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    かけはし2016.年8月29日号

天皇の「生前退位」メッセージをどう見るか?


天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)に聞く

新しい「Xデー」・改憲・象徴天皇制
国家の再編に立ち向かうために

 七月一三日のニュースで流れた天皇の「生前退位」意向、そして八月八日の明仁天皇自身の「ビデオメッセージ」は象徴天皇制国家の「隠された部分」を浮き彫りにした。改憲と天皇制国家のあり方の改変に向けた天皇自身による「Xデー状況」の発動である。反天皇制運動連絡会の天野恵一さんに話を聞いた。(本編集部)

「天皇メッセージ」に
込められた「決意」

――さる七月一三日、天皇の「生前退位」の意向がNHKのニュースで流れました。宮内庁はいったんはその「意向」を否定しました。しかし結局否定しがたいものになって八月八日に天皇のメッセージという「玉音放送」のようなものが流れたのですが、天皇が直接TVで語りかけるのは、二〇一一年三月の東日本大震災・福島原発事故の時に続いて二回目になりますね。
私があの放送を見ていて感じたのは、天皇がかなり思いつめて訴えかけるという内容だなということでした。このままでは天皇の役割が果たせなくなる状況になってしまうということが天皇の言葉として語られ、しかもその中で、天皇制の機能について「日本国の象徴であり、国民統合の象徴である」と言った上で、「国民統合の象徴」については黙っていても「国民統合の象徴」になるわけではない、「国民統合」の役割を果たすための行為がいっぱいあって、それを果たしていくことが重要だと強調していたわけです。
反天連が出した声明(本紙八月一五日号掲載)の中でも「国民統合」の機能を果たすことは「国事行為」でもなんでもないわけであって、「公務」と言われていることはそれ自身が違憲の行為であると言われていますが、天野さんからまず天皇発言を聞いた印象について話してください。

天野 面倒くさいことがあります。そもそも天皇の意向で、被災地などに行くのか、あるいはサイパンやフィリピンに行くのか、ということですね。マスコミなどは「天皇のお気持ち」がまずあって、「慰霊」や被災地訪問が行われている、と言ってきました。今回もそうした体裁をとっています。マスコミやその背後にある政治的意思と天皇の意思がどういう関係にあるのかは、最初に立ち止まって考えなければいけないことだと思うんです。
だけど今、あなたが言ってたようにマスコミや権力者が作ったというイメージだけではなくて、天皇自身がどういう天皇制を定着させていくかという点で、すこぶるいろんなことを考えて動いていたということが、この局面で全面的に露出したという感じがします。
「国民統合」を行為として担うことが自分の任務だと天皇は思っている。国事行為に規定されていること以外もどんどんやるべきだと考えやってきたということですね。そうしたことの総括として今回の発言が出ている。それは大きな問題です。象徴天皇制を天皇自身が自己規定していいものではないですから。
立憲主義では、天皇は憲法が規定する象徴天皇の役割を公務員として担うことになっています。天皇は自分の意志で自分の任務を決めることができないわけです。憲法の枠組の中で生きるということだとすれば、今回の天皇発言は随分な話だと思います。報道のされ方の異様さという点で言えば、そうした天皇制の前提である憲法を踏みにじる「随分なことをやっている」という声がどこにも出てこないことが一番大きな問題でしょう。

 一体、何が起きたのか


天野 それを前提にして、あなたのはじめの言葉の中にもありましたが、宮内庁も官邸も、天皇にそういう意思(生前退位)があることを最初の報道では公的には否定したわけですよね。否定したコメントと一緒に天皇の意志が報じられる、というすごく奇妙な事態が進んでいきました。実際に起きたことは、なんらかの天皇のメッセージがあるということも報じられ、その通りになっただけです。誤報でもなんでもなくて、天皇たちが準備したプログラムがあってそのプログラム通りに事が進んでいったことは、今や明々白々です。
そこでまずはじめに立ち止まって考えなければならない一番大きな問題は、このことが一体何なのかということです。普通で考えれば、「事実無根の誤報」をあれだけ大々的にやったら責任問題が発生しますよね。「事実無根」だと官邸も宮内庁も言いました。宮内庁と官邸が事実無根だと言った限り、天皇の行為は内閣と宮内庁が管理するものですから、両者が否定したということは「根拠がない」ということです。根拠がないにもかかわらず、マスコミはあれだけ大々的に「宮内庁筋」にしたがって発表してしまったわけです。
普通で言えば「誤報」であるかよくわからないような週刊誌記事が出た時には、宮内庁はつねに公的な「抗議」を行い、「訂正」させる努力をしてきました。本当にささいな記事、ゴシップ記事にも神経をとがらせてきた宮内庁が、全メディアをあげた大報道になっている時に、「事実誤認」だという抗議を何もしていない。抗議もしないうちに事態がドンドン進んで、誤報ではなくて「事実」だということになった。
これは一体何なんだろう。引きずられたという一面もあるかもしれないけれど、実はやっぱり「出来レース」ということですね。これは女性週刊誌だけではなく、一連の新聞報道をふくめて全部出ていることです。二〇一一年の「三・一一」直後、とりわけ三年前ぐらいから、今後の皇室のあり方をめぐってのいろんな皇室内部の論議が、皇太子、秋篠宮ふくめた三家の定例会議として持たれていて、「高齢化」に伴う問題にどう対処するかなどが議題になっていたということが記事になっていますね。それは当然、宮内庁官僚も知っている話です。ということは政府も知っていたわけです。そこで論議されている内容は、大きなテーマについて、それが自分たちの望む方向であるかどうかは別ですが、十分知っていたことです。
そういう発表がマスコミに出た時には政府は否定してみせました。否定してみせて、それが事実として明々白々になっていく過程でも、なんら報道の側に抗議しない。これは八百長レースです。分かっているけれど分かっていないふりをしなければならないから、分かってないことにした。どうもそういうことらしいという憶測記事も初めから出ています。
簡単に言えば、これは天皇が自分の意志で法律を変えろ、と言っていることですね。皇室典範を変えなければいけないのだから。だから天皇が「やらせた」と取られてはいけないので、一応、政府と宮内庁は否定して見せているんだろうという憶測記事も出ています。「これは天皇一族が違憲行為に踏み込んだことであるが、違憲と捉えられない努力をしているのだから政府と宮内庁はそれに協力しているんだ」ということです。だから明々白々な違憲行為が実行されたことを黙認するだけではなく、政権や宮内庁はできるだけ隠蔽するように動いたということです。これが象徴天皇制のシステムだと僕は思うんです。それをマスコミを舞台に展開できている。このでたらめなシステムですね。それが一番大きな問題だと思う。

違憲の政治過程と
「代替わり政治」

天野 その上で何が考えられるかというと、第一声を発した「生前退位」という問題だけでは済まなくなっていて、今度のメッセージにはっきり出ているのは、かつての昭和天皇の葬儀から自分の即位のプロセスで起きた大問題、たとえば「自粛」の件、「平成不況」という言葉まで作られ、自殺者が出た問題で、「過剰な自粛は陛下の御心にそわない」という発言までして「自粛」にブレーキをかける発言までした事態です。「自粛」は「国民は天皇陛下をいかに慮っているか」を行為として表現させるために政府や企業社会が一体で進めた政策ですね。それに多くの人たちが組織されて動いた結果そうなってしまった。
「ああいうところまでとことんいってしまうのはまずいから、そうならないようにしろ」ということを即位の式典の簡略化までふくめて提案しているわけです。これはすごいことで、かつて裕仁の式典の儀式をどうするかということで喧々諤々の国会討論がありました。つまり「政教分離違反」にならないような儀式にするかということです。実際は違反した儀式になって強行突破してしまったわけですが。ただいろんな配慮をしたり、いろんな討論があった。それは簡単に言えば、天皇家が決めるようなことではないわけです。内閣が国会の討論を踏まえて最終的に決めることですね。それが民主主義というものでしょう。
そういうことを全部吹っ飛ばして、天皇自身がこうすべしということをまず態度表明して、それがかなり巨大な政治的影響力を発揮するということはほぼ間違いない、という状況の中でやられている。これも完全な違憲の行為ですね。だけど違憲の「い」の字もメディアには出ないし、そういうことを言うコメントもどこにもない。これは異様な事態ですよね。
僕は、今回の発言が違憲だということを言えばいいと一般的に思っているわけではなくて、違憲の行為を合憲のように、それもむきだしに分かりやすく政治演出して、それが通ってしまうシステム、政府・官僚・企業、そして天皇家、マスメディアが一体化して稼働する象徴天皇制のシステムの全面展開のこれこそが大問題。そういう恐ろしい事態が今、起きていることを強く認識しなければいけないと思うんです。
起きていることは「違憲だ」と言えばすむような話ではなくて、違憲を合憲とするものすごく極端に国家主義的な政治の内実を持ったものを「非政治的行為」だと認識するのが象徴天皇制のスタイルだったわけですね。そのスタイルが明仁の代の最終局面で全開している。天皇による立憲主義の「自爆」・全面破壊です。
ただここで出てきているのは、国家的「公」と皇室の「私」という問題の形式的な区別で象徴天皇制をつくったわけですが、それはもともと原理矛盾です。何が原理矛盾かと言えば、そもそも普通の一個の肉体を持った人間が、国家を象徴するという行為・振る舞いは普通ではありえないわけです。あたりまえの人間ではやれないことです。
だから逆に言えば、昔「天皇に私心なし」と言われていました。天皇は生きているだけで公的天皇だ、と。その論理は象徴天皇制でも事実上生きていると言わざるを得ない。だけど形式的には「公」と「私」に分けざるを得なかった。「現人神」という観念を自己否定して「人間宣言」し、「私人性」を確認した。そして「現人神」としての宗教性はないことにするために皇室祭祀などは「皇室の私事」としたわけです。
「内廷費」と「宮廷費」に分けてプライベートの内廷費の方で私事については処理する。払われているのは全部、国税だという意味では「私費」と言っているのも実は公費なのですが、形式区分することによって初めて成立する論理が使われた。実質的に区分できないものを形式区分したという論理で成り立たせる奇妙なシステムだったわけです。
だから必然的に国家的「公」としての天皇と「私人」としての天皇の境がなくなるし、むしろ境がないことをうまく活用しながら政治的なことを貫徹するシステムだったと思います。あるいは宗教性がないと言いながら宗教性をつらぬくシステムだった。天皇の神社「靖国」問題なんかはその典型ですね。そういう初めから自己矛盾を内包したシステムそのものの非常に奇妙きてれつな展開がいま起きているんだ、ということです。それが全面化していることに気づかないようにマスコミも政府も誘導しているという事態ではないでしょうか。
この局面をどう考えるかということは大きな問題で、いま言ったような欺瞞的な象徴天皇制システムの全面展開プロセスとして、明仁の代替わり政治が作られていくことが始まった。一番考えなければいけないことは、この点ではないかと思います。

新しい「Xデ―政治」のねらい

天野 明仁は昭和天皇のXデープロセスをマイナスに捉えている。天皇の戦争責任という問題が、裕仁の最後の局面で噴き出したわけですが、あれだけ大きな問題になったのは自粛騒ぎが決定的だったと思います。天皇制の存在が日常生活にとってすごく抑圧的だということが信じられないような形で出てくる。右翼のテロはもとより、TV番組の中止などのマスコミ統制や、お祭りの中止だとか市民社会への全面的な介入による反発が広がってくる。だから自粛を含めた、天皇制のある種の強権的な露出や、天皇賛美報道以外、何にもなくなってしまうようなことが起こった。
別に天皇制に対して悪意を持っていないような人でも「何だこれ」と思わせてしまうようなことがあった。そういう全社会的なムードの上で、天皇制の戦争責任をきちんと問う運動が、全国的に広がったと思うんですね。それは戦後最大規模の天皇制批判だったと僕は思います。それは向こう側にとっては失敗だったわけです。
明仁もああいうふうになっちゃまずい、と思っているのでしょう。右翼による本島長崎市長へのテロなど、いろいろマイナスが露出してしまって、天皇制の「有難さ」よりは抑圧性が露出してしまった上に戦争責任問題まで広く問われることになった。そういう形をなんとか回避するという意向があって、もうすこし神道性を薄めた簡素な儀式を求め、天皇の重態報道で金縛りにしていくセレモニーにしない形にすべきということをかなり具体的に言ってますよね。
これを僕たち運動側はどう考えるべきかということです。「昭和」の時は一九八八年九月の重態報道の衝撃とともに始まって、その後一時回復したりしましたが、「下血・吐血」データの連日発表など信じがたい事態が巻き起こりました。ああいうことは避けたい、ということですよね。自分が見世物になるのはイヤだという気持ちもあるかもしれませんが。社会にマイナスの影響を与えることはやめるべし、という発言までしているわけです。
僕たちの方で言えば、裕仁の代は「大日本帝国憲法」を生きた天皇が、戦後モデルチェンジをして対応しきれなかったり、いろんなことをしているわけですがそれでも、とりあえずは対応したわけです。しかし式典については、大日本帝国憲法モデルの式典でしかやれなかったんですね。初めての象徴天皇の葬儀だったわけですがモデルは戦前型でやるしかなかった。モデルがそれだったということは、必然的に自民党の半身を占めていた神道主義的右翼の人たちの方が、経済主義的なナショナリストの人たちよりも右翼バネがきいたことによってあの形式に行ったと思うんです。
二回目にはそうしないようにしてほしいと思っていたら、安倍政権が出てくるというマンガみたいな事態に立ち至っているわけです。権力そのものがかつての右派政治の姿になっている。どうなっていくかわかりませんが、皇室典範を変えるということになれば、そこにはさまざまなエラーが生じ、反撃の可能性は十分に出てくると思う。とりあえず敵のドタバタにどういう準備をするかが大切だと思います。

「昭和Xデ―」との違い
――どう考えるべきか

天野 以前、僕らは「天皇Xデ―攻撃を撃ち返せ」と言っていました。そういう本やパンフなども出した。「天皇Xデー攻撃」と言えば、どういう攻撃だか大体わかったわけです。向こうが政治的に攻撃してきていることが活動家には分かったし、普通の庶民も圧力を感じていた。
ところがそういう条件はいまない、ということになります。「明仁Xデ―攻撃を撃ち返せ」と今言ったって、空疎なスローガンになってしまう。どういう攻撃なのか、ということをまずつかまえて説明しなければならない。僕たちに何が必要かと言えば、さっき言ったように、システムがどうグロテスクに作動しているかの分析を共有しながら説明していく作業が必要なんです。だから単純な「反Xデ―闘争」という位置付けだけでは闘えない、ということになります。そういう局面に来ている。
だから僕たちは各地で象徴天皇制批判を積み上げてきた人びとが、自分たちで問題を整理して、その上でこの局面を説明していくことを通して運動を作っていく、厄介だけど大切なプロセスを積み上げていくしかないと思います。全社会的にワーッと抑圧状況が出て、反発が広がるというような、攻撃への反撃と言ったラッキーな局面ではないということです。ただし危機の進行度とイデオロギー統合の強まりという意味では、かつてより凄いことになっているということをどう説明するかが運動の中では一番大事なのではないか。
今日あなたに共産党のこの問題への対応についての資料を持ってきていただいたのですが、天皇のメッセージ報道が掲載された毎日新聞に載った吉田裕さん(歴史学者、一橋大教授)の意見を見ると、吉田さんもここまでしか言えないのか、という気がしました。タブーが支配している状況の苦渋は分かりますからあまり文句を言う気はないのですが。
僕はすでに一回書きましたが、国会での「お言葉」問題(共産党がこれまで国会開会の日の天皇の「お言葉」に反対して、出席を拒否していた対応を今年から転換して出席するようになったこと)は、ある種の大きなシグナルだったと思います。天皇が国事行為以外のことをやるのは違憲だという立場からの護憲論があり、それから言えば当然、「お言葉」などを認めることはないわけで、違憲行為だから出席しないのはとりあえず象徴天皇制を認める立場だったとしても、当たり前の立場だった。それでずっとやってきたのをやめてしまったわけです。天皇があまり政治的なことを言わなくなったという理由で。
しかし天皇が露骨に政治的なことを言っているかどうかということではなくて、国事行為以外のことをやる政治的な意味合いがあるから、それはやめるべきだという抗議の意思も含めて、今まで開会式での天皇出席の場に参加していなかったわけでしょう。それが儀礼的な言葉だったとしても儀礼自体が持つ政治的意味合いがあるわけですから。それは大切なことなんです。基本的には国事行為以外のことはやってはいけないと憲法には書いてあるわけですよね。国事行為以外はやらせないという基本姿勢で、戦後憲法と象徴天皇を前提とする護憲派の論理で、デモクラシーとは矛盾している天皇制を批判していく具体的根拠だったわけです。その根拠を崩してしまった。それは共産党までふくめた議会内の反対派を切り崩せたシグナルだったと思います。そうしたら今回の事態が来てしまった。この間でもマスコミでは皇室典範を変えるのは全会一致でなければならないと語られる事態を作ってしまっている。

新しい共同をどう構想すべきか

天野 選挙での野党統一の旗振り役としての共産党が果たすロジックが、国事行為の拡大という解釈改憲的あり方を追認してしまった。しかし共産党系の運動をやってきた人たち全体や、共産党系のインテリ文化人たちも僕たちにいろいろ教えてくれる人たちがいっぱいいるわけで、そういう人たち全体が変わったわけではないと思う。むしろ今までのスタンスからの大きな転換ですから、是としていない人たちがいっぱいいると思います。そういう人たちとの協力関係を作っていくことも大切なことになると思います。左から共産党の立場を一般的に批判すればいいということではない。
昭和Xデ―の時、僕たちの象徴天皇制そのものへの批判と同時に、政教分離とか、いろんな憲法上の国民主権の原理とか、戦後憲法の積極的なデモクラシーのモメントに依拠しながら、天皇制が政治的に動き回ることを批判する人たちとの協力関係で僕たちは運動してきました。今もそこの土俵が一番大切だと思うんです。
だから「僕たちも改憲派だ」などとあたりまえのことを言ってみることはあまり意味がない。確かに僕たちは護憲派ではないのですが、政府が進めていく強権的な改憲攻勢に反対するという点で闘えるわけで、憲法問題でも考えられたそうしたスタンスが、この局面で考えられるべきです。それは大きな問題で、運動を大衆化していくための軸になると思います。

戦後憲法解釈と天皇制――
清宮四郎と宮沢俊義を中心に

天野 それからもうすでに話に出ていますが、天皇のメッセージの中で出た「象徴行為論」、「公務」という概念がそれです。戦後史を整理する時に、僕も十分にはやりきれていないのですが、一番丁寧に書いているのは一九八四年に韓国のチョン・ドハンが来た時に「皇室外交」の問題で、そもそも外交権など天皇にはないわけですが、ないのになんであれが「外交」として表記され、ある種の「外交機能」を持ってしまうのか原則的に批判する憲法学者の声が、まだそのころはありました。だけどそれがだんだんなくなってくる。そのことも含めて、外交局面で「お言葉」を吐くことも許されてはいけないわけですし、外交的にふるまうこともダメなわけです。私人天皇のふるまいがマスコミの舞台で公的性格を発揮してしまう。象徴天皇制の「公私」のトリックであるから、そのトリックをテコに事実上「既成事実化」されたわけですね。
さっき言った国会の「お言葉」もそうです。戦前からやっていることだから、と慣行上やっているわけです。憲法上やってはいけないことをやっているんだから、やらせないようにすれば良かっただけのことなんだけれども。
戦後憲法学の大家である宮沢俊義さんなどを含めて、神権天皇制原理にはきちんと批判的であっても象徴天皇制になったことで安心してしまっている。何人かのきちんとした憲法学者が国事行為以外やってはいけないと言い、国事行為に入らないことをいっぱいやっていることについては許されない、違憲行為だと批判している人はもちろん少数派としています。しかし最初の頃はそう考えていた憲法学者が、途中で皆ずっこけていった。
これは九条とは随分違う。九条については解釈改憲を政府の方でどんどん打ち出しましたよね。要するに侵略戦争でなければいいんだとか、軍隊でなければいいとは、あれは近代的な戦争遂行能力がないから軍隊ではない、といったいろんなトリックを使って、解釈改憲を進めてきたわけですが、それに対する批判は、憲法学界はそれなりの蓄積をもって対抗してきた。九条についてはそうだったけれど、一章の解釈改憲への批判についてはすごく簡単に崩壊してしまったんです。
典型的なのは清宮四郎さんという、この人も護憲派憲法学で有名な方ですが、「公的行為論」という論理を作ったんですね。これは善意で作った。「善意」というのはこういうことです。内閣の助言や承認なしには「国事行為」はできないわけですね。だけど「国事行為」ではない行為をやっちゃっているから、どうすればいいのかということになって、これは内閣の助言と承認あるいは責任の枠に入れればいいじゃないか、そうすれば民主的コントロールはできると考え、「私事」と「国事」の間に「公事」という「第三類型」を作ってしまったんです。これは象徴天皇という地位が必然的にもたらす行為である、と。慣例的な行為としてある、と。そこから国家予算でやっていいんだという話で、宮廷費を使ってやる行為として、準「国事行為」的なものとしてドンドン認めていく。
「象徴天皇としての公的行為論」、これは天皇の政治的暴走をコントロールしようという善意で作ったのだけど、それを政府が採用するわけですね。公事だからいいんだと、結果的にどんどんやらせていく体制があって、裕仁もそれに乗って、国体を回ったり、全国巡幸を正当化していくことになった。明仁の代になって、それをむしろ広げたんですね。被災地を回ったり、激戦地を回ったり、広島・長崎・沖縄を訪れたり、国事行為の中に入っていない行為類型をいっぱい作り、自分で「公務」を拡大して「お疲れ」になっているわけですが、それは自分の意志であるとともに、裕仁がそういう形でやったことを自民党政府が容認したわけです。繰り返しますが護憲理論派の憲法学者が、むしろ民主的コントロールのためにと思って作った学説が逆手に取られて拡大していったわけです。だから護憲派の憲法学が一章について自己崩壊を起こしたわけです。批判的に封じ込めるという点では一番大事なところですよね。戦前のような統帥権を持たさないのは当たり前だけれど、祭祀権的なものとか、政治的な諸権力には一切関与させないと決めたわけで、ハンコ押しとかあいさつとか儀礼的・形式的なことに限定させた国家的公務員と位置付けたわけですよね。それをどんどん拡大することを学説的にも許容してきたのは、護憲派憲法学なんです。
そうした自己崩壊的事態があって、それを象徴するのは、神権天皇論を一番批判してきた宮沢俊義さんですね。「国事行為」の最後の項の「儀式を行うこと」は、現実に解釈すれば天皇家や天皇が主催する儀式のことなんです。だから即位式とかそういうものですよね。にもかかわらず、その中にいろんな細かい儀礼も「国事行為」にしてしまえばいいんじゃないかということを、あの宮沢が言い出したというのは、すごいことですよ。あれだけ天皇制にやられた人たちが、天皇という暴力的な政治力に対して甘いんだよね。主観的には反対のことを考えていただろうけどその結果がこういう事態を生んだ。
それともう一つ宮沢学説については、余計なことかもしれないけれど、なんでそれが生まれたのかはものすごく良く分かる。僕は「憲法解釈学的『錯視』」と言って何度か批判したことがあるのですが、ああいう偉い、美濃部達吉の弟子で政府の顧問として位置づけられるような人だから行政職の公務員はみな読むわけだし、国家に対する影響力のレベルが違うわけです。官僚の憲法学の通説だから司法試験の通説にもなる。そういう人って自分の学説が国家を作っていくと錯認するんだよね。
どういうことになるかというと、あの人は憲法「コメンタール」で「上喩」(じょうゆ)という、これは憲法の前文についている天皇の公布文なんですが、これはないものと見なす、憲法の内側にあるものではないと言っています。
確かに原理的にはないものと見なすしかないようなものがついている。しかしついていることの意味ってすごく大きいわけですよ。帝国憲法の改正規定にしたがってやったわけだから、帝国憲法と連続していることの表現ですよ。そうするとすごく恐ろしい規定があるわけですね。恐ろしいものを「屁のようなもの」と解釈すれば、「屁のようなものになる」と思ったんだと僕は思う。だから「上喩」はないものと見なし、なおかつ「象徴天皇制国家は共和国である」と彼は解釈して、その象徴天皇制は「元首」規定も何もなくて、ほとんど儀礼的権力で何の意味もないとした。その解釈が流通すれば力になる、と彼は思ったのではないか。官僚法学のトップの人はそういう錯乱に陥りやすい。
しかしそうはならなかった。なめてはいけないものをなめてしまった、その結果だと思います。多くの憲法学者もそれをある程度共有してしまった。そのことのツケがまわってしまった。本当に少数派で原則的に国事行為以外をやってはならないという学説を展開してきた人の仕事を見直した方がいいと思います。もちろん僕たちは「象徴天皇制」そのものを拒否していく必要があるわけですが、解釈改憲による違憲の制度の完成形態が、今日ある象徴天皇制、明仁の代で完成してそれがXデーの政治方針まで出している茶番の事態が生み出されている。

憲法改悪情勢と新Xデー


天野 それをどういう言葉で批判していくのかという討論をいろんなところで開始していかなければならない。象徴天皇制固有の抑圧力、違法行為でありながら合法性を演出しているから合法なんです、といったことをマスコミに言わせる力を持っているわけです。首相も官僚もそれに従っているわけで、その舞台装置がすごいわけです。もちろん皇室典範改正問題ふくめ、日本会議、安倍晋三そのものは反対なわけですから、あまり手をふれずに棚上げにしていた部分がもう一回出てくるというような問題を含めて、共存できる構造でありながら対立しているシステムをも見ておく必要がある。それが僕たちの運動の中で使える問題であるかも冷静に判断しなければならない。ただ気をつけなければいけないのは、天皇によって安倍の改憲政治を阻止しようという言説が「日刊ゲンダイ」の中などで出ていますが、これは全くトンチンカンなことです。

――そのあたりで言えば、日本会議系が反対しているとか、安倍も天皇のメッセージ放送については「重く受け止めよう」というトーンだと思うんですよね。その中で「生前退位」の問題については日本会議系には反対があるのではないかということを強調する意見もあるんだけど、そのあたりについてはどう考えますか。

 「日本会議」と言うよりも、小堀桂一郎が「摂政でいいじゃないか」と言っているのを見ましたが、「摂政でいい」というのが伝統的右翼の共通点ですね。だけど天皇は「摂政ではダメ」とはっきり言っている。伝統主義的右翼がそのように出てくるのを読んで天皇は語っている。明示的にそう言っていることを蹴飛ばして「摂政」をゴリゴリ押しつけることが何人の原理主義右翼に可能なのかはよくわからない。それはなかなか困難なことかもしれません。彼らも「生前退位」についても絶対ダメだと言っている人は少ない。
「日本会議」系右翼の中でもむしろこれをうまく使って、改憲の政治プログラムを進めていったほうがいいと思う人たちも出てきていて、日本会議系も一色ではない。安倍首相自体は、原理主義的右翼のスタンスでやっていてそこが支持基盤だけど、現実の首相の政治としては原理主義的な右翼の理念を貫徹することはできない。どこかの週刊誌では安倍だから皇室典範を変えられるのではないかという記事が出ていましたが、右翼を説得できる唯一の首相である安倍という話もある。安倍はやはり右翼の原理よりも国家の支配者としてのうまい力学を現実的に優先するパターンでやっていくでしょう。彼が神権イデオロギーに生きる人だとは全く思わない。そこはそのように見ていったほうがいいと思います。
(八月一一日、聞き手:「かけはし」編集部・国富)

 


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