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    かけはし2016.年9月12日号

弾圧を跳ねのけ全一日止める


沖縄報告

9・1〜9・3 高江現地の激しい攻防

高江でも集中行動日を設定

那覇 T・N

9.1〜9.3

那覇から辺野古の2倍の距離

早朝 250人が結集

退役米軍人の平和団体も参加

 

9.1

午後三時まで工事を阻止

 七時三〇分、平和市民連絡会のシャトル車に乗り合わせて五人で那覇を出発。
一〇時前、県道七〇号線北部訓練場メインゲートのすぐ手前で福岡県警・愛知県警の機動隊が現れ、交通規制にかかる。
「前が詰まってるから通れない。路肩に寄せて待て」と機動隊。「その前に身分と名前を明らかにして規制の根拠を言え」と運転手。「必要ない」と根拠も身分も明かさない。
三〇分程押し問答の末、やっと福岡県警の警部補が身分を明かす。最初からそうすればいいものを何でここまで意地を張るのか?基地建設に反対する私たちを始めから犯罪者扱いしている。
指示に従って待機すると、右側の車線を警察車に先導された産廃用ダンプが二台追い越していく。やっぱり工事車両を通す為に、他の車を強制的に止めているだけで法的根拠などないのだ。
さらに待っていると救急車が一台北に向かっていく。N1の方で何かあったのだろうか。
一一時頃、先程の救急車が戻ってきた。あとで聞いたところでは、高江橋南での強制排除で気分の悪くなった男性が搬送されたそうだ。
ようやく道路封鎖が解け、N1に向け北上すると、高江橋の手前で集会が行われていた。
島ぐるみ会議うるま市の五〇人、三一日に来沖して抗議行動に加わった米退役軍人で組織する平和団体ヴェテランズ・フォー・ピース(VFP)の七人を含め七〇人くらいの仲間がいる。八時半頃から集まって、ついさきほどまで一〇台ほどのダンプを止めていたそうだ。集会の最後に、明日からもとにかくN1ゲートからの搬入阻止に全力で取り組むことと、八月二九日の「基地の県内移設に反対する県民会議」の幹事会で決まった、水曜・土曜の集中行動日の初日となる三日に最大の結集を!との呼びかけがあった。
一一時一五分、うるま市の島ぐるみバスが帰って二〇人程になったところへ、作業員を乗せた車が来たのでVFPの同志と共に座り込んで止める。機動隊に囲まれ引き抜かれ激しいもみ合いとなるが、入れ替わり繰り返し道路に座り込んで一五分間止め、オスプレイパッド反対の心意気を示した。
一二時、昼食を取りながらN1裏テントへ移動し、しばらく休憩。
防衛局がH・G地点について県に提出した申請書類で九月一日着工としていたため、H・Gにつながる入口のフェンス付近でN1裏の仲間がミニテントを置き監視を行っていたが、機動隊が向かったとのことで私たちもH・Gの入口に駆けつけVFPの仲間を含めて五〇人程で午後一時過ぎから集会を始める。
午後一時二〇分、工事車両と警察車両が村長との約束を破り高江の集落内を通ってH・Gに向かっている、との情報。フェンス前で阻止するため座り込む。機動隊が取り囲みにらみ合い。
「生活道路を塞ぐな」「村長を呼んで見てもらう」と山城博治さん。
午後一時三五分、にらみ合いからいったん警察車両が引くが依然として一般車両は通れない。
「村長が来るまでこのままの状況をキープする」。パイナップルの収穫期に警察が農道を封鎖している状況を記録するよう報道に呼び掛ける。
午後一時五五分、博治さんがマイクでアピール。「村道は絶対通さない。明日からここで止める。機動隊出てこられるなら出て来い」と。
「今こそ起ち上がろう」と「座り込め」をみんなで歌う。
「防衛局のH・G地区九月一日着工を泊まり込みの仲間をはじめ朝からの結集で止めた。
午後も工事業者の車列を集落内で止めている」「村長が来るまで機動隊は返さない」。
しばしそのまま休憩して水分補給。
午後二時過ぎ、村長の代わりに課長が二名来て現場を確認。村道は使わないと言った防衛局が約束を破っていることについて、村として抗議するように要請すると「上司に伝える」と言って帰った。
午後二時二〇分、機動隊が再び包囲し、座り込みを排除し始める。午後三時前までもみ合った末、作業員を乗せた車が入る。
午後三時過ぎ、総括集会。博治さん「午後三時まで止めた。今から入っても仕事にならない。九月一日着工は事実上阻止した。H・Gはこれからも午後しかできない。明日からも頑張ろう」。
「沖縄を返せ」を歌ってN1裏テントに戻り、午後の行動を終了した。

9.3 高江第1回集中行動日


早朝四時、仲間の車に乗り合わせて四人で那覇を出る。基地の県内移設に反対する県民会議で決めた週二回水曜土曜集中行動日の初回。平和市民連絡会をはじめ各地域の島ぐるみ会議がバスを仕立てて高江に向かうはずだ。
多くの結集で何としても先ずは「ダンプが一台も入れない日」を実現して、辺野古のように中断に追い込みたい。那覇からは辺野古の二倍近い距離のある高江にどれくらい集まれるだろうか。
六時前、県道七〇号線福地ダムのオーバーフローに掛かる大泊橋(通称あか橋)に大量の機動隊。車両を見ると福岡県警だ。早朝から工事車両阻止に集まった仲間を規制し、すでに数人は路肩に抑え込まれている。仲間から集合地点のN1へ向かうように言われ、そのまま北へむかうが、高江集落入口、新川ダム入口、北部訓練場メインゲート前、高江橋では全く規制していない。
六時過ぎにN1表に着くと、すでに一〇〇人を超える座り込みが始まっている。千葉、東京、大阪の機動隊が動員され、ゲート前に置かれた警察車両を背にして一列の機動隊に目の前を囲まれる。しかし次々と結集してくる仲間が機動隊を背後から挟んでいく。
六時二〇分、そのまま集会を始める。司会進行は山城博治さん。
「警察バス二〇台、機動隊八〇〇人、すさまじい弾圧態勢だ。ここでの集会と仲間の結集を妨害するなら場所を移してでもやる。N1裏でも赤橋でも高江橋でも仲間が結集して行動を開始している。集会妨害の包囲を解け」。
六時三〇分、いつものように「今こそ起ち上がろう」をみんなで歌う。
集中行動日とあって、きょうは国会議員、県会議員、市町村議員も参加している。
最初に三時に那覇を出てきたという糸数慶子参議院議員があいさつ。「昨日、七月の選挙で大勝利を勝ち取った伊波洋一さんの激励会があった。民意が何度も示されたにもかかわらず、暴力でそれを踏みにじる今の高江の状況に多くの参加者が怒りでいっぱいだった。伊波さんと参議院で会派『沖縄の風』を立ち上げた。伊波さんの豊富な知識と情報力を生かして米軍とそれに従属する日本政府を国会で追及していく。辺野古の海とやんばるの森を守るため、ここから世界に発信を続け、安倍政府を打倒しよう」と呼びかけた。
六時四五分、機動隊が南方向に移動し始めた。ゲート前の結集はついに二五〇人を超え、排除は諦めたようだ。
博治さん。「N1裏からH・G入口前、あか橋でも高江橋でも仲間が行動を始めている。今日は県道七〇号線と裏の農道など高江周辺のあらゆる場所で一日中工事を止める」と宣言。
次に、現地実行委の構成団体(統一連、平和市民連絡会、住民の会)や県議会議員、市町村議員のあいさつが続く。土曜日に設定したことで平和運動センター所属組合の現役労働者や子供連れの参加者のあいさつも。七時頃、ゲート前を固めていた大阪府警も含め機動隊がすべて南へ撤収。
その中で、市町村議員から辺野古・高江に連動してこの間伊江島でのオスプレイ訓練に伴う滑走路の強化工事が村に何の通告もなく強行されていること、乳牛の出産や牛乳の生産に被害が出ていること、滑走路から小石が飛び散り騒音に子供たちがおびえていることなどの指摘があり、地方議員として住民の生活を守るため高江と共に闘うとの決意表明があった。また、国家公務員労組の仲間からは、米軍犯罪対策として本土から動員された防衛局職員が高江の警備に当てられ、気象台など職域のちがう地元の国家公務員に対し、時間外にパトロールを行うよう沖縄総合事務局から依頼が来ていること。もともとパトロール自体が米軍犯罪の抑止効果などなく、菅官房長官の思い付きパフォーマンスにすぎない。こんなことに来年度も九億の予算要求が出ている。組合として抗議文を送った、と怒りの報告。

9.3 500人が座り込み集会を貫徹


七時三〇分、今日も退役米軍人の平和団体VFPの仲間が、普天間爆音訴訟団の街宣車に乗って駆けつけてくれた。大きな拍手。
七時四〇分、平和市民連絡会がチャーターした大型バスで五一人が那覇から到着。席が足りず、しばし会場整理。
七時五〇分、集会再開。博治さん。「機動隊がまた来たかと思ったら、平和市民のバスだった。VFPも来た。涙が出るほどうれしい。ヒヤササ ヒヤササ。機動隊は全部いなくなった。辺野古でも去年の一一月最初の集中行動日に五〇〇人。翌週八〇〇人、その次一〇〇〇人以上結集して中断に追い込んだ。いまここだけでも三〇〇人、N1裏、H・G入口の監視合わせて五〇人余り。全部合わせれば今日の行動は五〇〇人規模になっている。七月二三日以降連日の抵抗で工事を遅らせてきた。政府は自衛隊のヘリを使っての搬入まで検討し始めた。そこまで追いつめている。中で工事を始めたら山に入ってでも止める。基地は絶対に作らせない」。
八時、「座り込めここへ」を歌って気勢を上げる。
VFPダグラス・ラミスさん。「キャンプバトラーに名前を残しているセメドリー・バトラー司令官は退役後、戦争は野蛮な行為と悟って我々の仲間になった。気付いた人が集まって共に戦争を止めよう」。
高里鈴代さん。「九六年のSACO合意で北部訓練場の返還に合意したから高江のヘリパッドを作るというが、オスプレイの運用は直前まで隠されていた。事実に基づかない合意は無効に決まっている。高江を孤立させないよう全県を挙げて闘おう」。
池宮城弁護士。「四五年余り反基地闘争を見てきたが、辺野古・高江は画期的な闘いだ。権力のすさまじい無法弾圧。まさに憲法番外地だ。排除されても抵抗せずまた戻って座り込む。法的根拠のない命令には抵抗できる。弁護団はいつでも駆けつける」。
うるま市島ぐるみ会議・仲宗根勇元判事。「ここに集う仲間は素晴らしい。安倍独裁国家に抵抗することを知っている人たちだ」「日本各地からの機動隊派遣には法的に問題がある。沖縄県公安委員会の依頼がある前に、警察庁が各県警に文書を出している。公安委員会制度の趣旨に反するやり方だ」。
北上田毅さん。「公安委員会の他県警察への要請に関し、県に情報公開請求している。七月一一日に沖縄防衛局が県警に警備強化を要請。同じ日に警察庁から東京警視庁、神奈川県警、千葉県警、愛知県警、大阪府警、福岡県警に派遣人数、派遣期間等の指示文書が出されている。沖縄県公安委員会の要請は翌七月一二日付で順序が逆だ。しかも会議は行われず議事録もない。県警は担当者が持ち回って決裁を受けたと言っているが信用できない。昨年一一月に警視庁機動隊が来たときは公安委員会の会議を開いていて議事録も残っている。一二日付で県警警備二課(交通整理、雑踏整理担当)が六都府県警に要請しているが、警備一課(公安担当)も東京警視庁宛てに要請しており、単なる交通安全対策ではなく公安事件として扱おうとしていることがわかる」「各県での情報公開の結果、各県からの派遣費は国費、車両の燃料代、高速料金、修理費は沖縄県が負担することが分かった。いずれ住民監査請求を提起する。ずさんで無責任な公安委員会を追及して他県の機動隊を追い返そう」。
九時前、駆けつけた伊波洋一さん。「私たちの抵抗が国への大きな圧力となっている。外交防衛委員会に所属したので徹底的に追及する。米国の常識ではやんばるのように貴重な自然を壊すことは米軍に認められていない。沖縄ではそれが守られない。日本政府の姿勢がそうさせているのだ」。
九時過ぎ、博治さん。「いま高江橋周辺を車八〇台で仲間が封鎖中。H・G入口でも座り込みを継続中だ。また那覇、浦添、南風原、読谷で現地に来られない人たちで街頭でのスタンディングアピールが始まった。今日の行動が全県に拡がっている。すごい」と報告。
九時二五分、赤嶺政賢衆議院議員が到着。「きのう県警が工事作業員を警察車両でゲート前まで運んだ。これが法治国家と言えるか? 安倍独裁だ。木更津では自衛隊が高江工事の訓練をしているという。辺野古の時も自衛艦『ぶんご』が来た。野党共闘を発展させ安倍政治を打ち倒そう」「訓練場の返還はゴマカシだ。海兵隊の文書に、使えないものを返して最新設備を作ってもらう理想の計画と書いてある。不用になったら無条件で返すのが当たり前だ」。
九時三五分、県マスコミ労協副議長 大矢英代さん。「きょうはキャスターとしての取材ではなく個人として参加した。マスコミ労協は一切の戦争協力を拒否する。言論は市民のもの。会社員である前に人間としてこの仕事を続けていく」。

9.3 ウィシャルオーバーカムを歌う

 一〇時を過ぎて勝利のラインダンスで一旦締める。VFPの仲間の音頭でウィシャルオーバーカムをみんなで歌い一時休憩。
一一時、新川ダムの公園でトイレタイムと少し腹ごしらえをして戻ってくると高江橋に車が集合してVFPの仲間があいさつしていた。
「サンディエゴに帰ったらオスプレイを造った人たちにオスプレイが沖縄の人たちをどれだけ苦しめているかを伝える。共に声を合わせ発信していこう。世界中に仲間がいる。大きな声で、共に生きる世界と自然を回復させよう」。
「VFPを代表して皆さんを支持する。いや支持でなく共に闘う。それは一つの闘いだから。勝つまで共に。闘いが続く限りまた何度でもここに来る」。
一一時一五分、博治さんが「五〇〇人結集したが午後は減る。残った人数と車で橋を封鎖して止めよう」と行動提起。一般車両の通行に配慮して真ん中を開け両側に車を配置する。
高江の南、宮城集落付近で工事車両が待機しているとの情報。
一二時過ぎ、南側から機動隊の大型バスが接近。N1付近の仲間もすべて高江橋に集まり、機動隊の大型車両を入れないように橋の南北に車を配置する。
午後一時、雨が降り出し、一時土砂降りに。山の天気は変わりやすい。いったん車内で待機。
午後一時一八分、救急車が北へ。N1の方で今日もまた何かあったのだろうか?
午後一時三二分、救急車が戻ってきた。N1北で国頭方面から来た工事業者を車道で説得していたところ、車をよけようとして転倒し道路で頭を打ったらしい。大きな怪我でなければいいが…。
午後一時五〇分、待機していた車両一四台がメインゲートに入ったとのこと。いよいよ来るのか?
雨が収まってきたので橋の上の真ん中車線を一五〇人でデモ行進。「ワッショイ」「工事はさせないぞ」「森を壊すな」「ダンプを止めるぞ」「機動隊帰れ」。
午後二時一五分、陽射しが戻る中、うるま市の新里さんがサンシンを弾き始める。
午後二時三五分、メインゲートからの動きがないため、勝利を確信。長かった今日の行動のまとめの集会を始める。
真喜志好一さんが最後まで一緒に闘ったVFPの活動を改めて紹介。去った総会で辺野古・高江の闘いを支持する決議を全会一致で採択したこと。今回来沖した六人のメンバーが現場を記録し、各州の支部に報告周知する予定であることなどを紹介し、大きな拍手を浴びる。
続いて、博治さんに促され辺野古でも高江でもいつも静かな笑顔で宜野湾から参加している九〇歳の横田さんがあいさつ。「サイパンで戦争を体験し、親兄弟六人を亡くした。サイパンでの供養を三七回してきた。その思いを背に高齢だが出てきている。沖縄で戦争につながる基地を止めることを亡くなった親兄弟への手土産にする」。
同じく沖縄戦で九人の家族を亡くした城間さん。「家族は米軍の火炎放射器に焼かれた。妹は日本兵に首を絞められて殺された。アメリカーもヤマトゥーも憎い。自然を守るとか大層なことじゃなく戦争が憎いだけ。日本は野党第一党さえ辺野古新基地を認める変な国。大阪から家族を置いて沖縄に来た。もう日本に帰りたくない。死ぬまで闘って戦争を止める」。
戦争を体験した先輩方の激しい想いに触れて胸が熱くなる。
午後二時五五分、「三時まで止めたぞー。イヤッホー、やったぞー、ありがとー」と博治さんの勝利宣言。新里さんの「めでたい節」「唐船どーい」でカチャーシー。第一回集中行動日の大成功を祝った。みんなが集まれば必ず止められる。
来週水曜日の再結集を呼び掛けて団結ガンバロー。早朝からの行動を終了し、帰路に就いた。

【訂正】本紙前号(9月5日付)2面8・19集会記事の上から5段目右から13行目の「平和のために」を「平和のための」に、3面8・13集会記事の上から2段目左から5段目の「反対運動に」を「反対運動の」に、7面青年キャンプへの上から4面目左から4〜5行目の「競合車たち」を「競争者たち」に訂正します。

 


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