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    かけはし2016.年6月20日号

何よりも生存権の問題


4.16アジア連帯講座公開講座―大野和興さん講演(中)

TPPをマクロとミクロの視点から批判する

 

「国益主義」の
論理を超えて
「TPPに反対する人々」を作った時、奇妙な状態があった。保守主義の経済を論じている中野剛志(経産官僚)をTPP反対の論客として引き込んだ。当時、ネツト右翼の在特会がTPPに反対だった。中野は、在特会が講師として招くような人物だった。中野はよく右翼のインターネットTVのチャンネル桜にも出演していた。右翼のTPP反対のよって立つ位置はナショナリズムで「国益に反する」という主張だ。私たちは、こういう主張や運動とは一線を画さなければならないと考えた。
第二は、日本は加害者だということだ。
TPPにはISDS条項(投資家と国との間の紛争解決)がある。例えば、米国の企業が日本に投資したが、日本の公害防止条例で停止させられた。投資の儲けと投資の自由を阻害したことになるから、その企業は日本政府を相手に損害賠償請求ができる。すでに米国ではやっていて、結構、カネ儲けをしている。だから日本は米国にそれをやられると大変だ、日本の国益が侵されるというのが、TPP反主流派の論理だ。
私たちは、そうじゃないだろう、海外投資をしているのは日本も同じだろうという視点を提起していった。例えば、フィリピントヨタでの組合潰し、マレーシアで住友化学がある村に放射性廃棄物を出し、住民の健康被害を発生させるといった日本企業による悪事の事例は沢山ある。住民たちは、日本に来て、抗議集会、住友化学と交渉を行った。TPPは日本の企業にとって絶好のカネ儲けの話だった。日本は、むしろそこを狙っているのだから加害者だ。このことをきちっと言っていかなければならないとキャンペーンを開始した。革新系のTPP反対運動をしている人たちも「日本の国益に反する」といういい方をよくする。国益論は、右派、左派関係なく侵されています。右派は、単なる経済的なことだけではなく、軍事の問題を絡めて国益論を主張する。左派は国益論を出したほうが人々に訴えやすいので安易に流れていった。今もTPP反対運動では国益論の傾向に流れている。

憲法を生かして
反TPPの訴え
今、TPP違憲訴訟が行われている。違憲訴訟の幹事長の山田雅彦さんは、民主党政権時代の農林水産大臣でTPP反対運動で頑張っている人だ。「なぜ違憲訴訟を始めたのか」と質問したら、山田さんは、「TPPは人権、生存権を損なう。憲法違反で真っ向から問うたほうがいいだろう」と強調した。当初は、みんな門前払いになるだろうと思っていたが、門前払いにならなかった。
違憲訴訟は、一つはTPPによる損害賠償を請求し、二つ目が憲法判断をさせる、二本立てになっている。つまり、TPPによって農産物の安全性が損なわれる、薬が高くなるとか、色々あげて国民が不利益を被るから損害賠償請求した。だが、まだ協定が結ばれていないから諸被害が発生していなかったので「そうなるであろうという」論理なので損害賠償請求はできないのだが、山田さんはそれを前提にしつつ、たとえ損害賠償請求で却下されたとしても、憲法判断を仰ぐことが狙いだと語っていた。
TPPに対する憲法判断とは何か。一三条の「生命・自由・幸福追求権」、一五条の自由権と基本的人権、二二条の職業選択の自由、二五条の生存権、健康で文化的な最低限の生活をする権利に対する憲法判断だ。つまり、農業者がTPPで関税撤廃などで農業を辞めざるをえなくなったから憲法一三条違反だという立論だ。さらに職業選択自由とは、営業する権利、生業の権利、つまり百姓は百姓で生きる権利、商店で生きる権利が脅かされるから違憲だという論理だ。
もう一つの柱は、ISDS条項だ。進出企業は、その国による諸規制などによって投資の自由が脅かされたとして、国際仲裁裁判所に訴えられることができる。仲裁裁判は、ほとんど投資した方が勝っている。投資の自由を保障するための仲裁機関だから、負けるわけがない。仲裁裁判所の国際法廷の結論は、日本の最高裁判所の判決よりも優先するという条項らしい。そうすると司法の独立性とか、権限はどうなるのか。一国の司法の最高裁の判決を越える国際仲裁裁判所の決定は、ほんとに効力があるのか。そんなことが許されるのか。司法独立の問題として争点となる。
これらが違憲訴訟の争点だ。すでに原告側の証言が三回もやられている。山田さんは、「証人調べまでいけそうだ」と言っていた。
アメリカと韓国のFTA(自由貿易協定)が結ばれて、最初は韓国の米、豚、牛が大変だと言っていた。たしかに牛は大変になっている。それ以上に果樹農家が壊滅的状況だ。どんどん安い果物が入ってきた。想定外の被害が韓国では発生している。日本でもこれから何が起きるかわからない。韓国の状況を知っておくことは重要だ。山田さんは、農家、薬価の問題などで国民は不安におののいていることを根拠にして精神的慰謝料を請求するべきだと主張している。
このように反TPPのアプローチは、生存権の問題として捉えることだ。そして日常の運動のレベルに降ろさなければいけないなというのが課題だ。裁判の意義も含めて日常の問題として労働と生活の現場に問題を引き下ろして、運動を組立てていかなければと思っている。    (つづく)

木の根ペンション大改修!!

  ご支援お願いします。


屋根と壁を全面修理します

 今年の冬、成田空港のど真ん中に建つ宿泊研修施設、木の根ペンション二階軒裏の板が少し剥がれ落ちてしまいました。仲間の大工さんに見てもらったところ、屋根がいたんで水が浸みこみまわって腐り落ちたとのこと。屋根や壁のどこから水が浸みてまわっているかわからないが、直すのなら、二階建ての屋根や壁の全部を張りかえるしかない。費用は足場組みも含めて、一〇〇万円を越すかもしれないとのことでした。所有者の反対同盟と維持管理をまかされている地球的課題の実験村とで相談し、両者で費用を折半することとし、改修をお願いいたしました。

柱や梁、土台の補強も必要でした

 木の根ペンションは、空港予定地内に初めて建てられた団結小屋を増改築し、皆に開かれた宿泊施設、赤い屋根白い壁のペンションとして生まれ変わったのが一九八九年夏のことでした。二〇〇〇年夏に、百数十メートル曳き家して現在の場所に移りました。また二〇一二年夏、一階西側の屋根などを五〇万円ほどで修理し、その上に太陽光パネルをすえつけました。
二階屋根まで届く足場ができ、この五月一三日から修復工事が始まりました。しかし、壁をはがしてみると、「まあ、たいへん」。特に玄関の側、東側の壁は中の柱や梁、土台まで腐ってぼろぼろになっていました。屋根や壁を張り替えるだけでなく、これらをそれぞれ補強しなければならないのです。他には、西側のトイレ付近の壁も雨が浸みこんでいそうです。予想より大幅に費用がかさむことになりますがやむをえません。補強を含めて全面改修をお願いしました。

現在と未来の世代、皆と共に生きる場としてペンションの存続を

 木の根ペンションは現在、反対同盟や一坪共有者たち、実験村の運動や会合のほかに、多くの人々が多種多様な使い方をしています。一〇年前からは、周辺地域で農業研修をする若者たちの寄宿先として、もう一〇人近く就農・自立し、現在も二人が寄宿しています。また、その若者たちを中心にライブイベントも毎年のように催されています。今年も海の日、夏の日とイベントが予定されています。生命と地域にかかわる市民学習会「めだか大学」もここから始まりました。
また、NGOなど海外ボランティアにでかけるメンバーが数日間、農業研修に利用し、帰国後、成果を報告していきます。世界各地の農民・市民・学者・ジャーナリストなどが、日本農業や民衆運動の視察・交流拠点として利用しています。これらから見れば、ペンションは時代、世界の人々と共にあります。
空港が成田にあることが当たり前の若者たちも、誘導路に囲まれターミナルビルの直近にペンションがあることに驚き、古い写真や壁の素焼き板の言葉に見入り、木々の緑やプールがおりなす不思議な開放感を楽しんでいるようです。新東京国際空港が成田に位置決定されて今年で五〇年、成田空港問題の歴史を語り、現在と未来の世代すべての人々に開かれた場として、グローバルな世界での人々と地域のつながり、空港や国のありようを共に考えつくる生きた場として、木の根ペンションを末永く存続させたいと考えています。そのための大改修です。
皆様のご支援ご協力を心よりお願いいたします。

二〇一六年五月

三里塚芝山連合空港反対同盟(代表 柳川秀夫)

地球的課題の実験村(共同代表 大野和興・柳川秀夫)

付記 カンパはそれぞれの郵便振替口座をご利用下さい/「ペンションカンパ」と明記してください。

反対同盟 (00290―1―100426 口座名 大地共有委員会(U) )
地球的課題の実験村
(00140―3―92555 口座名 地球的課題の実験村)

コラム

帰ってきた人々

 資本主義的な商慣行に迎合するでもなく、どっぷりと漬かり翻弄されるでもない。それでも長く同じ地域に暮らしていると、人間関係へのきっかけも芽生えてくる。
 過去の手術の合併症として患った白内障。その手術前後、親身に話を聞いてくれたのが、小さな理髪店を任されていた女性である。 話がうまく、客の顔をすぐに覚えて人気があった。私が訪れるたびに彼女は、「その後、目の具合はどうですか」と雑談の口火を切った。テキパキした対応に、順不動で彼女を待つ男も少なくなかった。
 ところが数年前から突然店に出なくなった。後任の店長に尋ねても言葉を濁すだけ。他人に言えない事情なのか。追及するわけにもいかなかった。
 中学生の頃。家の近くに餃子専門店ができた。一個の大きさがこれまでの約三倍。そのボリュームも先駆的だが、独自のタレがうまかった。店の周辺には香ばしいゴマ油の香りが漂い、鼻腔を刺激した。タレの酸味が厚めの皮に浸み込み、口コミで評判が広がった。しかしこの店もいつの間にかなくなり、人々の記憶から消えていった。
 一年前。都電通り沿いの貸店舗に、白い提灯がかかっていた。「餃子の○○」とある。私は目を疑った。細長い敷地ではこれまで、数多の業者が出店と撤退を繰り返していた。暖簾をかけている店員に、思い切って声をかけてみた。
 「もしかして以前、×丁目にあった店ですか」。「そうですよ、ご存知でしたか。父親の時代でね。いろいろあったけど、またやりますので、よろしくお願いします」。大きさも味も変わらない。そして再び行列ができた。路地の先には「飲み処」も増設、賑わいを見せている。
 伸びた髪がうっとおしく、会社帰りに駆けつけた。閉店時間前だが、満員で断られた。新店長の隣の椅子に、覚えのある後ろ姿を見つけた。
 休日に出直すと新店長が詫び、私を担当した。頃合いを見て、隣から女性が寄ってきた。「お久しぶりです」。彼女だった。「ああ、やっぱり。戻ってきたんですか」。「ええ、アルバイトなんですけど」。
 あれこれ詮索はしない。振り返れば「川田選挙」時代からの関係である。その後に行なわれた国政・地方選挙の数々。私はやんわりと支持する候補者を紹介し、話が弾んだものだ。
 それもこれも、市井の生活者には何の変哲もない、日常の光景である。だが私は、五〇年をかけてようやく、世間並みの実体験を意識した。
 舛添要一東京都知事が政治資金流用疑惑で、見苦しい断末魔を演じている。猪瀬直樹前知事に続き、圧勝した権力者が馬脚を現し、墓穴を掘っている。
 次回の散髪で、彼女に当たることができるだろうか。歴史を変える参院選も間近、話題には事欠かない。今の私の、ささやかな期待である。(隆)


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