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    かけはし2016.年8月29日号

海軍基地建設は自然と共同体を破壊


この10年、失われたのはクロンビ岩だけではない

今こそ江汀を「生命平和文化の村」に


美しき日々 

 「チュンドク」と呼ばれる海辺がありました。マウル(村)から浦口に続く「モルチル」から東側に、とにかく狭い農道に沿ってくねくねと降りていくと、左側に「クダプ(古田)」と呼ばれる田んぼがあり、その間に「クダンムル(古田の水)」という小川が流れています。そして農道の端に至ると突然、視界がぱっと広がり広々とした海と、その海と接した「クロンビ」岩が人々を迎えます。
 クロンビ岩は全長1・2qに及び、幅200〜300mほどの広くて平たい岩です。亀の背中のように深くえぐられた紋様がびっしりと覆っているけれども、一枚岩です。
 ハルマンムル(婆さんの水、の意)やムルトジンゲ(水が吹き出す所、の意)など10カ所ほどの湧泉水がそちこちから湧き上がり、岩の裂け目に流れ出て集まり、池を作ったりもします。その水にそって、地下水にのみ生きるという済州セベンイ(淡水エビ)からメンコンイ(ジムグリガエル)、トムブルジ(不詳)、プルグンバルマルトンゲ(バフンウニか)、汽水カルゴドゥン(不詳)、ツタゲビ(不詳)、コブクソン(カメノテ、ミョウガカイ科の節足動物)、それにさまざまな海の魚類に至るまで、あらゆる生物が幾層にもなって生きています。
 人々は休日ともなればチュンドクの海辺歩きにやって来ます。釣りもするし、おかずの材料としてパッケ(カニの一種)やタコをつかまえ、ワカメや岩ノリを採ったりします。あるいはただぼうっと岩の温かさを感じながら岩を眺めたりします。友達が採ってきたさまざまな海産物で焼酎やマッコリを傾けていた思い出は何よりも輝く星となって残っています。それだけではありません。アボジから釣りを学び、オモニからは食べられるものと食べられないものを区分けして準備する仕方を学んだし、親友たちとの数限りない思い出を重ねた所、それがまさにクロンビ岩でありチュンドクの海辺でした。
 寝そべってもよし、座ってもよし、裸足で歩き回っても足が痛くない岩クロンビは、夏の盛りには隅々に日陰を作ってくれ、真冬にも身を切るような風を防いでくれる壁を与えました。四季折々、いつでも友達のように付き合い、いつでも豊かな食べ物を与えてくれるオモニのような岩だったのです。そして4・3(注1)の時には遊撃隊や討伐隊を避けて身を隠しに来た住民たちをかくまってもくれたのです。
 そのようにして我々はクロンビ岩のふところで、今さらながらに思いうかべたり苦しんで考えたりもしなかった「平和」を享受してきました。クロンビ岩は、また瞑想の場として名前を知られもしました。岩の上で過ごすことだけでも心の平和を得ることができました。はるか以前にはクロンビ岩自体が祭祀を行う祭壇の役割を担ったとも言います。今になって振り返ってみれば、そのようなクロンビ岩であったがゆえに済州道散策路オルレ7コースに沿って遊びに来ていた人々、クロンビ岩に座って一緒に食事をしたり、一緒に遊んでいた人々が、最初から江汀マウルに座り込み済州海軍基地建設反対運動に駆けつけたのではないかと思います。

海軍と行政が住民投票を妨害
 
 海軍基地が建設された今、江汀(カンジョン)マウルの人々は生業のために海に行く時以外は、休息のために海辺を訪れることはなくなりました。クロンビ岩がなくなったからです。海辺のマウルだけれども、海辺を楽しむことのできるマウルではなくなりました。ひょっとしたら、わざわざ苦労して守ろうとする努力もなしにクロンビ岩が与えてくれる恩恵を受けてばかりいたために、このように辛い思いをすることになったのかも知れません。
 けれども失ってしまったのはクロンビ岩だけではありませんでした。いつからかは正確には知りようがないけれども久しい以前(文献上、最古の記録によれば西暦450年)にマウルができた後、粘り強くつづけられてきていた人と人の関係が、済州海軍基地建設によって完全に敵対的に変わりました。賛成と反対に分かれて争いが続いたからです。父母と子供、おじとおい、家族と親戚間の不和によって身内のあれこれのことはもちろん、祭祀や墓の掃除まで一緒にすることができなくなりました。
 200余にもなる親睦契(一種の頼母子講)や同好会、同窓会もすべてバラバラになるか破産したりもしました。道で出会ってもあいさつどころか、顔をそむけたり、遠回りしたりして、避けていく日常が続いています。この状況に至るまで民主主義的手続きをキチンと守らなかったことが最大の理由だと思います。
 事前に説明会や公聴会を行い、民主的投票によって決定された事業であるならば、その結果に承服して大きなしこりもなしに進めることができただろうが、済州道政と事前に謀議した一部住民らが主導して郷約(マウルの自治規則)に違反しつつ、大多数のマウル住民らが分からないようにマウル総会を進め、その総会においてさえ反発が出ると同調者たちに拍手をさせて、満場一致だとして海軍基地の誘致決定を下しました。(2007年4月)。
 これに対し済州道政はアンケートの質問事項やその結果について一切公開していない世論調査を根拠として、江汀マウルを海軍基地予定地として決定するように中央政府に建議し、中央政府はそのおざなりこの上ないマウル総会からたった15日ばかりで江汀マウルを済州海軍基地の対象地として決定しました(2007年6月)。
 それ以降、マウルの住民らが住民投票を要求すると、海軍や行政は住民投票を積極的に妨害しました。各家々に公務員が訪れ、国家が直接行う事業に対して賛否を問う住民投票は法律上の違反であり、それを強行する場合にはマウルの宿願事業への支援が断たれるのはもちろん、個別農家の営農資金支援も難しくなると脅迫し、海軍は投票を妨害する目的で投票期日に合わせて孝道(親孝行)観光を進めました。
 それでも住民投票を敢行すると、今度は賛成側の海女たちが組織的に投票を妨害し、投票箱を奪い去っていきました。紆余曲折の末に住民投票を成功させはしたものの、投票箱奪取事件はマウル住民たちの間の賛否の葛藤を、元に戻すことのできない状況にしてしまいました。それ以後、KBS済州放送局の記者が偶然に海軍車両のそばに落ちていた手帳を発見したが、驚くべきことにそこには行政機関の会議内容が書かれていました。
 放送された内容によれば、済州道と海軍、国家情報院および検察・警察が一堂に集まって行われた会議で、葛藤を増幅させてこそ事業の推進が容易になるということに全員が同意し、賛成側の住民が反対住民をささいなことであっても告訴・告発してくれば検察・警察が積極的に起訴するという内容でした。その会議の内容通りに、賛成住民が反対住民をさしたる証拠もなしに告訴・告発しても起訴されるということが1度や2度ではありませんでした。このように江汀マウルの共同体破壊は済州道政や海軍、国情院や公権力の合作品なのです。
 最近では全国的事案であるサード(高高度ミサイル防衛)配置地域が慶尚北道星州に決定されるとともに、激浪の渦に置かれています。事業対象地を決定する際、ただの1度も地域住民に意見を聞かなかったという点で、星州住民は江汀マウルよりもはるかにひどい、民主主義においてはありえない暴力を受けたけれども、地域住民同士に対立がないという利点があります。サード・レーダーの電磁波による地価の下落や経済的破綻、健康権への憂慮によって星州郡民全体が1つとなってしっかりと団結しているのを見ながら、実にうらやましさを感じます。

ウソと暴力の数々

 国防部(省)は済州海軍基地事業を行いつつ毎回ウソをつくことで一貫してきました。海軍基地のホーム・ページを見ると、海軍基地建設の名分を3つほどあげています。
まずイオ島の防衛について話してみましょう。イオ島は誰もが知っているように島ではありません。水中の岩礁にすぎません。科学基地をその上に建てはしたけれども、島になるわけではありません。したがって領土として主張することのできない状態です。その上、まだ排他的経済水域が確定されていません。中国が主張している排他的経済水域と重なり合い、外交的に解決しなければならない事案なのです。無理に済州海軍基地を作らなければならない名分としては不足だと言うべきです。
第2に、済州近海の海上輸送路保護の問題です。まず、この問題についての海軍の立場は、マラッカ海峡の海賊問題解決を主たる趣旨として語りました。だがマラッカ海峡やアデン湾の海賊問題は国際的協調が必要で、マラッカ海峡まで15日以上、アデン湾まで25日以上も出動にかかる時間を考慮すれば、必ずしも済州海軍基地が必要な理由としては不足です。建設が完了した現在は、戦時の増員戦力や物資輸送に必要な輸送路の保護を理由として説明しているのですが、周辺国との紛争によって輸送路が封鎖される場合、基地の存在によって保護されるのではなく海上戦略の大きさや戦略によって解決するものなので、現在のわが国の海軍力によって周辺国の封鎖を自ら解いたり未然に防止することは不可能に近いと考えます。
第3に、北韓(北朝鮮)の東・西海上での挑発への迅速対応については、北方限界線(NLL、いわゆる海上の38度線)から最も遠くにある基地の位置によって、説得力は落ちざるを得ません。延坪島まで15時間以上、束草まで20時間以上もかかるからです。そうであるがゆえに、説得力の乏しい建設のこれらの名分のほかに、海軍基地建設のために江汀マウルの住民たちを弾圧してきた本当の理由を我々は知りたいのです。
江汀マウルの住民たちに直接行ったウソは、我々に消すことのできない傷痕を残しました。最大のウソは、絶対に強制収用はしない、という約束でした。協議買収を通じて進め、それ以外の方法は考慮しない、と言いました。土地を作ればよい、と言いました。
だが、そのことを直接、語ったキム・ソンチャン少将は海軍参謀総長になるやいなや土地を強制収用し、工事を強行しました。住民たちが抗議しても公権力を投入し、鎮圧作戦を展開するようにして江汀マウルを踏みにじりました。環境影響評価の協議事項をキチンと履行せず、済州道政から9回にわたる工事中断の措置を受けながらも、世界自然保全総会(WCC)では親環境工法によって建設される親環境再生エネルギーの先端港湾であることを自慢したりもしました。
海軍将校十数人ずつが群らがって、弱い立場の農民個々人に強制収用の手続きについての脅迫や「北の手先か」などの暴言、恐喝に近いウソの情報によって農業をあきらめさせた過程は、それでもまだ他の諸事案に比べれば愛嬌と言うべきなのでしょうか。700人に及ぶ連行者と600件に達する起訴件数、27人の拘束、4億ウォンを超える罰金、30人に及ぶ労役(注2)などは、この間の公権力の極度の横暴の程度を示しています。
そうしながらも海軍基地の建設が仕上がった今、海軍は江汀マウルの住民たちに34億5千万ウォンにも及ぶ第1次求償金(損害賠償金)を請求してきました。済州道全体の世論や政治圏の強い反発にもかかわらず、海軍は第2次、第3次の求償金を請求し続ける予定だと言います。
また民軍複合型の観光美港として運用し、済州地域の経済発展に寄与すると宣伝しながらも、遊覧船が接岸する南防波堤や西防波堤まで軍事施設保護区域に指定すると語り、済州道や世論が激しく反発すると、その時になって初めて南防波堤、西防波堤は保護区域からさっさと除外すると言っています。
求償権を続けざまに請求し、軍事施設保護区域にこだわっている海軍を目の前にして、江汀住民たちの不安感は一層、高まっています。建設初期の段階から心配していた海軍基地拡張の可能性のゆえです。レーダー基地、弾薬庫の建設、ヘリ場および整備施設、船舶修理用のドック、追加的な軍管司令部など、済州海軍基地が戦略基地としてその機能を果たそうとするならば、増やさなければならない施設が多くならざるをえません。求償権の請求によって、このような施設に反対している江汀住民たちを事前に制圧しようとするのではないのかと心配で夜もおちおち寝ることができません。
最近あらわになったサード配置の問題によって韓中間の葛藤が高まり北韓と一層の対立をするならば、江汀マウルはもちろんのこと済州島全域が日本の沖縄のように軍事基地として覆われる可能性も高くなります。空軍基地も入り、守備のために陸軍も入り、対空・対艦ミサイルの砲兵部隊も至る所に配置されかねません。平和の島に指定された済州島は軍事要塞へと変わり、戦争の島になってしまうでしょう。

取り戻すために踏み出そう

 済州海軍基地が失わしめた価値は江汀マウルに限定されません。何よりも大韓民国の民主主義の深刻な後退をもたらしました。したがって民主主義的手続きを忠実に守る行政が確立されなければなりません。けれどもこれだけでは充分ではありません。屈強な行政力、資金力、公権力を有する国家は、その強力な推進手段によって民主主義の手続きに忠実に従ったとしても、個々人は大きく被害に遭うケースが発生します。また国家が決定した瞬間、その決定に該当する個々人の人生はその後の方向が大きく変わらざるをえません。だから対話や説得の過程が手続きよりもはるかに重要なのです。
次には平和のための努力です。平和は軍事力だけでは手にすることができません。力のバランスというのは一度一致すればよいという平衡秤ではなく、シーソーのようなゲーム的特性があります。したがって相互の尊重を土台にした交流や協力の外交的努力が軍事的増強の手段よりも、時には数百倍もの効果があります。済州海軍基地の建設から先端武器の導入、サード・レーダーやミサイルの配置に至るまで国力をぶち込み続けても、安保がしっかりして国民が安心を感じるどころか、戦争の危機が一層高まりました。今こそ軍事力増強の道以外に平和の努力を大いに競わなければ、遂には戦争の火の手が起きるだろうという不安を感じているのは私ひとりだけでしょうか。
自然との共存は、いついかなるやり方で言っても行きすぎということのない価値です。大規模開発という行為は必ずや自然の巨大な破壊をもたらします。保存のための原則を定めなければなりません。保存を決定した地域は、どんなことがあっても守らなければなりません。そうしてこそ持続可能な価値を人間社会が抱くことができるのです。
最後に、人間に対する理解と配慮のある国政運営の方針を樹立したならば、と思います。成長と発展に焦点を合わせた現在の国政運営方針から脱皮しなければなりません。国民の幸福を国政運営指針の第1位に置いたからと言って経済が突然おちこんで後進国になると言うのでないならば、今こそ変えなければならないのではないでしょうか。
今こそ江汀マウルはこれらの願いを込めてマウル共同体を回復し、生命平和のマウルへと踏み出そうと思います。戦争と対立の文化、消費志向的で効率性本位の文化から少しでもそれと人と自然を中心にすえる文化を花咲かせるマウルへと踏み出そうと思います。難しいばかりだとは考えません。みんなが考えを少しだけ変えればできることです。まだ、行ってみたことのない道だから手探りで進むしかありません。だから、あせってやろうとも思いません。1人の10歩よりも、みんなの1歩がより大きな価値のある前進だと信じるからです。(「ハンギョレ21」第1123、1124合併号、16年8月15日付、コ・クォンイル「江汀マウル海軍基地反対対策委員会」委員長)
注1 南朝鮮単独選挙に反対して、1948年4月3日に蜂起した済州島人民の武装闘争。
注2 義務として行わせる、つらい肉体労働。例えば罰金を労役で償う。

朝鮮半島通信

▲韓国外交部の尹炳世長官は七月二五日、ASEAN関連会議が開かれたラオスの首都ビエンチャンで、ケリー米国務長官と会談し、朝鮮民主主義人民共和国(以下、「朝鮮」)に関連する問題などを協議した。
▲朝鮮戦争の休戦から六三年に当たる七月二七日、朝鮮中央通信はARF=ASEAN地域フォーラムで、朝鮮の李容浩外相が行った演説の内容を伝え、来月から始まるアメリカ軍と韓国軍の合同軍事演習を前に、米国をけん制する姿勢を示した。
▲朝鮮中央通信は七月三〇日、金正恩朝鮮労働党委員長が平壌郊外に新設された朝鮮人民軍の漁具工場を視察したと報道した。日時は伝えられていない。
▲日本人の拉致容疑などで国際手配されている朝鮮の元工作員とされる辛光洙容疑者とみられる人物が朝鮮中央テレビで七月二三日夜に放送された南北統一運動関連行事の映像の中で確認された。公式メディアで確認されたのは約八年ぶり。
▲旧日本軍の元慰安婦たちに対する支援事業を行う「和解・癒やし財団」が七月二八日、ソウルで正式に発足した。これに対して朝鮮のサイト「わが民族同士」は七月二九日までに、同財団の設立について「許し難い売国行為だ」と朴槿恵大統領を非難する論評を掲載した。
▲「朝鮮」は八月三日、弾道ミサイルを一発発射。秋田県沖の日本海の排他的経済水域(EEZ)に落下した。弾道ミサイルの弾頭部分が、日本のEEZ内に落ちたのは初めて。
▲朝鮮の黄炳瑞人民軍総政治局長が金正恩朝鮮労働党委員長にひざまずいて報告する姿が八月六日、朝鮮中央テレビで放送された。黄炳瑞は軍最高位職で、崔竜海労働党中央委員会副委員長と朝鮮内の権力ナンバー二の地位を争うほどの実力者として知られている。
▲韓国外務省は八月二日、日本の二〇一六年版防衛白書に島根県・竹島(韓国名・独島)が日本固有の領土と記述されたことに関し「強く抗議し、速やかな撤回を求める」とする報道官論評を発表した。▲朝鮮のハッカーとみられる組織が韓国の公務員らから電子メールの暗証番号を盗み取ったと韓国最高検が発表したことについて、朝鮮の韓国向け宣伝サイト「わが民族同士」は八月三日、「でたらめな主張だ」と否定する記事を掲載した。



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