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    かけはし2016.年6月6日号

銀行の犯罪に民衆が立ち向かう


タックスヘイブンとパナマ文書

フランスattac、トマ・クトロに聞く


  本号で紹介するのは、タックスヘイブンをめぐるフランスにおける金融機関に対する抗議運動である。パナマ文書が今回暴露される以前から、フランスではタックスヘイブンに反対する運動が展開されてきた。フランスattacや「地球の友」などこの運動を中心的に担っている人々は、タックスヘイブンへの資金逃れを、本来、税金として公金となるはずのものを、金融機関、大企業、富裕層、政治家などが、集団で組織的に盗んだものにほかならないとして、これは「集団的な組織的窃盗」に当たる、とみなしてきた。この観点から、この運動はフランス各地の大銀行の支店に押しかけ、銀行の建物の中から大量の椅子を外に持ち出し、街頭にずらりと並べるという象徴的行動形態を展開している。これは、「集団的な組織的窃盗罪」に当たるかもしれないのだが、盗んだ額は、金額にすれば、タックスヘイブンを通じて盗まれている莫大な額に比べるとごくわずかなものでしかない。もしわれわれを起訴して裁くなら、まずはその前にこの巨額の集団的窃盗を裁かなければならないはずだ、とフランスの世論に訴えているのである。(「かけはし」編集部)

不正操作ない、の嘘白日の下に


――二〇〇八年以来、マスコミは何度か国際的脱税を暴露してきた。パナマ文書はわれわれにそれ以上のどのような点を伝えているのか?

 パナマ文書は、漏出した情報が相当な量にのぼると同時に暴露された人物が大量であるという点でこれまでとは異なっている。フランスに関しては、その主要な新しさは、フランス第二位の銀行であるソシエテ・ジェネラルにとってそれが重大な意味をもつということだ。二〇一三年にオフショア(海外租税逃れ)が明らかになった時には、BNPパリバとクレディ・アグリコルの二つの銀行のみが窮地に立たされただけだったが、その時の両銀行に関するペーパーカンパニーの数はかなり少なかった。今回の場合、モサック・フォンセカ社(オフショア海外金融センターの手続きを引き受けるパナマ第四位の法律事務所)を経由しているペーパーカンパニーの数は、BNPでは五六社、クレディ・アグリコルでは三六社だったのに対して、ソシエテ・ジェネラル社が九七四社であることが明らかになっている。これは、フランスの銀行業界がこれまで言って来た言説、すなわち、「そうした不正操作を外国の競争相手はやっているがわれわれはしていない」、を根本から覆すものだ。

 ――モサック・フォンセカ社のような会社の事務所はフランスにも存在するのだろうか? 存在しないとすれば、フランスの金融機関はそのような法律事務所とどのようなルートを通じて接触しているのだろうか?

 モサック・フォンセカはパナマの会社であり、この種のサービス業務―自らの資産に対する自国の課税を逃れさせている富裕な顧客のためにペーパーカンパニーを創設する業務―に従事する会社の大部分は、理屈の上では、タックス・ヘイブンの地に置かれている。現金の流れの調査で明らかになったように、われわれはグーグルを通じて専門のコンサルタント業者がマネーロンダリングと資本の税金逃れの面で提携して動いていることを容易に見つけ出すことができる。報道番組の中では、記者たちは、脱税計画を解明するために、ジュネーブまで行って、問題の事務所の代理人に実際に会わなければならなかった。常に顧客の資産を外国へ移すサービスをしているさらに多くの競合会社が存在していることは確かである。さらに、スイス・ユニオン銀行がフランスにおいて、不法な代理業務ならびにフランス国内でなされた不法行為や脱税の金の悪質な資金洗浄の容疑で調査されている。

民衆の監視が不正実行者の恐怖


――脱税で利益を得たり、それを推進している連中が罪を問われないという点についてはどう感じるか?

 ジェローム・カユザック(元予算相、スイスの銀行に隠し口座を持っていて脱税の容疑がかけられている)とフレデリク・ウデア(フランスの民間銀行ソシエテ・ジェネラルの最高経営責任者)はそれぞれ議会と元老院で嘘をついたのだ。……
ごく最近にいたるまで、財務当局と司法当局は脱税の分野で先を見越すような手を打つことはなかった。アレクシス・スピールは自著『税金問題で罪を逃れる』の中でこの点を実に的確に述べている。すなわち、税金で不正を行い、窮地に陥っている大企業や銀行や個人は、最悪の場合でも罰金で、最も多いケースでは税務署との交渉で済んでしまう……。脱税を組織する法律事務所や税コンサルタント会社はまったく不安を抱いていない。
フランスでは、税金で不正を行った者で懲役刑を宣告されたケースは五本の指で数えられるほどでしかない。税を規制する政策はまったく不十分であり、後退している。しかも、カユザックもウデアもつまづいてしまったのは、政府当局による税を規制する行動によってではなくて、独立的なジャーナリストたちの探索活動によって有益な情報が外部に流出したためなのである。こうして、より多くの連中が監視を逃れることができないのではないかと感じているので、オフショア金融センターに口座名義を持つ連中がパニックに見舞われ始めているのである。

悪徳金もち銀行に集団抗議

 ――attacはソシエテ・ジェネラル銀行の一〇三の支店の閉鎖を求めるキャンペーンを始めている。これらの支店の特殊な役割とこのキャンペーンの目標を説明して下さい。

 ソシエテ・ジェネラル・プライベート・バンキングは、そのサイトで説明されているように、最大の資産をもつ顧客に全面的に向けられた単一の機構へとソシエテ・ジェネラルの活動を二〇〇八年に再編成した結果、生まれた。したがって、この銀行はあからさまな金持ちの銀行であって、顧客に対して、「その個人や財産や職業に関する複雑な状況を考慮に入れたグローバルで一貫した解決策」を提案する銀行なのである。
モサック・フォンセカを通じてペーパーカンパニーを結成したのはルクセンブルクの子会社である。しかしながら、すべての事実は、この種のサービスがフランスの本社によって操作されているのでないにしても、本社の提案にもとづいて動いていることを示している。
「Bizi」や「地球の友」や「非暴力行動COP21」とともに、われわれは一年前に、税金逃れに関与している銀行(主としてBNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコル、HSBC)を追及する市民的摘発キャンペーンを開始し、タックスヘイブンに置かれているこれら銀行の子会社の閉鎖と税金逃れの停止を要求した。この非暴力の不服従運動――法的にこの行動によって問われる罪状は集団的な組織的窃盗ということになるのだろうが(抗議行動は銀行内から椅子を持ち出してそれらを街頭にずらりと並べるという形を取った)――は、二〇一五年にはフランスの銀行の四〇支店で行われ、マスコミもそれを無視できないほどとなった。

力関係変えるための行動めざし

 この行動は世論には歓迎されたが、抗議運動に対して検察の側の対応はきわめて慎重で、今日まで「椅子刈り」という行動で抗議する人々に対するいかなる尋問もなされていない。おそらく起訴して裁判になればその裁判の矛先が逆に銀行の方に向けられることを恐れているのだろう。だが、政府は、BNPパリバがタックスヘイブンの地にかつてないほどの多くの支店を有しているという事実をはたして正当化できるだろうか(「税金逃れと法律逃れプラットホーム」の最近のレポートによると、二〇一四年にタックスヘイブンに置かれているその支店は二〇〇支店にのぼる)?
この支店数は、ソシエテ・ジェネラルで一三六店、クレディ・アグリコルで一五九店となっている! 銀行の支店に対する「椅子刈り」の抗議行動は続いていくだろうが、われわれは、プライベート・バンキング事務所の閉鎖を訴えることによって、不服従行動の急進性の水準をさらに一段階引き上げることができるし、そうしなければならないと判断した。これは法的にはよりリスクが少ない行動である。それにかけられるであろう罪状はせいぜいのところ「違法デモ」か「仕事への妨害」になるだろう。
しかし、これは活動の面からするともっとやりにくいのである。なぜなら、このアイデアでは、一定の期間持続して銀行の支店を封鎖を続けることとなるからである。この一週間、われわれはいくつかの町でこうした局所的な封鎖作戦を展開したが、この運動が今後さらに拡大していくことをわれわれは望んでいる。
パナマ文書のスキャンダルは、労働法の改悪に反対する大衆動員と「起ち上がる夜」運動が展開されているという情勢の中で勃発した。われわれは、政府が後退せざるを得ないような力関係を構築するために、非暴力だが断固とした不服従行動のこの運動に対して、労働法改悪に反対する運動を提案しようと考えている。力関係を変える必要があるという点は、タックスヘイブンの問題と労働法をめぐる問題のどちらにも当てはまる。労働法改悪反対には、ストライキとデモが不可欠だが、おそらくそれだけでは十分ではないだろう。われわれが二〇一〇年に配送センターの給油所の封鎖を始めたように、新しい行動形態を考案しなければならない。

民衆の大反撃開始の根は深い

 ――銀行の不正行為は脱税を促進するだけでなく、新たな金融危機の不安をかき立てている。フランスのオランド大統領がまったく何の対応もしないということは、エルコムリ法(改悪労働法)と同じ理由で、フランス社会党の変化が新しい段階に入ったことを意味しているのではないか?

 確かに、社会党は最近数カ月、ひとつの新しい段階に踏み出したのだが、それは税の問題ではなかった。二〇一二年以来われわれは十分に時間をかけて次の点を確認することができた。すなわち、オランドには、自らの選挙公約、とりわけ金融取引税、預金銀行と投資銀行との分離、タックスヘイブンへの銀行の投資の禁止など、の公約をまったく守るつもりはない、と。フランス社会党とオランドが左翼の根本的価値観に正式に公然と別れを告げたことを刻印するのが、むしろフランス市民権のはく奪と労働法改悪という二つのプロジェクトなのだ。自称左翼の政府の下で大規模な社会運動がはじめて出現しているのはなぜか? その原因はこの二重の裏切りなのである。
(NPA機関紙「ランティ・カピタリスト」、三三三号、二〇一六年四月二一日)

コラム

同級生と孫娘

 六〇歳を前後する頃から、やたら同窓会、同級会の誘いが届くようになった。仕事から離れ、子育てが終わって自由な時間が多くなったのが一番の理由だろうが、忙しく過ごしてきた時間を見直す契機だったり、やり残したことに再挑戦するための出発点を見つけようとしている人もいることを初めて知った。
 雪が解け東北が桜の花一色に染まる四月下旬、小学校六年生時の担任の米寿の祝いも兼ねて田舎で同級会が開かれた。当時のクラスメート四九人のうち二一人も集まったという。「という」の言葉通り、残念ながら私は今回も出席できなかった。
 同級会の写真を見せてくれるというので先日、東京駅の銀の鈴で友人のS君と待ち合わせた。歩いて来る友人を見つけ手を振ると彼と彼の後を歩いていた白髪混じりの女性もいっしょに頭を下げた。てっきり友人の連れ合いだと思い私も頭を下げた。しかし女性が手を繋いでいる小学校二〜三年生くらいだと思われる女の子を見ると、私が小学校四年生の時に机を並べていたMさんにそっくり。失礼ではあったがじろじろと見比べてしまった。「もしかしてMさんですか」と聞くと「そうです」という言葉が返ってきた。Mさんとは高校時代に通学列車がいっしょであったから、かれこれ四七〜八年振りの再会。一見しただけでは分からないのは当然だが、孫娘が小学校当時のMさんとそっくりなのには驚かされた。まさにフラッシュバック。
 待ち合わせたS君は神奈川県の三浦市でつい最近まで教員をしていたので年一〜二度は横浜で酒を飲んでいたのだが、Mさんの消息は一度も聞いたことはなかった。喫茶店に場所を移して話を聞くと、彼女は三五年近く横須賀の病院で看護士をしていたという。五五歳で一度は退職したが、三年前に連れ合いを亡くし、再び看護士の仕事に復帰し次女家族といっしょに横須賀に住んでいるとのこと。昨年勤め始めた病院に患者としてやって来たS君と偶然出会った。決め手は「名前と訛り」であったとか。それ以来家族ぐるみの付き合いが始まり、今回はいっしょに同級会に出席したらしい。
 しかし、用件の「写真を見せる」は口実で、同級会の幹事五人が今秋田舎から鎌倉―箱根―伊豆の旅行に出て来るので「お前も首都圏在住の一人として合流せよ」というのが核心であった。同級会は同級会だけで完結しないのだ。同級会が繰り返し何度も開かれる構造を理解できたような気がした。あじさいの花が咲き始めた。うっとしい梅雨が近づいている。(武)

 


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