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    かけはし2016.年8月29日号

辺野古・高江に基地いらない


8.5 400人で新宿デモ

沖縄への弾圧許さない

一坪反戦関東が呼びかけ


 八月五日午後六時半、新宿駅東口アルタ前に集まり、「辺野古・高江の基地建設強行許すな 沖縄への弾圧やめろ」とリレートークを行い、新宿駅南口に向けてデモでアピールした。沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが主催し、四〇〇人が集まった。
 沖縄高江でのヘリパッド建設工事の再開に向けた動きが七月一二日から始まり、七月二一日から二二日にかけて攻防が続いた。本土からの機動隊も含む五〇〇人がテントや自動車で工事車両が入れなくしていたものを強制的に排除し始めた。抵抗した人たちに暴力をふるった。そして、N1裏のテントを八月五日までに撤去するように勧告した。基地建設反対側は八月五日に高江に集まるように檄を発した。高江には一〇〇〇人を超す仲間たちが集まり、強制排除を阻止する体制を整えた。またこの日、「県が辺野古の埋立て取り消しへの是正指示に従わないのは違法」と、違法確認訴訟を国が起こし、その第一回口頭弁論が行われ、翁長知事が埋立て取り消しの正当性を訴えた。
 最初に、木村さん(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック)が高江の攻防、違法確認訴訟について、沖縄振興予算の削減などについて報告し、国の基地建設強行を批判し、沖縄で闘う仲間との連帯を訴えた。続いてリレートークに入った。総がかり行動の筑紫さんは運動のつながりが必要だとし、9・22に反原発で大きな集会を予定していると話した。習志野で基地反対の運動をやっている仲間は「高江に動員されている千葉県の機動隊についての情報開示を行ったがほとんど黒塗りだった。千葉県からの派遣に二八〇〇万円支出されている。来年一月からオスプレイ整備基地として千葉県の自衛隊基地が使われる。許せない」と報告した。

「負担軽減」は
全くのウソだ!
高江から電話での訴えが行われた。大城悟さん(沖縄平和運動センター)。「N1裏テント前集会で集会をやっている。安倍は北部訓練場の一部返還と言いながら、高江にヘリパッドを建設している。こうした基地の強化を許さない。ヘリパッドは米軍の訓練を激化させるものだ。七月二二日、N1ゲートを開けられた。悔しい思いをした。N1西ヘリパッド建設を止めるために一〇〇〇人以上が集まっている。高江には一五〇人の人口しかいないがこれ以上の基地を許さない。辺野古基地建設、高江オスプレイパッドは沖縄の未来を押しつぶす。政府の暴力に断固闘っていこう。全国から五〇〇人の機動隊が配置され、厳しい状況になっているがあきらめない。さらに運動を広げていこう。必ず高江・辺野古は止めてゆく。平和で基地のない沖縄を作っていく。安倍の暴走、戦争する国を止めていこう。現地でがんばる。共にがんばろう」。
高江住民の会の儀保さん。「N1裏のテント前から。防衛局が八月五日までにテント撤去の要請をしている。それに対して泊まり込みをする予定だ。七月二二日、一四年間見張り続け、守り続けたゲートがこじ開けられた。悔しく悲しい思いをした。警察の暴力、しみじみと権力の恐さを知った。あきらめていない。ヤンバルの自然を守るため活動を続けていく。皆さんの力を貸して下さい。畑は荒れ、草ぼうぼうとなっている。これで木がはえれば畑はおしまいだ。生活を大事にしながらやっていこうと思う。高江には基地賛成の人は一人もいない」。

全国から高江に
かけつけよう
リレートークで、滝秀樹さん(全石油昭和シエル労組)は「沖縄現地を見てほしいという思いで全国大会を沖縄で行った。高江の工事強行を心の底から許せない。現地に行く、カンパをする」と話した。ストップ辺野古埋め立てキャンペーンは「高江工事を請け負っているのは沖縄の企業の本部造園。二億二千万円で来年の九月までの工期。工事を中止するように抗議しよう」と訴えた。京極紀子さん(バスストップから基地ストップへ)が「昨日まで沖縄に行っていた。七月二二日朝、高江に行った。雨除けのブルーシートが張ってある。朝の八時から一〇時に砂利を運ぶトラックが入ってきた。一台のトラックに警察車両が三から四台ついてくる。プラカードを掲げ、寝転がりトラックを止めた。現地では雨が降ると工事が止まるので喜んでいる。東京で見知った人もたくさんいた。愛知、大阪、東京、神奈川などの県警を見た。自分の所に呼び戻してほしいと言っていた。口で伝えていくことが重要だ」と報告した。
リレートーク後、新宿南口に向けてデモを行いアピールした。解散した所で、高江の攻防のビデオが映し出され、山城博治さん(沖縄平和センター議長)が「今日の高江には一〇〇〇人以上が集まった。二〇〇人以上が泊まり込み、肩を寄せ合い、明日の攻撃にそなえ決意を固めている。大行動に多くの仲間が全国から来てくれている。防衛局の工事の強行を許さず勝利を勝ち取るまでがんばる。現地は元気である。共にがんばろう」と熱いメッセージを寄せた。      (M)

8.8

防衛省に緊急抗議行動

結集した支援が必要だ

高江N1裏に新しいテント

 八月八日午後六時半から、防衛省に対して「高江ヘリパッド工事を中止せよ」緊急抗議・申し入れ行動を辺野古実など六団体が呼びかけて行い、二〇〇人が参加した。
 NIゲート裏のテントなど反対派の拠点を沖縄防衛局は八月五日をもって、撤去せよと勧告してきたので、高江住民など三〇〇人が座り込み、その動きを阻止している。防衛局が全国から集めた機動隊五〇〇人を使い、暴力的排除にいつ出るかわからないという緊張した状況が続くなかで、防衛省行動が取り組まれた。
 高江現地行動に参加している仲間が携帯電話を通じて現地報告を行った。
 「八月五日の集会に一〇〇〇人以上が集まり、三〇〇人がそのまま泊まり込んだ。N1テントは撤去されたが、N1裏には二〇〇人が入れるテントを新たに設営した。テントに入り切れない人は車の中でがんばっている。機動隊は手をつけていない。弁護士は明後日あたりが一番危ないと言っている。それを過ぎるとお盆なので八月後半に攻防は続くだろう。N1には三〇q離れた本部から砂利を運んでいる。朝九時から一二時まで四〇人がダンプを止めるために闘っている。工事を阻止していこう」。
 呼びかけ団体のあいさつが続く。総がかり行動の高田健さん。うちなんちゅの怒りとともに三多摩市民の会。辺野古リレー。
 ゆんたく高江の仲間は「生活道路を機動隊車両が駐車し、生活のじゃまをしている。オスプレイの訓練で睡眠障害が出で、子たちの登校・勉強にも支障が出ている。生活を壊していっている。許せない。高江に来てほしい。周りに発信してほしい」と訴えた。ゆんたく高江など三団体、一個人が防衛省に申し入れを読み上げた。
 最後に、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックが「違憲判決確認訴訟が九月一六日に判決を迎える。その前に、八月一九日に公判があるので行動を予定しているので参加してほしい」と行動提起し、防衛省に向けてシュプレヒコール。 (M)

8.21

経産省前テント破壊に抗議する

 八月二一日、日曜日の午前三時すぎ、経産省前の脱原発テントが撤去された。すでに七月二八日、最高裁小法廷(大谷直人裁判長)は経産省前テントの撤去と「損害賠償」(三七〇〇万円支払い)を命じる東京高裁の判決を不当とする被告二人の上告を棄却する決定を下していた(本紙八月一五日号三面記事参照)が、日曜日の深夜午前三時過ぎという時間をねらって、この暴挙が行われたのだ。テントは破壊、撤去され、中にあった私物もすべて持ち去られたという。
 急を聞き、始発電車を待って人びとが駆けつけ、午前九時から抗議の記者会見、抗議の集会・座り込みなどが行われた。しかし午後一時過ぎには、抗議行動を行っていた仲間が丸の内署に逮捕された。この二重の弾圧を許さない。
 九月一一日(日)には、経産省周囲一帯で午後三時から「脱原発怒りのフェスティバル〜テント設立五周年」が開催される(主催:経産省前テントひろば)。結集しよう。    (K)

コラム

反戦の夏

 ヒロシマ、ナガサキ、そして「終戦記念日」。八月は一年でもっとも戦争への関心が集まる月だろう。ところが今年は様相が異なる。天皇の生前退位発言、新都知事の動向。そのうえにリオ五輪フィーバーである。
 「国家主義的スポーツショー」とはよく言ったものだ。メダル獲得に血道をあげるナショナリズム。実況アナウンサーの絶叫。涙と感動の大安売り。もうウンザリである。
 そんな喧騒から逃れるように、ささやかな温泉旅行に出かけた。昨年は熱海で首相安倍の発する「戦後七〇年談話」を聞いた。今年は二年ぶりの箱根である。小田原で寿司のパックを買い込み、強羅駅前の酒屋でアルコールを調達する。源泉かけ流しの風呂に何度も浸かり、夜はじっくりとDVDを鑑賞。映画「永遠のゼロ」は論争の通り、特攻賛美作品だと感じた。
 東日本大震災と原発事故に覆われても、忘れてはならないのが四五年三月一〇日未明の東京大空襲である。約三〇〇機の米軍爆撃機B29が墨田・江東地域一帯に火の雨を降らせた。文字どおりの火炎地獄による死者は推定一〇万人。罹災者は一〇〇万人を超える。
 米軍はフロリダ州エグリン飛行場に日本の木造家屋を忠実に再現。綿密な延焼テストを繰り返していた。長時間燃えるナパーム焼夷弾で周辺部をまず囲んでおき、その後に「普通の」焼夷弾M69を低空からぶちまける。春先の風の強さを計算し、実際の死傷者数まで正確に予測していたという。迎撃する高射砲は敵機のはるか上空で炸裂した。
 世界の戦争史でも類例のない甚大な被害をもたらしながら、原爆投下の影で語られなかった実相の再評価が始まっている。当日の空襲警報が遅れたのは、寝ていた天皇を起こさないためだった、との説もある。
 それでも降伏しない日本に、アメリカは敗戦日前後の「フィナーレ爆撃」を敢行した。このダメ押しかつ総仕上げ的な空襲は、八月一三日のTBS「報道特集」で取り上げられ、反響を呼んだ。
 首都の半分を壊滅させ、下町の住宅密集地に無数の死体の山を築いた残虐行為に、アメリカは「勤労動員された住民は民間人ではない」などとのたまったという。「戦争は矛盾に満ちている」と訴えるのは、今もこの地に暮らす女性である。「東京大空襲・戦災資料センター」で語り部を続けている。同センターは「東京空襲を記録する会」が母体となり、〇二年三月九日に設立。被害の最も大きかった江東区北砂に建てられた。私が訪れた時は、大手宗教団体の学生たちが集団で来館。女性の体験談に熱心に耳を傾けていた。
 突然のビデオメッセージが改憲スケジュールに波及し、首相任期の延長まで現実化しつつある。「古きを訪ねて新しきを知る」――やはり「反戦の夏」なのである。    (隆)

 


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