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    かけはし2016.年7月18日号

次は左翼の社会的重みの政治化


フィリピン 新たな強権的政治指導者 C

アレックス・デヤング

ベローによる
新たな挑戦も

 しかしながら今年、前進に向けたもう一つの道を提供できると思われる興味深い実験があった。ウォルデン・ベローは、議員辞職後無所属として立候補した。彼は今も自らをアクバヤンメンバーと考えているが、党は彼のキャンペーンを支援しなかった。
 ベローはまた寡頭支配者からのカネを拒絶し、宗教的指導者からの支持を拒絶し、既成政党との連合を作らなかった。その代わりにキャンペーンは、諸々の社会運動と進歩的諸グループに依拠した。
 ベローが集めた票数は、一〇〇万を僅かに超えるという、小さなものだった。しかしベローの無所属の立候補と進歩的な政綱は、それよりも大きな何かに向けた最初の一歩となることができる。

新大統領に宥和
姿勢のCPP系


 民族民主派運動の地下活動部分、CPPそれ自身、そしてその外交向け戦線であるフィリピン民族民主戦線(NDFP)は、公式にはどの候補者も承認せず、「選挙ではなく革命」を求めた。
 しかし一人の著名な毛沢東主義者は、ドゥテルテについて語る点でいくつか微妙なものを残していた。CPPの創立時の議長であり、今なおフィリピン毛沢東派の主なイデオローグであるホセ・マリア・シソンは、選挙前のインタビューで、「ドゥテルテの大統領就任は『国民の団結』にとっては最良の選択肢であると思われる」と言明した。彼はまた、新政権がもたらす可能性のある諸々の改革について、楽観主義をも表明した。フィリピン大統領キャンペーンでは初めてのこととして、シソンとドゥテルテは選挙の二、三週間前に語り合った(スカイプを介して)。
 民族民主派公然部門の政治連合であるマカバヤンは、大統領候補者のグレイス・ポー支持を宣言した。しかしメディアの報告は、彼らの運動の部分はドゥテルテを支援した、と主張している。
 ドゥテルテのスポークスパーソンであるピーター・ティウ・ラヴィナは、民族民主派のポー支持を批判し、「少なくともより根付きが強いミンダナオの彼らの部隊は、この組織の全国的上部機関の利己的で遠くを見通していない、そして日和見主義的位置取りに基づいて進んではいない」と主張した。
 CPPは、ドゥテルテの選挙キャンペーンが最高潮となっていた中で、戦争捕虜を彼に個人的に引き渡すことにより、平和構築者としての彼のイメージにもう一つの推力を与えた。ドゥテルテは、この二、三〇年間亡命してオランダで生活を続けてきていたシソンが、和平交渉再開後すぐの帰国を期待している、と主張している。ドゥテルテはまた、CPPにいくつかの閣僚ポストも提供したが、それはシソンが「太っ腹」として歓迎した申し出だった。
 NDFPのルイス・ホランドニは、この提案は「団結に向けた大きな一歩であり、抑圧と搾取という束縛を取り除くだろう」と語った。NDFPは、ドゥテルテはフィリピンのウーゴ・チャベスになる可能性もある、とまでほのめかした。

CPPにとって
二律背反の情勢


 しかしドゥテルテの提案はCPPをある種難しい状況に置いている。ドゥテルテは、ミンダナオにおいてCPP部隊との結びつきを深めた年月を経て、彼らの間で共感を得ている。彼らが大統領への支持に対する彼の求めを拒否した場合、ドゥテルテは、ミンダナオの部隊と党指導部の間に楔を打ち込もうと試みることも可能だ。
 しかしCPPが彼の申し出を受け入れるならば、彼らは一ブルジョア政府のための弁解者で終わる、という危険を犯すことになる。提案された閣僚のポストは必ずしもCPPメンバとは限らない適任の「愛国者」に向ける、とのシソンの提起は、党と政府の間にいくらかの距離を作ると思われる。
 和平交渉再開というドゥテルテの計画は、似たような二律背反をもち出している。CPPは変わることなく、この国の諸問題を解決する唯一の道は暴力革命だと力説し、また彼らのゲリラ戦は新たな高いレベルに向け段階を上げるばかりになっている、と主張している。
 しかしながら新政権は、毛沢東派に武器を捨てさせたい。交渉の申し出に対する拒否は、CPPへの支持に犠牲を与えると思われる。しかしCPPは、政府に意味のある譲歩を迫るためにもっと多くの大衆的支持を必要としているのだ。
 今伝えられているところでは、ドゥテルテは財政や軍事といった国家権力の実質的中核を既成エリートの代表者の掌中に残す一方で、社会問題に関するポストを民族民主派に提案している。

独立社会主義左
翼の建設が課題


 ドゥテルテはフィリピンにどのような種類の「革命」をもたらすか、それを語るには早すぎる。確実と見える一つのことは、市民が予想できることとして、過酷な法と秩序の諸政策を伴ういくつかの実験だ。ドゥテルテはこれまで、死刑――絞首による――を再導入したい、と語ってきた。
 ダバオ市での彼の経歴は、容疑者の人権を気にかけない、ということを示している。最貧困層、社会のもっとも弱い部分は、こうしたことに最も高い対価を払うことになるだろう。警察の暴力はすでにはびこっている。警官は今や、警官は結果を気にせず行動できるべきだ、と考えている大統領を抱えている。
 この情勢は外からは厳しく見えるかもしれない。ドゥテルテの大統領期は、この国を悩ませている法的責任逃れ、貧困、また不平等には取り組まないだろう。強力な左翼のみがそれをやることができる。フィリピンはすでに相対的に力のある左翼を抱えている。しかしその左翼は、多数の政治グループ、運動団体、社会組織に広がって分散している。
 最新の選挙結果が示したように、この社会的重みを政治的な代表へと移し替えることは難しい。しかし、独立した社会主義的左翼の建設は、それが必要になって久しく、しかもそれを実体にすることができる献身的な活動家は数多くいる。(了)

英国

EU離脱投票から10日間

政治的大混乱次々波及

一方でレイシズム攻撃激化

テリー・コンウェイ

景気後退予測
と政府の消滅

 六月二三日の英国国民投票以後、情勢はこれまでにない早さで動き続けてきた。ポンドは、一九八五年後の最低水準にまで劇的に下落し、英国国債信用格付けは、AAAを失った。景気後退の可能性は極めて現実的となっている。
 首相のデイヴィッド・キャメロンは、ブレグジットの勝利後不可避となったこととして辞任した――しかし五〇条(離脱手続きを規定するリスボン条約:訳者)がこの秋に彼の継承者が着任する前に実効化させられることはない、ということをはっきりさせた。公式には、キャメロンは指導部選挙が終わるまでポストにとどまっている。とはいえ実際には、政府は全く機能していない。
 保守党を代表して離脱キャンペーンを率い、指導部に向けた先頭ランナーと見えたボリス・ジョンソンが、他のブレグジット支持派からの攻撃を受けて最後の瞬間に撤退したことをもって、首相継承をめぐる保守党内部の激しい戦闘が起こった。
 今や五人の候補者がいる。離脱派のリアム・フォックス(元国防相)、マイケル・ゴブ(司法省)、アンドレア・レッドサム(エネルギー・気候変動省副大臣)、そして残留派のスティーブン・クラブ(雇用年金相)、テリーザ・メイ(内相)だ。保守党の議員は、次の二、三週間にわたって、ただ二人の候補者が残るまで一連の投票を行うだろう。次いで党員たちは、先の二人の間での投票に機会を与えられるだろう(最終的に残った二人は、レッドサムとメイ:訳者)。現在テリーザ・メイが、残りの全部を合わせたよりもはるかに多くの支持議員を確保している――腹の内を見せている者は約五〇%にしかなっていないとしても。
 選出される者は誰であろうと、労働者の権利に対するもっと厳しい攻撃にのめり込み、実際には彼らの緊縮攻撃の結果である諸々の欠乏の責任を移民に被せ、レイシズムをさらにかき立てるだろう。

レイシズム攻撃
の大々的活性化


 警察は、離脱キャンペーンから、しかし特にそこからだけではなく、恥ずべきレイシズムの常態化が現れたキャンペーンの後、レイシズム攻撃の五倍増――疑いなく過小評価だが――を伝えている。難民支援に力を尽くした労働党議員であるジョー・コックスは、国民投票の一週間前一人のファシストによって暗殺された。
 ポーランド人共同体センターは攻撃され、トルコ人とスペイン人の店舗は窓を壊され、子どもたちは学校で嘲りを受け、国に帰れと告げられた。攻撃を受けている共同体は、EUの自由移動指令の下に英国にやってきた人々だけではなく、その家族が何世代にもわたって英国で暮らしてきた人々をも含んでいる。
 反レイシズム組織の「モニタリンググループ」は、ブレグジット投票以後、一一二件――経験上この組織が週平均で受け取ると思われる四件と比べて――の報告を受け取った。運動活動家でチャリティ責任者のスレッシュ・グローバーは「われわれは、『P』の一語で呼ばれている人びとと、ドアにリーフレットを差し込んできた『N』の語をもつ人々の、隣人間紛争について、電話を受けてきた」と語った。
 移民を防衛し、ヘイト犯罪に反対する重要な諸抗議行動、また諸共同体を貫く諸々の連帯行動を伴う抵抗がこれまでに行われてきた。

寒々しい労働党
右派のもくろみ


 労働党議員団の多数派は、左翼指導者のジェレミー・コービンが党指導者として選出されたことには、決して同意してこなかった。しかしこの選出は、昨年夏党員の倍化――特に若者の間で――を見た極度の活気に満ちたキャンペーンを受けたものだったのだ。
 この議員たちは、二〇一五年一二月の北西部にあるオールドハムの議席を争う重要な補欠選挙での予想された敗北後に、行動が可能になると期待した。しかし労働党は勝利した。次いで彼らは、労働党は今年五月の地方選で全くふるわないだろう、と期待した。しかし結果は彼らが望むものではなかった。
 コービンに辞任を迫る挑戦の最後の手段として彼らは、国民投票で労働党から一定の離脱投票があった、という事実を利用した。彼らは、指導部をめぐる争いで彼を打ち破ることができることを確信できないまま、影の内閣からの大量辞任で行動を合わせ、労働党議員団を通じた不信任動議を通過させた。
 しかしコービンは去るつもりなどない――そして、やれるならやってみろと挑んできた。党員数は再び急増(今週だけで六万人)を続けているが、反コービン派には一致できる候補者すらいない。一方、コービン支持の巨大な集会やデモが国中で起き続けている。そしてほとんどの労組はコービン支持を崩していない。
 その中で七月二日、五万人以上が「欧州のための行進」という形でロンドンを行進した。この集まりに刻まれた政治は疑いなくバラバラだった。EUに対し数多くが無批判であり、ある人びとは二度目の国民投票――それは右翼に、彼らのレイシズム的癇癪を溢れさせるもう一つの機会を与えるだけと思われる――を求めていた。しかし難民防衛のスローガンも少ないとは決して言えない数であり、自由移動を防衛する統一左翼のポスターは大いに人気を博した。
 コービンと彼のチームは、英国にいるEU諸国の国籍をもつ人々の地位の防衛、労働者の諸権利の防衛、さらに緊縮に加えて単一市場参入にも反対する点で、一定数の絶対的防衛線を設定しようと挑んでいる。この挑戦はもちろん、メディアからは全くほとんど取り上げられそうにもない。メディアは、勤労民衆の諸権利を守る諸政策よりもむしろはるかに、政治的真空に焦点を絞っている。
 この移ろいやすい情勢の中で労働党は、保守党に戦闘を仕掛ける実体のある好機をつかむことになると思われる。しかし党内右派は、こうした機会を丸々棒に振る準備は万端なのだ。それは、次の選挙でコービンが負けるということを彼らが恐れているからではなく、彼が勝つだろうと彼らが考えているからだ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年七月号) 

パキスタン

補欠選挙延期に

獄中の社会主義者への
大衆的支持に恐れ感じ

サジッド・アリ

 社会主義者であり、アワミ労働者党(AWP)ギルジット・バルチスタン代表、ババ・ジャンの獄中からの声は、パキスタンムスリム同盟/ナワズ(PMLN)を、ババ・ジャンの最新の選挙に対する獄中からの立候補に反対して国家機構を利用するまでに追い詰めつつある。彼らはそれほどに恐怖を感じているように見える。五月二五日、ギルジット・バルチスタン控訴裁判所最高審は、三日後に行われることが予定されていた補欠選挙を三週間延期した。
 PMLN政府は、他の主流政党と共に、さらに時間を稼ごうと必死の試みに出ている。ギルジット・バルチスタンというパキスタンが支配するヒマラヤ地域の議会における一議席を争う補欠選挙キャンペーンでの、ババ・ジャンに対する大衆的支持が理由だ。
 青年、女性、諸左翼、そして人権活動家を含むギルジット・バルチスタン社会のあらゆる層が、ババ・ジャンを支持して諸行動に加わってきた。
 ババ・ジャンは、テロリズムのでっち上げの罪で終身刑を科され三年以上投獄されてきた。彼はいかなるテロ行為にも一度も関わったことがなかったが、それでも彼の事件は、ギルジットの特別反テロ法廷で審理された。
 彼の唯一の罪は、多くの民衆に死をもたらし、数百家族をホームレスのままに置き去りにした、二〇一一年の地滑り大災害に際し、フンザ渓谷の民衆に対するパキスタン国家による補償を求めて、声を上げたことだった。
 最初ババ・ジャンの立候補申請書に対しては、ギルジット・バルチスタン控訴最高審において、ババ・ジャンが反テロ法廷で有罪宣告を受けたということを根拠に、PPP(パキスタン人民党)元候補者のザファル・イクバルによって異議が出された。最高控訴審の判事たちは、ババ・ジャンの立候補申請書に異議を突き付け得る法的根拠はまったくない、と認めた。さらに彼らは、ババ・ジャン事件に関しその表に出されていない諸側面が反テロ法廷によって明らかにされない限り、彼の立候補申請書についての決定を下すことはできない、と付け加えた。
 この裁判所による最新決定は、ババ・ジャンの支持者、およびパキスタンの指導的人権諸組織を含む国中の人権活動家たちから、激しい異議を受けている。諸国の社会主義運動もまた、人権を求める闘争の世界的象徴となっている革命的指導者のババ・ジャンに対する、彼らの連帯を示してきた。
 PMLN政府の死にものぐるいの選挙キャンペーンには、ギルジット・バルチスタンにおける社会開発政策パッケージの首相による公表のような、見え透いた票の買い取りが含まれている。このようなことは選挙法の深刻な侵犯になる。これらすべてにもかかわらず選挙管理委員会は、支配的政党に対するどのような行動も取ってはいない。
 ババ・ジャンに対するPMLNの国家機構利用があろうとも、すでに勝ち取られた道義的、社会的、また政治的勝利は、政府に対する大きな平手打ちになっている。(五月三一日) 


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