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    かけはし2016.年6月20日号

難民審査拒否「他」の安全な国へ行け


聞くな、なじるな

シリア人28人、仁川空港に6カ月も放置

 

 シリア人28人が仁川空港で入国を拒否された。シリアは6年間、戦争中だが法務部(省)はこれらの人々が「難民である可能性はない」と断定した。法務部はこれらの人々に「難民認定審査の不回付決定」を下した。難民なのか、そうでないのかの審査を受ける機会さえ与えないというのだ。28人のシリア人たちはこれに不服で去る2月「不回付決定取り消し」の訴訟を行った。5月20日現在、1審の裁判が進行中だ。「ハンギョレ21」は裁判関連書類の一部を入手した。(「ハンギョレ21」編集部)
戦争の地、シリアは韓国まで約8千q、2万里(日本式だと2千里)。その距離ほどに韓国は安全に思われたのだろうか。今、仁川国際空港に28人のシリア人が来ている。難民申請をしたけれども入国できないまま空港の中で暮らしている。人によって短くは4カ月、長くは6カ月間、とどまっている。
2011年3月に勃発したシリア戦争は、既に6年目だ。政府軍と数十の反政府軍、イスラム国家(IS、スンニ派イスラム原理主義武装勢力)、ロシア、米国、トルコ軍などがからみ今も戦っている。昨年、戦争を避けて地中海を渡りヨーロッパの地を踏んだ難民は百万人を超えた。シリアからヨーロッパに行こうとすればゴムボートに乗り海を越えなければならない。その渦中で3700余人が地中海で命を落としたり行方不明になったりした。
海で死ぬのを避ける道を探し出したシリア人たちがいる。戦争が勃発する前にシリアでは韓国の自動車やドラマが人気を集めていた。韓国に滞在している親戚、家族、知人らは韓国が安全な所だと紹介した。

「半拘禁施設」あるいは「監獄」

 戦争を避けて韓国に向かおうとするなら、幾つかの国を回らなければならなかった。シリア北部アレッポ出身のムハンマド(30代、仮名)もそうだった。彼は故郷で10年余、服屋の裁断師として働いた。2014年、目の前に戦争が迫った。ISの空襲によって故郷は廃墟となった。壊れた家々の中に彼の家もあった。当座は近くに引っ越したものの、結局は故郷を後にせざるをえなかった。その年の末、故郷はISの拠点となった。
最初にたどり着いたのは周辺国家レバノンだった。2年ほど滞在した。そうしていて昨年11月、韓国に滞在していた故郷の友達が韓国行きを手伝ってくれた。アフリカのある国を経て中国へ、それから仁川空港にやってきた。昨年12月、彼は韓国政府に難民として認定してくれと申請した。「(シリア)周辺の国は安全ではなく、ヨーロッパに行くには海を越えなければならなくて危険です」。出入国管理事務所の難民面接で彼は韓国に来た背景を説明した。死を避けようと思っているうちに韓国に来ることになったというのだ。
けれどもムハンマドは、この5カ月間というもの仁川空港内で暮らしている。2階の送還待機室が彼の居場所だ。ムハンマドの弁論を担っている公益法センター・アピールのイ・イル弁護士の説明や送還待機室の内部写真などを総合してみると、送還待機室の構造は次のようだ。
出入り口の扉を開けると開放された事務スペースがあり、内側に女性用の部屋と男性用の部屋が1つずつある。全体の広さは百坪ほど。そこに入国を拒否された外国人百人余が出入りする。休憩室にあるようなベンチや寝床で難民たちは休んだり寝たりする。席が足りなく床で寝る人々もいる。1人当たり1枚ずつ、緑色の毛布が提供される。
トイレ兼シャワー室があり、洗濯機はない。3度の食事はチキンバーガー(またはサンドイッチ)1つとコーラ1缶が提供される。長くは6カ月間、このような食事をしているシリア人がいる、という意味だ。1週間に1回か2回、航空会社の職員の引率に従って空港内、歓送区域を散策することができる。
ここで暮らしているムハンマドを含むシリア人28人は去る3月14日、出入国外国人政策本部長あてに書いた手紙で、その生活をこう表現した。「ここは半拘禁施設であるがゆえに、私たちは毎日ここで苦しめられています。私たちは空港で生活しているのに、ここは監獄のようで次第に寿命が縮まっています。私たちは、ただ生きることを望みます。私たちは死を望んではいません」。
空港の送還待機室についての論難は初めてではない。2014年4月にも5カ月間、仁川空港の送還待機室にとどまった難民がいた。彼は裁判所に送還待機室への「収容解除」を請求した。当時の仁川地裁刑事4部は1審とは違って「即時解除」を命令した。
裁判所は「5カ月間、身体の自由を相当に制限している収容施設としての送還待機室の設置・運営に関する法的根拠は全く存在しない」し「帰国の意思を示せば送還待機室を出ることができるので、身体の自由制限ではないと解釈するのは形式論理」だと指摘した。この判決は大法院(最高裁)で、そのまま確定した。
だが法務部は、現在の送還待機室は強制収容施設とみることはできないと説明した。入国を拒否された外国人たちの便宜のために開放された待機場所であるにすぎない、というのだ。キム・グワンス法務部代弁人は「当時の判決は閉鎖型が問題だとの趣旨だ。今は開放型にしている。入国拒否された外国人たちは還送区域内で各自の事情によってホテルや宿所も利用することができる」と語った。けれどもイ・イル弁護士は「難民申請者たちの話を聞いてみると送還待機室は、1度入れば2度と出ることのできない事実上の拘禁施設」だと反論した。

安全な国とはどこのことだろう


送還待機室にとどまらざるをえない人々の人権問題も提起されている。国連自由権規約委員会は2月19日、弁護団に送った回信公文を通じて「韓国政府にこれらの人々のシリア追放を自制するよう要請したところであり、送還待機室にいる間、人間的に尊重される待遇(医療措置への完全な接近と適切な食事を最小限含めて)を保障するように要求した」と明らかにした。
希望があるなら待つこともできるかも知れない。だがムハンマドを含むシリア人28人は正式に難民審査を受ける機会そのものを奪われた。法務部はこれらの人々に難民認定審査の不回付決定を下した。「難民たる可能性がない」と判断し、正式の難民審査の機会を与えなかったのだ。法務部は大別して2つの理由を挙げ、不回付決定を下した。
第1に、これらの人々が「安全な(第3の)国家から来た場合」(難民法施行令第5条1項4号)に該当すると言うのだ。トルコ、レバノン、中国など彼らが過去に滞留していたり経由した国々を問題視した。
法務部はシリア人28人に対する不回付決定取り消し訴訟1審の裁判に提出した書類で、「過去に特定国家で相当期間いかなる問題もなしに生活しつつ滞留したのであれば、安全な国家から来たケースに該当」するがゆえに正式の難民審査の機会を与えないことが妥当だと主張した。
彼らが他の安全な国を経たとしても単に「よりよい条件で滞留」するために韓国にやってきた、という意味だ。法務部は正式の難民審査に回付することのできる基準として「迫害の危険からせっぱつまって脱出し、大韓民国にまっすぐに庇護を申請したケース」を提示した。
シリア人28人の弁護人団は、法務部の論理が事理に合わないと指摘した。法務部の基準に従っていかなる国家も経由せずダイレクトに韓国に来ようとするならば、シリアから韓国に向かう直航路線だけを利用しなければならない。法務部の物差しをあてるなら、シリア―韓国直航路線で韓国に到着したシリア人にのみ難民審査の機会を与えることができる。
だが弁護人団は「難民法において、難民の概念は経由地や滞留地を問わず、難民の充分な恐怖の有無だけを調べて判断するがゆえに、法務部が経由・滞留地によって審査を許容しない裁量はない」との立場だ。また「難民申請にもかかわらず、正式審査の機会も与えず漠然と他の国へ行けば安全に暮らすことができるだろうと言うのは難民を死地に追いやるものであって、韓国が批准した難民協約や拷問防止協約上の強制送還禁止の原則に違反する」と主張した。
「ハンギョレ21」は5月19日午前、電子メールと電話を通じて、シリア人28人に対する難民認定審査不回付決定の根拠としている「安全な国家から来たケース」の基準とは何のかと法務部に質疑した。法務部は「5月20日『世界人の日』の催し準備で所管部署の職員らがすべて忙しくて20日までは答弁が難しいようだ」と語った。

一身上の安危のために来ただけ 


シリア人28人の主要な滞留・経由地はトルコ、レバノン、中国などだ。これらの国は「安全な国家」だろうか。人権団体アムネスティ・インターナショナルは去る1月11日、レバノン政府がシリア難民百余人をシリアに強制送還したものと把握されたと発表した。4月1日にはトルコとシリアの国境地帯の調査結果を発表し、1月中旬からトルコ政府が毎日シリア人百人ほどを追放したと明らかにした。中国政府は持続的に脱北者たちを難民ではなく経済的移住者と見なし、強制送還を強行している。
「安全な国家から来た場合」、難民審査の機会を与えることはできないとする法務部の論理は、昨年12月に「再定着難民制度」によってタイ難民キャンプにとどまっていたビルマ(ミャンマー)難民22人を入国するようにしたケースとも衝突する、と弁護団は指摘する。これに対して法務部は「『再定着難民制度』は国際的・人道主義的観点から別途に施行されている政策」で、ケースが異なるとの立場だ。
法務部は不回付決定の2番目の事由として「単純な個人の安危のために難民申請をしたのは明らかだ」との点を挙げた。28人のシリア人が「ただただ経済的な理由によって難民認定を受けようとするなど、難民認定の申請が明らかに理由のないケース」(難民法施行令第5条1項7号)に該当するというのだ。
法務部は裁判所に提出した書類で「(これらの人々は)単純に一身上の安危のために来たにすぎず、政治的動機など5大迫害事由と関連させることのできる陳述をいささかもしたことがない」とした。また「(これらの人々を)審査することは不必要な審査を繰り返すことであり、これを通じてむしろ救済されなければならない難民を審査するのに必要な審査の人力を浪費せざるをえない」とした。
これに対し弁護人団は「難民認定の迫害理由を詳細に明らかにするのは、法律的力添えを受けられない難民の義務ではなく、難民審査官の義務」であり「法務部がさしたる根拠もなしに簡略な審査を終えた後、迫害の可能性を否定しつつ不充分な審査に対して自ら免罪符を与えようとするもの」と指摘した。また「難民申請の事由が政治的見解の表明によって評価できるのか、難民の定義に符合するのかなどを、シリア国家の状況を土台として判断しなければならないだろう」と明らかにした。ムハンマドの場合を見ると、難民申請直後、出入国管理事務所で彼に面接した時間は1時間40分にすぎなかった。
28人が難民の資格を要請しつつ提起した事由はそれぞれ異なる。そのうちの1人は出入国管理事務所の難民面接で、難民申請の事由を次のように説明した。「実際のところ正常な国である場合は当然にも軍服務を通じて国を守ることが名誉的なことだが、現在のシリアは内戦状態で、同族間で銃剣を向けあう修羅場である関係に私は巻き込まれたくなくて、シリアに戻ることができません」。

パク大統領G20発言の前後

 その真実性が疑われるならば、徴集の可能性、参戦についての政治的見解、その見解に伴う迫害の可能性などをさらに調べなければならなかったが、これについての追加的質問はなかった。このような面接を土台として法務部は正式の難民審査は不必要だと決定した。
法務部は最近、難民審査の回付要件をより厳密に適用していると発表している。「これまで正式の難民審査不回付決定の事由について政策的、意図的観点から緩和して運営してきた。けれども世界各国でのテロなどの犯罪発生、乱用的難民申請の増加などの事由などによって法務部は不回付決定の事由を厳格に適用することに決定」したというのだ。
けれども原則の問題が提起される。国連難民機構韓国代表部のシン・ヘイン広報官は「難民申請の意思を明らかにしたにもかかわらず、いかなる確証もなしに送還待機室に放置していること自体が原則的に問題がある。国連難民機構本部レベルでも状況を把握し、憂慮を表明し続けている」と発表した。
法務部の立場はパク・クネ大統領の公式発言とも食い違う。パク大統領は「大規模難民の危機」を各国が踏み込んで共に責任を持とうと国際社会に向けて提案したことがある。パク大統領は昨年11月16日、テロリズムと難民の危機をテーマとした主要20カ国(G20)首脳会議で、こう話した。
「シリア事態の長期化などによる大規模難民の危機は国際的人道主義体制全般に深刻な挑戦となっています。この問題を解決するためには難民発生国はもちろん、経由地や最終目的地諸国の負担や責任を国際社会が共有しなければならないでしょう。G20がそのような努力を先導しなければならないと考えます」。 
当時のこの発言はフランス・パリでのテロ3日後に出てきた。テロを警戒すると同時に難民に対する人道的責任を共に担おうという提案であり、誓いであった。また「韓国は2012年にアジアで最初に難民法を制定し、難民に必要な人道的支援を提供しています。今後シリア、アフガニスタン、イラクおよび難民受け入れ国に対する人道的支援を拡大し、難民問題の解決に寄与していくだろう」と語った。
難民審査を受けさせてくれと訴訟を提起したシリア人28人のうち3人は、朴大統領の発言直前に仁川空港に到着したが、審査を拒絶された。以降、2カ月余の間、25人のシリア人がさらに到着したが、同様の処遇を受けた。

対外宣言と内的現実の乖離

 パク大統領が発言で言及した「アジア最初の難民法」は2012年2月に制定された。同法はパク・クネ政府が発足した翌年の2013年7月から施行された。パク・クネ政府が公布した同法の制定理由は以下の通りだ。
「大韓民国は出入国管理法で難民認定の手続きを規律しているが、難民を充分に受け入れておらず国際社会においてその責任を尽くしきれておらず、難民認定手続きの迅速性、透明性、公正性に対して国内外的に持続的な問題提起があるなど、多くの問題点が露呈されているように、難民認定手続きなどに関して具体的に規定することによって難民協約など国際法と国内法の調和を図り、人権先進国として歩んでいく礎を固めようとするもの」。
対外的宣言と対内的現実の乖離、その間にシリア人28人が閉じ込められている。(「ハンギョレ21」第1113号、16年5月30日付、キム・ソンシク記者)

【訂正】本紙前号2面7月参院選記事、5段目左から15行目の「三二選挙区」を
「三二の一人区」に、同2面下から3段目右から21行目の「渡辺美奈子」を「渡辺美奈」に、前々号(6月6日付)7面コラムの下から2段目の「看護士」を「看護師」に訂正します。


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