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    かけはし2016.年7月25日号

政府の執拗な妨害・特調委解散圧力


ただ1つの真実も明らかになっていない

セウォル号特調委が調査中の211件で結論出たのはゼロ

 「ハンギョレ21」は2014年4月16日からセウォル号惨事を追跡報道してきた。15年5月から財団法人「真実の力」と共に15万枚近い3テラバイト(TB)の資料を追跡・分析し、4部に渡って33回の記事を報道した。政府が4・16セウォル号惨事特別調査委員会の解散を圧迫している時点で、「ハンギョレ21」は再びセウォル号追跡報道を始める。(「ハンギョレ21」)
公文が放たれた。行政自治省は5月27日、「4・16セウォル号惨事特別調査委員会」(特調委)に「総合報告書と白書の作成・発刊のための委員会定員算定案提出要請」文書を送った。総合報告書と白書発刊に必要な職員数を6月3日までに関係部署に提出せよ、との内容が盛り込まれた。

政府各部署が調査終了を通告

 「セウォル号特別法」には「調査を終了した後、3カ月以内に総合報告書を作成」するようになっている。従って総合報告書作成の要求は、調査を終了せよとの要求だ。
調査終了を要求したのは行政省だけではない。企画財政省は6月7日、海洋水産省は6月9日、特調委に同趣旨の公文を送った。総合報告書発刊のための予算案と定員案を6月14日までに提出せよとの内容だ。
葛藤は6月21日に爆発した。海水省は同日、報道資料を出し、7月1日から特調委の人員を92人から72人に減らして総合報告書を作成するようにすると発表した。ただし、セウォル号の船体が引き揚げられれば船体調査には参加させるとの「気前」を見せた。
特調委は反発した。イ・ソッテ特調委委員長は6月22日に記者会見を行い「海水省の強制終了通告を全面拒否する」とし「7月1日以降も調査活動を継続するだろう」と発表した。
争点は委員会の構成日にある。セウォル号特別法には「委員会はその構成を終えた日から1年以内に活動を完了」しなければならないとしつつ「この期間内に活動を完了することが難しい場合、委員会の議決によって1回に限り活動期間を6カ月以内で延長するとことができる」となっている。
政府はセウォル号特別法が施行された2015年1月1日を委員会構成日と考えている。特調委は国務会議(閣議)で特調委予算が議決されて実質的活動が可能になった2015年8月4日を委員会構成日と判断する。
過去の事例を見ると、調査期間をめぐる争点は、こじれるほど大きな問題ではない。2005年12月29日、「親日反民族行為者の財産の国家帰属に関する特別法」(親日財産還収法)が施行された。同法には「親日反民族行為者財産調査委員会」(還収委)を設置するようになっている。親日財産還収法を見ると、還収委の活動期間の規定は特調委と一緒だ。「委員会はその構成を終えた日から4年以内に活動を完了」するようになっている。
ところで還収委の活動期間は2006年7月13日から2010年7月12日までだった。法が施行された日付ではなく、実際に還収委が構成された時点から活動期間を計算したのだ。特調委の構成日は2015年8月4日だと解釈しても法的に何の問題もないという意味だ。政府が特調委の活動開始日を2015年1月1日にこだわっているのは、特調委を可能な限り早々に解散させようとの意図と解釈するほかはない。

政府は予算・人事で妨害

 政府と与党が特調委を妨害するのは今に始まったことではない。特調委設立準備団が発足してからひと月ほどの2015年1月、キム・ジェウォン(当時)セヌリ党院内首席副代表は、特調委の組織規模が大きいとして「税金どろぼう」だと批難した。同年2月、セヌリ党が推薦したファン・ジョンウォン調査委員は記者会見を開き、「特調委の設立準備団は、任命状を受けておらず法的権限のない委員長が法的根拠もなく手続き的に正当性も欠如したままに設置した正体不明の組織なので直ちに解体しなければならない」と主張した。特調委の構成以前から、その力を削ぐことが始まったのだ。
実力行使もあった。政府は2015年3月27日、特調委の人員を設立準備団が要求した120人から90人に減らしたセウォル号特別法施行令を一方的に立法予告した。派遣公務員の比率も設立準備団の要求よりもはるかに高くしたし、この中には特調委の調査対象になる海水省や国民安全処の公務員も多数、含まれていた。イ・ソッテ委員長は、このような施行令は受けいれられないとして同年4月27日からソウル光化門で籠城を始めた。結局、施行令は6カ月後に120人に定員を増やし、海水省など派遣公務員の比率を減らすレベルにやっと調整され、2015年5月11日に国務会議を通過した。
施行令が通過して2カ月以上が過ぎた7月27日になってやっと特別職公務員の人事発令が実現した。予算が国務会議で通過したのは8月4日だった。特調委は9月末になってやっと本格的に調査する支度を整えることができた。
特調委の設立後も妨害作戦は続いた。2015年11月「マネー・トゥディ」は海水省が作成した「セウォル号特調委関連の懸案対応方案」の文件を報道した。同文件には「BH(青瓦台のこと)についての調査関連事項は積極的に対応」しなければならないとの内容が盛り込まれた。「必要な時には与党推薦委員全員辞退の意思表明」「偏向的な委員会運営を批判する声明書の発表」など、具体的な特調委妨害計画も含まれた。「与党推薦委員および派遣公務員間の疎通の強化」を通じて特調委の内部情報をくすねる計画も立てた。

積荷、船内放送なども独自調査


政府の部署は調査に対して満足に協力しなかった。特調委はセウォル号惨事の当時、青瓦台の対応が適切だったのか調査するために、2015年12月からソウル中央地検に加藤達也「産経新聞」前ソウル支局長の捜査資料を要請した。検察は、8月3日「産経新聞」インターネット版に「パク・クネ大統領、旅客船沈没当日行方不明、誰と会ったのだろうか」という見出しの記事を書いた加藤前支局長を名誉棄損の容疑で捜査した後、裁判に回付した状況だった。当時、検察は捜査を進めつつ、青瓦台からパク大統領のセウォル号惨事当日の行動に関する資料の一部を提出されていた。けれどもソウル中央地検は6月2日、捜査資料の提供を拒否した。
至るところ障害だらけの上に、行く道は遠い。特調委が現在調査している事件は全部で211件だ。セウォル号の沈没原因から青瓦台の対応の適切性是非、国家情報院の連累疑惑(注)、全員救助の誤報原因など、さまざまな分野にわたっている。
けれども、まだ特調委全員委員会で通過した調査結果報告書は1件もない。クォン・ヨンビン特調委真相糾明小委員会は「全体的に見れば30%程度の調査を進めたものと判断する」と語った。
特調委の成果が全くないわけではない。特調委は惨事当日セウォル号に積まれた鉄筋400余tが済州海軍基地建設の資材として使用される計画だったという情況を確認した。けれども真実を明らかにする仕事は網のように絡まっている。一端を絞っても、真実をひきあげる網の全体が完成しない。
まず鉄筋過積が沈没と関連があるのか問いつめてみなければならない。特調委は自主調査したセウォル号の貨物量と航海速度、潮流などのデータを活用して沈没の過程を何度もシミュレーションしている。現在の条件ではセウォル号が沈没しないとの結果が出てきたものと伝えられる。沈没当時の状況が完璧に復原されていないか、惨事の別の原因が存在する可能性があるのだ。
このほかにも特調委は惨事当日、セウォル号で船内待機放送が12回も持続的になされた理由など、幾つかの事件の調査結果を提出する準備をしている。
今後、分析すべき資料も多い。特調委は海洋警備安全本部が、セウォル号惨事当日から捜索が終了した2014年11月11日までの海警と軍の交信内容を一部、受け取りもした。今日まで公開されていない資料によって、政府の惨事当日の対応や救助過程の問題点をもっと具体的に把握する新たな機会が開かれる訳だ。
この時点で政府が特調委の活動を強制によって終了するのなら真相糾明の希望は消える。特調委がセウォル号惨事の真実を明らかにする意志を持った唯一の政府機関であるからだ。特にセウォル号の引き揚げを前にしているという点で、特調委の必要性はより一層、切実だ。特調委がなくなればセウォル号の船体をキチンと調査する機関が存在しない。

船体の引き揚げをめぐる攻防

 海水省は特調委が9月30日までに総合報告書の作成を完了するが、セウォル号の船体調査には参加することができると発表した。けれども船体の引き揚げ計画は何度も延期された。海水省は8月に船体引き揚げを完了するという計画だけれども、台風などの気象状況によって、この計画はまた延期されかねない。9月以降に船体引き揚げが延ばされれば特調委は船体調査もすることができない。セウォル号惨事の真相を明らかにする総合報告書の作成も不可能になる。結局、真実は埋められる。政府の責任だ。(「ハンギョレ21」第1118号、16年7月4日付、チョン・ファンボン、キム・ソンシク、ソン・ホジン記者)
注 セウォル号は事故発生時に国情院に何よりもまっ先に報告するように指定された唯一の旅客船だ。国情院は事故直後、セウォル号の1等機関士など複数の人物を調査したことが知られている。国情院とセウォル号の関係についての疑惑は続いている。

法律通りにやってくれ

国家記録院に渡れば永久非公開も

 「4・16セウォル号惨事特別調査委員会」(特調委)が初の調査を始めたのは2015年9月21日だ。最初の作業は「セウォル号惨事以降に収去復元した船内閉回路テレビジョン(CCTV)映像の造作の有無の確認」だった。その後、特調委は200余件の調査を進めつつ、セウォル号事件の検察捜査記録から遺家族が手当たり次第に集めた事故関連記録に至るまで数多くの資料を入手した。まだ検討できていない資料も数えきれないほど多い。

カネで「記録」
を妨害する政府
セウォル号特別法には特調委が収集した資料をセウォル号の惨事の最後まで記憶する「里程表」によって、同じような悲劇を繰り返されないようにする「教科書」として残すための痕跡が残っている。セウォル号特別法第48条(資料記録団の設置)を見ると、「委員会は事務所内に4・16セウォル号惨事に関連する資料を収集し保存するための資料記録団を設置し運営する」ことができ「資料記録団が収集した資料は追悼関連施設に保管・展示する」となっている。大部分の政府記録物は国家記録院に移管されるが特調委の記録は別途保管して展示できるようにしたのだ。
ところが政府は露骨に特調委の強制的終了方針を強行するとともに、特調委の資料が当初の趣旨通りに活用することができるのか疑問が提起される。政府が特調委の記録関連予算を削減したこともまた、このような憂慮を裏付ける。
特調委は政府に電子文書を自動記録・保管できるシステムを構築するための予算を申請した。このようなシステムがなければ特調委のさまざまな電子決済文書を効率的に管理するのは困難だ。けれども政府は関連予算をすべて削除した。結局、電子文書を整理しようとするならば別途の手間をかけなければならない。政府が特調委の活動終了時点として挙げている9月30日までに資料の整理が可能となるかは不透明な状況だ。特調委だけではなくセウォル号の資料保存もまた危機に陥ったのだ。
資料記録団を設置しなければ関連資料は、そのまま国家記録院に移管される可能性が高い。資料を送る時にそれぞれの公開の可否などを設定するのは特調委だ。けれども国家記録院では該当資料を公開記録と非公開記録に再分類することができる。

最少5年間は
非公開の措置
記録管理専門家のチョン・ジンハン「変える、世の中を変える夢」常任理事は、「国家記録院に資料を送れば少なくとも5年間は再分類を名目として関連記録が『非公開』処理される。国家記録院の判断によって『永久非公開』に分類される資料も存在するだろう。これはセウォル号惨事を最後まで記憶するために資料を追悼関連施設に保管するようにした特別法の趣旨に反することだ」と語った。
特調委の関係者は「さまざまな困難はあるが資料記録団を作り、セウォル号関連の資料が意味を持って活動できるように努力していく」と語ったけれども、時間も予算も人力も、途方もなく不足している状態だ。(「ハンギョレ21」第1118号、16年7月4日付、チョン・ファンボ記者)

 


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