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    かけはし2016.年4月25日号

「デブリ」は誰も分からない


「反核活動6人組」京大今中哲二さんに聞く

「住民の強制帰還は原発事故なかったことにしようとするもの」

 2011年の3・11事故以来、5年の月日が流れた。災央的な核爆発のあった東京電力福島第1原子力発電所(原発)は、どんな状況なのだろうか。昨年4月、東京電力側が1号機の格納容器にロボットを投入した結果を説明しつつ意味深長な回答をしたことがある。「格納容器の内部で時間当たり10 (シーベルト)の放射線量が測定された。予想したものの10分の1に過ぎない」。ややもすれば放射線量が減ったと解釈することができるけれども、格納容器内で「デブリ」(溶けて1つの固まりに凝固した核燃料)がコンクリートの底面を溶かした後、地下をつき破って落ちて行ったのだとの主張が説得力を得ている。デブリが地下水と接触すれば高濃度の汚染水が海に流れていく災央的状況を迎えかねない。
今中哲二・京都大学原子炉実験所助教は「現在、原発内部の状況を誰も分からない。5年間、現場に接近することさえできなかった。それが最大の危険要素だ」と語った。今中教授は小出裕章助教と共に京都大学で反核活動の先頭に立っている「京都大6人組」のうちの1人だ。彼に原発の現状の状況、日本政府が推進している住民帰還政策の危険性、事故の余波が周辺国に及ぼしている影響について尋ねた。インタビューは2月27日、福島県青少年会館で進められた。

 原発関連の権威者として福島第1原発の状態を正確に教えてくれ。

 そこに最大の問題がある。原発内部の状態を誰も分からない。日本政府も、東京電力も、我々も一緒だ。周辺の放射能数値が余りにも高くて5年間、現場検証さえ実現できていない。事故の余波で、溶けてひと固まりとなった核燃料のゴミを「デブリ」と言う。100t以上になるものと推定されるが、現在のところは、どこにどんな状態であのかを知る方法がない。事故収拾の責任を負った東京電力は廃炉作業が30〜50年後に終わるだろうと主張する。けれども現場検証さえできていない状況にあって、誰であれ廃炉作業が終わる時期をどうこう言うことはできない。エンジニアの立場としては「30〜50年」ということは、現在のところいかなる対策も存在しないという言葉と一緒だ。

海に流れ込む汚染水を防がなければ

 「誰も分からない」ということは、どう解釈すべきなのか。

 放射線が余りにも強いがゆえに原発内部に接近することができない。原発の底面に地下水が漏れて入ってきて絶えず高濃度の放射性汚染水が発生している。デブリが原発のコンクリート底面をつき破り地下に下りていく「チャイナ・シンドローム」(米国の原発事故によって核燃料が床を突き破って進んで行き、地球の反対側にある中国に出て来るという映画の中での理論をあてこすったもの)を憂慮している。すぐにも急がれるべきは、崩落したデブリを取り出した後、地下水との接触を阻み汚染水が海に流れ出るのを防ぐことだ。状況がこうであるのに安倍晋三政府は避難民たちが被害地域に帰還できるという格好を整えたがっている。避難民を犠牲にして原発事故がなかったかのように逆戻りさせようとしているのだ。

 福島の避難地域は「核の墓場」とならなければならないのか。

 主要な被害地域はウクライナ・チェルノブイリのように「核の墓場」になることが最も望ましい。放射能汚染の主役はセシウム137だ。帰還困難区域の場合、100年後に100分の1に減り、200年後には1000分の1になる。我々の世代で後処理を終えることはできない。50年、200年後を見越して対策を立てなければならない。それ以降も帰還するかどうかは住民自らが決定しなければならない。政府がやるべきことは、戻ることを望んでいる人々に充分な支援金を準備してやることだ。

甲状腺患者の増加は被曝のせい

 日本政府は来年3月までに「帰還困難地域」(年間放射線量50mSv《ミリシーベルト》以上)を除いたすべての区域で強制的な帰還政策を予告した。

 除染作業をした地域で放射能の数値が既存のものよりも2分の1から3分の1ほど下がっているのは事実だ。けれども飯舘村のように深刻な放射能の被害を受けた場合、放射線量が下がっても「五十歩百歩のレベル」だ。除染をした所だと言っても、森林から吹いて来る風や雨を通じて再び汚染される。現在、人が住んでいる所に除染作業がされず、帰還政策が推進される無人地帯の側でまず進められているのも問題だ。そのうえ福島地域に甲状腺疾患の患者が増えている。政府側の研究者たちの大部分が甲状腺疾患の増加は原発事故とは科学的因果関係が確認されていないと主張する。原発事故の盲点を悪用しているのだ。第1原発の事故に伴った放射性被曝という点は余りにも明らかだ。

 避難解除準備区域(20mSv)と居住制限区域(20〜50mSv)がすべて含まれた。帰還政策が事実上、強制的に進められている。

 避難地域に引き返すことは住民たちが自ら選択しなければならない。けれども政府は帰還政策に従わない住民に補償金を断ち切ろうとする。これといった生計の対策のない避難民たちの立場では無理な帰還政策に応じざるをえない。帰還政策に投入される費用を計算してみても実効性のない政策だ。実際に6千人が居住していた村に3千億円(約3兆1710億ウォン)に達する除染費が投入されたケースがある。避難民1人当たり5千万円ほどだ。住民たちにどこであれ生活することができるように支援金をやればよい。けれどもカネは除染作業をしている大型の建設会社などの収益になっている。各企業の立場からすれば、原発の被害によって利益を手にしている「被曝産業」の受恵者になっているのだ。政府は避難民たちがどこに向かうにせよ彼らの選択に合わせて、すべてのことに支援する責任がある。

 一方では原発の再稼働政策が本格化している。

 「福島原発の事故がもう1度、起きても構わない」という覚悟ができたのか、と聞きたい。原発は必然的に事故の危険性を持っている。日本政府の歴史を見ると、1つの政策が決定されれば、途中で明らかな問題点が露呈しても民主的に後戻りできない特徴がある。官僚たちの責任を追及するシステムもない。より大きな問題は、日本の原発政策を決定するのは政治家ではなく、東京電力の幹部たちだということだ。原発の被害は政治家や経済人、あるいは公務員らが負うわけではない。原発稼働の問題は地域住民らがすべて参加して決定しなければならない。

事故近くの水産物は依然として危険

 韓国でも福島原発の状態を不安がっている。

 日本の原発事故によって周辺国にまで放射能の心配をかけたのは申しわけない。けれども現在の原発区域を除けば、事故の余波によって放射能の数値を心配するほどではないと思う。日本の人々にも大部分のものは大丈夫だと話をする。むしろ一部の日本人たちは韓国の東海(日本海)側から持ってきた水産物を心配しているケースがある。これも問題はないと思う。けれども依然として福島に近い海の水産物は危険なものと思われる。特に海の低層部から出てくるヒラメ、エイは注意しておく必要がある。(「ハンギョレ21」第1103号、16年3月21日付、福島=文、ホン・ソッチェ記者、写真キム・ジンス記者)

「平和の少女像」作家へのインタビュー

なぜ、かかとを上げているのだろうか

像は戦争犯罪の象徴である

 キム・ウンソン作家(51)は惨たんさを語った。2011年12月14日の早朝、キム作家は妻で彫刻家のキム・ソギョン氏(50)と共に作った慰安婦被害ハルモニ(おばあさん)のための「平和の少女像」をソウル鍾路区中学洞の駐韓日本大使館向かい側に設置した。日本軍慰安婦ハルモニたちの水曜集会が1千回を迎えた日だった。
彼は最近、繰り広げられた「韓日政府間の慰安婦問題解決の合意」について、「慰安婦ハルモニが味わったすすぐことのできない苦痛を、政府が加害国である日本との取り引き対象にしたもの」だと規定した。キム作家は「被害国政府である韓国が、どうしてこのような交渉をすることができるのか納得しがたい。いかに独裁者の娘にして無能力だと言えども、なんでこんなことができるのか」と首を横に振った。
あわせて彼は「日本が国際法に従って性奴隷の被害ハルモニたちに賠償し、これらの人々の名誉回復のために本当の謝罪と反省とをしなければならない」と主張した。慰安婦問題についての韓日交渉後、初の慰安婦水曜集会が開かれた2015年12月30日。ソウル麻浦区城山洞の韓国挺身隊問題対策協議会事務所近くのあるカフェで、キム・ウンソン作家に会った。

 「少女像」は、どのようにして作られたのか。

 1991年、キム・ハクソン・ハルモニが、日本の侵略戦争時に軍慰安婦が存在していて、自分はその慰安婦だったという事実を世間に初めて公開した。韓国と日本だけではなく全世界的に大きな波紋を呼び起こしてきた。私は、そのように大きなイシューとなったのだから解決されるものと思った。2011年のある水曜日、駐韓日本大使館前を通りがかっていると、ハルモニたちがその時まで座っていらしたのだ。あまりにもすまない、申し訳ないと思いハルモニたちのところに行った。「私は美術に携わっているものだが、すまなさを和らげたい。自分にできる役割を与えてくれ」と言って、始めた。

 どんな意味が込められていたのか。

 少女像は髪を短くし、履き物は履かせることができなかった。軍人たちに自分の人生を奪い去られたハルモニたちの少女時代を描いた。少女のかかとが持ち上がっている。朝鮮の娘でありながらも、この地に根を下ろすことができずに生きてきた痛みそのものだ。だが希望を込めなかった。少女像の左肩にとまった鳥は平和を、空いているいすは誰もが一緒に座りハルモニたちと連帯しようという意味を込めた。少女とつながった影にハルモニたちを投影し、影の中での白いちょうは、よりよい人生への生まれ変わりを願う意味を込めた。

 一連の事態をどう見ているのか。

 最近、米国と日本が出合うとともに日本の平和憲法が脅かされる状況になった。他国を侵略した行為に目をつぶってやるということだ。そこに韓国が一枚、加わった。実在してもいない国益のために、歴史的に被害国である韓国が加害国である日本の食指通りに要求を受け入れたのだ。韓日外相が会って、少女像をどうにかしようとしているのではなかろうかと不安だった。結局は、こういう状況にまで至った。

 日本が少女像に執着している理由は何か。

 歴史的に、数多くの戦争において略奪や性暴行があった。けれども現代国家が組織的に女性たちを戦場に引っぱって行き、性の奴隷として利用したということは想像さえしがたい。日本軍慰安婦は日本政府が組織的に被害国の女性たちを戦場に連れて行き、性の奴隷に仕立てたものだ。
許しがたい戦争犯罪を凝縮してさらけ出したのが少女像だ。日本の立場からは、永遠に消えない戦争犯罪に対する象徴として見えることだろう。しかも日本は慰安婦問題を謝罪や反省の対象として見ていない。自らの恥部の象徴である少女像を、何としてでも消そうとしているのだ。このような日本を、なぜパク・クネ大統領が容認するかのような態度を見せるのか。いかに独裁者の娘であり無能力だと言っても、どうしてこのようなこと繰り広げることができるのか…。情けない。

 少女像の撤去と10億円をバーターするとの報道まであった。

少女像は民間の募金で作ったものだ。政府が少女像をどうこうできるというような反応は理屈に合う話しではない。私には一切、連絡もなかった。政府がカネを出して作り、所有権を持っていたとしても同じことだ。日本の一方的要求を受け入れて、わが政府が少女像を移すというのはありえないことだ。しかも彫刻像ひとつをめぐって一国の総理が提案し、わが国の大統領がそれを受け入れてどうこうするという話まで出てくるのも極めて非正常なことだ。

わが政府も微妙に態度を変えている

パク・クネ大統領は国民の理解を望む人ではない。今からでも国民の気持ちを受けとめて実践すべきだ。国民の望んでいるのかが分からないで、とんでもないことをやっている。被害者たちが厳然として存在している。この問題を政府が責任をとって解決しなければならない。それが、国家がやることだ。少女像は、かかとを上げている。政府が愚かで引っぱられていったのだから、政府がこの少女を抱きかかえて治癒し助けてやらなければならない。

最近の状況は国際的に慰安婦問題に悪影響を与えると思うか。

少女像をさらに追加で設置するために米国現地に既に2点、送られている。けれども除幕式を行うことでできなかった。当初、少女像を建てようとしていた地方自治体が、外交的問題を憂慮している。わが国政府の態度を鋭意注視しているが、実際にわが政府は「10億円のトッコムル(本来はきなこ餅、転じて不正によって手にした金品)をくれれば解決できる」との態度を示している。

日本の本当の謝罪とはいかなるものだろうか。

日本が自ら侵略戦争を反省する象徴物を建てるべきだ。もともと被害国であるわれわれがやるべきことではない。だが日本は、むしろ少女像さえなくしてしまおうとする。日本は国連が決議した通りにだけすればよい。国際法に則って被害者たちに賠償し、ハルモニたちの名誉回復のために本当の謝罪と反省をすればよい。(「ハンギョレ21」第1094号、16年1月11日付、ホン・ソッチェ記者)

 


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