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    かけはし2016.年7月11日号

EUは新しい協力への阻害物


声明

 「ブレグジット(英国のEU離脱)」危機

レイシズムと社会的支出の廃棄
に対決し欧州における連帯を!

第四インターナショナル・ビューロー(2016年6月28日)


(1)

 英国の国民投票の結果は、ギリシャ危機、難民危機に続くさらなる危機の段階を示している。イングランドとウェールズの有権者の大多数は、「ブレグジット(英国のEU離脱)」に投票し、スコットランドと北アイルランドの反対投票にもかかわらず、英王国全体の「離脱」を強制した――それは、二度目となるスコットランドの独立住民投票をもたらす要因となりうる。

(2)

 ボリス・ジョンソン(保守党の政治家、前ロンドン市長)だろうと、ナイジェル・ファラージ(UKIP 英国独立党)だろうと、「離脱」キャンペーンの主要なスポークスパースンが使った、東欧からの移民に罪の烙印を押しつける外国人嫌悪の言説が、この運動を支配した。このようにして彼らは、広範な民衆的階層――緊縮政策、失業、補助金カットの主要な犠牲者――の社会的憤懣をとらえることに成功した。この激しいいらだちが、エリートたち(ウエストミンスター=英国議会、ブリュッセル=EU本部)に対して向けられたのである。
不幸なことに、EUに対する大衆レベルでのこうした拒否は、当面のところ進歩的な反緊縮のラディカリズムとして表現されることなく、失業のスケープゴートとしてのEU移民労働者への拒否となってしまった。それらは大衆がこうむっている攻撃に責任があると見なされたEUへの拒否と結びついていた。それは、反ナチ同盟などが、高揚する過激右翼思想の波を押し戻すことに貢献した一九七〇年代以来受け入れられることのなかった、レイシズムと外国人排斥の大衆的表現をもたらすことになった。

(3)

 英国の国民投票実施をもたらした力学――とりわけ保守党のユーロ懐疑的右派に支持されたUKIP(英国独立党)の発展――は、イギリスで国民投票の討論が行われた領域が、左翼にとってきわめて不利であったことを意味している。
労働党は伝統的なEU拒否の立場――前回の一九七五年の国民投票でそうであったように――と、労働組合勢力と他の勢力からの圧力の間で引き裂かれることになった。その圧力とは、EUの政策は、「離脱」キャンペーンの右翼的な反移民ゼノフォビア(外国人排斥)と結びついた新自由主義の最悪の過剰への盾であった、というものである。EU「離脱」を呼びかける労働党の声は、メディアでは「残留」という党の公式の立場よりも大きく扱われた。離脱を支持した労働党員は三七%に過ぎなかったにもかかわらずである。

(4)

「残留」キャンペーンの主流として現れたのは、離脱した場合の破局を恐れたエリートたちと尊大きわまる「シティー」(ロンドンの金融センター)だったが、幾百万人ものイギリスの労働者たちは、EU残留を労働者たちに納得させようとした人びとと同じ連中が強制した社会的惨事をすでに経験していたのである。

(5)

 こうした情勢の下では、左翼のキャンペーン――EU残留賛成を呼びかける「もうひとつのEUは可能だ(AEIP)」と残留反対を呼びかける「左翼の離脱(Lexit)」――が、きわめて少数の支持しか得られなかったことは不可避だった。
しかしAEIPは「影の内閣財務相」のジョン・マクドネル、緑の党の指導部、多くの左派労組活動家、とりわけ消防士組合(FBU)書記長のマット・ラックをはじめ、全国の数千人に及ぶ活動家の強力な支持を得た。

(6)

 したがって投票の結果は、英国にいるEU諸国から来たすべての労働者と学生、そして第一に東欧諸国からの人びとをきわめて不安定な状況に置くことになり、この運動の中でかきたてられた外国人排斥の表現に脅かされる感情にさらすことになってしまう。
すでに移民――とりわけポーランド人――への物理的襲撃が起きている。同様に、すべての英国労働者の雇用と購買力は、ポンド通貨をめぐる金融操作やEUによるあらゆる措置によって、厳しいものになっていくだろう。「離脱」投票は、緊縮や資本主義的政策を拒否する進歩的政策の一部ではなく、保守党新政権のより反動的な漂流をもたらし、労働党右派によるジェレミー・コービン執行部への強力な反対キャンペーンを伴う形で、労働党は国民投票を通じていっそうの弱体化に直面することになる。

(7)

 国民投票直後にイギリスで取られた移民労働者への連帯を示すイニシアティブは、したがってきわめて重要なものであり、継続・発展させられるべきである。国民投票に対する態度の違いにも関わらず、現在の課題は、緊縮政策に反対し、移民と連帯する最大限に可能な団結を組織することであり、コービンと左派に反対する労働党右派のキャンペーンに抵抗することである。

(8)

 「ブレグジット(英国の欧州離脱)」は、EUを構造的に弱体化し、その結果を予言することができない方向性の危機を引き起こした。月を重ねるごとに、緊縮支持政策の結果は支配階級にとって明らかになる。
二〇一五年一月と七月のギリシャ民衆の反乱投票(訳注:二〇一五年一月総選挙でのシリザ政権成立、七月国民投票でのEUによる債務返済条件拒否)、労働法制への攻撃に対決するフランスでの強力な動員、最近行われたイタリアの地方選でのマテオ・レンツィ(訳注:イタリア首相、民主党)の大敗北などに、それが示されている。

(9)

 欧州連合の機能における民主主義の完全な欠落、右翼と左翼の政府による攻撃に対する激しい社会的怒りの蓄積は、有権者が機会を得た時にはいつでも表現されることになる。欧州連合は社会的保護を破壊し、各国での立法は万人に対する万人の競争を推進し、EU全体のすべての労働者の不安定雇用化を進めている。
不幸なことに欧州の労働運動、とりわけCES(欧州労組連合)は、国際連帯と社会的諸権利の防衛のための障壁と武器という役割を果たしていない。失望を資本主義的緊縮政策に対する挑戦へと転化する、欧州規模での進歩的力学は存在していない。

(10)

 EUは、われわれが信頼しない、改良することができないブルジョア制度であり、搾取され、抑圧された人びとの連帯を基礎にした欧州間の協力の新しい基盤を作り出すために、まさしく破壊されなければならない。

(11)

 この欧州連合の危機を、搾取され抑圧された人びとの利益に転換させるためには、全欧州的に全面的に再建されるべきラディカルな反資本主義勢力の政治的凝縮と社会的比重のレベルが求められる。

(12)

 この情勢の中で、われわれの課題は多面的なものである。
*欧州レベルではEUが強制する緊縮政策(マドリッド会議など)と闘いつつ、各国レベルでは各国ブルジョアジーの責任を明確に説明し、さまざまな国々の労働者を相互に闘わせることを非難し、社会的諸権利と賃金の上昇的調和のために闘うこと。
*正統化されない公的債務の支払いと、TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)、CETA(EU・カナダ総合経済貿易協定)といった非民主的な協定に反対すること。
*トロイカ(IMF、EU、欧州中央銀行)が押し付けた政策(ギリシャ、ポルトガルなどで)に反対する具体的なすべての闘いとの連帯を民衆化し、組織すること。
*移民とその要求――EU内での居住、労働、社会福祉受給――に連帯するわれわれの活動を刷新し、国境の開放のために闘い、移民組織との連携を強化すること。
新しい反資本主義・反レイシスト・エコ社会主義・フェミニスト的欧州を建設する展望をもって欧州ラディカル左翼間での討論を促進し、豊かにしていくこと。

英国

暗闇を呪うよりもろうそくを灯そう

「もう一つの欧州は可能だ」

この声明は、左翼の観点から「残留」投票を求めて運動を行ってきた「もう一つの欧州は可能だ」によって、英国のEU離脱を求める投票が前日の国民投票で勝利を収めたことがはっきりした直後六月二四日に出された。
「もう一つの欧州は可能だ」はこの二、三カ月、欧州のオルタナティブ版を前進させ得ると思われる運動を打ち固めるために、疲れることなく努力した。EU離脱という英国の決定は、かき立てられてきた諸々の分断があろうとも、英国内のキャンペーン活動家たちが今や前向きの方向に舵を切ろうとしなければならない、不確実性の世界に道を開いている。われわれは、これが容易なことであろう、などと偽ることはしない。EU離脱に向けた主流のキャンペーンは、ナショナリズムに迎合し、反移民感情を力づけ、われわれはEUの外で英国が世界で一番の「大国」であった時代に戻ることができる、といった考えを助長してきたのだ。
われわれは、多くの人々がEU諸機構に対し感じている不信を理解し、またそれを共有する。EUは、適切な民主的な説明責任を欠き、TTIP(環大西洋投資貿易パートナーシップ)のような搾取的貿易政策を交渉し、そのメンバー諸国に経済的破壊を被らせ、さらに時に、難民をあたかも犯罪者であるかのように扱ってきたのだ。
EU残留を求めるわれわれの主張は、われわれが、何億人という欧州民衆の仲間と共に、欧州を変革する力を獲得し、そうすることで、諸企業を統制し、気候変動を止め、何世紀もわが大陸にとりついてきたナショナリズムを克服する力をもつ、ということだった。EU離脱のキャンペーンは、欧州のもっとも貧しい人びとのある部分を悪魔のように描いてきた。われわれは、これらの人びとの多くが今感じているに違いない恐怖の感覚を共有する。
まさにそれゆえに、「もう一つの欧州は可能だ」を建設するために活動してきたわれわれの多くは、この大陸中の連携相手や友人たちと共に、より良い欧州、より良い国を打ち固めるための努力をやめないだろう。われわれは、欧州を貫くナショナリズムとレイシズムの上げ潮に対する戦闘を、また英国における移民の尊厳と諸権利を防衛するキャンペーンの建設を引き受ける。われわれは、人権と労働者の諸権利の腐食に反対し、離脱キャンペーンの指導者たちが脅しに使ってきた類の極度の自由貿易取引に反対するキャンペーンを行いつつ、EUからの可能な限りもっとも公正な移行を求めて活動する。
われわれは、平等、民主主義、人間性を基礎とする、まったく異なった世界を建設するというわれわれの挑戦を放棄しないだろう。われわれは、この新たな英国でわれわれの運動がむしろもっと重要になっていると確信する。今後の数週間、われわれはわれわれの活動に戻り、この二、三カ月まさに疲れを見せずに努力してきた人びと共に、新たな優先目標を提案し、われわれの声を届けるために英国中を動き回るだろう。われわれは、左翼の離脱のためにキャンペーンした人びとの中からもまた、この仕事に加わる人が出てくることを期待する。
暗闇を呪うよりもろうそくを灯す方がもっとよい。これからの月々われわれは、われわれがより良い国に向け確実に土台を築くために挑戦するだろう。われわれは世界に対して、英国が不寛容、島国根性、また絶望の手本にはならない、ということを示さなければならない。
もう一つの欧州は可能だ。もう一つの英国が必要だ。(以下に、労働党、緑の党の下院議員、EU議会議員、全国労組の指導者、諸運動の活動家、また諸々の運動組織などが多数署名)(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年六月号)

フランス

NPA声明

街頭で抗議する権利を
譲ることはできない

 提案された労働法に反対する抗議運動の発展を前に、社会党政府はこれを消滅させようと、懸命な試みを続けている。九つの労組連合、諸団体、諸労組(エンテルシンディカル)が呼びかけた先週のパリのデモは、初めて禁止され、その後、バスティーユ広場の海軍工廠ドッグ遊覧港周辺でのデモが許可された。六月二八日のデモは、バスティーユ広場からイタリア広場まで、少し長い行程で認められた。以下の声明はこの日の午後NPAから出された。
 最終的に許可された、バスティーユ広場―イタリア広場間デモは、事実上ほとんど禁止されたも同然だ。封鎖に現れた巨大な数の警察が、あらゆるところを封鎖し、長い持ち物検査によって、許可されたルートに多くのデモ参加者が入ることを阻止し、旗やステッカーやリーフレットといったデモに必要な物資を積んだ車両を妨げた。ルート上にある地下鉄駅すべては閉鎖された。警察は同時に、共和国広場にある職業紹介所を包囲し、部門間総会に参加した二〇〇人が行進に参加することを阻止した。
 NPAは、政府内右翼ですらあえて実行しなかったこのような抑圧的行為に反対し抗議する。そして、街頭で抗議する譲ることのできない権利を妨げるあらゆる障害を即時に取り去ることを要求する。
モントレーユ、二〇一六年六月二八日

 


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