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    かけはし2016.年8月1日号

5つ星運動(M5S)の勝利


イタリア

極右の北部同盟も敗北

首相、極右、二人のマッテオの危機

多くのオルタナティブの可能性が広がる

トマス・ミュンツァー



 政権党が大敗したイタリア地方選については本紙七月四日号で速報したが、その背景をより具体的に掘り下げた論考を以下に紹介する。この間勢いを示してきた極右の北部同盟も敗北したことを含め、既成システムへの拒絶感の大きさが示されている。(「かけはし」編集部)
 今回の地方選は、いずれそのうちと語られてきた何ごとか――政治、特にこの二五年にわたってイタリアの統治を交代で行ってきた政治組織と社会の間で広がるばかりの距離――の典型をなしている。今回、現実と一致しないものであること、そして誤解に対する報いは、レンツィのPD(民主党、注一)に向かわなければならない。

カネの無駄遣い
とスキャンダル
わずか三カ月前、PD書記局の一員は、「レンツィ世代」の典型的な横柄さをもって、石炭採掘に反対して環境を保護することに関する国民投票に参加した全員をからかうという、すばらしい考えを抱いた。この国民投票は有権者の三五%しか動員できず、それゆえ――五〇%という基準に達しなかった以上――失敗した。現実をもっとはるかによく理解しているコメディアンのマウリツィオ・クロッサは「彼らは二度目も投票するつもりなのだから、投票に出かけた人びとを侮辱することには用心せよ」とコメントした。棄権率四〇%を基にした場合、この三五%は遅かれ早かれ多数派となり、彼らを侮辱することはおそらく最良の考えではなかった。このことを理解するためには、基本的に、起きようとしていることに対する一定の感覚、あるいは少なくともいわば計算機をもっていることが必要なだけだ。
しかし、起きようとしていたことを理解することに対するこの失態は、ローマで一つの高みに達した。そこではすでにPDは、マフィアの首都のスキャンダル(注二)が原因で、不利な立場から選挙に入っていた。そのようなスキャンダルと数え切れないような問題を抱える都市のど真ん中で、市長選と市議会選のキャンペーン全体の基礎をオリンピック招致とオリンピックスタジアムの問題に置こうとは、何という賢い戦略だろうか!
これらはまさに、過去何十年間もカネの無駄遣いとスキャンダルを生み出してきた類の計画なのだ。オリンピック・スタジアム前のイベントで実際に選挙キャンペーンを締めくくるという独創的な考えは、以下の事実を図らずも明かした――地方紙によって、またその程度であれば他のメディアによって増幅されて――ように見える。その事実とは、二人の候補者のうちPDの候補者は、ローマの真のボスたち――投機屋とデベロッパー――のビジネス業務の継続を保証していた、ということだ。

ローマでM5S
が圧倒的勝利
モダン政治は、普通の人びとが現実との間にもっている実体的結び目や社会的根のことがまったく分からない。その理由は、生きている現実を適切に――少なくとも時々は――注視することを忘れるほどまで、それが、公式的物語によるそれ自身の指示に縛り付けられているからだ。
経済的かつ社会的な危機は八年間も人びとに打撃を加え続けてきた。そしてこの対価を払い続けている人びとは、今抜本的な対応を緊急に求めている。しかし彼らの期待は連続的に裏切られてきただけだった。景気回復は進行中だ、もっと多くの仕事が今ある、あるいはローマ(サッカークラブ)はそのトッププレーヤーを売らざるを得なくならずに新スタジアムを確保できるだろうということであっても、永久に繰り返すだけで十分だ、などと考えることは少しばかり困難だ。
ローマとトリノの労働者階級が住む郊外での目立った投票パターンは、今回の選挙結果の社会的ないしは階級的基礎を表現している。決選投票では、ローマでの第一回投票の場合とまさに同じく、PDが幾分か勝ちを収めたのは、歴史的な中心部とパリオリ住宅地(注三)だけだったことを示した。五つ星運動(M5S)は、他の全地域でダブルスコアの得票となり、トル・ベラ・モナカの伝統的な労働者階級拠点では実に七〇%も得票した。
それは、トリノでも同じことだった。そこではM5Sの候補者、チアラ・アペンディノが、そこここの労働者階級地域で、そして二つのトリノの存在――中心部での観光客向け見せ物と、さらにずっと危機を経験してきた人びとの社会問題――について、激しく攻撃した。
明らかに根本的な変革を求める切望がある。しかし人びとは身近にある用具を使う。ただし、それは政治的であるかもしれないと混同し、時に半分の熱の入れ方で、しかしそうであっても、それが棄権を意味する場合を含めて、本物の怒りをもってだ。ローマでのM5Sの勝利後、意味のある大衆的な祝勝行動は一つもなかった(ナポリの場合とは異なり)。しかしこの投票が、過去二〇年間この都市を統治してきた者たちに、また今この国の政権にある者たちに反対する実体のある投票であったことに、疑いはまったくない。

右翼は二カ所の
歴史的拠点失う
しかし敗北を喫した者はレンツィだけではなく、またいくつかのところでは実際上光景から消えていた右翼もそうだった。大都市でPDは、ボローニャやミラノでのように、決選投票で中道右派を前にしたところだけで何とか勝つことができたように見えた。その一方ナポリでは、彼らはデ・マジストリスによって完璧に葬られた(注四)。
その上右翼はその歴史ある拠点のうち二つ――ヴァレーゼ(北部同盟が二三年間統治してきたところ、イタリア北部)とラティナ(ローマ南方)――を失った。後者の場合では、PDへのオルタナティブとして設立された市民リスト(ラティナ・ベネ・コムネ)が、七五%というソビエトスタイルの得票率で右翼に勝った。つまり、ベルルスコーニが歯止めの利かない後退を示している中で、サルヴィニ(注一)の陣営がそこから利益を受けるということはなかったのだ。
それは、トリノのように、またヴァレーゼではなおのこと、強力なその地におけるアイデンティティを主張したところで敗北した。北部同盟はまだ、中道右派地域内部での支持を勝ち取ることができずにいる。そして、抗議票をめぐる戦闘では、M5Sの競争相手ではない。二回目の決選投票で、北部同盟とメローニ(注五)の支持者たちが、ボローニャやミラノとは異なって、M5Sへの投票に大挙して傾いたのは偶然ではないのだ。
確かに中道右派は、たとえばトリエステのように、いくつかの都市をPDから取り戻し、トスカナでは新たにいくつかの市議会を勝ち取った。彼らは、パリシ(注六)と彼の再統一した中道右派の中に、可能な帰還の道を見出すことができたと期待している。しかしながら、真に危機に入り込んだものは、唯一のあり得るオルタナティブとしてメディアがもち出した、二人のマッテオ――同じ名前をもつ同世代のメンバ――という考えなのだ。

不安定雇用の拡大
社会保障の崩壊
現実にかつて以上にわれわれが今見ているものは、さまざまな種類のあり得る結果を指し示す可能性のある、一層気まぐれな、あるいは「流動的な」投票だ。経済的危機の頂点を飾るものは、諸政党に対する、また実際はあらゆる社会全体に関する政治構想に対する信用度の危機だ。これが、選挙における気まぐれさ、そして極めて急速度の膨張と収縮に転じ得る、そうした政治現象に導いている。
レンツィの計画が二〇年は長続きするだろうと示唆した評者たちは、社会の分析において表面的だった。そしてその社会は、不安定雇用によって断片化され、新たなタイプの主体性と社会的帰属性が、これから確定されなければならない、そうした社会なのだ。社会保障は、もはや諸層全体に保証されることはなく、一つのグループや階級の中にいるという感覚は、ますます弱くなっている。政権自体もより弱体になり、それに応じて古典的な保護システムも壊れつつある(明らかなこととして、他のもっと現代的なシステムで置き換えられ得るとしても)。M5S運動の安定性ですら、特に、野党にいるという安楽さをもはや享受できず、政府内でのその実績によって判定されることになる以上、当然のことと考えることはできない。
デ・マジストリスを使ってナポリで起きたこと、あるいはより小さな規模でラティナや他の場所で起きたことは、オルタナティブとなる計画が異なったより進歩的な内容を持ちえるということを示している。しかしそれは彼らが、古い機構と再度結合しようとしたり、急進左翼が行う傾向のある何らかの古い政治的ツールを使おうと試みることのない断固としたやり方で、自分自身を前に進める場合だけだ。

新自由主義と
持続する危機
確かなこととして、ベッペ・グリロのM5Sがもつ特別の性格は、その二〇の場合のうち一九で勝利を収めるほど、決選投票に特に適している。ビルジニア・ラッジはローマで、第一回の総計四六万票から七七万票に、トリノの彼女の対応者であるアペンディノは一〇万七〇〇〇票から二〇万二〇〇〇票まで前進し、一方ミラノでPDのサラは、二二万四〇〇〇票から二六万四〇〇〇票までしか進めず、ナポリのデ・マジストリスですら、一七万二〇〇〇票から一八万五〇〇〇票へと、特に安定を保った(六五%という記録的な棄権率をもつ市で)。
一方でM5Sの勝利を右翼が引き起こしたものと描く――退職後を楽しむために引退しようとしているファッシノ〈今回敗北した前トリノ市長:訳者〉が試みているように――ことも表面的だ。真実は、「右でも左でもなく」、正直、という彼らの商標、そして現行政治に対する徹底的なオルタナティブが、失望したPD支持者やベルルスコーニに見捨てられた者たちから、しかしまたその運動に助けとなっている限りで、極右支持者や急進左翼の支持者からさえも、彼らが票を絞り出すことを可能にしている、ということだ。
デ・マジストリスは、第一回投票における彼に対する強固な中核的支持に基づいて簡単に決選投票に勝利した以上、これは違った事例だ。彼の運動はM5Sのいくつかの側面を体現し、それによってここでの後者の支持を最低限にまで低下させているが、しかしこの運動は一切合切を飲み込む党ではない。それは、はるかに強い左翼的アイデンティティによって、またこの都市のより急進的な諸運動との間に確保している創造的な諸関係の中で、特徴づけられている。何千人ものその活動家と支持者による祝賀行動がこの証拠だ。
レンツィは彼の政治的生き残りをこの秋の憲法改訂国民投票に賭けようとしている。しかしこれは、二回投票制の新たな選挙制度改革に結びついている。逆説的だがこれはM5Sに有利だ。したがって、ことがどちらの方向に動こうが、情勢は政治的に非常に流動的なままとどまっている。
多くの評論家は、マドリードとバルセロナの市長の勝者(前者ではマムエラ・カルメナ、後者ではアダ・コラウ)とイタリアの結果の間に類似性を描いてきた。しかし情勢はまったく異なっている。われわれはここでは、その後に代わりとなる政治空間を占めること導いた敵対的な社会運動を経験したことがない。ここには、「怒れる者たち」も、その政治的波及力が政治的対立を深めたカタルーニャにおけるような行動的住宅運動も、まったくないのだ。
しかしここでも、想定では諸々の危機への対処とされている緊縮の新自由主義諸政策の正統性には、深まり続ける危機があり、そして昨日の投票は新たな局面の幕を開いた。政府はより弱体化されて現れた。支配階級は懸念し、あり得るオルタナティブを注視している。

 

社会的諸闘争を
発展させよう
都市における政治的幕開けは可能だが、しかしそれは、われわれがM5Sの代表者たちに単純に権力を委任するという考えを、さっさと捨てることができた場合だけのことだ。ローマとトリノの市議会は、彼らが、正直さとより多くの民主主義という要求を超えて進む、明確にされた政治構想と組織だった政治指導部をもっていないからには、反対の方向に進む可能性もあるのだ。M5Sは極めて強いメディアの圧力を受けるだろう(ローマの強力な利害関係者に近い各紙の選挙期間中の役割を見よ)。そしてこの運動は、右翼の政治陣営と共にということも含め、行き当たりばったりの、まずいやり方で応じる可能性もあるのだ。
しかし否定できないことは、社会運動にとって対決の一空間が開放され、われわれがそれを利用できるならば、特にいくつかの綱領点に関し、M5Sの新地方政府に挑戦しなければならない、ということだ。
チアラ・アペンディノがもし街頭で「ヴァル・スサにパスを渡そう」(注七)と求めたとすれば、その時「ノーTav」の諸運動は、具体的な成果を作るために介入するより大きな可能性を確保し、それはより穏健な立場への転回のすべてを弱める。それはローマでも、債務監査に関し、水道の公的所有に関し、社会的空間の自主管理に関し、またオリンピック招致ノーや新たな投機的ビル開発ノーに関し同じことだ。それは、敵対的取り組みに向かう能力を備えた彼らの政策に関し挑戦を受ける地方自治体議会の問題だ。しかしこの場合は、われわれが当地の支配階級の議会にいる友人に反対してきた、いつもの方法と同じ方法によるものではない。
マサ・クリティカ―デシデ・ザ・シッタ(批判的大衆、市の諸決定)という名称をもつ民衆総会との関係の中でのマジストリスのナポリにおける実験は、依然として見守るべきもっとも興味を引くモデルだ。自己統治に向かうその潜在的可能性の強化は、この都市の統治においてあり得るオルタナティブの輪郭を描く目的では原理的なものになるだろう。われわれはまた、M5S市議会と対立するいくつかの領域での介入に向けて、いくつかの教訓と考えを引き出すこともできるだろう。
彼らの諸政策が当地の支配階級が支配する市議会との明確な決裂の立場を本当に取ろうとするつもりになるとすれば、それは大きな程度で、関係する同じ領域(私有化、投機的開発、職および公的産品とサービスの管理)でM5Sが彼らにつづくよう、諸運動が彼らに圧力をかけるか否かにかかるだろう。
これらの根拠に立って、社会的諸闘争を発展させること、そして自立的なやり方で政治的舞台で諸運動が展開することが緊急の課題となっている。それらの運動は、諸々の都市の統治を出発点に、新しいタイプの基盤を築き、全体的な政治的構想を発展させ、この国の政治的かつ社会的諸政策を真に変革する試みの中で、上に見た正統性の危機に介入する必要がある。

▼筆者はウェブサイト向けに書いている。

注一)二人のマッテオとは、マッテオ・レンツィがPDの指導者かつ首相であり、マッテオ・サルヴィニが右翼ポピュリズムの北部同盟指導者であることから来ている。
注二)そのいくつかが犯罪となっているビジネス利害にまつわる腐敗に関与している、もう一つの政治家の事例。
注三)その両者とも、暮らし向きのいい層の住宅地。
注四)デ・マジストリスは、PDの左にある者たちと当地のキャンペーン諸運動を含む一つの連合を作り上げてきた。彼は前回選挙でもPDを破った。
注五)右翼のフラテッリ・デッラ・イタリア(イタリアの兄弟たち)の指導者、かつローマ市長候補者。
注六)フォルツァ・イタリア(ベルルスコーニの政党)の指導者、かつミラノで敗北した市長候補者。
注七)トリノとフランスをつなぐ高速鉄道構想を止めるために、サルサ・デ・スサの共同体による何年間もの闘争が闘われてきた。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年六月号) 


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