛隊配備をめぐる近況の報告。
 与那国島での強い反対を押し切った三月二八日の自衛隊基地運用開始に際して、与那国町が副町長を防衛省から招聘したいとする案を防衛省が承諾した件について、「琉球処分の『処分官』や明治政府が『県令』をヤマトから配置したことを思い起こさせる。自衛隊配備はヤマトによる軍事支配そのものではないか。このような住民自治破壊・地方自治破壊は許せない」として、行動の最初に、与那国基地運用開始に抗議するシュプレヒコールを全体であげた。
 そして、与那国基地の運用開始に際して、中国政府が「地上に置かれたものはいつでも撃滅できる」とコメントしていることに触れて、「私たちは、元々『尖閣問題』というものは、日本政府による国有化という挑発によって緊張が高められたことを思い出すべきだ。さらに言えば、“尖閣”は日清戦争のどさくさで日本政府が勝手に編入したものだ。自衛隊配備は、さらに中国を挑発して緊張を高めている。私たちは日本の侵略史を知ることで、日中友好・アジア友好の道を探らなければならない」と訴えた。
 
「中国脅威論」
は通用しない 
 宮古島や石垣島の仲間とともに与那国島から東京に来て抗議行動を行ってきた「与那国イソバの会」の稲川宏二さんからもアピールがあった。
 「自衛隊が与那国に来て、島の雰囲気は一変してしまった。生活していて、中国の脅威なんて感じたことはない。中国が攻めてくるなんて百%ありえない。安倍政権は、戦争をやりたいから人為的な『脅威論』を煽って戦争法を通し、与那国に自衛隊配備を強行した。私たちにとっては、中国よりも安倍政権のほうがよほど脅威だ。基地は作られてしまったが、私たちは諦めない。東京からも引き続き注目してほしい。共に安倍政権を倒しましょう」と力強いアピールがあった。
 宮古島出身の参加者からは「自分は宮古での基地建設に断固反対するとともに、与那国も奄美も見棄てたり切り離すようなことは絶対にしない。琉球は一つと思って闘う」という決意表明がなされた。
 
島の人びとの
生活と自然守れ  マイクを回してのアピールでは、「沖縄戦では本島の地上戦の悲惨さはよく語られるが、宮古や西表島、徳之島など、基地が置かれたり要塞化された島ほど攻撃された。まさに"基地があるから戦場になった"だ。自衛隊配備は戦時中の愚を繰り返すものだ」というアピールや「与那国の基地運用に際して、中谷防衛相が『どこまでが南西諸島か』などと発言したが、基地を押し付けて島の人々を賛否で引き裂いておいてなんという言い草か。基地問題では賛成した人々だって傷ついている。なのに押し付けた当事者が他人事だ。これが現代の植民地主義者というものか。絶対に許せない」等の訴えが続いた。
 最後に全体でシュプレヒコールを上げて、行動を終えた。与那国・宮古・石垣の「上京団」の防衛省への抗議要請や三月二九日の安保法廃止集会への参加とアピール、三〇日の屋内集会などの闘いで、自衛隊配備問題の周知は広がっている。「辺野古」と並行させて、島の人々の生活と美しい自然・海を破壊する自衛隊配備反対の行動も広げていこう。        (F)

4.4

辺野古実が防衛省行動

目取真俊さん不当逮捕抗議

横暴きわまる米軍の振る舞い

 四月四日午後六時半から、防衛省に対して「辺野古に新基地は作るな」と申し入れ行動を行った。辺野古への基地建設を許さない実行委員会が呼びかけ、月初めの月曜日に毎月継続して行われている。
 小多基実夫さん(元反戦自衛官)が「一月に与那国島、石垣などに行ってきた。米軍嘉手納基地・航空自衛隊那覇基地と繋げて、与那国島、石垣島、宮古島に自衛隊の基地を作り、さらに下地島空港を要塞のようなものとして作ろうとしている。これは戦争準備だ。与那国島、石垣島、宮古島への自衛隊の基地建設に反対しよう。この闘いを全国に広げよう。さらに、自衛官を獲得していく闘いをつくりだそう」と訴えた。
 四月一日、沖縄県名護市辺野古の米軍立ち入り制限海域に侵入したとして、目取真俊さん(芥川賞作家)を米軍が拘束し、そして海保がその後不当逮捕した。この事件について、沖縄の三宅俊司弁護士が電話で報告した。「午前九時に目取真俊さんを米軍警が拘束し、午後六時頃、海上保安庁に移し逮捕した。弁護士接見を要求したが認められなかった。それまで名護警察や海上保安庁に問い合わせても、一切知らないという回答だった。国会議員を通じて調べたところ、ようやく海上保安庁に拘留されていることが分かった。刑特法ではすぐに警察に引き渡さなければならないことになっているのに八時間も米軍が拘束したのは刑特法違反だ。さらに、接見も一時間以上妨害した。工事を中止しているので、自由に航行できるはずだ。きちんと責任をとらせるために手続きをしたい」。
 山城博治さん(沖縄平和センター議長)は「目取真俊さん逮捕事件は米軍の横暴きわまりない姿を暴露した。政府との和解からすでに三人の逮捕者が出ている。さらに女性への暴行事件を起こした。県民は怒っている。明後日午後三時から、米軍司令部前で大規模な抗議集会を開く。ゲート前を封鎖してガタガタにする。沖縄は大きく盛り上がっている。心、手をつなぎ怒りの声をあげよう」と電話でアピールした。 (M)
 

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映画「禁じられた歌声」を観て

S・M

 
 「禁じられた歌声」(アブデラマン・シサコ監督作品/2014年/フランス・モーリタニア映画)を観た。
 ストーリーを紹介したい。
西アフリカ、マリ共和国のティンブクトゥで少女トヤは、父ギダン、母のサティマ、少年イサンとつつましくも幸せな生活を送っていた。しかし街はいつしかイスラム過激派のジハーディスト(聖戦兵士)たちに占拠され様相を変えてしまう。伝統的な彫像は次々に破壊される。音楽やサッカーは禁止される。女性は手袋をし靴下をはくよう命じられる。髪の毛をかくせ、と言われる女性もいる。法を破った人びとは、ムチ打ちの刑に処せられたり、地面に埋められ頭に次々と石を投げられたりする。強制結婚によって無理やり男の花嫁となっていく少女もいる。
イサンは川で牛の群れを世話していたが、その中の「GPS」(という名の牛)が漁師のアマドゥの網を傷付けてしまい、怒ったアマドゥは「GPS」を槍で殺してしまう。ギダンは抗議に行くが、アマドゥと揉み合ううちに銃が暴発し、アマドゥは死んでしまう。ギダンは逮捕され弁護士もなしでジハーディストたちによって裁かれる。ギダンの処刑がせまっていた …… (以上、映画のパンフレットとチラシを参考にした)。
 アブデラマン・シサコ監督は、語る。
 「制作のきっかけは小さな新聞記事でした。2012年、イスラム過激派に占領されたマリ北部のある村で、結婚をせずに子をもうけた男女に、投石による公開処刑が行われたという記事です。ネット上ではその映像まで流されていました。私はマリのバマコで育ち、国情をよく知っていますから、本当にショックでした」。
 「イスラムはテロの教えではありません。私自身イスラム教徒で、その信仰から寛容と共生を学んできました。この映画にはそうしたメッセージも込めています。私は人間を信じています。映画の中の女たちのように勇気を持って歌い、映画を作り、文化を創作することで闘い続けたい。闘いは日々の活動です。もし人々が恐怖によって沈黙し、現状を放っておくなら、恐怖を強いている側が勝つだけです」。
 「西洋諸国はカダフィの独裁政権を倒すと言って、そこに生きる人々の将来など考えず、拙速に軍事介入しました。結局、カオスを残しただけです。今やリビアは国の体をなさず、国境はなきに等しい。その混乱に乗じて過激派が大陸に拡大しています。マリ北部だけでなく様々な地域の住民が、こうした外部からやってきた過激派に苦しめられ、問題解決できないでいるのです」(この映画のパンフレットによる)。
 残酷な刑罰は禁止するべきだ。ムチ打ちや投石や死刑は禁止するべきだ。武器はいらない。ジハーディストは、まるでナチスや日本軍のようだ。国家は恐ろしい。この映画を観て、私はそう思った。
(2016年3月14日)

 


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