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    かけはし2016.年5月30日号

惨事を生んだ本当の責任者は誰か


セウォル号特調委が解かねばならない4つの新たな疑問

なぜ海警は「退船放送した」とウソをつくのか

 「ハンギョレ21」はセウォル号惨事から1周忌となる2015年4月から1年間、セウォル号探査報道を行ってきた。そして2周忌を迎え探査報道第4部を掲載した。以下は、その中の「セウォル号、あの日の記録」を書いた「真実の力、セウォル号記録チーム」の報告書からの抜粋記事で、4・16セウォル号惨事特別調査委員会が解明すべき新たな主要4点を指摘している。(「かけはし」編集部)
15万枚近い記録と3テラバイト(TB)が残っている資料の中に散らばっている手がかりを集め「セウォル号、あの日の記録」は、「なぜ救えなかったのか」「なぜ沈没したのか」「大韓民国で最も危険な船、どうして誕生したのか」などに答えた。だが依然として多くの疑問が残っている。特に真実のかけらを新たに発掘するとともに、ある疑問は再び提起された。新たな4つの疑問を選び出した。その答えは4・16セウォル号惨事特別調査委員会(セウォル号特調委)の領分だ。

1、海警のウソ、背後とは誰なのか


海上警察庁(海警)指揮部が救助の失敗を組織的に隠ぺいしようとした痕跡が至る所で発見された。検察もこの内容を把握したものと思われるが、その背後を調査してはいない。やってもいない退船放送をやったものとして艦艇日誌をねつ造したことについて、海警の警備艇123艇のキム・ヨンイル艇長だけを起訴し、上のラインのコネクション部分には目をつぶった。退船放送をしたというキム・ヨンイルのウソは「単独犯行」ではなかった。123艇は事故現場にどこよりも早く到着した100トン級の警備艇だ。
当初、123艇が事故現場で退船放送を行ったとウソをついたのは木浦海洋警察署(木浦海警)の状況室でだった。2014年4月16日午前10時5分、セウォル号左舷が海中に沈み始めたころ、木浦海警状況室は文字状況報告システム(海警メッセンジャー)に「脱出せよ、と対空放送中」だと書いた。木浦海警署長キム・ムノンが「船から飛び下りろと叫んだり、マイクで飛び下りろと言ってはだめか」と周波数共用無線通信システム(TRS)に指示した直後だった。
4月28日、123艇キム・ギョンイル艇長は退船放送を行ったとのウソの記者会見を行った。この記者会見は海警指揮部が徹底して統制・管理した。海洋警察庁長キム・ソッキュンの指示だったからだ。キム・ソッキュンは「我々が行っていた(救助活動)内容を国民に知らせる必要があると判断して記者会見を指示した」と認めた。だが123艇が事故現場で退船放送を行ったというウソの内容が含まれていたのかに関しては「細かな内容までは覚えていない」と言い逃れた。背後の上のラインは、また別の「上のライン」に上がっていく要所だ。セウォル号特調委の真相究明が必要だ。

2、救助失敗の本当の責任者

 海警の救助失敗の責任は事故現場に出動した123艇キム・ギョンイル艇長が1人で背負い込んだ。彼は業務上過失致死罪で懲役3年を受けた。だが「セウォル号、あの日の記録」は、現場の指揮責任者がその「上のライン」だという事実を確認した。
事故当日の午前9時10分、海警はセウォル号事故の救助活動を指揮するために中央救助本部を編成した。本部長は海洋警察庁長キム・ソッキュンが担い、現場指揮者は西海地方海洋警察庁長キム・スヒョンと木浦海洋警察署長キム・ムノンと決まった。だが海警指揮部はセウォル号と交信して現場状況を把握したり、乗客の退船を準備するように指揮はしなかった。
これらの人々は、写真・映像を送って救助人員数を把握せよという青瓦台(大統領府)の要求を確かに現場の救助勢力に伝達し、123艇が「救助活動に専念しがたくした」だけだ。沈没しつつある旅客船から乗客を救わなければならない123艇の隊員たちは、写真を撮り人数を数えるのに忙しくなった。304人の命を失う惨事を生んだ救助失敗の本当の責任者は誰なのか。

3、航空救助はなぜ失敗したのか


事故現場に出動した航空機703号とヘリ機511、512、513号の乗客数は知らなかったと主張する。彼らは、数百人の乗客が船内にいることを知っていたなら航空救助士を船内に進入させて退船させただろうし、航空機は航空救助士を下ろしてみるだけではなく救命ボートを使用しただろうと主張する。だが「真実の力」セウォル号記録チームは、航空機やヘリ機側の主張がデタラメであり得るという手がかりを探し出した。
航空機703号は9時15分、珍島海上交通管制システム(VTS)の航行放送を聞き出動したと主張した。ところで当時の珍島VTSは航行放送で、セウォル号の搭乗人員を「400人」「500人」だと知らせ続けた。また仁川海警状況室は9時10分、文字状況報告システムで「乗船員450人、乗務員23人です」と報告した後、9時11分に仁川・イオ島にいた703号を移動させると語った。従って703号は仁川海警状況室から出動指示を受ける時、事故現場の位置ばかりではなく、セウォル号の乗客数も聞いたものと見られる。
ところが海警はTRS録取録から、当時のヘリ機などが互いに交信したことを示す内容を任意で削除した。また航空機とヘリ機間の交信内容を全く公開していない。全南消防のヘリ機が自ら進んで有・無線通信の内訳を検察に提出したことは極めて対照的だ。
ヘリ機の航空救助士が偽証した可能性も提起される。ヘリ機511号航空救助士キム某はセウォル号の船員裁判で、脱出する乗客に手の仕草で「何人いるのか」と聞いてみた、と主張した。乗客が指6本を示すと「6人ですね、6人」と確認し、そうだという返事を聞いたと語った。
だが航空救助士と対話した乗客キム某の陳述は全く違った。航空救助士は「セウォル号に人間は何人乗っていたのか」と尋ねたことはなく、海警のヘリ機に「何人か乗ることができるから送りだしてくれ」という表現だったと語った。その表現から乗客キム某は壇園高の学生らをまず上げてくれ、と言った。誰がウソを言っているのか、セウォル号特調委が調査しなければならない事項だ。

4、なぜ通報の録取録を抜いたのか


全南消防本部119状況室はセウォル号関連の申告(通報)電話の内容を監査院に提出しながら、録取録のうちの1件を抜け落とした。申告書の電話の向こうにセウォル号の船内放送を119状況室が聞いたことを示している9時7分の申告電話だった。

119:ああ、船にはまだ水は入ってきていないようで。ああ、今わきで放送しているのは何です?
申告者:今、放送しているんです、船が。
119:ああ、船が放送しているのですか?

 当時の放送内容は何だったのだろうか、壇園高生パク・スヒョンが撮った動映像に9時7分の放送が入っていた。「船内にもう1度、案内申しあげます。救命胴衣が手にできる方々は他の乗客の方々に伝えることができるように処置し、現在の場所から絶対に移動せず待機してくださるようお願いします」「もう1度、案内申しあげます。現在の場所から絶対に移動なさらないようお願いします」。

 119状況室が船内放送を聞いたことを示す録取録をはずした理由は何なのだろうか。考えられる手がかりはある。海洋事故申告電話(112)でセウォル号旅客部船員カン某の申告を受けた木浦海警状況室ムン某は監査院から懲戒を受けた。船員が「今、船内で動くなと放送を続けている」と言っていたにもかかわらず、これを正しく把握したり、上のラインに報告しなかった、という理由からだった。(「ハンギョレ21」第1107号、16年4月18日付、「真実の力」セウォル号記録チーム、抜粋・整理チョン・ウンジュ「ハンギョレ新聞」記者)

【訂正】本紙前号(5月23日付)3面下から3段目右から16行目の「飛散な」を「悲惨な」に、同3面上から4段目左から21行目の「中で」を「中でも」に、5面最下段左から8行目の「候補見送った」を「候補を見送った」に訂正します。

ここは「国家」でも「社
会」でもない危険な国

労災で死んだ人が年間200人余

労災を生み出す
労働現場の実態
1人の男性が発泡スチロールの破砕機に上半身が圧搾されて死んだ。以前にプレス機械で4本の指が切断されるという労災を経験した労働者だった。そのような彼が再び労災によって、それも負傷ではなく死亡した。それも安全装置が解除された機械にはさまれて、この世を去った。また別の男性も死んだ。ヒポコンデリー(憂鬱症)による自殺だった。労働組合を破壊する会社の嫌がらせによって苦しんでいた。
労働安全の活動家ナム・ヒョンソプとユーソン企業の労働者ハン・グワンホ。彼らの悲劇を説得する数字を求めるために、資料を調べていて実に驚いた。

規制緩和に次ぐ
緩和政策の企業
2016年4月8日現在。交通事故の死亡者数427人、労災死亡者数2134人…。保険会社の損失統制部に勤務していたハインリヒは1つの法則を発見した。1:29:300の法則だ。1人の重大災害被害者がいるならば軽傷の被害者が29人、潜在的危険に遭った人が300人いたという事実だ。ハインリヒの法則は「大事故は、ある瞬間に突然やってくるのではない。以前に着実に小さな事件が繰り返されながら、ある種の警告をした」と説明する。それを知らないふりをすれば、はるかに重大な災害が発生しかねないことを警告する。以降、法則は産業災害だけではなく惨事や災難など社会的危機に関連して解釈される。
ハインリヒの法則通りならば、セウォル号の警告は1なのか、29なのか、300なのか。規制をすっかり無視した船に乗った、304人が水葬された。生きたがっていた少年の絶叫を撮った映像は帰ってきたけれども、少年は帰ってくることができなかった。だが危険な船は依然として海に浮かんでいる。
海運造船・保険業界の人々が設立した韓国船級は大型中古輸入船舶を検査する。海洋水産部(省)が代行検査の契約を締結したからだ。セウォル号を検査していた韓国船級は惨事以降、船舶検査の内規をむしろ緩和した。これを審査する法や制度、関係機関は責任を負っていない。
なぜ、そうならないのか。惨事があったその年、与党セヌリ党は船上で賭博をすることのできる「クルーズ産業育成法」を民生法だとして押しつけた。セウォル号の真相糾明特別法のゆえに民生法案を通過させることができないとして大騒ぎをした。大統領が乗り出して「規制を断頭台に上げて、首をはねる」とも言った。規制緩和によって船が沈没したというのに、惨事の記憶がまた忘れられてもいないうちに彼らは再び規制緩和を声を限りに叫んだ。まるでそれだけが自分たちの脱出口であるかのように。
安全装置をはずした発砲スチロール破砕機に飲み込まれて行った彼を思う。労働組合を破壊する会社を見つつ魂が踏みにじられた、彼を思う。最後の瞬間まで自分たちを助けるだろうと信じて疑わなかった彼らを思う。破砕機に圧搾された死だなんて…修学旅行に行く楽しさに沸きかえっていた海の上からいなくなる死だなんて…。ヒポコンデリーと痛みによってわが身を削って死んで行く人々の国。

誰もが固有の最後を迎えるように
人は誰でも死ぬ。死を避けることのできる生命は存在しない。そうであるがゆえに我々すべては一層、固有の死を希望する。選択して生まれることはできないがゆえに、死の固有性は保障されなければならない。悲惨な死があまりにも多く散らばった所を「社会」と呼ぶことはできない。誰かの死自体を完全に記憶し悲しがることのできるとき、そのときになって初めて、然るべき「社会」と呼ぶことができる。
そのような意味において既にこの世を去った人々が死によって警告した危険信号を知らないふりをして疾走しているここは「社会」と呼ぶことのできない所だ。ようやく春だというのに、労災で死んでいった人が2000人を超えるだなんて…。夏、秋、冬を過ぎる時まで生き残っている者は誰なのだろうか。粗野で暴力的状態が大音声を轟かせている。ここは「国家」でも「社会」でもない。ただそのままにヘル(地獄)!(「ハンギョレ21」第1107号、16年4月18日付、「ノーサンキュー」欄、パク・チン・タサン人権センター常任活動家)


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