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    かけはし2016.年8月8日号

金日成政権の歴史的評価について


第二次世界大戦後の東アジア

極東解放革命と統一朝鮮革命 (上)

われわれは朝鮮革命をどう考えていたか

歴史的検証に向けたレジュメ


 本紙前号に、木下正同志の「研究ノート」に関する滝山五郎同志の批判を掲載した。同批判の末尾に資料として「第四インター日本支部が北朝鮮・金日成政権をどう考えていたのか」を検証する二〇〇三年のアジア連帯講座の報告レジュメを掲載すると予告した。これから三回にわたって同レジュメを資料として掲載する。(編集部)

ロシア革命の成立とその後のスターリンによる革命の簒奪とトロツキー・第四インターの闘い

 一.スターリニスト官僚制打倒の政治革命をどのように考えていたのか
堕落した労働者に国家における闘争のスローガン
第四インター世界大会の決議より

 二.中国革命に対する左翼反対派の立場と中国トロツキストの形成
トロツキーら左翼反対派とスターリン 国共合作からの離脱と蒋介石との闘い
第二次中国革命の敗北(1925―27年)、上海での蒋介石による反革命クーデター

 三.中国の第三次革命(抗日戦と国共内戦の1949年勝利)の勝利と台湾・香港問題第二次世界大戦の結果として、ソ連・東欧体制の確立とアジアにおける日帝の敗北による中国、ベトナム、朝鮮での労働者国家の成立。
中国、ベトナムでの自力的解放、朝鮮半島ではソ連軍の占領による「解放」。朝鮮戦争、ベトナムでの反仏戦争の勝利。しかし、一七度線、台湾海峡、三八度線―分断の成立。米ソ(中)平和共存体制の固定化。

 四.一九六〇年代のベトナムにおける解放戦線の戦いによって、この均衡状況がうち破られていく。

一九六五年北爆開始。アメリカ軍直接介入。
一九六六年中国文革の開始
一九六八年テト攻勢、全世界におけるベトナム反戦闘争の高揚、フランスにおけるドゴール打倒、イタリアの熱い夏、チェコ・プラハの春とソ連軍の介入。
一九六九年、中ソ国境武力衝突。

帝国主義、堕落した労働者国家、植民地――三ブロック階級闘争
この平面的なとらえ方を超えるものとして、ベトナム革命が現状維持的世界的二重権力状況を突破し、世界永久革命に向かう。ベトナム革命と連帯し、分断体制を突破するアジア革命。つまり、米日韓(台湾)の反革命体制の打倒。極東解放革命。その一環として、極東アジアの反革命拠点としての日本。その集中する環として当時、米軍政のもとにあった沖縄。そして沖縄の米軍基地撤去、祖国復帰闘争の高揚。
極東解放革命の提起は「日本一国革命」ではなく、トロツキー・第四インターの歴史的連続性、アジア革命としての日本革命を位置づけるものとしてあった。
一九六九年、学生インターの学生たちによる韓国大使館突入闘争は、当時の朴による大統領三選禁止を変えて長期独裁に反対する韓国民衆との連帯闘争であった。
この当時、中国革命から二〇年しかたっておらず、タイ、マレーシア、インドシナ三国では武装解放闘争が戦われていた。日本では、六〇年安保から一〇年。まだ、革命の現実性を実感でき、確信していた。

 五.朴軍事独裁体制打倒の民主主義革命と金日成官僚制打倒の政治革命――統一朝鮮革命(社会主義へ向かう連続革命)
北朝鮮――ソ連軍の占領によって成立した国家体制国内共産主義者 朴憲永――南労党、ソ連派、延安派など次々と粛清していくことによって成立した官僚的にゆがめられた労働者国家・金日成体制。一度も自立した労農大衆による革命運動を経験していない。この金日成体制に対する明確な批判を最初からもっていた。

一九七〇年 四・一九革命一〇周年記念 木原論文

極東解放革命
統一朝鮮革命の勝利めざし朝日両人民の団結万才!
米日帝国主義軍事体制を解体打倒し、金日成官僚支配に代る統一朝鮮樹立をかちとり革命労農極東アジアを勝利させよ!
……「金日成官僚支配体制の成立の主導的要因たる米・日・「韓」の反革命支配体制の解体を図ることが根本的任務であると自覚する。これら極東反革命支配体制の解体の一歩ごとが、金日成官僚支配体制の政治基盤を喪失せしめてゆくであろう。なによりもまずわれわれは、一切の排外主義的諸傾向を解体し自身を強固な反帝国主義の戦線へと発展させねばならない。かかる闘争を展開しようとする者こそが、金日成官僚支配体制打倒のスローガンを掲げるうるものである。……金日成の弾圧により粛清された朴憲永と南朝鮮労働党の闘士たちの最後の声―朝鮮共産党万歳!金日成打倒!―を発展させうるものである。」……(「世界革命、70年4月5日)

 この論文では、南の革命と同時に、金日成官僚体制打倒の統一朝鮮革命を提起している。

一九七二年二月ニクソン訪中、七・四南北朝鮮共同声明


南北共同声明に対する立場
朴軍事独裁権力を打倒せよ
ベトナムを孤立化させる平和共存外交反対
……毛沢東主義(あるいは金日成)のイデオロギーと対決して、アジア(社会主義)合衆国に向けた永久革命の意識的潮流を全アジアに準備すること。
……朝鮮の南北統一をめざす朴軍事警察支配体制打倒とボナパルチスト的金日成官僚体制を労働者農民の徹底した民主主義体制をもっておきかえるための闘いが、全アジア革命と極東解放革命のなかでますます具体的で切迫した課題として提起されつつある。
朴軍事独裁打倒 南部朝鮮労働者・農民・兵士の政府を樹立せよ 金日成官僚体制打倒 南北統一朝鮮革命万歳

……われわれは、北部から南部にたいする機械的な武力解放路線を主張するものでは絶対にない。現瞬間に要求されていることは、朴軍事政権と南北統一にむけた「平和共存」路線を共同で声明することではなくて、ベトナム・インドシナ人民の大義を説きあかし、労農人民自身の大衆的な南北交流を呼びかけることである。われわれは、この点においてまた、北部朝鮮の国家と経済の建設をになっている労働者農民大衆自身の自由な民主主義が実現されなければならない。それは、南部における労農人民の朴軍事政権打倒の闘いに強力な力をあたえるであろう。……(「世界革命」1972年7月21号)

金日成官僚体制について
帝国主義の圧力が官僚体制を作り出している。だからこそ、ベトナム革命の進展や韓国での民衆運動の発展は、帝国主義の圧力をなくし、北朝鮮の労農大衆を活性化させ、官僚打倒に向かうだろうと予測している。
しかし、その予測とは逆のことが北朝鮮では進行していた。
一九六七年に、金日成の唯一絶対体制づくりと、同時に金正日を後継にする体制が一体となってすすめられ、官僚体制はますます強められていった。在日帰国者への弾圧も一九七〇年代に入って激しさをましていった。
一九六五年、韓国のベトナム派兵があり、北は一九六七年、大統領府青瓦台襲撃ゲリラ、米スパイ船プエブロ拿捕事件など、南派ゲリラ派遣(統一革命党があるとされた)の武力統一路線が進められた。
一九六七年、甲山派を追い落とし、党中央委第四期一五回全員会議の開催によって、金日成唯一思想体制を確立。六七―七〇年党員証交換事業を行い、大量粛清があったとされる。中国文革に似た外国の文化・技術などを排撃した。文革時、紅衛兵の金日成批判、中国との関係が悪化。林彪の後継を決めた中国九全大会をみて、金正日の後継をきめていく。七三年、金正日、三大革命小組運動、七四年、金正日(32歳)、政治委員会政治委員、秘書局秘書。後継が決定されたが、公表はしなかった。金日成五二歳。 (つづく)

資料

相模原市障害者殺傷事件に対する抗議声明

特定非営利活動法人DPI(障害者インターナショナル)日本会議議長 平野みどり

 わたしたちDPI(障害者インターナショナル)日本会議は、障害の種別を越えて障害者が障害のない人と共に生きることができる社会づくりのための運動を行っている団体であり、北海道から沖縄まで九一の団体で構成されている障害当事者団体である。
 二〇一六年七月二六日未明に相模原市の障害者施設で起きた障害者殺傷事件によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、負傷された方々に心よりお見舞いを申し上げます。
 現時点で事件の全容は不明でありその解明は今後を待たなければならないが、報道によると容疑者は深夜に施設に入り、障害者を刃物で次々と襲い、殺傷し、神奈川県警の調べに対し「障害者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしているとも伝えられている。
 もし、これが事実だとすると、障害者を「あってはならない存在」とする優生思想に基づく行為に他ならず、私たちDPI日本会議はここに強い怒りと深い悲しみを込めて断固として優生思想と闘っていくことを改めて誓う。
 近年、閉塞感が強まる中、障害者をはじめとするマイノリティに対するヘイトスピーチやヘイトクライムが引き起こされる社会状況の中で、今回の事件が起きたことを看過してはならない。
 ヘイトスピーチ、ヘイトクライムを許さず、それらが引き起こされる社会状況を変革し、誰もが排除したりされたりしないインクルーシブな社会づくりを進めていくことが求められている。
 障害者分野では、二〇一四年に障害者権利条約が批准され、今年四月からは障害者差別解消法が施行されるなど、障害の有無によって分け隔てられることのない共生社会=インクルーシブな社会づくりを目指した取り組みが進められてきた。
 私たちは、今回の事件にひるむことなく、障害者の生命と尊厳がまもられ、様々な権利が行使できるように、インクルーシブ社会に向けた活動をより一層強める決意である。
 なお、容疑者とされる者の入院歴等が一部マスコミで取り沙汰されているが、事件の全容が解明されていない中で偏見と予断を煽りかねない報道は差し控えられることをあわせて求めるものである。

 



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