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    かけはし2016.年9月5日号

高江で警察の暴力と連日対峙


沖縄報告

炎天下でヘリパッド建設阻止行動を展開


那覇 T・N

8.22〜26

高江橋に車を止めて阻止線

数人が救急車で運ばれる

警視庁機動隊が前面に出て排除攻撃

 

8.22

早朝から阻止行動

 旧盆明け一九日の攻防のあと、二〇日の土曜日にも五〇人弱で阻止行動が取り組まれ、一〇時過ぎ北部訓練場メインゲートとN1表ゲートの間の新川ダム上流にかかる県道七〇号線高江橋で座り込んだという。少人数だったせいか機動隊に排除された後、工事車両が通った後も機動隊の大型車両(いわゆるカマボコ)二台の間に三〇分以上も拘束され、炎天下トイレにも行かされず排気ガスを吸わされたという。その際、取材中の沖縄タイムスと琉球新報の記者も排除され、記者証を見せて抗議したにもかかわらず一緒に拘束・監禁されている。他県ではあり得ない言論弾圧だ。
そんなこともあり、週明けの今日は高江現地行動実行委の発信でこれを知った仲間が、リベンジを期して通常採石場から砂利ダンプが出発する早朝六時過ぎから高江橋に集まり始め、六時半頃には九〇人近くに。
薄明の高江の森は実に気持ちがいい。色々な鳥たちの鳴き声。ノグチゲラのドラミングやヤンバルクイナの朝のあいさつも聞こえる。沖縄に住んでいてもなかなかできない経験だ。やんばるの森は沖縄にとっても別世界なのだ。
六時四〇分ころ、山城博治さんの作戦で、まずは近くにカマボコを入れられないように北向け車線に車を並べる。そして高江橋を車で埋め、ゴボウ抜きしづらいように車の隙間に座り込む籠城作戦だ。機動隊が来るまでは一台分だけ車線を開け一般の車両を通す。
「七月二二日の暴力弾圧から今日でちょうど一カ月になった。この間も折れることなく結集を続けてくれた仲間たち! 有難う さあ、今日から反転攻勢だー」と山城博治さん。
七時半、国頭村の採石場からダンプ五台が出たとの連絡。いよいよ来るぞ。
七時四五分、警視庁機動隊が一五人程、南側から来る。こちらは直ちに車で橋を封鎖して籠城態勢に。
八時、予期せぬ状況に機動隊がいったん戻る。県道七〇号線ここから南に車で二〇分ほどの宮城集落にダンプが八台待機との情報。どうやらダンプの通過に合わせて排除の作戦を練り直す模様。
「上意下達で動く組織には現場で臨機応変に動く機動性はない。我々の方が機動隊だ」と山城博治さん。
八時三〇分、辺野古から島袋文子オバーが合流。みんな勇気一〇〇倍。
八時四五分、南側に愛知県警・福岡県警・大阪府警・警視庁第7機動隊のカマボコが数台結集。
九時、橋を車で封鎖してそのあいだに座り込み開始。車の下に潜り込む人も。橋の南側でしばし睨み合い。
九時四〇分、昨年辺野古でも悪名を馳せた警視庁の桂川隊長が排除を指揮。警告もせずに「かかれー」。
女性も多く悲鳴と怒号の中ゴボウ抜きが始まった。「何の工事かわかってやってんのか。県民は皆オスプレイ反対だ。民意を踏みにじるな」「やんばるの破壊は世界的犯罪だ。なぜ警察が加担する? 住民を守れ」「沖縄は七〇年余り人殺し軍隊の危険に晒されてきた。それをわかってこんなことしに来たのか?」「ヘリパッド建設に加担するなら君たちがオスプレイ持って帰れ」。
一人一人ゴボウ抜きされ、いつものように説明も根拠もなくカマボコと機動隊の暑苦しい人垣の間に投げ込まれ監禁される。二〇日よりは離れた位置にしかカマボコを置けなかったため、排除した人を監禁する場所まで運んでいく機動隊員は猛暑の中汗だくで、かなり難渋しているようだ。
もみ合いの中で複数の機動隊に抑え込まれ胸を膝で踏まれた男性が、痛みを訴え救急車を要請するが機動隊は知らん顔。文子オバーも機動隊に引っ張られ右手を負傷、出血がひどく救急車を呼ぶ。救急車が来ても機動隊が排除を続けるのでなかなか近づけない。
座り込みを排除した後、橋の上に詰め込んである車をミニレッカーで一台一台移動しダンプを通す車線を開けるのにもかなり時間がかかっている。一一時を過ぎてやっと怒号を浴びながら北勝建設のダンプ一〇台が二〇分かかって高江橋を通過。
ゴボウ抜きされた私たちは、その後も炎天下トイレにも行けず、いつまでとも知らされず一一時半まで監禁されつづけた。怒りと疲労。急いで水分補給。

100人足らずで昼まで止める


担当の小口弁護士。「警察は道交法で規制と言ってるが、今日も今までと同様に工事車両と警察車両のみを通すために規制と監禁をしていることは明らかで、正義は私たちにある。けがをしないように頑張っていこう」「桂川隊長は排除の時、事前の警告をしていない。慌てて忘れたのか大失態だ。二〇日の事態に抗議したせいか、きょうは記者への取材妨害はできなかった。カマボコ車のアイドリングも止まっていた。これからも現場でしっかり監視していく」。
みんなで「今こそ立ち上がろう」を歌う。
山城博治さん。「一〇〇人足らずで昼まで止めた。まだまだ闘える。車の下に潜り込むのはオスプレイ配備抗議で普天間飛行場のゲートを封鎖して以来だ。あと五〇台集まれば止められる。これだけの人数でこれだけ出来たのだから、来週以降、週一回の集中行動日を設定して本当に止めよう」。
一二時三〇分、午前の行動を終了していったん解散、宿泊組はN1裏へ。

8.25

防衛局、テント裏にバリケード


朝四時半に那覇を出発して六時半前に高江橋に集合した仲間と合流。今朝もヤンバルクイナが盛んに鳴いている。
二二日の高江橋封鎖作戦に遭って二三日にはこれを避け、砂利ダンプ一〇台が国頭村半地の採石場から西海岸の国道五八号線をいったん与那まで北上し、県道二号線を東へ横断。譜久川ダムから安波ダムを通って東海岸の県道七〇号線を南下するルートに初めて迂回してN1ゲートから搬入。その後午後にもさらに一〇台、南回りルートからN1に入られたようだ。
きのう二四日は、北への迂回はせずに南から来た一〇台を止めようと抗議した四〇代の男性がN4付近で逮捕され、N1ゲート前では機動隊に引き倒され頭にけがを負った七〇代の女性が救急搬送されたとのこと。午後は仲間が連行された名護署前での抗議行動も行われた。
今日は、念のためN1より北と、高江橋に分かれて抗議団を配置し北ルートにも備える。六時四五分頃から橋の上に車の配置を始めると、にわかに雨。夜明けの空には薄い虹がかかり、橋の下の川面をカワセミが一羽滑っていく。このままこうしていたいが採石場からダンプが南下との情報。N1より北に行った車を急ぎ呼び戻す。
七時五分、約四〇人と車一九台で橋の上の配置を始める。「今こそ起ち上がろう」「座り込めここへ」の歌声が森に響く。   
八時前、N1裏テントに防衛局が押しかけているとの連絡が入る。封鎖を解いて全員N1裏へ急ぐ。
八時一五分、十数人の防衛局員がテント入口にスクラムを組んでピケットを張っていた。
山城博治さんがマイクを握り「工事車両を通すための陽動作戦かもしれないが、先ずはこのテントを守り抜こう」
二〇分ほどで一旦防衛局を押し返すが、撤退せず遠巻きに待機している。
テント裏の林道からも防衛局が来たとの情報で駆けつけると、テント後方一〇〇m足らずのところで機動隊に守られ防衛局がフェンスでバリケードを作り、奥で工事を始めていた。北側の県道七〇号線N1表ゲートからもうここまで重機が入っているのか。木を切り倒すチェーンソーの音、砂利道を敷く填圧機の音などが絶え間なく聞こえている。「工事をやめろー」「ヤンバルの森を破壊するなー」立ちはだかる防衛局と入り乱れて押し合いが続く。
九時頃、フェンスが完成し、これ以上押してくる様子もないのでいったん引く。テント前に機動隊も来ているとのことで再びテント前の警戒に戻る。辺野古で暴力弾圧を繰り返し指揮した上村真也隊長も来ており、本気でテントの強制撤去にかかる構えか、と緊張が走る。もっと人と車が欲しいが、とりあえず防衛局の進入を防ぐため今あるだけの車をテント前に寄せてにらみ合い状況に。
一〇時三五分、嘉手納爆音訴訟結審の会場から小口弁護士が駆けつける。
一〇時四五分、別の防衛局職員たちが立ち退きを求めてテントに向かおうとして押し問答。
一〇時五〇分、うるま市島ぐるみ会議の仲間が五〇数名、大型バスで新川ダムに到着。続々と加わり大きな拍手。機動隊は小口弁護士の「民事不介入」のひとことで遠巻きに見守るのみで手を出せない。
一一時、防衛局が一旦引く。雨が降ってきたので私たちもテントに入る。
一一時二〇分、防衛局はいったん引いたが帰らず、少し離れて待機している。どうやら隙があれば本気でテントを撤去したいらしい。雨が止んだので私たちもテントの前に出て日陰に座り警戒を続ける。
一二時頃、うるま市の仲間たちがテント奥のバリケードからフェンスの中にいる防衛局職員に説得活動。締めに「沖縄を返せ」を歌っている。
一二時半、テント前で集会を始める。第三次嘉手納爆音訴訟結審で沖縄市から駆けつけてくれた二人の弁護士さんがあいさつ。
小口弁護士。「実は今このテント内が国有地かどうか確認できない。防衛局が過去に使用許可申請を出した時の図面とも違い、登記もされておらず、調べなおす必要がある。この辺は村境で地番も東村高江と国頭村安波(くにがみそんあは)が入り組んでいる。仮に国有地であって防衛局が使用権を取得しているとしても、テントには過去の九年間で占有権が生じており、防衛局が手続きなしに実力行使することはできない。撤去したければ裁判によって判決を得るしかない。今は双方の主張が対立しているだけなので、警察も介入できない。そこにいる機動隊は何かここで犯罪が起こるのを待っていることになる」。「テント奥のバリケードは私たちが工事に接近するのを阻止するためのものだろう。もっと多くの人たちが結集すれば止められる」。
中村弁護士。「爆音訴訟など弁護士も色々かぶっているが、何かあればいつでも駆けつける。頑張ろう」と激励。
山城博治さん。「このままではあと四〜五日でN1の工事に入られてしまう。バリケード奥の工事はこのテントを通らずに直接H地点に入るバイパスを切り拓く為ではないか?事態は切迫してきた」。「今夜からまた泊まり込みの監視に入る。さらに多くの結集が必要だ。高江へ! 高江へ! 高江へ! みんなで呼び掛けてほしい。まだまだ頑張りたい」。
泰まことさんのリードでいつもの「今こそ起ち上がろう」「座り込めここへ」を唄う。
一二時五五分現在一二〇人程が結集している。
午後一時、防衛局、機動隊が待機しているH地点の入口方向にデモ行進。
一時三〇分、うるま市島ぐるみバスが帰る時刻となり、テント前でうるまバージョンの「がんばろう」を唄い再度結集を誓って出発。残り六〇人弱となり、メインゲート付近で抗議行動をしていた仲間たちが戻って作戦会議。しばしテントで待機。
午後二時、上空をしきりにヘリが飛び、私たちの結集状況を監視しているようだ。
二時半頃、テント奥のバリケードから日本鱗翅学会自然保護委員の宮城秋乃さんがフェンス内の調査のため中に入ろうとして防衛局職員に阻止され、フェンスに張り付いて猛抗議。以後少なくとも三時間にわたって防衛局職員に対して、説得とやんばるの貴重な自然についてレクチャーを続けている。ホントにびっくり。沖縄にはすごい研究者がいたもんだ。
午後二時三五分、再びテントを出てデモ。オスプレイが上空を飛行モードで通過。伊江島に向かうのだろう。
午後三時五分、近くにいた練馬ナンバーの警察車と防衛局職員が乗ったレンタカー二台を追い返す。テント裏のフェンスの奥からはチェーンソーや填圧機の音が続いている。
今日は三時に名護の労働福祉会館で、米国のリラン・バクレー監督が二〇一五年に作ったドキュメンタリー映画「ザ・思いやり」の上映会に行こうと思っていたが、工事が続いている中で現場を離れるわけにはいかず、予定を変更して午後五時までは警戒を続けることに。
五時、工事の音が止んだのを確認して、泊まり込みの仲間に後を託し、明日まで大丈夫だろうか、後ろ髪引かれつつ那覇に戻る。
防衛局は自衛隊の輸送ヘリを導入してでもN1、H、G、三カ所同時着工で工期を短縮する無謀な工事に走り、民意や貴重な自然を踏みにじって米軍の意向に配慮するつもりだ。安倍政権は沖縄に追い詰められ焦っている。何としてもこれを止めるために、今多くの人々の注目と結集が必要だ。多くの人が集まれば必ず止められる。

8.26

嘉手納基地のゲート前行動


朝六時過ぎに那覇から仲間と乗り合わせて北谷町砂辺の第一ゲート前へ。昨日の緊急事態を見て高江に行く人もいるだろうから今日の集まりはどうだろう。海岸通りに車を置いて、ゲート前に着くとまずまずの集まり具合。
もともと、辺野古は遠いが嘉手納ならという人を含めて四月から始まった嘉手納基地への抗議行動は今日で二〇回目。五月に発覚した嘉手納所属軍属による二〇歳の女性への暴行殺人死体遺棄事件を経てすっかり定着した。今では広大な嘉手納飛行場の四つの主要ゲートに分かれ、北谷・嘉手納、沖縄市、うるま市、読谷村など地区ごとに担当を割り振り、朝七時から八時半まで一斉に、出勤してくる米兵に直接抗議し、通りかかる県民にアピールする。「クロウズ カデナベイス」「クロウズ オールベイシズ」「ウィドンニーデュー」「ノウ レイプ ノウ ヴァイオレンス」「ゲラウ オヴ オキナワ」。
各ゲートとも、二万二〇〇〇人いる嘉手納爆音訴訟団の有志が中心となって動いてくれていて頼もしい。
私たち那覇などその他の地区は北谷の仲間とともに第一ゲート前の担当だ。
ミニ集会の後、台風一〇号の影響で小雨がちらつく中、ゲート前の進入路と退出路をデモ行進を繰り返して塞ぐ。「辺野古新基地は作らせないぞー」「高江オスプレイパッド建設ハンターイ」「普天間基地は無条件に返還せよー」。
米軍側もこの時間帯の退出は避けているようだ。国道五八号線にあまり渋滞が及ばないように気を使いながら、入ってくるYナンバーを時折座り込んで止める。交通警察が来るが機動隊のように排除に慣れていないせいか、両足をつかんで背中がついたまま歩道に引きずっていくなど、かえって乱暴だ。
八時一五分、まとめの集会。飛行差し止めを求めてきのう結審した第三次爆音訴訟の報告。昨日の高江の状況報告などを受けて「今こそ起ち上がろう」を歌い、来週の結集を期して「団結ガンバロー」で朝の行動を終えた。
沖縄の民意は辺野古新基地・高江オスプレイパッド反対にとどまらず、今や在沖米軍の心臓部である嘉手納空軍基地の追放にも向けられていることを米軍と日本政府に思い知らしていこう。


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