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    かけはし2016.年6月20日号

金権・国家主義・環境破壊の
オリンピックはもういらない



東京五輪招致買収疑惑について


 二〇世紀は戦争の世紀と呼ばれたが、オリンピックやサッカーのW杯もその戦争と一体となって成立してきた。それは一九三六年のベルリン大会が突出しているだけではなく、今も本質は変わらない。そして一九八四年のロサンゼルス大会から民間運営方式が採用されると同時にあらゆる側面で商業主義化され、スポーツマフィアが台頭した。一九九八年の長野冬季五輪や二〇〇二年のソルトレークでのIOC委員の接待・買収のすごさから、IOC委員が候補都市の個別訪問が禁止されると、それに変わってコンサルタント会社が全面化した。五輪の体質は二一世紀に入っても全く変わっていないばかりか一層強化されているといえる。招致疑惑はそのほんの一部でしかない。疑惑解明の第三者委員会はその場しのぎである。東京五輪に対して「反対」「阻止」の声を上げ続けることが重要である。

「ガーディアン」紙の暴露

 五輪招致をめぐる疑惑はどのようにして表面化したか経緯に沿って見てみよう。
 今年の五月一一日、イギリスの「ガーディアン」紙が「二〇二〇年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定された二〇一三年九月のIOC総会前後の七月と一〇月に東京オリンピック招致委員会がシンガポールのコンサルタント会社・ブラック・タイディング社(BT社)の口座に合計二億三〇〇〇万円を振り込んでいる」と報じた。これを受けて翌日、フランス検察当局は「ガーディアン」紙の報道が正しいことを追認した。仏検察当局は「昨年一一月にロシアのドーピング隠しに関わった疑いがもたれているラミン・ディアク国際陸連前会長(セネガル)の身辺を捜査している時に、偶然にも東京招致委がBT社に多額の振り込みがあることを発見した」。「直後ディアク氏の息子がパリで約一六〇〇万円分の高級時計を購入。この支払いにBT社に振り込まれた資金の一部が使用された疑いを持っている」と声明を出している。
 BT社は「シンガポール市街地のはずれにある集合住宅の四階の一部屋が事務所になっている。ほとんど人の出入りはなく四年もの間、営業実績のないペーパーカンパニーで、開催地が決定した翌年には会社自身(口座)が閉鎖されている」。この会社の経営者であるタン・トンハンという人物について「電通スポーツ部門をサポートしているスイスのマーケティング会社ATSがコンサルタントとして契約していた。タン氏は定期的に国際陸上競技連盟の会合に出席していた。ディアク国際陸上前会長の息子(パパマッサタ氏)とも関係が深かったとされることが招致を巡る金銭疑惑にもつながっている」(朝日、5・17)と報道されている。
 仏検察当局は一三年七月の九五〇〇万円は「国際ロビー活動、IOC委員の動向の情報収集の委託」という「買収のための手付金」であり、一〇月の一億三五〇〇万円は「東京五輪招致成功報酬」として支払われたとみている。
 渦中のラミン・ディアク国際陸連前会長は自らIOC委員であり、その影響力と“カネ”を使ってアフリカ・中東のIOC委員が持っている一一票をまとめあげ、イスタンブール、マドリードとの誘致合戦で東京に「勝利」をもたらしたと言われている。

招致コンサルタントとは?


 次になぜこのような多額のコンサルタント費用が必要であったのか、政府と招致委員会の関係者はこれについてどう発言しているかを見てみよう。
 二〇一三年のIOC総会直前には開催候補地としての東京の評価は三位であると言われていた。第一位は「イスラム国での最初の開催地」「西洋と東洋の架橋」をキャッチフレーズにしたイスタンブール、第二はEU・ヨーロッパの支持を受けていたスペインの首都マドリード。
 だがそれぞれの開催候補地は弱点を抱えていた。最有力候補地のイスタンブールは隣国シリアで内戦が広がり、国内では貧富の格差が増大し、エルドアン政権への反発、五輪反対運動が発展していた。マドリードはスペインを見舞った経済危機の真っただ中で若者の失業が急速に増大していた。そして東京は東電福島第一原発事故の収束は見えず、その行方が心配されていた。特に東欧をはじめヨーロッパにおいて今だにチェルノブイリの惨事は続いている。なんとしても逆転したい。これが多額のコンサルト費の投入の背景である。
 東京招致委がBT社に振り込みを行っていたと「ガーディアン」紙が報じた五月一二日の段階で記者団の質問に対して東京招致委(解散)の関係者は「支払い」の事実を認めなかった。翌日仏検察当局の声明が出されるに及んで一転して元理事長の竹田恒和・JOC委員長は「契約に基づく対価で、疑惑をもたれるような支払いではない」と認めざるを得なかったのである。そして五月一六日の衆議院予算委員会に参考人として出席した竹田は、民進党の追及に対して「海外コンサルタントとの契約は一般的で、それなしでは招致は成功しない。最後の票獲得には欠かせなかった」と居直り続け、契約書の提出も拒み続けた。
 翌日の五月一七日、当時自民党の招致推進本部長であった馳浩文科相は記者会見でさらに一歩踏み込んで発言した。
 二〇一三年七月〜八月は、「票読みのヤマ場で、二〇年の五輪をどこで開催するか激しい情報合戦が繰り広げられていた」「IOCメンバーに対し福島原発事故の汚染水問題に対する懸念を払拭する必要もあった」、その上で「どうしたら汚染水問題にきちんと応えられるか、東京がふさわしいと思ってもらえるのか、核心的な情報を得るにはコンサルが果した役割は極めて大きい」。コンサル会社への支払いは「全く不自然ではない。成功した後の支払いは、開催に向けたコンサル料」と“カネ”が決めたのだと完全に開き直った。
 IOC総会で安倍首相が「東京五輪に対して日本政府が全面的にバックアップする。……(福島原発の)汚染水は完全にコントロールされている」という発言は、馳文科相の発言と符合している。
 因みに、招致委の活動報告書によるとIOC総会までの招致委の経費は約八九億円でそのうち約四一億円が国際招致活動費に使われ、これにより決選投票で東京は六〇票を獲得し、三六票のイスタンブールに大差をつけたのである。IOC委員一人あたりに支払われた金額は数千万円台だと言われている。
 今や問題の核心は、コンサルタント費を買収費用として立証できるかどうかだと仏検察当局は述べている。日本では民間企業(団体)の間では贈収賄罪は認められていないが、フランスでは民間企業間でも認められている。

「電通」が果たした役割


 今回の疑惑問題で大きくクローズアップされたのが、招致委や組織委員会のもとで実質的にオリンピックの業務を取り仕切っている組織の存在だ。「ガーディアン」紙に疑惑を握る組織として繰り返し登場するのが「Dentsu」、いわずと知れた日本最大の広告会社「電通」である。売上高は四・六兆円(第二位の博報堂は一・一兆円)で、従業員も四万七〇〇〇人と言われる。一般的に電通はテレビCMや新聞・雑誌広告の制作や営業を行う企業ビジネスで知られているが、「自社の宣伝」をしているわけではないので企業の実態はあまり知られていない。
 しかし、専門家によると電通の中心的部署は「広告」を扱う部署ではなく、「スポーツ局」だと言われている。電通の「スポーツ局」はオリンピックやサッカーのW杯などの巨大なスポーツイベントの開催、運営に必要なノウハウ、国際的人脈を持っており、日本では他社の追随を許さないだけではなく今やマイナーなスポーツの日本開催でも圧倒的影響力を持っていると言われる。
 五月一六日の衆院予算委員会で竹田JOC会長は「電通さんに実績を確認しましたところ、(BT社)は実績があると伺い、招致委事務局が判断したと報告を受けております」と述べている。「さん」付けであり、すべての判断を電通が下しているのが分かる。かつて、石原慎太郎元都知事が、野党から招致活動のための基礎調査を電通と特命随意契約を結び「ゆ着」ではないかと批判された時、「電通が持っている影響力は他の広告会社ではおよばない。(招致のためには)選ばざるを得ない」と都議会で答弁したことはあまりにも有名な話である。
 一九九八年の日韓サッカーW杯をはじめとして多くの国際スポーツ大会の日本開催の「裏」に電通が存在してきたのであり、オリンピックも含め多くのイベントの主催者は、電通に一切の実質的な業務を「丸投げ」してきたのである。招致委の幹部である東京都の官僚・スポーツ団体の幹部、そして財界から送り込まれる「表舞台」の人たちは、コンサルタントにそれぞれどのような名目でいくらの“カネ”が支払われたのか全く知らない。知っているのは電通の数人の関係者だけなのだ。
 これが「丸投げ」の実体であり、誰も自らの手を汚さず、カネに群がるコンサルタント会社にやらせるのである。「新競技場」がゼネコンに「丸投げ」したら、知らないうちに建設費が倍の三〇〇〇億円に膨れ上がっていたのも全く同じ構造である。
 東京五輪のエンブレム問題で佐野研二郎のパクリ・デザインを正式エンブレムとして進めたのも選考委員会を牛耳っていた上部団体の五輪組織委員会に出向していた二人の「電通マン」であった。一人がマーケティング局長であり、一人がクリエイティングディレクターである。
 組織委員会とJOCは今回の疑惑に対して舛添都知事のように「第三者委員会」を作ることを提案した。舛添都知事が延命の手段として第三者委を利用しているように“五輪疑惑解明のため第三者委員会”も開催されるや否や結論は参議院後の八月末と言い出す始末である。
 「丸投げ」した主体が調査などできるはずはなく、テレビなどのマスコミの側もCM枠販売やスポーツイベントの中継・開催のための便宜などで密接な協力関係にある「電通」に目をつぶるしかないのである。さらに安倍政権のマスメディアに対する圧力が重なり、疑惑解明は遠のいている。

利権とスキャンダル


 昨年七月の「新競技場建設の全面見直し」に始まり、八月の「エンブレム」パクリ事件、そして今回発覚した開催都市の決定をめぐる「招致委の不正疑惑」と二〇二〇年の東京五輪をめぐる不祥事が次々と飛び出してくる。おそらく今回の「招致委の不正疑惑」で終わりということは決してないだろう。そして重要なことは二〇一三年八月の「招致決定」からほとんど疑惑が出発している。「新競技場問題」や「エンブレム問題」も発覚した時間は「招致問題」より早いが、「招致が決定」されてから起きているのである。
 この原因は、五輪の招致をめぐる外向けの顔と内向けの顔の矛盾であるといえる。あるいはダブルスタンダード、「二枚舌」といえるかもしれない。具体的な例を取り上げてみよう。IOCは五輪開催都市の選考基準のひとつの目安にしているのが、開催国の五輪開催に対する支持率である。
 二〇一六年五輪の開催をめぐる支持率では開催都市リオデジャネイロが八四・五%であったのに対し、東京は五五%という低さであった。二〇一三年一月の二〇二〇年五輪招致をめぐるIOCの調査では、東京は七〇%に上昇したが、依然として反対の意見も強かった。反対の最大の声は五輪に巨額を投じるよりは、東日本大震災の復興を優先すべきだという最も正当な理由であった。
 この意見には誰も真っ向から反対することはできなかったし、無視することもできなかった。このために招致委や政府は、一方では反対の声を懐柔するために「復興五輪」と言って見たり、聖火リレーを東北の被災地全体を回すことを強調したりした。そして他方では反発を招かないように、支持率が下がらないように「大会に関わる諸経費の見積もりを最低限に抑えて」発表した。彼らにとって発表した数字は予算でも、「守るべき数字」でもなかったのだ。強いて言えば「一時凌ぎの数字」に過ぎなかった。
 この「配慮」、あるいはボーズはブエノスアイレスのIOC総会で「東京開催」が決定されると一瞬で吹き飛び、たががはずれてしまった。そして政財界を貫いて東京五輪に群がる「利権」が走り出したのである。
 その最たるものは、国立競技場の取り壊しである。東京五輪の全体の構想が決まる前に日本ラクビー協会の会長であった森元首相はラクビーW杯の開会式と第一試合を新競技場で行うためにゼネコンと組んで動き出した。後に森元首相は「かきの腐ったような形」と悔し紛れに形容したキールアーチと呼ばれる巨大な二本のアーチで天井を支える「ザハ案」に飛びついたのである。当初一三〇〇億円という予算は、ゼネコンの設計見積で二五二〇億円に変更され、最終的には三〇〇〇億円を超えることが明らかになる。
 さらに東京開催を盛り上げる宣伝戦を展開すると称して電通を中心に佐野研二郎のパクリデザインを採用し、これも新競技場同様に撤回を余儀なくされる。ライフル、ヨット、ボートの競技場は予算がないと千葉、神奈川、埼玉などに移され、売りであった「コンパクト開催」は崩壊し始める。さらに昨年八月には大会終了後に撤去される仮設会場は招致段階で七二三億円と言われていたものが開催が決定されると三〇〇〇億円にははね上がり、立候補段階では七三四〇億円とされていた大会全体の開催費はいまや「二兆円」をはるかに超すことが明らかになった。こうした状況の中で組織委員会の委員長に予定されていたトヨタ自動車社長の豊田章は委員長に就任しない旨を発表した。トヨタは愛知万博でツケを負わされるという経験をすでにしていた。ついに財界からのなり手を探し出すことができなかった文科省とJOCは森元首相を就任させたのである。
 反対の声の広がりと支持率の低下を恐れて支出額を抑えた見積りは「決定」とともに破産した。だが安倍も菅も新競技場問題では「国際的約束」を口実に「ザハ案」を森と同様に最後まで防衛し続けたが、二週間で内閣支持率が一〇%も後退し、支持率が四一%まで下がってあわてて見直しに動いたのである。
 財界、スポーツマフィアにとって五輪は最大の「利権」を得るチャンスであり、政府は延命だけを考え「巨大な税金が投入される」ということを一向に考えない。行き詰まると詭弁で逃げる。参院選が近づくと「憲法改正」は隠し、アベノミクスの破産は消費税増税の延期ですり変える。ここには日本の政治と財界の体質が凝縮している。
 政府はただひたすら国威発揚と政治的延命のために利用し、大企業は労働者民衆の血肉を喰い尽す場にしようとする二〇二〇年の東京五輪の開催に断固反対しなければならない。
 (六月八日 松原雄二)


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