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    かけはし2016.年9月12日号

月給が断たれ、公務員身分も認められず


政府支援が断たれたまま漂うセウォル号特調委

国会への希望も与党代表に親パク派で暗雲

 「4・16セウォル号特別調査委員会(特調委)」が本来の機能を失いつつある。政府が6月30日以降、一切の支援を断ち、特調委は活動をキチンと続けていくことが不可能な状況に置かれている。

無力化した特調委

 政府は、特調委の調査期間が去る6月30日をもって終わった、と主張する。セウォル号特別法が施行された2015年1月1日から、法に定められた調査期間の1年6カ月が過ぎたという理由だ。法には調査期間が終わった後、3カ月間で総合報告書を作成するようになっている。この期間には追加調査をすることができない。
けれども特調委側は、予算が支給された2015年8月から活動が始まったものと考えるべきだと主張している。この通りであるならば活動期間は2017年2月まで保障されなければならない。単純に日付だけについて争うことではない。セウォル号の真相糾明において最も重要な部分のうちの1つである船体調査は、まだ実現されていない。
当初、6月が目標だったセウォル号の引き揚げは、ずっと引き延ばされている。7月29日、引き揚げの最も重要な作業のうちの1つである船首の持ち上げは成功した。6度の失敗の後の成功だ。海洋水産部(省)は最終引き揚げの時期を9月末と予想する。政府の言い分通りならば、この時には特調委が総合報告書の作成を完了し、即解散を目前とする次期だ。セウォル号惨事の真相糾明のために構成された機構が船体調査もできないまま消え去らなければならない、という訳だ。
政府支援がすべて断たれた後、特調委が味わっている困難さは1つや2つではない。まず予算が全く支給されていない。特調委の調査官たちは7月の月給を受け取れなかった。月給の問題だけならば意志によって我慢することもできる。けれども予算がなくて出張費の支給はもちろん、備品の購入さえ不可能だ。文書を出力するプリンターのトナーがなくなって会議や討論さえキチンとするのが難しい。
職員たちを除いた特調委委員長や副委員長、常任委員たちには月給が出たものの、このカネは拒否したりもした。正常な特調委活動を保障しないまま、委員長らにのみ月給を支給するのは不当だとして意見を集約した。最近、特調委の非常任委員たちがそれぞれカネを出して、運営費の名目で数百万ウォンを用意してくれたけれども、正常な組織運営にはとてつもなく足りない。

子どもを託児所に預けられず


身分も不安定になった。7月から、政府のしゃくし定規の保育政策が始まった。共働き夫婦という事実を証明しなければ託児所の終日利用ができない。終日班の申請をしようとするなら在職証明書が必要だ。けれども政府派遣の公務員たちを中心に構成された特調委・行政支援室は、調査官たちに在職証明書を発給してくれずにいる。特調委の調査期間が終わって、調査官たちはもはや公務員の身分ではないとの理由のせいだ。月給ももらえない調査官たちが出勤後、子どもを預ける所さえ求めがたい状況に置かれた。
耐えきれずに特調委の活動をやめる人々も生じている。正常な活動を不可能にする政府の露骨な妨害に耐えてきたものの、これまでに積み重なった疲労度が限界を超えたのだ。民間人出身の特調委の別定職(特別職)公務員58人中7人が結局、仕事をやめた。ある調査官は「実際に体が痛んだ人も多いし、すぐにも家族を扶養しなければならない人も多くて、やめた調査官をただ怨むというわけにもいかない」と、ため息をついた。
このような状況で調査がキチンとなされるわけがない。6月30日以降、政府の各部署は特調委の調査活動に全く協力していない。調査権限のない機構だとの理由を持ち出している。特調委の関係者は「清海鎮海運の職員ら現在拘束状態の提訴者たちも、調査には全く応じていない。これまでも大変は大変だったけれども、現在は調査がはなから不可能な状況だ」と説明した。
結局、イ・ソッテ特調委員長は「特調委の活動期間保障」を要求して7月27日から1週間、ソウル光化門広場で断食籠城を行った。イ委員長は記者会見で「未収拾者の収拾と船体調査を含め、まだまだ調査すべきことがたくさん残っているのに、(政府は)違法かつ不当に特調委の扉を閉ざそうとしている」と断食籠城の理由を説明した。イ委員長が断食籠城を終えた後、特調委の常任委員と野党の議員たちがリレー断食を続けている。けれども断食籠城によって脱出口を開くことができるかは未知数だ。
今、期待をかけることのできる唯一の場所は国会だ。セウォル号特別法を改正すれば、活動期間の保障を超えて、セウォル号の船体調査のための時間まで充分に確保できる。けれども最近のセヌリ党代表選挙で親パク系の中心的人物であるイ・ジョンヒョン議員が当選するとともに、特調委の未来はさらに暗くなった。特調委の活動を快く思っていない青瓦台(大統領府)の圧力が、イ議員を媒介にして与党に強い影響力を及ぼすものと予想されるからだ。
特にイ議員は青瓦台広報首席だった時期にキム・ジゴン元KSB報道局長に電話をかけて、セウォル号報道に介入した嫌疑(放送法違反)で特調委が検察に告発した人物だ。特調委が9月1〜2日に計画したセウォル号第3次聴聞会でも証人としての出席を要求される可能性が高い。このような状況を総合すれば、イ議員はさまざまな理由をあげつらってセウォル号特別法の改正にあくまで立ちはだかるものと思われる。

与小野大も恥じ入る国会の状況

 野党の状況も思わしくはない。ウ・サンホ「共に民主党」院内代表は8月1日、イ・ソッテ委員長が断食中のソウル光化門広場を訪れ、「(活動期間の保障に関連して)交渉によってできないのなら、闘争と交渉を併行していかなくては」と語った。また「私はおとなしいたちだが、気分を損ねたら恐ろしいということを見せてやろうと思う」と言い、強い意志を示した。その後、10日余りの時間が過ぎたものの「恐いこと」は起こっていない。
現在、政府と与党を圧迫する唯一の武器は補正予算案だ。けれども野党が補正予算をテコにして特調委の活動期間の保障を実現できるかは未知数だ。与小野大の局面が顔色なからしめるほどに、野党が推進力を持って実践している事案は1つもないからだ。
共に民主党のある関係者は「第20代国会がスタートした後、野党が主張しているものは1つや2つではない。特調委の活動期間の保障はもちろん、右翼の大韓民国オボイ(父母)連合についての聴聞会、警察の過剰鎮圧によって被害に遭ったペク・ナムギさんにかかわる聴聞会、大宇造船海洋に関連する聴聞会、ウ・ビョンウ青瓦台・民政首席にかかわる聴聞会、サード(THAAD、高高度ミサイル防衛体制)についての聴聞会など、それぞれに数えあげきれないほどに多い。けれどもキチンとなされているものは1つもない。何に集中しようとしているのか、党内でも分かりづらい状況だ」と語った。「以前は何人かの議員同士が集まって意見グループを形成し、党に働きかけたり、議題を作るために努力する姿があったけれども、今はそのような活動さえ見えない」。彼はそうも付け加えた。
明確な脱出口が見えない状況の中で時間だけが流れている。特調委は8月の1カ月間、断食籠城を継続しつつ、9月初めに予定された聴聞会の準備を併行する計画だ。けれども聴聞会に証人たちが出席する可能性は低い。政府が絶えず特調委の権限を否定しているからだ。
政府の立場に伴った総合報告書作成満了期日である9月30日以降は、さらに大きな困難が迫り来るものと見られる。政府がソウル中区苧洞に用意した特調委の事務室を明け渡せと言うだろうからだ。調査官たちが集まって調査し、論議を続けていく土台が消えるというわけだ。特調委が今日まで調査してきた資料をどのように保管するのかなど、さまざまな争点をめぐって政府と綱引きが起こるものと予想される。
問題は山積みだが、特調委内部でも9月30日以降の計画をキチンと準備できていない。物理的に、調査を続けていくことが大変なように思われるが、この日以降は真相調査をやめると言うこともできない役目柄だからだ。国会に向けた僅かな希望と、政府による組織的妨害という巨大な絶望との間を漂流している身の上だ。

再び芽生える悲劇


長い期間、政府との不必要な綱引きの末に、調査官たちもみんな疲れきっている。ある調査官は「すぐに特別法の改正が実現したとしても、キチンと調査をすることができるかは分からない。調査というものは流れが重要なのだが、政府はその山場山場ごとに、すべての流れを断ち切っている」と語った。数多くの命が失われた惨事に続き、真相糾明の失敗というもう1つの悲劇が芽生えている。依然としてこの悲劇を救う人々は見えていない。(「ハンギョレ21」第1125号、16年8月22日付、チョン・ファンボン記者)

コラム

東京都知事選後そして新潟県知事選

 「参院選東京選挙区の野党三党(239万余票)と自公(230万余票)のとった票を見ると野党四党の方が多い。自民の分裂によって、鳥越の勝利の可能性が現実味を帯びてきた」、と私は前回のコラムで書いた。ところが小池百合子が二九一万余票をとりダブルスコアーで圧勝し、鳥越俊太郎は三位であった。都民は小池の「本気度」に比べて、野党や自公の「うさんくささ」を見抜いていた。鳥越は「参院選の結果を見て、危機感を持って立候補した。都政についてはこれから勉強する」と言い、都政問題は何も準備をしていなかった。「女性差別問題」が週刊誌で報じられたが真摯な対応をしなかった。連合東京は自主投票ではなく増田寛也支持を決めた。宇都宮健児さんが立候補を取りやめたのに、最後まで鳥越応援にいかなかった理由もうなずける。
選挙は「水もの、一寸先は闇だ」とも言われるが、よくよく考えれば、なぜ敗北したのかは分かる。野党共闘の中身、市民派との関係など都知事選の総括は次の闘いのために避けては通れない問題だ。
小池都知事が都政改革本部を組織した。改革本部の統括役(特別職の都顧問)に上山信一・慶応大教授を抜擢した。彼は元運輸省官僚で、二〇〇八年に大阪府知事に就いた橋下を支え、特に「大阪都構想」を推進した。小池はトップダウン方式で都の政策を進めていくようだ。築地移転について、「土壌の安全性が担保できていない。使い勝手について仲買人から批判が出ている」とし、小池は一一月の移転を延期した。また、二〇二〇年の東京五輪の施設整備費(2〜3兆円)についても検証するとしている。例えば、カヌー場を新設するとしているが、当初予算が六九億円であったものが四九一億円に膨れ上がっているというのだ。五輪利権にどのようにメスを入れるのか。
参院選の陰に隠れた感があるが鹿児島県知事選で三反園訓さん(元テレ朝コメンテーター)が四選をめざした伊藤祐一郎現職を破った。反原発派の平良行雄さんと協定を結び、「脱原発・川内原発再稼働を止める」を争点とした。圧倒的に保守・自民党が強い鹿児島県での画期的な出来事だ。三反園さんは九州電力に川内原発の停止を求めて様々な活動を開始している。
そして、一〇月に新潟県知事選が迫る中、泉田裕彦新潟県知事が突然立候補を取りやめることを表明した。泉田の東京電力への強い不信のなか、柏崎刈羽原発の再稼働はストップしたままである。自民党はこれまで泉田与党であったが森民夫(長岡市長)が立候補を表明し、これを支持すると報道されている。ここでも原発再稼働を止められるかどうか、参院選新潟区での勝利が試されている。(滝)


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