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    かけはし2016.年7月11日号

「言論の自由をあきらめない」


6.15くらしと憲法を考える集い

政権の圧力 劣化するメディア

金平茂紀さん講演

 【東京東部】六月一五日、東京・足立区の竹ノ塚地域学習センター大ホールで、「第35回 私たちのくらしと憲法を考える集い」が開催され、約二五〇人が参加した。
主催は集会表題の実行委。この「憲法のつどい」は毎年一度開かれ、メイン企画として評論家、弁護士、大学教授、ジャーナリストなど、各界で活躍する著名人による講演がある。昨年は経済学者の浜矩子さん、一昨年は評論家の孫崎享さんを招いた。
午後六時半に開会。歌手・橋本のぶよさんのステージが始まった。橋本さんはギター一本で、「四季の歌」「さとうきび畑」「イマジン」などを熱唱。艶やかな歌声で観衆を魅了した。
北千住法律事務所の金湖恒一郎弁護士が舞台に立った。「みなさん今日は何の日でしょうか。東京都のトップが辞めると決めた日です。そして昨年の七月一五日には安保法案が衆議院で成立した」。「今日のゲストは、先の『高市発言』にモノを言った人です。硬派のジャーナリストです」と金平茂紀氏を紹介した。
金平氏はテレビジャーナリストを名乗る。一九七七年にTBSに入社後、モスクワ、ワシントン支局長やアメリカ総局長などの要職を歴任。現在は大学の客員教授も勤めるほか、著書も多数出版している。TBS「報道特集」のメインキャスターを務めている。今年三月に会社との契約が切れて退職し、以後フリーとして出演しているという。

舛添都知事辞任
問題取材中止し
当日の演題は「国際平和と日本国憲法〜ジャーナリストの目から」。ステージ演台横には大きな花が置かれていたが、金平氏は「僕は上から見おろすようには話したくない」と客席に降り、立ったまま講演を始めた。(講演要旨別掲)
この日、公私混同問題で追い詰められた舛添要一東京都知事が、ついに辞職を表明した。金平氏は本来都庁へ取材に行くはずだったという。だが「人として約束は守るべきだ」と講演に訪れた。
本稿筆者は前述の「報道特集」(毎週土曜日一七時三〇分から)を欠かさず見るようにしている。他局では取り上げないマイノリティの問題に光を当て可視化する、貴重な調査報道番組である。
金平氏は、日本でのニュースキャスターの先駆け的存在である田英夫や「ニュース23」を担当した筑紫哲也など、人権派ジャーナリストの背中を見て働いてきた。TBSの上層部に上り詰めたエリート社員ではあるが、リベラルな言動から、ネット右翼の攻撃対象となっている。(S)

金平茂紀さんの講演から

「知る権利」を守るとは

多様な意見を交わす意義

 いま、都知事がタレント化しています。今回の問題で、大手メディアも舛添氏をバッシングしてきたが、私はいいかげん嫌になった。彼を支持した人たちも手のひらを返したように批判を始めた。メディアの論調もそうだ。僕はそういう変節が大嫌いだ。彼に投票した人がマジョリティであり、知事と同罪で責任があるはずだ。
さっそく次の選挙に焦点が移っている。またしても「売れている」人物を選ぼうとしている。僕が東京に出てきた時は美濃部亮吉知事だった。オリンピックを東京で開くべきですか。そんなものは要らないでしょう。

権力サイドから
報道への圧力
一九四五年まで、日本国民は「天皇の赤子」と言われた。北朝鮮と似ています。他国批判はできません。国民の知る権利について。私たちの世代は、「表現の自由・言論の自由が保障されるのが民主主義の基本だ」ということを、嫌というほど教えられてきた。
二〇一四年一一月、自民党は報道機関向けに文書を送付した。「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」というタイトルで、在京テレビキー局に送られてきた。まったく余計なお世話だ。番組の編集権は局側にある。しかしこのことを、ほとんどの局が報道しなかった。
局にはいろんなセクションがある。政治報道とは関係のない部署の社員らは、無関心も手伝ってか委縮する。社内にそういう空気がまん延し始めている。
その数日前。私たちはアベノミクスについて、街頭でインタビューを行なっていた。しかしいくらマイクを向けても「評価する」という意見が出なかった。ようやく肯定的な人に出会い、結果を両論併記してオンエアした。それでも、安倍はケチをつけてきた。圧力文書が送付される二日前のことだ。今後選挙報道自体が少なくなってくる恐れがある。

人気キャスター
が相次いで降板
長く続いてきた報道番組の人気キャスターがこの春、相次いで交代した。報道ステーションの古舘伊知郎、クローズアップ現代の国谷裕子、ニュース23の岸井成格さんだ。この動きにはさまざまな憶測が流れたが、政権から局への圧力があったのではないか、との見方が有力だ。デイリー3局のキャスターがほぼ同時に変わるというのは、大変なことなのだ。
国谷裕子キャスターは、ジャーナリストとしても素晴らしい資質を持っている。私は彼女が大好きだ。相手の本音の引き出し方が上手だ。もともと語学を専攻していただけあって、英語能力がすごい。彼女のレベルで英語ができるキャスターは、他にいない。
昨年六月二三日、沖縄県の平和祈念公園で、「沖縄全戦没者追悼式」が開かれた。ここで登壇した安倍首相に対して、「帰れ」とヤジが飛んだ。厳粛に行なわれてきたこの式典でヤジが飛ぶことは、大きなニュースのはずだ。ところがこのヤジの部分をNHKはバッサリとカットした。

高市発言に
抗議の会見
高市早苗総務相の「電波停止」発言も、ほとんどのメディアが報道しなかった。特にNHKは絶対に報道しない。「高市発言」について私たちは今年二月、抗議の記者会見を行なった。NHKは取材にも来なかった。
この夏の参院選報道が、メディアの健康度を示すバロメーターになるでしょう。国民の知る権利を代行しているか。議題設定をしているかなどが判断の基準になります。いま大事なことは何ですか。ベッキーや清原やイチローですか。違うでしょう。
筑紫哲也の「ニュース23」は、三つのことを掲げた。権力を監視すること。少数派でいることを恐れないこと。そして多様な意見を提示することだ。その目標の意味がますます大きくなっています。多くのメディアが逆行している証拠です。

これからどう
すればいいのか
これから私たちはどうすればいいのか。たとえば、舛添知事に投票した人とも話すべきです。桜井よしこなどとも。同じ人たちだけで群れていても力にならない。「外とつながること」です。外国と交流すること。日本は北朝鮮や中国に反発するが、アメリカから見れば日本も北朝鮮も中国もみんな「極東」であり、違いはない。
次に「横とつながること」です。職場で隣にいる人と、地域で隣にいる人とつながる。これはとても大事なことだ。
そしてユーモアを忘れないこと。笑いのある運動が大事です。笑いは人を、相手を武装解除させる。シールズのコールはいいですね。スタイルやカッコよさも運動には大事です。
ひとつの考え方にこだわり、それが正しいと思い込み、それへの純粋さを競うことはよくないと思う。これを「無謬神話」と言うんですが、間違いを恐れない寛容さをもつことです。

大手メディアとネットメディア
最後にネットメディアについて。非営利で報道を続けている人たちの志は高い。たとえばアワプラネットTVとか、IWJとか。頭が下がります。しかし、大手メディアは市民メディアを見下す風潮があり、市民メディアは、「大手はウソしか言わない。マスゴミだ」などと敵意をあらわにする。
お互いに対立していてはだめです。僕もテレビの役割を諦めない。みなさんも諦めないでください。お互いにいい番組や報道については惜しみなく応援する。そういう関係でありたい。
僕もネットで誹謗中傷を受けています。でも、応援してくれる人もいます。励ましの手紙が来ます。それが本当にうれしい。視聴者あってのメディアです。お互いに報道の自由、言論の自由をあきらめないでいきましょう。
(文責編集部、発言要旨)

コラム

はじめてのソウル 其の貳

 「西大門刑務所歴史館」を後にしたボクは、友人に連れられて次なる「観光客の行かないソウル」を探しに街へ出た。しかし、西大門付近の風景はまさに高層マンションの乱立、そして工事ばかりだと言っても過言ではない。道路沿いには工事用のフェンスが張り巡らされ、街の風情などどこへやら。かつてこのあたりには、西大門刑務所の受刑囚とその家族を相手にした、差し入れ横丁なる商店街が軒を連ねていたというが、その面影はどこにもない。しかしどこにでも住民の立ち退き反対運動はあるもので、ハングル文字で大書きされた「立ち退き反対!建設阻止!」(たぶんそう書いてある?)の横断幕が見受けられた。
 さて独立門を右手に大通りを渡ると、濃そうな在来市場の入口が見えてきた。一角には、地面に果物を並べ商いをするオモニや、何でも「子どもにいい名前をつけるよ」と分厚い辞書(?)を持って地べたに座り込む怪しげな占い師の姿がとても香ばしい。市場の名前は、「霊泉市場」といい、二五〇メートルの低いアーケードに一四〇軒の商店がひしめき合っている。野菜、魚、肉、健康食品、衣類、化粧品となんでもござれの様相だ。もちろん、マッコリを飲ませる屋台もある。時間は、ちょうど正午過ぎ。そろそろ腹が減る時間と相成り、二人は軒下でチヂミを焼く屋台の客となった。
 そして丸椅子に腰をかける間もなく、マッコリ一本(一リットル)とチヂミを注文。金のお椀に注がれた冷えたマッコリの旨さが、五臓六腑にしみわたる。チヂミは盛り合わせで、ドンとテーブルに登場。キムチやナムルなどのお通しも本物だ。先ほどの無機質なフェンスの通りと違って、ホノボノしてくる人情市場に浸って「もう日本に帰りたくない」と独り言が出てしまう。そんなこんなでマッコリは二本目に突入。観光客の戯言ではあるが、ソウルに移り住むのもわるくないと思ったしだいである。さて「ケサンソテ」と、会計をお願いすると一万三五○○ウォン也。これだけ飲み食いしてなんと日本円で一三五〇円という安さだった。
 ふらふらと市場を抜け、次は大統領府青瓦台に続くソウルの心臓部世宗大路へ向かう。豊臣秀吉の朝鮮出兵に抗した李舜臣将軍と、ハングル文字の始祖世宗大王の銅像があたりを見渡す光化門広場では、二〇一四年四月一六日に発生した大海難事故「セウォル号」犠牲者家族らによる政府への抗議テントが張られ、遭難者の顔写真が壁一面に貼られていた。また、別の場所では、脱北者を支援するさまざまな団体のブースが並んでいる。ボクはそこで何かお土産をひとつと「ピョンヤン珈琲」なる物を買い求めた。
 かつて朝鮮総督府庁舎があった朝鮮王宮の城門光化門を横目に、次に案内されたのが日本大使館前の歩道に建てられたブロンズの「平和の少女像」。碑文には、「一九九二年一月八日、日本軍『慰安婦』問題解決のため水曜デモが、ここ日本大使館前ではじまった。二○一一年一二月一四日、一〇〇〇回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する」と刻まれ、その傍らでは、日夜、強制撤去を監視、阻止するために座り込みを続ける学生たちの姿があった。以下続く。 (雨)


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