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    かけはし2016.年7月4日号

ソウルメトロ・スクリーンドアの悪循環


非理、特恵、労働者の死

地下鉄をめぐる企業のゆ着が事故をつくる


 誕生日を目前にしていた19歳の青年労働者が亡くなった。規定では2人1組でやるべき地下鉄駅ホームの安全ドア(スクリーン・ドア)の作業を、人員不足で1人で行っていて電車にあてられた。遺体は血まみれで後頭部は吹っとび、母親でさえ自分の息子と見分けられないほどだった。同じような事故は今回が初めてではなく、再発防止は何度も語られるが実際の状況はいささかも変わっていない。(「かけはし」編集部)
駅ホームの安全ドア(スクリーン・ドア)は市民の安全のために設置されたものだ。けれどもその裏面には特恵契約の疑惑、工事費の値切りによる業者の倒産、労働者への賃金滞納、不実施工、安全管理の外注化など、わが社会の暗い影が色濃く垂れ込めている。このような状況の中で満19歳の青年の夢がスクリーン・ドアの内側で再び消え失せた。最近の4年間、ソウル地下鉄2号線のスクリーン・ドアを1人で整備していて亡くなった労働者は3人(2013年、15年、16年)だ。

単独入札で運営権を握る

 スクリーン・ドアはユジン・メトロコム(以下、ユジン)が会社設立から2週間にもならない時点の2003年10月、ソウルメトロ(ソウル地下鉄1〜4号線運営・管理)に民間資本投資事業(BOT)方式でのスクリーン・ドアの設置を最初に提案し、進められた。
1年余り後の2004年12月、ソウルメトロはソウル地下鉄2号線の12駅のスクリーン・ドア設置および運営(維持・補修・広告権)事業をユジンに保障してやる独占契約を締結した。ユジンがスクリーン・ドアを設置し、故障整備などを行うかわりにスクリーン・ドアを通じた広告の収益権を22年間、所有するという破格の契約だった。江南駅、教大駅、宣陵駅、舎堂駅、梨大駅などが、この事業契約に含まれた。ユジンは2005年の舎堂駅を皮切りにスクリーン・ドアを設置した。
ユジンはソウル駅、市庁駅、鍾路3街駅、弘大入口駅などソウル地下鉄12駅のスクリーン・ドア設置および広告収益権を16年7カ月間、保障される第2次独占契約を2006年にソウルメトロと締結した。移動する人が多く、広告の誘致を比較的簡単にすることのできるソウル「24の黄金駅」のスクリーン・ドアの設置と広告運営権を、2度にわたった契約を通じてユジンにすべて渡したのだ。
この契約はイ・ミョンバク前大統領がソウル市長に在任していた時期に行われた。イ前大統領の現代建設時代の後輩であるカン・ギョヨンホ前ハルラグループ前会長が、ソウルメトロの社長の時に行われた契約だ。ユジンの最大株主も現代グループ出身であることが知られている。このような諸状況のゆえに、政界ではユジンの特恵契約説が流れてきもした。新生会社がスクリーン・ドア設置を提案し、以降のスクリーン・ドア民間事業者の公募にコンソーシアム(協会、組合)を構成したユジンが単独参加し、運営権を手にしたからだ。
昨年8月、ソウル地下鉄2号線江南駅で、結婚を前にしていた28歳の青年が、1人でスクリーン・ドアを修理していて列車にぶつかり死亡した事故があったが、この青年が属した会社がユジンだった。このために、ユジンは整備人員の拡充などには鈍感なまま、収益性の高いスクリーン・ドアの広告営業に没頭したのではないのかとの批判が提起された。
昨年の国政監査でピョン・ジェイル共に民主党議員は「2004年から9年間、ユジンの売上額は2559億ウォンであり、2014年の売上額は324億ウォンで、これは同年のソウルメトロの全部の広告売上額の半分ほどになる。公益的性格を有する地下鉄駅の広告権を、ユジンが選り抜き駅の中心で独占しているのは問題だ」と指摘した。ユジンがソウルメトロと契約して以降、ソウルメトロの幹部らがユジンの専務や常務として転職したりもした。

釈然としない先払い金


ソウルメトロが管理しているソウル地下鉄121駅のうち、ユジンが民間投資方式(そのかわりに広告営業権独占の保障)によってスクリーン・ドアを設置した24駅を除く97駅は、ソウルメトロが自らの予算で設置を進めた。けれどもスクリーン・ドアの設置費用を最も少なく書いて出した業者を施工社として選択する最低価入札の方式がなされるとともに、不実施工の憂慮がソウルメトロ内外から出てきた。1駅のスクリーン・ドアの一般的設置費用の半分の水準で施工が進められたからだ。そうしているうちに設置業者が途中で倒産したり、賃金を受けとれない工事労働者たちの苦衷が続出した。当時、民主労総法律支援センターに寄せられたある賃金滞納労働者の訴えを見ると、切迫した心境を読み取ることができる。
「日当制で働いているけれども、ソウル市民の足だという地下鉄で市民の安全のために働くことに自負心を持った。(中略)けれども低価入札によって不実工事となり、施工業者が不渡りにでもなれば誰が安心して(スクリーン・ドア設置の)事業をしていくのか」。
今回、死亡事故が起きた九宜駅も最低価入札方式でスクリーン・ドアが設置された所だ。オ・ソングン公共交通ネットワーク運営委員長は「九宜駅を含めて97駅が低価で工事が行われているうちに(当時も)不実工事が進められ、相当に問題が多かった」と語った。
スクリーン・ドア施工業者の工程が不充分なのにもかかわらずソウルメトロが120億ウォンを先渡し金として過多支給し、業者の社長が横領容疑で拘束された事件が2011年に起きたりもした。業者の社長が2007年にソウルメトロと20駅のスクリーン・ドアを設置することで契約した後、2009年まで4度にわたって先渡しカネ名目で120億ウォンを受けとり始末した事件だ。
けれども当時のソウルメトロ内では、先渡し金を追加支給してはダメだという内部職員の建議にもかかわらず、与党(現セヌリ党)と近い関係にある経営陣が先渡し金の支給を強行したとの主張も出てきていた。
先渡し金の追加支給に反対したという職員は、この事件によって停職処分を受けた後、自ら命を断った。そのうえ、釈然としない先渡し金問題などを含めた地下鉄をめぐる非理の事実が監査院の監査で明らかになったにもかかわらず、上のラインの圧力によってそのような事実が公開されなかったとの疑惑をパク・ヨンソン共に民主議員が第18代国会で提起したこともある。
今回の九宜駅の事故によって亡くなった青年が属していた業者は、ソウルメトロの下請けをもらってスクリーン・ドアの維持・補修をしているウンソンPSDだった。ウンソンPSD所属の整備職員の死亡は2013年の聖水駅事故を含め2件だ。5月現在、ウンソンPSDの職員は143人であり、このうちソウルメトロを退職し移ってきた職員が36人(60代の26人を含む)だ。ウンソンPSDの代表もソウルメトロ出身だ。
ウンソンPSDに移ってきたソウルメトロ出身の人々は比較的な高齢で整備の技術はなく、スクリーン・ドア整備のための現場投入は難しかった。ソウルメトロ出身の職員らの賃金水準を補てんしてやらなければならないなど会社運営の予算は余裕がなく、整備職員を2人1組の勤務水準に拡充することができなかったし、雇用された若い職員たちは低賃金を受け取りつつスクリーン・ドアの内側で危険な仕事に従事するほかなかった。

整備・補修業務の直営化必要


オ・ソングン公共交通ネットワーク運営委員長は「(整備・補修を下請け業者に委ねるのではなく)正規職職員が維持・補修・管理する直営体制にならなければならない」と語った。安全管理の職員たちをソウルメトロが正規職として雇用し、運営しなければならない、ということだ。
シム・サンジョン正義党代表も「安全関連の作業者たちは必ず正規職として採用し、本社が責任をとるように19代国会で法案を提出したけれども実現できなかった。悲痛な死が繰り返されないための法制化を野党3党が協力して6月の臨時国会で処理することを提案する」と語った。(「ハンギョレ21」第1115号、16年6月13日付、ソン・ホジン記者)

消滅の危機におかれたセウォル号特調委

沈没原因究明と真相調査結果迷宮入りか

 セウォル号の引き揚げが迫っている。海岸水産部(海水省)引き揚げ推進団の計画通りならば、7月末にセウォル号は水面上に姿を現す。重量1万tのセウォル号が、そしてそれよりも重い悲しみが水深45mの海底から浮かび上がる。
セウォル号の船体は2014年4月16日に起きた惨事を巡るさまざまな疑惑を解いてくれるカギだ。けれども船体の引き揚げが予定された7月末にはカギを回す人々が残っていない可能性が高い。「4・16セウォル号惨事特別調査委員会」(特調委)が消えゆく危機に直面したからだ。特調委はセウォル号惨事真相究明の意志を持った事実上、唯一の政府機構だ。

セウォル号特
調委無力化か
政府はセウォル号特別法の施行日である2015年1月1日を特調委が構成された日だと考える。特別法には、特調委の活動期間は構成を終えた日から1年であり、必要な場合には6カ月間に限り延長することができる、となっている。この通りであるならば特調委に扉を閉じなければならない。けれども特調委側は、国務会議(閣議)の議決によって予算が付き活動が可能になった2015年8月4日を特調委の構成日と見るべきだと主張している。こう考えれば特調委の活動期間は2017年2月3日までとなる。
結局、イ・ソッテ特調委委員長が乗り出した。イ委員長は5月30日、ソウル中区苧洞の特調委大会議室で記者会見を行い「国会がセウォル号特別法を改正し、活動期間を保障してくれ」と訴えた。またイ委員長は「特調委は持続的運営のための措置を取っていく」と付け加えた。
政府や国会が動かない以上、危機に陥った特調委を救うのは不可能に思える。政府の各部署から特調委に派遣された公務員たちは6月30日、派遣の期限が終わる。企画財政省は今年の下半期に特調委の予算を組んでいない。人材と予算のいずれもがない状態で組織を運営することはできない。
セウォル号惨事の原因は依然として明らかになっていない。検察はセウォル号の船員たちに業務上過失船舶埋没の容疑を問い、裁判に委ねた。船舶改造による復元の可能性弱化、貨物の過積と共に船員らが操舵機を誤操作したことがセウォル号沈没の主要原因だとの主張だ。
けれども光州高裁は2015年4月28日、セウォル号の航海士と操舵手に適用した業務上過失船舶埋没容疑を無罪だと判断した。裁判所は機械の欠陥の可能性に言及しつつ「セウォル号を海底から引き揚げて関連各部品を精密に調査すれば事故原因や機械の故障の有無などが明らかになり得る」と示した。大法院(最高裁)の全員合議体も2015年11月12日、このような光州高裁の判断を受け入れた。
クォン・ヨンビン特調委真相糾明小委員長は「セウォル号の引き揚げをしさえすれば沈没の原因がすべて明らかになるだろうとは断定しがたい。けれども船体の調査もせずに沈没原因についての結論を下すのは、はなから不可能なことだ」と語った。

船体調査できなければ沈没原因究明できず
特調委がなくなれば沈没原因が究明できないだけではない。特調委はセウォル号と国家情報院の関係、全員救助の誤報が出てきた契機など、今回の事件を巡る数々の疑惑を調査している。特調委が現在調査している事件は全部で238件だ。だが特調委の活動が6月30日で締め括られれば大部分の事件は結論を出すことができないまま終わらざるをえない。
政府部署の非協力は特調委の活動をより困難にしている。特調委は5月27日、仁川の海洋警備安全本部(旧・海洋警察庁本庁)で、セウォル号惨事当時の海警の通信装備だったTRSなどの交信内容を確認するための実地調査を試みた。
けれども海洋警備本部側はTRS交信の内訳が込められたサーバーに多数の秘密が含まれているとして調査を拒否した。ある特調委関係者は「特調委の存続の有無が不透明になるとともに、政府部署の非協力も一層、輪をかけているようだ。このような状況で政府が特調委の活動期間を保障してくれると期待するのは無理のようだ。結局、国会に期待せざるをえないが、6月中に特別法の改正が可能になるかは分からない」として、もどかしさを吐露した。
ウィ・ソンゴン共に民主党議員は第20代国会が始まった5月30日、特調委の活動期間を延長する特別法改正案を代表発議した。改正案は特調委の活動期間を2017年2月3日までと釘を刺し、最小6カ月の船体調査期間を保障することを主要内容としている。
しかしながらこの法案が6月中に通過させることができるかは未知数だ。改正案が該当常任委員会である農林畜産食品海洋水産委員会の議論を経て本会議に上程されなければならないからだ。第20代国会では、まだ常任委員長はもちろん国会議長団の選出もされていない。
パク・ジュミン共に民主党議員は「現実的に簡単ではないけれども6月中に改正案が通過できるように一切の努力を傾ける計画だ。同時に海水省の特別法に対する解釈を変えるように努力するであろう。実際に特調委が活動し始めてから10カ月程度にしかなっていないのに、特別法が施行された日付を基準として特調委が構成されたと見るのは非常識なことだ」と語った。

7月末の船体引き揚げ目標は従来通り
セウォル号の引き揚げを担当している海水省側は、7月末までの引き揚げを問題なしにやりぬく、と明らかにした。船体引き揚げの本格的な最初の段階は「船首の確保」だ。セウォル号の船首を持ちあげなければ、その下にリフティング・フレイム26個を敷いて船体を現在の形態のままで引き揚げる作業を始めることができない。
けれども5月28日、船首持ちあげ作業が失敗した。セウォル号の重量を減らすために船体外部に連結したエアバック「ファントゥン」に問題が生じたからだ。海水省引き揚げ推進団関係者は「水中でファントゥンに空気を注入する方式を採っているうちにファントゥン自体に推進力が生じ、キチンと浮力が形成されなかった。問題が生じた後、外部からファントゥンに空気を注入してから鉄製ビームに縛り、水に入れる方式を採ることにした。
その後、鉄製ビームを除去して浮力を形成する方式によって作業を行うだろう。次の小潮期(6月中旬)には船首の引き揚げが可能になるだろうと思われる」と語った。同関係者は「船首の引き揚げは延期されたものの7月末の船体引き揚げ目標は、そのままだ」と語った。追加的人力と装備を投入して作業速度を高めるということだ。
6月中旬、船首の確保が成功すれば船体の引き揚げは可視圏内に入る。しかし今のままでは引き揚げられた船体を調査する主体はなくなる。2年以上も沈んでいた船室が光を浴びようとする瞬間、また別の闇が垂れ込める前兆が現れている。(「ハンギョレ21」第1115号、16年6月13日付、チョン・ファンボン記者)


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