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    かけはし2016.年7月4日号

アベノミクスと闘う労働運動を


今、何が問われているのか

人権を守るという根本に立ちかえろう

くどう ひろし


 参院選において問われているのは、改憲・戦争法の問題であるとともに、安倍首相自らが前面に押し出している「アベノミクス」に対して、どのような根本的批判をなしうるのか、という課題である。この点において改めて労働運動が挑戦すべき課題が提起される。くどう同志の論稿を掲載する。(編集部)

驚きの格差、リフレ派の嘘

 国際NGOオックスファムは、今年一月「二〇一五年に世界で最も裕福な六二人の資産の合計が、世界の人口のうち経済的に恵まれない下から半分(約三六億人)の資産の合計とほぼ同じだとする報告書を発表、経済格差が拡大しているとして世界各国の指導者に是正への取り組みを呼びかけた」(朝日、1月20日)。
一〇年余り前には、メリルリンチ日本証券が、日本では「〇四年末時点で一〇〇万ドル(約一億七〇〇万円)以上の純資産がある富裕層は一三四万人で人口比約一%を占めた」(同前05年4月11日)と明らかにした。
地域別では富裕層の最も多い北米の大統領選でトランプ候補がとかく話題だが、何やら日本もよそ事でない空気になってきた。公私の金銭感覚に? がついたり、貧富の格差がほとんど考えられない感覚の人という点では、都知事や安倍首相も似通っている。
嘘つき安倍! と叩かれるに至ったについては、世界経済の現況を消費税値上げを回避する口実にするため、リーマンショック級のリスクに比定、サミットの面々から失笑をかったあつかましさと、無恥に由来する。
そもそも日銀の通貨供給量を増やせば、デフレをインフレにできるとする、いわゆるリフレ派に取り込まれたアベノミクスとやらのウソにはじまる。
浜田宏一(米エール大)や岩田規久男(日銀副総裁)、その仕掛け人と呼ばれる山本幸三議員は、自民主流の金融筋からみても異端であった。彼らははなばなしく登場した折、アダム・スミスを引用して批判したが、十分ではなかった。
今は日銀の黒田総裁になって、現実にリフレの金融政策をやった結果、スミスの指摘が理解しやすくなっているので、再度引用、加えてマルクスの論評になりそうな部分を引用、安倍政治に引導をわたしたい。
「ある国で年々に売買される財貨の価値は、これらの財貨を流通し、適当な消費者に分配するために、一定量の貨幣を必要とはするけれども、それ以上の用途をあたえうるものではない。流通の水路は、それを満たすのに十分なだけの額を必然的にそれ自体へひきいれるにしても、それ以上はけっしてうけいれはしない」(「諸国民の富」三、三一ページ)。
真実をいたってわかりやすく記述している。黒田日銀が目の前で展開した姿でもある。流通手段のそのような法則性を、どう間違いやすいかを次にみておこう。
「流通手段の量は流通しつつある諸商品の価格総額と貨幣流通の平均速度とによって規定されているという法則は、諸商品の価値総額が与えられており諸商品の姿態変換の平均速度が与えられている場合には流通しつつある貨幣または貨幣材料の量はそれ自身の価値に依存する、というふうにも表現されうる。その逆に商品価値は流通手段の分量によって規定され、流通手段の分量もまた一国にある貨幣材料の分量によって規定されるという幻想は、その最初の代表者たちにあっては、商品は価格なしに、また貨幣は価値なしに、流通過程に入りこみ、それからそこで、商品雑炊の一可除部分が山なす貴金属の一可除部分と交換されるのだという、馬鹿々々しい仮説に根ざしている」(「資本論」第一部、第一分冊、二四七ページ)。
リフレ派の愚かさはお分かり頂けると思う。チーム安倍が登場した当初から、アベノミクスに関して、さらばアホノミクス、もはや経済政策にあらず、今決別の時! よく知られた経済学者、浜矩子氏の言である。
“アベノミクスなんとからっぽ、何もないですよ”、政治家・小沢一郎氏の言。
そこで少しでも前へ進む模索をするなら、一%でなく、多数派が必要とする福祉社会の実現を見えるようにすることである。

絶望の非正規


表紙に大きくこの見出しをのせたのは「週刊東洋経済」、二〇一五年一〇月一七日号。
社会、労働問題の焦点、――派遣村が思い浮かび、非正規は二千万人超、労働者の四割、秋葉原、マツダ内暴走、小中高の不登校・いじめ・自殺、体罰教員の処分、ワタミ過労自殺で和解、やりきれない連続が駆けめぐる。その間、過労自殺の見出しが新聞紙上に何度も、何度ものった。
グラフは「自殺対策白書」(2015年版、所収)論評は「高水準で自殺者数が推移していることについては定説がなく、今後の分析の課題」という反応のにぶさが気になった。
何の痛痒も感じない、四角四面の国会答弁と同じではないか。内閣府で出す白書なんだぜ、といっているようだ。
自殺者はここ数年三万人を割り込んでいるが、一九九八年での二万人台前半からいきなり三万人台に増加、一〇年余り三万人台の高水準が続いた。
民主党政権に代わった二〇一〇年あたりから減りはじめ、今は減少傾向にある。
九八年以降の増加については「リストラされて自殺を考えるというより、重苦しい雰囲気の中で働くプレッシャーに悩む中高年が増えている。見かけの経済指標はよくなったとしても状況は変わっていない」(過労死弁護団、川人博氏)。
「中高年は経済的なしわ寄せからストレスの多い生活を余儀なくされた上、リストラで会社に居場所がなくなり、医者にも家族にも悩みを打ち明けられずに死を選ぶ。自殺者が増えるということは、人が人として生きられる環境づくりが必要だ」(自殺防止センター東京、西原由記子代表)。
自殺に追い込まれる側からすると、孤立感に苛まれていたが、民主党政権になって大きくどうなったというより、人への投資、教育への助成が政治の話題になっただけで、世の中に自分たちを見ている人がいる、ホッとする感じがあった。
お坊っちゃま内閣の視野に入らないだろうが、日本では生活保護を受けている家庭以下の生活に耐えている数の方が多い。厚労省試算だと、二三〇万世帯が最低生活費を下回った(日経、2010年4月)。
ここ一〇年、毎年三〇〜九〇人の餓死者が出るおくに柄だ。「おどま勧進、勧進……」五木の子守唄がきこえてきそうだ。格差が非正規、半失業、失業と形をかえ、再生産されている。世界的な独占資本に共通の傾向だが、日本は社会保障のたちおくれで、ひときわたちが悪い。
契約や派遣、パートなど非正規から抜け出せない四〇歳前後の中年層が増えている。非正規労働を繰り返すうち、うまくいかなくなり、心を病む、家族とも疎遠、頑張ってもムダやろという言葉を何度も聞く。背景の一つに生活困窮がある。本来、保護を受けようと思えば受けられるのに利用できず、死に追い込まれる人もいる。
三五〜四四歳の非正規が三九〇万人と、一〇年で三割増えた。総務省の経済センサスで、非正規が二〇四〇万人(二〇一二年二月一日)の統計があり、高木剛元連合会長は、二〇〇六年、労働者の偽装請負が蔓延、労組はバブル崩壊後、こういう雇用形態が現場に入ってくるのを知りながら目をつぶった。消極的な幇助、請負の拡大がロストジェネレーション、置き去り世代を生み出した。
この話が出る前の〇四年に偽装請負が製造業だけで八七万人という記事もある。他の業種を加えれば偽装はすでに一般化し、非正規が総務省の数字を大きく上回っていたと推計される。
図(2)に見る通り、女性が圧倒的に大きい。国会議員の女性比率は、諸外国に比べて少ない。列国議員同盟(IPU)が二月に公表した世界の下院の女性議員比率ランキングでは一九一カ国中一五六位、全国の議会の二割超には女性がいない。管理職に女性が少ない。“女性のかがやく社会”をコマーシャル感覚で、首相がひと事のように言うのは勝手だが、巨大な就職差別を放っておいて、用語の不釣り合い、口の軽さにおどろき、あきれる。

だましの手口

 民間の調査会社に委託して、厚労省が個人請負や業務委託という形で働く人がいる三二五社に質問書を送り、実態を回答してもらった分析がある。
それによれば、個人の裁量で仕事を進めることを認めない。毎日定時出社を義務づけている。勤務地や時間を自由に決められない。本来は労働者として雇うべきなのに、雇用の責任を軽くし、社会保険の負担などを免れる方便に請負、委託が利用されている。
朝日新聞は、労働者である可能性を強める七項目を列挙している。
・報酬を決める際に労働時間を重視する。
・働く場所を会社が指定する。
・毎日決まった時間に出社させる。
・仕事の進め方を決める裁量が限られている。
・契約外の業務を行わせることがある。
・業務委託で働く人に業務依頼を断られることがない。
・業務委託で働く人の判断で、一部を他者に再委託するなどの行為は認めない。
次に個人請負や業務委託であることを疑わせる回答が目立った。定時出社三七・五%、毎日業務報告を求められる四〇・三%。
労働基準法など労働者としての保護は受けられないが、一定の仕事を請け負い、対価を受け取る働き方で自由度は高い、とコメント。推計一二五万人、実態として三割は労働者と判断していた。
この調査だけで多くを語れないが、労働基準法の制約をかいくぐる一端、実態に少し近づけたのではないか。竹中の規制緩和だとか、労働市場の岩盤規制を打ち破る、といったふらちな保守派の言動は罪深い。
今年一月に起きた軽井沢町のスキーバス事故は、バスを運行する貸し切りバス会社の労働法違反八五%がすべてを物語っている。
労働基準法三六条に基づく三六協定を結ばずに時間外労働をさせていたなど、労働時間関連が九五事業所、労働安全衛生法が定める年一回の健康診断を受けさせていなかった。
規制といえば自由でないから窮屈な感じになるかも知れないが、労働法の定める規制は働く者を保護する目的の法である。岩盤規制という表現がそもそも不適切、働く者を尊重しない、雇う側の身勝手から出た用語法にきこえる。ブラック企業を培養する風土を反映している。
人権を本当に守るためには、岩盤どころではない規制が必要である。それどころか、イデオロギーにまで立ち入って、人間平等の考えを徹底させなければならない。安倍お坊っちゃま政治サヨウナラ。
現実には労働者の人権を守る労働運動、労働組合の必要は、どんなに強調しても、しすぎることはない。


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